ウニヒピリ の おしゃべり。 『ウニヒピリのおしゃべり ほんとうの自分を生きるってどんなこと?』(吉本 ばなな,平良 アイリーン)|講談社BOOK倶楽部

ウニヒピリのおしゃべり / 吉本 ばなな/平良 アイリーン【著】

ウニヒピリ の おしゃべり

「ホ・オポノポノ」「ウニヒピリ」ってなに? とはいえ、ホ・オポノポノはこの本の大事な土台にあるので、触れておくに越したことはありません。 「ホ・オポノポノ」はハワイ語で「過ちを正す」という意味。 アンバランスを正し、もともとの完璧なバランスを取り戻す、古代ハワイから伝わる問題解決法です。 P24 「ホ・オポノポノってなに?」 HSP関連本でおなじみの長沼先生の本でも、ちょこっと紹介されていました。 どこかで聞いたことあると思ったんだ。 ホ・オポノポノで主に実践するのは「 クリーニング」と呼ばれること。 そして、そのクリーニングをする際に鍵となるのが、「 ウニヒピリ」と呼ばれる記憶の保管庫です。 すでに「???」となってしまいますね。 (わたしはなりました) ウニヒピリは インナーチャイルドとも呼ばれます。 小さいころの記憶だけでなく、宇宙がはじまった瞬間から現在までの記憶を蓄えているそうです。 そして自分の性格やクセは、このウニヒピリによるものなんだそうです。 要するに、こころがもやっとしたりなにか動いたときには、それはウニヒピリ、インナーチャイルド(内なる子ども)が反応しているから。 でも、長年のいろいろな経験から、その声がキャッチしづらくなっているので(例えば「〜ねばならない」思考に取り憑かれているとかね)、クリーニングしてウニヒピリの声を聞きましょう(ほんとうの自分らしさを取り戻しましょう)ということ だと思います。 本書にはさらに詳しい解説が載っていますし、他にも専門の本があるそうなので、もっとよく知りたい方は調べてみることをお勧めします。 ウニヒピリのイメージは、冒頭のばななさんの短編小説がとてもわかりやすいです。 感想 基本的に本書の8割はばななさんとアイリーンさんの対談で占められています。 「 自分らしく生きる」って簡単なようでとてもむずかしい。 それをゆるっとやさしい言葉で自分たちの体験も交えながら語りかけてくれます。 ちょっとこころが疲れたとき、「 これでいいのかな」とこころがモヤモヤしたときに読むと、良い指針を得られそうです。 読んでいるだけで、癒しがやってくる感じです。 わたしの場合は。 冒頭にも書きました通り、でもわたしはホ・オポノポノに完全に傾倒したかというと、そうではありません。 ホ・オポノポノやウニヒピリの考え方には賛同するところもあるけれど、実践はしないなと思いました。 それはたぶん、わたしはホ・オポノポノ以外の方法をすでに実践しているから。 具体的にそれはなに? と聞かれると、ちょっとプライベートな領域に踏み込みすぎるのでそこは伏せますが、あえてホ・オポノポノという方法をこれから新たに取り入れてこれまでのやり方を突き崩したり、増やしたりするほどではないと、自分では思いました。 でも、ウニヒピリの内なる子どもの考え方は、ちょっと自分のなかには弱かったので、これは積極的に折に触れて大事にしたいなあと思いました。 これは冒頭のばななさんの短編小説から得られたところがとても大きい。 一見役に立たないものでも、こころがちょっと嬉しくなったり、響いたりするのは、ウニヒピリが喜んでいるから。 そう思うと、無駄だと切り捨てることはやっぱりちょっと違うんだなあと思います。 わたしはわたしの内なる子どもを大切にしてあげたいと思いました。 そうはいってもこころの声を聴くのって、簡単なようでむずかしい。 だからこそクリーニングが必要、となるのでしょう。 わたしの使っている言葉で言うと、頭で考えているうちはダメで、それがからだにまで降りてきたときストンといきます。 「 腑に落ちる」という言葉は、これ以上にないくらいぴったりとうまく言い表している。 だからウニヒピリの声を聴くというのは、からだの声を聴くということでもあると思うの。 これが正しいとかではなく、自分のなかでピタッとくるもの。 意外とそれには普遍的な共通性があるのだと思います。 自分に合ったやり方を実践していけると良いですし、ホ・オポノポノが自分に合うという方は、どんどんやっていけば良いのではないかと思います。 でもホ・オポノポノに馴染まなくても、本書は十分に楽しめる本です。 結び わたしは割とかたくなりやすいので、ときどきこういう本を読むとこころが柔らかくほぐれます。 それは旅に行ったり、自然に触れたりするときにも起こります。 日頃からほぐすことを、意識したいなあと思います。 ばななさんのタピオカの本もまた読んでみたいです。 —4月8日追記—- タピオカの本読んでみました。

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ウニヒピリのおしゃべり ほんとうの自分を生きるってどんなこと?

ウニヒピリ の おしゃべり

今回は、 ホ・オポノポノを 実践する上で、 決め手となる 重要な存在について解説します。 その存在とは、 私達の内なる子供と呼ばれている、 「ウニヒピリ」です。 ホ・ポノポノを 始めて、続けて、10年以上。 ==<もくじ>==== 1:ウニヒピリってなに? 2:ウニヒピリとは私? 3:ウニヒピリは借金王? 4:ウニヒピリのケアと教育とは? =========== 1:ウニヒピリってなに? お客様から私に頂く ホ・オポノポノについて のご質問の中で 「ウニヒピリ」への ご質問はとても多いです。 ホ・オポノポノと出会い 実践されている方々の中では、 やはり、「ウニヒピリ」は 関心が高いですね。 なぜなら、 ホ・オポノポノを実践 することの本質は、 「ウニヒピリ」のケアと 教育 とも言い換えることが できるからです。 ですから、 「ウニヒピリ」について 理解を深めることは、 ホ・オポノポノを実践する ことの決め手となります。 この「ウニヒピリ」の ホ・オポノポノにおける 重要度の高さや、 ホ・オポノポノ実践者の 皆様の関心の高さから、 その名も「ウニヒピリ」という題名で、 一冊丸々「ウニヒピリ」について 解説されている本も 出版されています。 <書籍「ウニヒピリ」> ちなみに、とても 良い本です。 私は、この 「ウニヒピリ」の本が 出版された当時、即購入して、 一気に読破しました。 とても内容が気に入りましたし、 とても大切なことが 書かれている気がしました。 感動した私は、思わず、 まだホ・オポノポノを 知らない2人の友人に 書籍「ウニヒピリ」を プレゼントしたことを 覚えていますね。 しかし、この一冊丸々 「ウニヒピリ」について 書かれた本を、 十分に読まれた方からも、 やはり、「ウニヒピリ」に ついてご質問頂くことが これまでに度々ありました。 ホ・オポノポノにおいて とても重要な存在である 「ウニヒピリ」とは、 そのような分かりにくさを 抱えている存在でもあります。 私も、 ホ・オポノポノを実践して 10年以上になりますが、 この「ウニヒピリ」については、 まだまだ完全に理解しているとは、 とても言えない状態ですね。 ただ、「ウニヒピリ」を 完全に理解し尽くしていなくとも、 むしろ、「ウニヒピリ」を 1ミリも理解出来ていなくても、 ホ・オポノポノを実践した時の 効果は十分過ぎるほどに ありますので、 どうぞご安心下さい。 それでは、この 「ウニヒピリ」とは なんなのでしょう? 「ウニヒピリ」とは 私たちの中の 1: 無意識であり、 2; 子供の部分であり 3:宇宙始まって以来の 記憶の管理者 とされている存在です。 どうでしょうか? こう言われてみて、 「ウニヒピリ」について、 すっきりと イメージする ことが できましたか? 上の説明でピンっときて、 すっきりと分かる方も いらっしゃると思います。 しかし、分かるような、 分からないような、 すっきりと理解することが 難しい方も多いわけですね。 「ウニヒピリ」とは、 少なくとも、上の1~3のような 属性や特徴を持っています。 ============ <「ウニヒピリの属性と特徴」> 1:無意識 2:内なる子供 3:記憶の管理者 ============ この「ウニヒピリ」を 理解するためには、 1:無意識ってなに? 2:内なる子供ってなに? 3:宇宙始まって以来の 記憶ってなに? この3つの質問の答えについて スッキリと理解する 必要があります。 それには、けっこう膨大な 情報量が必要となります。 「ウニヒピリ」という本を 1冊丸々十分に読んでも 足りない情報量です。 ですから、「ウニヒピリ」 について解説するために、 今、私が理解している 「ウニヒピリ」の情報の 全部を お伝えしてしまうと、 情報が多岐に渡り、かつ多過ぎて、 みなさんを 疲れさせてしまったり、 混乱させてしまう 可能性があります。 なんといっても、 「ウニヒピリ」は、 1:無意識 2:内なる子供 3:宇宙始まって以来の 記憶の管理者 ですからね。 この3つの内の一つでも スッキリと理解するのには それなりの努力と時間が必要です。 そこで、今回は、 「ウニヒピリ」について、 以下の観点に絞って、 分かり易く解説させて 頂こうと思います。 < 今回お伝えする情報 > ホ・オポノポノの実践が 続けられて、 効果を得ることができる ために必要な 「ウニヒピリ」の情報 解説し、お伝えするのは、 できる限り、 この情報に絞っていきます。 それでは、ホ・オポノポノの 実践に関連した 「ウニヒピリ」の情報に 絞って 解説させて頂きます。 2 :「ウニヒピリ」は私? まずは、「ウニヒピリ」とは、 一体何なのか?について、 分かり易く一言でお伝えします。 「ウニヒピリ」とは、 ==== 私たちの 「主観」の部分のことです。 私は、寒い。 私は、おなかが空いた。 私は、楽しい。 私は、疲れた。 私は、嫌だ。 私は、好きだ。 この「私は」で始まる ものが全て「主観」です。 つまり、「主観」とは、 自分の 1:考え 2:価値観 3:想像 4:思い 5:理想 6:感情(喜怒哀楽) 7:感覚(体感覚) 8:好き・嫌い 9:五感(視覚、聴覚、味覚 触覚、嗅覚) など。 このような 私たちの考え(思考)と、 感じられることの全てをまとめて、 名前を付けたものが 「主観」だと思って下さい。 この私達の「主観」の部分が 「ウニヒピリ」です。 つまり、 「ウニヒピリ」とは、 まさに 私たち そのものですね。 私たちが今、この瞬間 生きていること、 それ自体が「ウニヒピリ」 を体験しています。 別の言い方をするならば、 私たちは 「ウニヒピリ」を 生きている、とか、 私たちが経験する全ては 「ウニヒピリ」とか、 私たちが経験する全ては 「ウニヒピリの声」とか、 私たちが経験する全ては 「ウニヒピリ」が 見せてくれていること、 とかなどと、 言い直すこともできます。 少しややこしく なりましたね。 話しをまた、 シンプルに戻します。 「ウニヒピリ」とは 私たちの「主観」の部分。 これを一言で 言い換えるなら、 私たちは、一瞬、一瞬 「ウニヒピリ」を体験している。 こう言い換えることが できます。 < 例ここまで > これが 「ウニヒピリ」です。 私たちは日々、1日丸ごと、 「ウニヒピリ」を 体験しながら過ごしています。 これを以下のように 言い換えることもできます。 私たちは日々、1日丸ごと、 私達の「主観」 =他者や、後先を 気にしていない、 今、ここでの、 自分のありのままの 本音 =私たちの中にある 子供の部分 =「ウニヒピリ」 を体験しながら 過ごしています。 「ウニヒピリ」とは、 私たちの「内なる子供」ですから、 私たちと24時間(一日丸ごと)、 365日一緒に居ます。 「ウニヒピリ」は私たちの 外側に存在している何か、 ではなく、 私たちの一部分 (=無意識の部分)として、 常に私たちと一緒に居ます。 ============== そして、理性で善悪や損得を 判断して選別する前の、 直感的な本音の感覚や考え (=無意識の部分・主観)として、 私たちに知覚される存在です。 ============== つまり、 「ウニヒピリ」とは、 これ好き! これ嫌い! これ楽しい! これ嫌だ! これがしたい! これはしたくない! 暑い! 寒い! おいしい! まずい! このような、 ==== 子供のように 無邪気で、 素直で、 ときにわがままな、 私たちの 本音の部分です。 ========== これが私達が知覚できる 「ウニヒピリ」です。 3:ウニヒピリは借金王? ここで一つ思い出して 欲しいことがあります。 それは、 「ウニヒピリ」とは 「記憶の管理者」 でもありました。 「ウニヒピリ」が管理しているのは、 「記憶」は「記憶」でも、 「宇宙始まって以来の記憶」です。 つまり、私たちがイメージ できないぐらい、 ながーーーーーい年月の、 ふるーーーーーい時代から 溜まり続けている「記憶」を 全部管理していることになっています。 ホ・オポノポノの用語と して使われる 「記憶」とは、 「魂の負債」のことでした。 ============ つまり、 「ウニヒピリ」とは 「魂の負債」の管理者です。 ============ この「ウニヒピリ」が管理している 宇宙が始まって以来の 膨大な「魂の負債」の中身が 「記憶」(=データ・情報)です。 ホ・オポノポノでは、 そのあまりに膨大な 「記憶」=「魂の負債」の量のために、 管理者である、 「ウニヒピリ」は 「記憶」=「魂の負債」に 押しつぶされそうになっていて、 息もできないような状態 であるとされています。 つまり、「ウニヒピリ」は (魂の)負債にがんじがらめに 縛られて、身動きできなく なっている状態にある。 とホ・オポノポノでは されています。 つまり、 「ウニヒピリ」は (魂の)借金王です。 「ウニヒピリ」とは、 私たちの無意識の部分でした。 つまり、 ========= 私たち(の無意識の部分)は (魂の)借金王です。 ============= この「魂の負債」に がんじがらめに縛られている 「ウニヒピリ」とは、 私たちの「無意識」であり、 「主観」であり、 私たちの日々の日常で感じ 続ける感覚そのものです。 ========== つまり、私たちは、 「ウニヒピリ」 (=無意識)の部分に 抱えている膨大な量の 「魂の負債」(=「記憶」)が 毎日の一瞬、一瞬に 次々と再生され続けている状態を 「ウニヒピリ」 (=主観・無意識)の部分で 体験しながら生き続けています。 ========== ホ・オポノポノの 実践とは、 この私たちの毎日の 一瞬、一瞬に再生され続けている、 「魂の負債」を 消去し続けていくこと、 でした。 つまり、ホ・オポノポノを 実践することとは、 「ウニヒピリ」 (=私たちの無意識)を がんじがらめに縛っている 「魂の負債」を、 減らしていくことです。 ハワイの伝統的なホ・オポノポノが セルフケアの方法に発展したこと から 生まれた名称です。 == 「ウニヒピリ」とは?<まとめ> == 1:ざっくりと言うと、 私たちは、「ウニヒピリ」として 日々を生きていると言えます = 私たちは、日々、 「ウニヒピリ」が 抱えている、 「魂の負債」を 体験し続けている = 私たちの人生は一瞬、一瞬、 無意識(=「ウニヒピリ)」に抱えている 「記憶」(=「魂の負債」)を 体験しながら続いていく 2:ホ・オポノポノを 実践することは、 「ウニヒピリ」(=私の無意識の部分)を がんじがらめに縛っている 「魂の負債」を、 減らしていくこと 3:「ウニヒピリ」は (魂の)借金王とは、 私の無意識部分 (=「ウニヒピリ」)が (魂の)借金王である ということ。 ============ 4:ウニヒピリのケアと教育 ここまでの内容は いかがだったでしょうか? 色々と 「ウニヒピリ」に ついて解説させて頂きましたが、 情報についてやや 消化不良気味な方も いらっしゃるかと思います。 そのような方は、 ざっくりと、 「ウニヒピリ」= 私(自分自身) と考えて頂いて大丈夫です。 ホ・オポノポノを実践 するには、 まずは、 この理解で十分です。 さて、ここからは、 「ウニヒピリ」のケアと教育 について解説させて頂きます。 「ウニヒピリ」のケアと教育とは、 ホ・オポノポノの実践 そのものなので、 「ウニヒピリ」についての 解説の中でも 重要なポイントになります。 しかし、ここで、少しだけ、 話しがややこしくなります。 それでも、できるだけ シンプルに解説させて 頂きますので、 どうぞご容赦下さい。 それでは、解説を 始めていきます。 「ウニヒピリ」とは、 私たちの「主観」でした。 「主観」とは、 私たちが見たり、聞いたり、感じたり、 考えたりしたことを、ひとまとめの パッケージにして 名前を付けたものでした。 私たちには、 その「主観」と、 もう一つ、 「客観」という 立場が あります。 この「客観」の立場が 「ウニヒピリ」のケアと教育 =ホ・オポノポノの実践 において、 とっても重要です。 「客観」の立場とは、 ズバリ、言うと 気づきの立場です。 「主観」の立場で 感じている自分、 考えている自分、 体験している自分を (自分の) 外から眺める視点で、 見て、気が付いている自分の立場が 「客観」の立場です。 ちょっと分かりづらいですね(汗) 以下が例です。 < 例ここまで > どうでしょうか? 「主観」と「客観」の 区別をそれとなく 感じることができたしょうか? 「客観」の視点は、 「(雲の上の)神の視点」 とも言えます。 自分を自分の外から 観察している視点ですね。 この「客観」の視点を 使いこなせることが、 「ウニヒピリ」のケアと教育 = ホ・オポノポノの実践 では大切なポイントです。 なぜならば、 私たちが、 「主観」のポジション(位置)に とどまっていると、 高い確率で、 「主観」で感じている 感情や感覚、 思考に 呑み込まれたままになったり、 その体験に夢中になりすぎて しまいます。 その状態とは、 不安、心配、恐れ、 悲しみ、怒り、楽しさ、 喜び、快感、情熱、熱狂などで、 自分が一杯になっている 状態ですね。 その状態の時、 私たちは、「主観」で捉えた 感覚や、考え、体験に 夢中になってしまっているので、 ========== 私たちは、高い確率で、 ホ・オポノポノを実践する ことを忘れてしまいます。 ついつい夜更かしして、 続きをエンドレスで見てしまう。 < 例ここまで > このような「主観」は 全て、 「ウニヒピリ」 (=私の無意識の部分) が抱えている 「魂の負債」です。 私たちは、「主観」 に 夢中になっているとき、 不安や心配、怒りや、 楽しさ(=「魂の負債」)に 呑み込まれている状態です。 そのとき、 私たちは、 その他のこと を忘れています。 =========== 「魂の負債」に がんじがらめになっている 「ウニヒピリ」をケアすること = ホ・オポノポノを実践すること を忘れています。 =========== すると、「魂の負債」は減らず、 「ウニヒピリ」は苦しんだままで、 「ウニヒピリ」である 私(自分自身)の現実も 同じような苦しみが続いていく ことになります。 この状態を変えるために、 「客観」のポジション(位置)に、 立つ必要があります。 つまり、自分を外から 発見する視点に立って、 「主観」に夢中になって しまっている自分を 「客観」のポジション から発見します。 そして、その 「客観」のポジションで ホ・オポノポノを実践します。 ついつい夜更かしして、 続きをエンドレスで見てしまう その自分が、今、ここに 居ることに気がついて( =客観) ホ・オポノポを実践する < 例ここまで > この例のように、 「主観」=「魂の負債」に 夢中になっている自分に 「客観」の立場で気がつくことで、 その「主観」 =「魂の負債」 =「ウニヒピリ」の体験から 一旦離れるポジションを とることができます。 そのとき、 ホ・オポノポノを 実践することを思い出すための、 「理性」を発揮する余地を 手に入れることができます。 そして、 「主観」である 「ウニヒピリ」そのものである ポジションから離れて、 「客観」の意識でいることで、 「ウニヒピリ」から 自分の意識を 分けることができます。 = 自分が「ウニヒピリ」 そのものではなくなることができます。 = 自分が「ウニヒピリ」の体験 (=「記憶」=「魂の負債」)に 呑み込まれている状態を発見して、 その状態に気が付くことができます。 「ウニヒピリ」から分かれ、 離れることができればこそ、 「ウニヒピリ」を外から ケアすることができますね。 このことから、 ホ・オポノポノでは、 この 「客観」のポジションを 「母」(=ウハネ)のポジション と呼んでいます。 素直で無邪気でわがままな、子である 「ウニヒピリ」(=自分の主観・本音)を 母である「客観」のポジションから ケアし、教育することが、 ホ・オポノポノの実践です。 つまり、 「ウニヒピリ」のケアと教育とは、 私たちの中の、 子供のような素直で、 時にわがままな部分である 「主観・本音」=「ウニヒピリ」 から一旦離れて、 母親のように子を見守り、 時にわがままを受け止め、 ケアし教育できる 「客観」の立場に立って、 ホ・オポノポノを思い出し、 実践すること、です。 ============= 「客観」=「母」の立場に立って、 私達の「主観・本音」 =「ウニヒピリ(子)」を 「ダメだ、良くない」と 否定するのではなしに、 私達の「主観・本音」 =「ウニヒピリ(子)」が どのようなものであれ、 そのまま受け止め、 ホ・オポノポノを実践する。 ============= これが、 「ウニヒピリ」のケアと教育です。 そして、それができる、 母の立場(=客観)が ホ・オポノポノを 実践する時の決め手です。 「魂の負債」(=「記憶」)によって、 つらい気分で一杯になってしまっている 「ウニヒピリ」(=自分の感覚)を、 母の立場に立って(=客観) 良い悪いを言わずに、そのまま受け止め、 ホ・オポノポノを実践する ことを通して、ケアします。 そうすることで、 「ウニヒピリ」(=自分の感覚)を つらい気分の苦しみから 解放してあげることができます。 再生される「記憶」(=「魂の負債」)に、 子供のように夢中になり易い 「ウニヒピリ」(=自分の感覚)を、 母の立場に立って(=客観) 良い悪いを言わずに、 そのまま受け止め、 ホ・オポノポノを実践することで、 「ウニヒピリ」が苦しくなるほどに 夢中になり過ぎている状態を 解消してあげることができます。 そうすることで、 「ウニヒピリ」(=自分の感覚)に 平和と自由を取り戻して あげることができます。 この経験から、「ウニヒピリ」は 自分がどうすることが心地よいのか 学ぶことができます。 これが「ウニヒピリ」の教育です。 このように、 母の立場に立って(=客観)、 良い悪いを言わず、思わず、 ホ・オポノポノを実践することで、 膨大過ぎる「魂の負債」に 押し潰されそうになって、 苦しんでいる 「ウニヒピリ」 (=自分の無意識の部分、 主観の部分)の苦しみを 減らしていくことができます。 どうだったでしょうか? 今回の記事が、みなさんの、 「ウニヒピリ」と ホ・オポノポノの実践についての 理解がまた一つ深まることの 助けになっていたり、 これまでには いまいち分からなかった 「ウニヒピリ」のことが分かり、 ホ・オポノポノについて、 一つスッキリすることの お役に立っていたならば うれしく思います。 その結果、みなさんの ホ・オポノポノライフが より充実したものとなり、 みなさんの日々に 笑顔が一つでも増える ことになればうれしく思います。 次回は、私のカウンセリングを 利用して下さったことで、 「思考中毒」から一歩、一歩 抜け出して、 ホ・オポノポノの実践に より集中できるようになられた お客様の声を紹介させて頂きます。 お客様と一緒にクリーニング させて頂きます。 《 ご予約はこちらから 》 ============ ============= ============= ============= 【 ホ・オポノポノシリーズ INDEX 】 ============.

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@石田ゆり子: きのう、なかなか進まぬ 原稿書きの合間に ずっとこの本を読んでいました。 読んでいるうちに ボロボロとなにか古いものが 剥がれ落ちていくような気持ちになりました...

ウニヒピリ の おしゃべり

きのう、なかなか進まぬ 原稿書きの合間に ずっとこの本を読んでいました。 読んでいるうちに ボロボロとなにか古いものが 剥がれ落ちていくような気持ちになりました。 ウニヒピリとは、 自分の中のうちなる子供。 みんな自分の中に 小さな子供の頃の自分が住んでいて その子と無意識に対話しながら生きているんですよね。 わたしは、その感覚を 実は子供の頃から持っていて 吉本ばななさんがこの本でおっしゃられていること、 手に取るようにわかります。 平良アイリーンさんのお話も ほんとうに興味深くて 結局あっという間に完読してしまいました。 そうなんだよ、そうなんですよねと 独り言をいいながら 唸りながら読みました。 いまの世の中、とくに日本は 周りに気を使いすぎて 自分の本心がわからなくなってる人が沢山いるような気がするのです。 自分に誠実であること。 自分の人生を生きること。 そのことを 深く考えさせられました。 ウニヒピリのおしゃべり.

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