デレクジーカー ラジオ。 オードリー若林や伊集院光が語る、ラジオ番組でよく耳にする「放送作家」という仕事のリアル

ラジオの雑音除去について

デレクジーカー ラジオ

・の0(ZERO) 2015年7月3日 朝井「先週のオードリーさんのを聴いて、加藤さんが泣いたっていう噂を聞いたんですよ」 加藤「ははは(笑)話が早いし、台本に組み込まれてるのがおかしい」 朝井「(泣いた)意味がわかんない」 加藤「私が共通のディレクターである芳樹さんに伝えただけなんですよ。 単に「泣いちゃいました」って」 朝井「それは一瞬で共有されました」 加藤「LINEもやってないくせに(笑)」 朝井「LINEもやってないくせに直接伝達。 口で伝えられましたけれども。 だって、意味がわかんない」 加藤「逆に聞くけど、泣かなかった?」 朝井「泣くタイミングがマジでなかった」 加藤「ハガキのコーナーですよ」 朝井「そこ、一番泣かないもん。 あの番組の中で」 加藤「いやいや、めのほうが泣かないでしょうよ」 朝井「めは曲で泣ける時がある」 加藤「めは確かに曲で泣けるね。 そうだね、そうだね」 朝井「それか、春日さんのフリーの直前の奥田さんと若林さんが聞く気全然ないところが一番泣けるよ」 加藤「そうだね、そうだね(笑)。 テーブルの下で漫画読もうとしてるところは泣けるよね」 朝井「ハガキのコーナーのどこで泣かれたのか」 加藤「これ、ほんとに私は、単に結構あるあるだと思って芳樹さんに「私も泣いちゃいました」みたいな感じで伝えたのよ」 朝井「あ、「私も」だったんだ」 加藤「そう、「私も」的なニュアンスを込めて、放送で、なんか泣いちゃいましたよ、うっかり、みたいな感じでLINEを送ったんですけど。 ハガキのコーナーにデレクカーさんがネタハガキをお送りしてて、それが番組批判的な形をとってたの」 朝井「ネタね」 加藤「そう。 ネタだよ、もちろん。 オードリーのは低俗だと。 そういう感じのネタになってて、だから、クレーマーを装ったハガキ」 朝井「複雑な高度なネタですよね」 加藤「そうそう。 そこで『 パーソナリティとスタッフとリスナーだけが盛り上がり』っていう文面が出てきて」 朝井「うんうん、あったね。 私はサーッて聴きましたよ、そこ」 加藤「若林さんが読まれてたじゃないですか。 春日さんがそれを聴きながら「 十分じゃねぇか」っておっしゃったじゃないですか」 朝井「そうだね。 十分、ナイスツッコミだなと思いましたよ」 加藤「私、ちょっとね、そこでまずグッときたの」 朝井「はい、おかしいと思いまーす」 加藤「(笑)手挙げて言わないでください。 あ、そうだよな、パーソナリティとスタッフとリスナーが盛り上がり、で、確かにそれで十分だなって。 それがラジオの相思相愛の形だなって思ったの」 朝井「うん、うん、そうだね。 そういうツッコミだもんね」 加藤「そうでしょ? で、その後、そのハガキは一旦読み終えてから、さらに若林さんが「ここの『 パーソナリティとスタッフとリスナーだけが盛り上がり』っていうくだり面白いね」って、また読んだの。 おんなじところを。 そしたら春日さんがまた「 それを目指してんだよ」って言って、別に二人は流れてまた話になったんだけど、さらりと言ったのが、あ、ほんとそうだなと思って」 朝井「ふふふふふふふ(笑)」 加藤「それを目指してるし。 ……えーっ? なんかね、みんながすごい笑ってて、全然共感してもらえてない」 朝井「すごい、あなたは笑われています」 加藤「でも、この番組のリスナーであるの皆さんの中にはいらっしゃると思うよ」 朝井「泣いた人が?」 加藤「うん」 朝井「いないよ」 加藤「いるよ!だって、結局、お腹すいて泣くっていうの、西 加奈子ちゃんだってそうだったんだもん」 朝井「それはクレイ枠ですけど、しょうがないですけど。 デレクカーさんは笑わせようと思って、泣けたみたいに言われちゃってさ、大変だよ、今たぶん」 加藤「いやいや違う、ほんとに面白いネタだったし、笑ってないとかじゃないの。 ただ、春日さんがさらっとね。 あ、そうだよな、共通認識だなと思って」 朝井「言えば言うほど、デレクカーさんは今、顔が真っ赤で、今、もう大変ですよ」 加藤「もうやめますよ。 でも、だから、私も泣きましたよみたいな感じで芳樹さんに送っちゃったの、LINEを」 リアルタイムで聴いていた時には、泣きはしないまでも、まさにカトチエさんが言った部分で「おっ」と思った。 けれど、こうして番組で取り上げなければ、それはそのまま過ぎて、いつか忘れてしまった感情だったかもしれなかった。 カトチエさん以外の誰にも響いていなかったことがとても不思議だったけれど、「おっ」と思った気持ちをカトチエさんが言葉にしてくれたことがとてもうれしかった。 そして、この書き起こしが時々誰かの目に触れていることもとてもうれしい。 (2020. 27追記) オードリーの 2015年6月27日 ハガキのコーナー「オードリーと行くバスツアーのお誘い」 若林:ラジオネーム、デレクカー「何かを批判することで自分が正義の味方にでもなったつもりでいるヒーロー気取りのバカからへ」 この番組は、下品極まりない下ネタが多く、聴いていて不愉快な気分になる。 特に番組の最後にやる、知性のかけらもないくだらない下ネタコーナーは最悪だ(春日:笑)。 あんなコーナーは、死んでもやめてください(春日:笑)。 幼稚な下ネタでパーソナリティとスタッフとリスナーだけが盛り上がり(春日:十分じゃねぇかよ笑)、健全な青少年の育成を妨げる最低の番組だと思います。 我々サラリーマンが不祥事を起こしたら処分されるように、ディレクターの宗岡氏はADに降格すべきです(春日:笑)。 こんな番組のバスツアーなんて絶対行きません。 春日:結構聴いてくれてるね(笑)。 若林:これ面白いね。 「パーソナリティとスタッフとリスナーだけが盛り上がり」(笑)。 春日:そういうことなんだよ。 すごい、それを目指してるんだよ、こっちは。 ハハハハ 若林:それ以上のものはないもんね(笑)。 春日:聴いてくんねぇと盛り上がれねぇし。 若林:あと誰を喜ばせばいいんだよっていう(笑)。 春日:一番すばらしいですよ。 これだけ独立させて上げるのもなあ、と思い、追記という形にしました。 (2020. 4追記) imadokiyuuka.

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霜降り明星のオールナイトニッポン0(ZERO)

デレクジーカー ラジオ

こんにちは。 聴いてるラジオが多すぎて、2倍速で聴かないと消化出来ないくらいには ラジオリスナーでライターのおおきちです。 なぜハガキとペンを持ってキメ顔をしているかというと 今回のテーマがハガキ職人についてだからです。 そもそも皆様はハガキ職人という言葉知っているでしょうか?聞いたことがない人もいらっしゃるかと思いますのでウィキペディアより引用します。 ハガキ職人(ハガキしょくにん)とは、特定のラジオ番組や雑誌に優秀なネタハガキやイラスト入りのハガキを数多く投稿し、その他の番組リスナーや雑誌読者からもその名が広く知られている常連投稿者の事を指す用語である。 近年は、ハガキよりも電子メール投稿のほうが主になっているラジオ番組が増えてきており「メール職人」、「ネタ職人」と言われている。 ウィキペディアの通りラジオのコーナーにネタを送っている人ですね。 このハガキ職人がきっかけで放送業界に携わることになった人も多数いるんですよ。 AKBグループでおなじみ 秋元康や 宮藤官九郎、アニメのおそ松さんの脚本を担当した 松原秀さんも元ハガキ職人だったそうです 実は僕もラジオや雑誌にネタを送るのに一時期ハマっていまして…… ネタ投稿が採用されると貰えるノベルティの一部(私物です) ただ、今思い返しても「自分の貴重な時間を潰してまでなぜネタ投稿に力を入れていたのか」分からない……なので今回は…… ハガキ職人から放送作家に転職した男たちにインタビューをしてみたいと思います!! 放送作家セパタクロウさん さすらいダーリンという名前でラジオに投稿していた元ハガキ職人、現・放送作家のセパタクロウさんにインタビューをしてきました。 現在作家として TBSラジオ「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」などを担当しています。 「こんにちは。 セパタクロウと申します。 主にモテない、童貞などの話題で盛り上がることが多かった。 当時、木曜深夜はニッポン放送でナインティナインが裏番組を務めており、あまりの強さにTBSラジオの木曜深夜は短命というのが常であったが、シカマンはナイナイの聴取率を上回るなど大健闘をした。 2010年4月惜しまれつつ終了 「ハガキ職人のシンデレラストーリーじゃないですか! 失礼ですけど、なんでハガキ職人をやろうと思ったんですか? 僕もなんですけど、ラジオ聴くのはまあよいとして、ネタを送るって結構ハードル高いですよね?」 「元々バンドのラクリマ・クリスティーが好きで彼らのラジオを聴いていたのと、お笑いが好きだったんですよね。 そういう方がいま表現する側になっているっての夢があります。 「人間関係も苦手でバイトも半日で辞めてしまうような性格だったので、それだけが楽しかったんですよね」 「わかります。 僕もバイト先で着ていったインドの神様柄のTシャツを爆笑されてバックれた事がありますし」 「その顔でインドの神様柄のTシャツは僕も引きます」 「番組から引き抜きっていうのは、どんな感じで誘われるんですか? あの番組は多くのハガキ職人が投稿をしていたと思います。 ライバルがたくさんいる中でセパさんに白羽の矢が立った理由ってなんですかね?」 「番組のイベントでハガキ職人が漫才師のネタを書く 他力本願ライブというのがありまして。 僕がビーグル38さんのネタを書いて採用されたのがキッカケだと思います。 その後、TBSラジオの方から電話が来て誘われました」 「ビーグル38は『それエアロスミスやないか!』の芸人さんですね。 その一発勝負で!? 」 「それ以前にもシカマンでブラックマヨネーズさんが出演された時にブラマヨ風のネタを書いて送ったらご本人らに褒められたってのがありましたね」 「ブラマヨのやつ覚えてます! 100点中98点って絶賛されてたやつでしたよね」 「ちゃんと その漫才師のネタを研究してその人達のパターンを把握した上で構成してました。 そういう真面目さを見抜いてくれた…のかな?(笑)」 「やっぱり研究して狙いに言っていたんですね、頭一つ抜ける訳だ!」 セパさんが当時思いついたネタを書き溜めてたアイデアノート 「ハガキ職人から構成作家に転身しましたが、仕事は面白いですか?」 「やっぱりハガキ職人と構成作家は違うなと思いますね。 ハガキ職人は思いついたネタをとりあえず大量に投げて相手に委ねるだけでいい。 構成作家は台本などを作る作業なので、 アイデアを取捨選択した上で固めてから絶対にウケる1球にしないといけないんですよ」 レモンティーのレモンを絞るセパさん 「辞めようと思ったことは?」 「辛いところも勿論ありますけど、でも楽しいですし、絶対辞めないと決めているんです」 「お! それはなぜ?」 「TBSの方から電話があって誘われたときに心に決めてたんですよ。 多くのハガキ職人の中から僕1人だけ誘われたってことは、 同じ志(こころざし)を持った仲間の上に僕が立っているという事じゃないですか。 途中から「ラジオの中だけでなく、もっと多数の人を楽しませる事してみたいかも…」という思いに変化していきました。 元 有名ハガキ職人Aの場合 セパさん以外にもう1人インタビューしてきました。 元有名ハガキ職人のAです。 元ハガキ職人のA(顔出しNGでした) A 2006〜2010年くらいの深夜ラジオ聴いていた人なら確実に名前を知っているであろうハガキ職人。 ラジオだけでなく雑誌などにもネタを投稿しており、当時は誇張でなく毎日なんらかの媒体でAの名前が出ていた。 ラジオのDJがAの話題で話が進むことが何回もあった。 ハガキ職人から芸人、そして構成作家の道へ進むが、現在は芸能とは関係ない職についている 僕の考えたハガキ職人ヒエラルキー。 Aはもちろん6。 投稿していた番組は多数 TBSラジオ 月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力 火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ 水曜JUNK 雨上がり決死隊べしゃりブリンッ! 水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論 木曜JUNK アンタッチャブルのシカゴマンゴ 木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき 金曜JUNK 加藤浩次の吠え魂 JUNKサタデー エレ片のコント太郎 水曜JUNK2 スピードワゴンのキャラメルon the beach 木曜JUNK2 カンニング竹山 生はダメラジオ 木曜JUNK ZERO ケンドーコバヤシのテメオコ 山里亮太のヤンピース ニッポン放送 くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン J-wave ROCKETMAN SHOW! 雑誌 ファミ通町内会 SPA! バカはサイレンで泣く 覚えている限り書き出してみました。 このAと僕、実は中学校時代のクラスメイトでして。 僕が大学生くらいの頃、聴いていたラジオのイベントのため、会場へ向かった所そのクラスメイトと遭遇! 話を聞いてみると当時からメールが読まれまくっていたラジオネームを名乗るじゃないですか!! そういえば中学校時代はお笑いの話がキッカケで仲良くなって、ネタ番組やDVDの情報交換をしていたなァ…… 今回のインタビュー、Aと会うのは半年ぶりくらい。 「Aって異常なくらいネタを投稿して読まれいて、当時一番有名なハガキ職人だった訳じゃない? あの時代ってなにを考えてそんな行動してたのかなって思って。 話す人も全くいないし、周囲のチャラいノリが大嫌いで馴染めなかったんだよね(笑)。 そういった 恨みつらみを糧にしてネタ投稿に昇華していたって感じかなぁ? もちろんお笑い好きだったし。 ラジオ投稿が唯一の生活の楽しみだったっていうのもある」 「ハガキ職人って全員、闇パワーで活動する闇属性なの? 『大学では全く友達いないけど、ラジオの中だったら俺は読まれてるんだぜ!』ってのが痛快だったって感じ?」 「完全にそれだわ。 こんな大学、絶対最速の4年で卒業しやるって思って、 単位取りまくって3年の時点で残すはゼミと卒論という状態にしたなー」 「出来るだけ大学と関わらない様にしたのか……」 「でも、ゼミも知り合い同士の大学生ばっかりでさ。 居場所がなかったから結局行かなくなった。 教授になんとかお願いして卒業はさせてもらったけど」 「そこからAは、ハガキ職人をキッカケに お笑い養成所の門を叩いて芸人になったんだよね? ハガキ職人と芸人とでなんか違いはあった? ネタを考えるって事には自信あったと思うんだけど?」 「ハガキ職人ってなにかお題があってそれに答える 大喜利が基本だから。 アイデアを思いついたら投稿しまくって投げっぱなしでもいいんだけど。 0から作るって所がハガキ職人とは違うかな?そこはやってきてなかったから難しかったね」 コーヒーを飲むA 前述のセパさんと全く同じことを言っていて驚きました。 構成作家も芸人も「本当はこんなのもあったんだけど…」と言う後出しは効かない。 「でも芸人は思ったような結果が残せなかったから手を引いた。 そしたら事務所からラジオの作家の仕事を紹介されて」 「元ハガキ職人にとっては、ラジオの現場で働くのは夢の様な気持ちだと思うんだけどどうだった?」 「やっぱラジオの裏側見ると『 普段フツーに聴いていたラジオってこんなにも人が関わっているのか』って思って感動したのを覚えてるね」 「だろうね!でも今は作家も辞めちゃったんだよね? ラジオにネタを送っていた身としては、Aみたいな人に、のし上がって売れっ子になって欲しいってのが個人的にあるんだけど。 どうして辞めちゃったの?」 作家時代の話をするA 「業界トップの芸人さんや作家の方と会議とかで話せたんだけど、話せば話すほどに『 こんなにポンポン面白いことが浮かんでドンドン発言できる人に自分なんかがなれるわけがない!』って感じて。 それが続くうちに向いてないなって思っちゃったな。 あと、やっぱり第一に 社交性が必要って実感した」 「社交性って人と接しないと身につかないもんね。 そもそも、そういうのがうまく出来てたらネタ投稿やってないかもね」 「そうだね。 周囲のチャラい大学生のことバカにしてたけど、本当は友達多い人のこと、めちゃくちゃ羨ましくて。 そういった妬みがネタ投稿の力になってたわけだから(笑)」 「それは悪いことじゃないと思うけどなぁ」 「暗くていつも一人でいるような人ことこそ面白いみたいな考えあるじゃん? 全く関係ないね! ほんとに若い頃の自分にアドバイス出来るなら、 『とにかく人とは接しろ』って思うなあ。 」 「えー!!不器用な方が 闇パワーで面白いこと出来そう気がするけどなあ……というか、そうであってくれ…」 「多分 闇パワーってね、ある程度までは行きやすいんだよ。 その代わり最大レベルが意外に低い。 限界がすぐにきちゃう。 結局人とうまくやれる人が一番強いって思ったな」 「僕は未だに 闇パワーで行動してます……ちょっと考え直すわ」 取材を終え1人駅へ向かうA ネタを投稿するということについて 今回インタビューをした2人はネタを読まれたことが自信になり業界に飛び込みました。 そして、僕もラジオ等で採用されていなかったら、ライター活動をしていなかったと思います。 ネタ投稿というのは特定の人にとっての自信をつけられる虎の穴であり、救済措置も担っている気がしました。 ただ、恨み妬みだけで行ける場所には限界がある。 特にAの 「闇パワーの最大レベルは意外と低い」という発言は重みを感じました。 これまでの自身の行動、そして今後の考え方について強く影響を受けました。 というわけで2人に影響されて、僕も久しぶりにネタ投稿をしようと思います。 闇成分 がまだ全然抜けてないようなので、もう少し 闇パワーと付き合っていくことになりそうです。 ちなみに現在、僕はオモコロというメディアで 自らラジオをやっています。 自分でやってみるとこんなに大変だったんですね……。

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カトチエさんがハガキのコーナーを聴いて泣いた話

デレクジーカー ラジオ

月刊MONOQLO 2019年12月号で行った「深夜の芸人ラジオ総選挙」。 そこで各番組でネタを読まれている「ネタ職人」さんたちの座談会を行いました。 これが評判がよく、僕自身もあの有名な人たちにお会いできて、お話をうかがえてすごく楽しかったんです! 誌面の都合で書ききれなかったことがたくさんあったため、ここから数回にわけて「ネタ職人座談会 完全版」としてその模様を掲載していきたいと思います。 それではどうぞ!! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー編)普段投稿している番組を教えてください。 父:正直、「必ずココには送る」と決めてる番組はないのですが、馬鹿力、カーボーイなどのJUNK、24時三兄弟、三四郎さんや菅田将暉さん、オードリーさんのANNやANN 0など、聴いてる番組の中から気分でちらほらと送っている感じですね。 東:多いのはアルピーさんと、有吉さんと、最近は芸人さんじゃないですけど、クリーピーナッツさんをよく聴いてますね。 論:僕は有吉さんのサンドリと、ハライチのターン!、あとはハライチ岩井勇気のアニ番、この3つですね。 薄:アルピーさんのD. GARAGEと、チョコナナと、ラジオ関西のからし蓮根。 一同:(お~っ) 薄:ラジコのプレミアム会員で。 いつも関西の番組を聴いているわけじゃないんですけど、からし蓮根さんの雰囲気がやわらかくて、聴きやすいので毎週聴いてますね。 デ:僕は、オードリーのオールナイトニッポンと、霜降り明星のオールナイトニッポンと、最近だと三四郎のオールナイトニッポン。 オールナイトは思いついたらほかの番組もちょこちょこ聴いてます。 佐久間さんとか。 編)いつ頃からラジオを聴いていますか? また、初採用の思い出を教えてください。 父:きっかけが2つあって、ひとつは小学生の頃にダウンタウンさんが好きで、松本人志の放送室に最初に出会って。 本格的に聴き始めたのが、6年前ですかね。 アルピーのANNと、伊集院さんの馬鹿力をはじめて聴いて、そこからどっぷりハマった感じです。 友だちから「伊集院さんのラジオおもしろいよ」って教えてもらって。 それまで伊集院さんのイメージって、インテリみたいな感じだったので、なにがおもしろいんだろうな?って思って聴いてみたら、まんまと…って感じで。 テレビと全然ちがいますよね。 薄:そのかた、良い友だちですね。 父:そうなんです(笑)。 それでラジオってすごいなって思って。 たぶんアルピーが始まった頃なので、2013年とかですかね。 投稿し始めたのは全然最近です。 一番最初に読まれたのが伊集院さんで、「あの歌はこう聞こえたらもうオシマイ」という、「有名曲なのにこんな風に聞こえちゃったら末期です」という歌詞を送るコーナーですね。 伊集院さんが3年前ぐらいのFM歌謡祭をみて、長渕剛さんが「トランプがアメリカの大統領になっても俺たちは何も変わらないと〜」みたいな口上を3分ほどしてようやく「かたい絆に~」って唄い始めたのが、もうめちゃくちゃだったという話をしていたので、そのパフォーマンスをマネたネタを送ったら採用になって。 馬鹿力で読まれると、「深夜の馬鹿ード」というノベルティをもらえるんですけど、それは机の中に大事にとっています。 デ:僕はオードリーさん、99さんとか、ハガキ限定のコーナーがあるのでハガキで投稿をしたこともあります。 東:ラジオ自体は小さいころから親が車のなかで聴いてて。 日曜お昼の番組とかを聴いてて、それでなんとなくおもしろいなと思ったのがきっかけですかね。 いちばん最初にハマった番組が、日曜の夕方にやってる「安部礼司」っていうラジオドラマ。 それがたぶん一番最初のきっかけで。 夜の番組っていうのは、それからちょっとずつ聴く時間が遅くなっていったんですね。 13歳ぐらいのころ、アルピーのオールナイト、オードリーも、その頃から本格的に聴くようになりました。 送ってみたら読んでもらえて~みたいな。 それもあってどんどんのめり込んでいっちゃった。 編)最初にどういうネタを送ったのか覚えていますか? 東:アルピーのほうは、「家族」ってコーナーで。 初音ミクがひとりで歌ってる、みたいな。 不倫して、僕はひとりで隠れんぼすることを思いついたんだ、みたいなことを言ったら「何こいつ!? 13歳のやつが変なこと言ってるぞ」みたいな感じでからかわれて。 それがすごく嬉しかったのが印象的です。 送ったら割とすぐ読まれたような気がします。 すごく時間がかかるようだったら途中で諦めてると思うんで。 論:僕は2013年から聞きはじめて、投稿は2014年から始めました。 当時就活をしてて、卒論も通って、本当に就活するだけで、就活もやってなくて、暇で(笑)。 とりあえずそのときはテレビがつまらないと思ってて、ゴッドタン以外はバラエティじゃないって思ってたので、ラジオでも聴いてみようかなって。 で、ラジコをインストールしたら、そこからラジオの世界に入り込みましたね。 深夜帯から入りました。 山里さんの不毛な議論から。 投稿もそこから始めました。 ネタでいうと、…言えないですね。 シモネタ…。 「理想の童貞喪失シチュエーションは〜」ってやつです(笑) 編)ネタを送ろうと思った時は、他の人のネタを聴いていて、これなら自分ならできると思って送った感じですか? 論:いや、思わなかったですね。 それこそ、デレクジーカーさんもそのころから読まれてたんで。 これは勝てねぇわと思って。 不毛とか、ラブレターズさんとか。 2014年なんで。 色々聴いてたんですけど、東北自動車道さんも読まれてましたね。 当時は構成作家になりたくて、それで力試しのためにメール送り始めたんですよ。 今思えばそんなこと全然関係ないんですけど。 大学卒業して、作家になろうと思って、2014年にフリーターの時期があって。 そこでダメだったら普通に働こうと思ってました。 薄:僕は、小さいころはそんなにたくさんラジオを聴いているような子どもだったわけじゃなくて。 最初に能動的に聴こうって思ったのが、J-WAVEの松岡茉優さんのAVALON(アヴァロン)っていう番組で。 松岡茉優さんのファンで、純粋に聴いてて、正直そのときはそんなに面白くなかったんですよ(笑)。 惰性で聴いてたのもあって。 そこから芸人さんのラジオを初めて聴くようになったのは、2016年10月に、アルピーさんとうしろシティさんと、ハライチ。 「24時台3兄弟」が始まって、そこからって感じです。 ラジオ歴は浅い方だと思います。 編)アルピーさんの番組が始まるから聴こうという感じだったんですか? 薄:お笑いナタリーで24時台が一斉に始まるっていうのを見て、あっおもしろそう、聴いてみようと思って。 投稿を始めるのはもう少し先なんですけど。 読まれようと思って送ってるわけじゃなくて、無で送ってるみたいな期間があって。 2017年の6月ぐらいからちょっとずつあって。 本当に読まれようと思ってちゃんと意思をもって送り始めたのが2017年の終わりで、初採用がアルピーさんの「今日のゴシップ」。 ネタは「峯岸みなみの2018年の目標は、自虐を捨てること」っていうネタで。 あれが初採用でした。 デ:アレは今思い出しても笑えますよね(笑)。 薄:無でネタを送ってた時期にも「今日のゴシップ」で1回読まれてたらしいんですけど、それは気づかず。 ちょっと忘れるときってあるじゃないですか。 始まって、00時03分とかに気づいて番組を聴きだして。 でも「今日のゴシップ」は番組冒頭のコーナーなので終わっちゃってたんです。 なので本当に「読まれた!」ってわかった、2018年の1月でしたね、たしか。 デ:初めてラジオを聴いたのは、ナイナイのオールナイトニッポンで、中学生のときですかね。 ネタ投稿はしてなかったです。 その後にオードリーのオールナイトニッポンを聴き始めて。 投稿しはじめたのは、そこから5年後ぐらいだと思うんですけど。 初めて読まれたのは……ちょっとここじゃ言えないですけど。 シモネタで。 「リーガルハイテンション」っていう、1カ月ぐらいで終わっちゃったコーナーでした。 東:そういえば僕も、さっきアルピーANNの「家族」が最初って言ったんですけど、たしかその1週間ぐらい前にリーガルハイテンションで読まれました! 実はそれが初採用でした。 デ:「リーガルハイテンション」はテンションが上がった瞬間を投稿する、みたいなコーナーで。 採用してもらったのは「AV女優にインタビューしてたら後ろから男優の手が出てくるところがテンション上がる」っていうネタとか(笑)。 それはめっちゃ滑ったんですけどね。 でも、その時は読まれることが嬉しかった。 そこからバカリズムのオールナイトニッポンとか、ラブレターズのオールナイトニッポンとかも聴くようになりました。 (続く) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー.

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