蜻蛉日記 現代語訳。 蜻蛉日記

蜻蛉日記「ゆする杯の水」 現代語訳

蜻蛉日記 現代語訳

作者は道綱母である。 清少納言、紫式部、和泉式部が女房であるがゆえに、気の利いた名で呼称されているのに「道綱母」は素っ気ない感じである。 しかし、作者は専業主婦だったから、致しかたないのかもしれない。 話の流れは夫の兼家との不和・不満が基調となっている。 しかし、その心細さの不安定な揺らぎが読者に共感を呼ぶところではないかと思われる。 兼家への屈折した心情に対し、子の道綱に対する母の愛情が織り込まれている。 このようなケースは今の世にも多々あることだろう。 また、道綱母は存外遊びの精神があったのではないかと思わせるところもある。 それは兼家の兄弟の兼通や遠度とのやりとりの場面である。 原文に一応目を通して、現代語訳を読んだ。 訳注もひとつひとつつぶしたかったが、全体の流れをつかむため、省略したところが多かった。 しかし、精読するには訳注は必須だろう。 巻末には関係系図、略年表、地図が掲載されている。 このような古典がハンディな文庫本で読めることは良いことだと思う。

次の

蜻蛉日記『鷹を放つ』現代語訳

蜻蛉日記 現代語訳

[うたがはしほかに渡せるふみ見れば ここやとだえにならむとすらむ] など思ふほどに、むべなう、十月つごもりがたに、三夜 みよ しきりて見えぬ時あり。 つれなうて、「しばしこころみるほどに」など、気色あり。 これより、夕さりつかた、「内裏 うち の方ふたがりけり。 」とて出づるに、心得で、人をつけて見すれば、「町の小路 こうじ なるそこそこになむ、とまり給ひぬる。 」とて来たり。 さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二日三日 ふつかみか ばかりありて、暁方 あかつきがた に門をたたく時あり。 さ * なめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。 つとめて、なほもあらじと思ひて、 [嘆きつつひとり寝 ぬ る夜のあくる間は いかに久しきものとかは知る] と、例よりはひき繕ひて書きて、うつろひたる菊に挿したり。 返り言、 「あくるまでも試みむとしつれど、とみなる召し使ひの来あひたりつればなむ。 いと理 ことわり なりつるは。 [げにやげに冬の夜ならぬ真木 まき の戸も おそくあくるはわびしかりけり]」 さても、いとあやしかりつるほどに、ことなしびたり。 しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。 」など言ひつつぞあるべきを、いとどしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。 「うつろひたる菊」の現代語訳 そうして、九月頃になって、 兼家が 出て 帰って しまった時に、文箱があるのを何気なく開けて見ると、他の人 =女 の所に届けようとした手紙がある。 驚きあきれて、 せめて私がその手紙を 見てしまったと いうこと だけでも知られようと思って、 余白に歌を 書きつける。 [疑わしいこと。 他 の女の方 に送ろうとする手紙を見ると、もうこちら の私の所にあなたが来るの は途絶えてしまうのでしょうか。 ] などと思っているうちに、案の定、十月の末頃に、三晩続いて姿を見せない時があった。 あの人は 平然として、「しばらく、 あなたの気持ちを 試しているうちに 三日もたってしまった。 」などと、思わせぶりな言い訳をする。 こちら =私の家 から、夕方頃、「宮中が禁忌の方角にあたっていたのだよ 方違えのために出かけよう。 」と言って出かけるので、納得しないで、召し使いに尾行させて見届けさせたところ、「町の小路にあるどこそこに、 車を お止めになりました。 」と言って 帰って 来た。 思ったとおりだと、たいそう情けないと思うけれど、どう言えばよいか方法もわからずにいるうちに、二、三日ほどたって、夜明け頃に門をたたく 音がする 時があった。 その =あの人の訪れの ようだと思うと、気が進まなくて、開けさせないでいると、例の 町の小路の女の 家と思われる所に行ってしまった。 翌朝、やはりこのままではいられまいと思って、 [嘆きながら独りで寝る夜が明けるまでの間がどんなに長 くつら いものかおわかりですか 、いえ、おわかりになりますまい。 ] と、いつもよりは体裁を整えて書いて、色変わりした菊に挿し て送っ た。 返事は、 「夜が開けるまで待って 様子を みようとしたが、急な 用件を伝える 召し使いが来合わせたので 引き返してしまいました。 あなたが怒るのも 全くもっともですよ。 [全く本当に 冬の夜はなかなか明けないが 、冬の夜でもない真木の戸でも遅く開くのはつらいことですよ。 ]」 それにしても、全く不思議なくらい、そしらぬふりをしている。 しばらくは、人目を避けている様子で、「宮中に。 」などと言いながら通うのが当然であるのに、ますます不愉快に思うこと、この上ないよ。 「うつろひたる菊」の単語・語句解説 [手まさぐりに] 何気なしに。 [遣らむと] 届けようと。 [むべなう] 「むべなく」のウ音便。 [十月つごもりがたに] 十月の末頃に。 [三夜しきりて見えぬ時あり] 三晩続けて来ない時があった。 当時は結婚する際に三晩続けて通う風習があった [夕さりつかた] 夕方頃。 [ものしたり] 行ってしまった。 [うつろひたる菊] 色変わりした菊。 [とみなる召し使ひ] 急な召し使い。 [いと理なりつるは] 全くもっともですよ。 [げにやげに] 全く本当に。 [おそくあくる] 「夜が遅く明ける」のと「戸を遅く開ける」を掛けている。 答え:兼家が訪れてきたこと。 まとめ いかがでしたでしょうか。 今回は蜻蛉日記でも有名な、「うつろひたる菊」についてご紹介しました。 (教科書によって「なげきつつひとり寝る夜」や「町の小路の女」という題名のものもあり) その他については下記の関連記事をご覧下さい。

次の

蜻蛉日記 泔坏の水 ~ゆするつきのみず~

蜻蛉日記 現代語訳

作者:藤原道綱母(ふぢわらのみちつなのはは) 「黒=原文」・ 「青=現代語訳」 解説・品詞分解はこちら つくづくと思ひつづくることは、なほいかで心として死にもしにしがなと思ふよりほかのこともなきを、 つくづくと思い続けることは、やはりなんとかして思い通りに死にたいと思う以外ほかのこともないが、 ただこの一人ある人を思ふにぞ、いと悲しき。 ただこの一人の息子(道綱)を思うと、たいそう悲しい。 人となして、後ろ安からむ妻などにあづけてこそ死にもこころやすからむとは思ひしか、 一人前にして、あとあと安心できるような妻などに(息子を)預けて、(そうした上で)死んでも安心だろうとは思ったけれど、 いかなる心地してさすらへむずらむと思ふに、なほいと死にがたし。 (私が死んだ後、息子は)どのような気持ちで世の中をさまようだろうと思うと、やはりとても死にきれない。 「いかがはせむ。 かたちを変へて、世を思ひ離るやと試みむ。 」と語らへば、 「どうしようか。 出家して、夫婦仲を思い切れるか試してみようか。 」と話すと、 まだ深くもあらぬなれど、いみじうさくりもよよと泣きて、 (道綱は)まだ深くも考えない歳であるけれども、ひどくしゃっくりあげておいおいと泣いて、 「さなりたまはば、まろも法師になりてこそあらめ。 「そのようにおなりになるならば、私も法師になってしまおう。 何せむにかは、世にもまじらはむ。 」とて、 何のために、この世の中に交わって(生きて)いこうか。 」と(道綱は)言って、 いみじくよよと泣けば、われもえせきあへねど、いみじさに、 ひどくおいおいと泣くので、私も涙をこらえられないけれども、あまりも真剣なので、 戯れに言ひなさむとて、「さて鷹飼はではいかがしたまはむずる。 」と言ひたれば、 冗談に言い紛らわそうと思って、「ところで、(出家すると鷹を飼えなくなるが、)鷹を飼わないでどうなさるのか。 」と言ったところ、 やをら立ち走りて、し据(す)ゑたる鷹を握り放ちつ。 (道綱は)静かに立って走って行き、(止まり木に)止まらせていた鷹をつかんで放してしまった。 見る人も涙せきあへず、まして、日暮らし難し。 心地におぼゆるやう、 見ている女房も涙をこらえられず、まして、(私は)一日中暮らすこともできないほど悲しい。 心に思われたことは、 争へば 思ひにわぶる 天雲(あまぐも)に まづそる鷹ぞ 悲しかりける 争うので、尼になろうかとつらく思っていると、道綱も(頭を剃って)法師になろうとして鷹を放した。 その鷹が空に飛び去るのを見ると、(道綱の真剣な思いが分かって)悲しいことよ。 と詠んだ。 日暮るるほどに、文見えたり。 天下のそらごとならむと思へば、「ただいま心地悪しくて。 」とて、遣りつ。 日が暮れるころに、(夫から)手紙が来た。 (手紙に書かれている内容は)まったくのうそだろうと思うので、「今は気分が悪いので。 」と言って、(手紙を届けに来た夫の使いの者を)返した。 lscholar.

次の