あんた が っ た どこ さ 歌詞。 わらべうた「あんたがたどこさ」の意味を教えてください!

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あんた が っ た どこ さ 歌詞

あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場(せんば)さ 船場山にはたぬきがおってさ それを漁師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいとかぶせ 「あんたがたどこさ」の歌詞の意味とは? あんたがたどこさの歌詞の意味は以下のとおりです。 あんたがたどこさ あなたの家はどこですか 肥後さ 肥後の国です(肥後の国は現在の熊本県です) 肥後どこさ 肥後の国のどこですか 熊本さ 熊本藩です 熊本どこさ 熊本藩のどこですか 船場(せんば)さ 船場です(熊本城近くに船場橋があり、この歌の舞台といわれています) 船場山にはたぬきがおってさ 船場山にはたぬきがいます(船場山とは熊本城の堀にある土塁(敵の進入を防ぐために作られた土を積み上げて築いた塀のようなもの)のこと) それを猟師が鉄砲で撃ってさ そのたぬきを猟師が鉄砲で撃ちます 煮てさ 焼いてさ 食ってさ そのたぬきを煮て、焼いて、食べます それを木の葉でちょいとかぶせ 食べ終わったたぬきの骨などは木の葉で隠します このように、問いかけと答えで歌われるものを 「問答歌(もんどうか)」といいます。 そのため、別の意味があるという説もあり、戊辰戦争(ぼしんせんそう・1868年~1869年)の時に川越藩(現:埼玉県川越市)にある川越城に来ていた熊本藩出身の兵士と、仙波山(川越城近くの仙波古墳群の別称)付近に住む子どもたちの問答を歌にしたともいわれています。 戊辰戦争とは幕末に起きた新政府軍(薩摩藩、長州藩、土佐藩など)と旧幕府軍の戦いのことで、新政府軍が勝って徳川幕府が終わり、明治政府が樹立されました。 「あんたがたどこさ」の遊び方 歌いながらリズムにあわせてボールを地面につき、「さ」のタイミングで片足をあげてボールをくぐらせます。 そして最後の「ちょいとかぶせ」を歌い終わると同時にボールを高く弾ませて、ボールが落ちてくる間に一回転し、ボールをキャッチすれば成功です。 また、着物を着ていた時代は、「ちょいとかぶせ」のタイミングに、ボールを着物の裾で覆(おお)ってしゃがみ、着物からボールが転がり出なければ成功だったそうです。 現在は、着物の代わりにスカートでボールを覆ったりします。 複数人で遊ぶ時は、歌いながらひとりずつボールをついたり、全員一斉にボールをつくなどの遊び方があります。 途中でミスしたり、最後にボールをキャッチできい・覆えない場合は失敗になり、最初からやり直おす・そのまま続ける・次の人に順番を回すなど、明確なルールはありません。 「あんたがたどこさ」は実は怖い歌だった? 歌詞の意味をそのまま見ると、「あなたはどこに住んでいるの?」「熊本ですよ」と、問答が続くほのぼのとした童謡ですが、実は怖い歌だという解釈もあります。 戊辰戦争は新政府軍と徳川幕府が戦いですが、歌に登場する 「船場山のたぬき」は「仙波東照宮に祀られている徳川家康=徳川幕府」 「猟師」は「新政府軍」 「鉄砲で撃ってさ」は「徳川幕府を討つ」 となります。 戊辰戦争時は、「徳川幕府を討つ」と公言することは難しかったため、歌に隠したのではないかといわれています。 「あんたがたどこさ」の意味がわかりましたね。 「たぬき=徳川家康」の解釈はそれほど怖さを感じませんが、飢饉の際はそのような不幸な出来事が実際にあったと思うととても恐ろしいですね。 しかし、「あんたがたどこさ」は作者が不明で、作られた時代も「おそらく江戸時代後半・幕末のころ」と言われているだけで確かなことはわかりません。

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あんたがたどこさの遊び方!ボールの使い方や歌詞の意味も紹介

あんた が っ た どこ さ 歌詞

古くは女の子の手まり唄(まりつき唄)として歌われた。 遊び方は、4拍子のリズムでボールをついて、「さ」の所で足にくぐらせる。 最後の「ちょいとかぶせ」でスカート(昔は着物)でボールを隠す。 熊本市船場地区の市電船場橋駅には、親子やハガキたぬきなど様々なタヌキ像が建てられている。 親子たぬきの誕生日の2月16日には、近くの幼稚園児らを集めて毎年誕生祭も開催されているという。 挿絵:講談社「童謡画集(3)」(1958年)より 【歌詞】 あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場 せんば さ 船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいとかぶせ 童謡の謎:船場?仙波?狸は徳川家康? 『あんたがたどこさ』の「せんば(船場)」とは、熊本の船場地区ではなく、埼玉県川越市の仙波山を指しているのではないのか?こんな有力説が存在する。 江戸時代後期の幕末に、薩長連合軍が倒幕運動のために川越の仙波山に進行していたときのこと。 付近の子供たちがどこからきたのか尋ねる様子が歌詞に描かれているという。 川越市には「仙波山」があり、仙波山には徳川家康公を祀った仙波東照宮(せんばとうしょうぐう)が存在する。 徳川家康は「狸」の俗称で知られている。 こう考えると、「船場山には狸がおってさ」の部分は「仙波山」と歌詞を書き変えても話の筋が通ることになる。 ややこじつけ気味だが、説得力のある面白い解釈だ。 かごめ かごめ かごの中のとりは…。 懐かしく、想い出にあふれた童謡の数々。 花いちもんめ、赤い靴、赤鼻のトナカイ、ロンドン橋など、幼い頃、誰もが歌った、あの童謡に隠されていた物語を紹介。 関連ページ ゴムまり遊びで歌われる定番の手毬唄・まりつき歌まとめ 「あんたがたどこさ」、「はないちもんめ」、「おちゃらかほい」、「ずいずいずっころばし」など、日本の古いわらべうたの歌詞の意味・解釈 『あんたがたどこさ』、『げんこつやまのたぬきさん』、『こだぬきポンポ』など、タヌキに関する日本の民謡・童謡・世界の歌まとめ 動物が歌詞に登場する世界の民謡・童謡、日本の唱歌、動物に関連する歌、動物をテーマとした曲・クラシック音楽など動物別まとめ 『赤い靴』、『いぬのおまわりさん』、『サッちゃん』、『シャボン玉』など、有名な日本の民謡・童謡一覧 『炭坑節』、『黒田節』、『おてもやん』など、九州地方7県に関連する有名な民謡・童謡・祭りの歌まとめ.

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あんたがたどこさ

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あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場(せんば)さ 船場山にはたぬきがおってさ それを漁師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいとかぶせ 「あんたがたどこさ」の歌詞の意味とは? あんたがたどこさの歌詞の意味は以下のとおりです。 あんたがたどこさ あなたの家はどこですか 肥後さ 肥後の国です(肥後の国は現在の熊本県です) 肥後どこさ 肥後の国のどこですか 熊本さ 熊本藩です 熊本どこさ 熊本藩のどこですか 船場(せんば)さ 船場です(熊本城近くに船場橋があり、この歌の舞台といわれています) 船場山にはたぬきがおってさ 船場山にはたぬきがいます(船場山とは熊本城の堀にある土塁(敵の進入を防ぐために作られた土を積み上げて築いた塀のようなもの)のこと) それを猟師が鉄砲で撃ってさ そのたぬきを猟師が鉄砲で撃ちます 煮てさ 焼いてさ 食ってさ そのたぬきを煮て、焼いて、食べます それを木の葉でちょいとかぶせ 食べ終わったたぬきの骨などは木の葉で隠します このように、問いかけと答えで歌われるものを 「問答歌(もんどうか)」といいます。 そのため、別の意味があるという説もあり、戊辰戦争(ぼしんせんそう・1868年~1869年)の時に川越藩(現:埼玉県川越市)にある川越城に来ていた熊本藩出身の兵士と、仙波山(川越城近くの仙波古墳群の別称)付近に住む子どもたちの問答を歌にしたともいわれています。 戊辰戦争とは幕末に起きた新政府軍(薩摩藩、長州藩、土佐藩など)と旧幕府軍の戦いのことで、新政府軍が勝って徳川幕府が終わり、明治政府が樹立されました。 「あんたがたどこさ」の遊び方 歌いながらリズムにあわせてボールを地面につき、「さ」のタイミングで片足をあげてボールをくぐらせます。 そして最後の「ちょいとかぶせ」を歌い終わると同時にボールを高く弾ませて、ボールが落ちてくる間に一回転し、ボールをキャッチすれば成功です。 また、着物を着ていた時代は、「ちょいとかぶせ」のタイミングに、ボールを着物の裾で覆(おお)ってしゃがみ、着物からボールが転がり出なければ成功だったそうです。 現在は、着物の代わりにスカートでボールを覆ったりします。 複数人で遊ぶ時は、歌いながらひとりずつボールをついたり、全員一斉にボールをつくなどの遊び方があります。 途中でミスしたり、最後にボールをキャッチできい・覆えない場合は失敗になり、最初からやり直おす・そのまま続ける・次の人に順番を回すなど、明確なルールはありません。 「あんたがたどこさ」は実は怖い歌だった? 歌詞の意味をそのまま見ると、「あなたはどこに住んでいるの?」「熊本ですよ」と、問答が続くほのぼのとした童謡ですが、実は怖い歌だという解釈もあります。 戊辰戦争は新政府軍と徳川幕府が戦いですが、歌に登場する 「船場山のたぬき」は「仙波東照宮に祀られている徳川家康=徳川幕府」 「猟師」は「新政府軍」 「鉄砲で撃ってさ」は「徳川幕府を討つ」 となります。 戊辰戦争時は、「徳川幕府を討つ」と公言することは難しかったため、歌に隠したのではないかといわれています。 「あんたがたどこさ」の意味がわかりましたね。 「たぬき=徳川家康」の解釈はそれほど怖さを感じませんが、飢饉の際はそのような不幸な出来事が実際にあったと思うととても恐ろしいですね。 しかし、「あんたがたどこさ」は作者が不明で、作られた時代も「おそらく江戸時代後半・幕末のころ」と言われているだけで確かなことはわかりません。

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