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市街地(からの眺望) から西南西約50km、から東北東約90kmの宮崎県の南西端に位置する。 市の北部から西部、南部にかけては鹿児島県に接しており、宮崎と鹿児島の中間地点にあたる主要都市である。 かつて領であったため鹿児島弁に極めて近いを話すなど、薩摩の文化を色濃く残している。 広大なの中にあり、都城盆地一帯の拠点都市である。 市域中央をほぼ南北にが流れ、西は、東はに囲まれている。 都市計画区域全体でとの線引きを撤廃した唯一の都市でもあり、ゆったりとした町並みである。 河川:、沖水川• 湖沼: 気候 [ ] 内陸部の盆地に位置しており、年平均気温は16. 年降水量は毎年2,000 - 3,000mm前後で推移しており、多雨ではあるが宮崎市に比べると若干降水量は少ない。 気温 - 最高37. 最大降水量 - 429. 0ミリ((平成17年))• 最大瞬間風速 - 51. 4メートル((昭和26年))• 夏日最多日数 - 169日((平成10年))• 真夏日最多日数 - 90日((平成28年))• 猛暑日最多日数 - 14日((平成6年))• 熱帯夜最多日数 - 24日((平成25年))• 8 53. 2 13. 3 55. 9 16. 4 61. 5 21. 3 70. 3 25. 0 77 27. 1 80. 8 31. 3 88. 3 31. 7 89. 1 29. 0 84. 2 24. 4 75. 9 19. 1 66. 4 14. 2 57. 6 22. 05 71. 8 42. 4 7. 4 45. 3 10. 7 51. 3 15. 4 59. 7 19. 4 66. 9 22. 6 72. 7 26. 5 79. 7 26. 7 80. 1 23. 9 75 18. 6 65. 5 13. 0 55. 4 7. 8 46 16. 48 61. 6 33. 1 2. 1 35. 8 5. 5 41. 9 10. 0 50 14. 6 58. 3 19. 0 66. 2 23. 0 73. 4 23. 0 73. 4 20. 1 68. 2 13. 8 56. 8 7. 8 46 2. 3 36. 1 11. 82 53. 27 mm inch 61. 6 2. 425 101. 4 3. 992 177. 8 7 200. 8 7. 906 218. 6 8. 606 447. 6 17. 622 371. 6 14. 63 340. 3 13. 398 288. 8 11. 37 115. 3 4. 539 82. 2 3. 236 58. 7 2. 311 2,464. 7 97. 1 平均月間 167. 9 152. 3 155. 4 163. 9 164. 5 115. 3 176. 9 185. 1 152. 7 175. 6 157. 4 172. 3 1,939. 3 出典: 隣接している自治体 [ ]• 鹿児島県• 鹿児島県 地名 [ ] を参照のこと。 歴史 [ ] 都城県庁跡の碑 末期の3年 に大監のが後に日本最大のとなる「」を開発、摂関家領とし、にその職、翌になったが荘園の名前である「 島津」を名乗り、の歴史がスタートする。 から島津家分家のが治め、江戸時代もの私領(一族功臣の自治領)の1つとして北郷氏(都城島津氏)が引き続き治めた。 北郷氏の領地は4万石弱に及び私領の中でも広大であったため、都城城下を弓場田口・来住口・大岩田口・鷹尾口・中尾口の5口に分け、さらに安永・山田・志和池・野々美谷・梶山・梅北の6つの(郷)を加えた五口六外城制で領内を支配するという、ミニ薩摩藩といえる体制が取られていた。 (これは私領の中でも極めて特殊な形態であったが、都城があるいは薩摩藩のであったと一部で誤解されている一因ともなっている) 後の藩政改革で本藩直轄領となり、からのまで、本藩より都城地頭としてが派遣され近代改革の前哨的施策を行った。 1871年11月から1年余りはの県庁所在地でもあった。 市名の由来 [ ] 現在の都島町の位置にが築いた城の名前「」から。 沿革 [ ] ウィキソースに の原文があります。 - 都城県誕生• - 都城県庁開庁• - 宮崎県誕生により都城県庁閉庁• - 施行により北諸県郡都城町、沖水村、五十市村、志和池村、庄内村、中郷村、山之口村、高城村、山田村、高崎村が発足• 都城町が市制施行• - 庄内村が町制施行• - 高城村が町制施行• - 沖水村・五十市村を編入• - 高崎村が町制施行• - 山田村が町制施行• - 庄内町・西岳村が合併(新設合併)し 荘内町となる• - 志和池村を編入• - 山之口村が町制施行• 4月1日 - 荘内町を編入• - 中郷村を編入• - 都城市・・・・が合併(新設合併)し 都城市が発足• - 財部町大字下財部字田平下の一部を当市に編入、代わって当市蓑原町の一部が曽於市に編入(平成19年3月26日総務省告示第159号)。 市政 [ ] 歴代官選市長 [ ] 旧・都城市 1924年 - 1926年 (1期) 森迫熊市 1927年 - 1929年 (1期) 大山綱治 1930年 - 1933年 (1期) 1934年 - 1938年 (2期) 財部実秀 1938年 - 1941年 (1期) 曽木重貴 1941年 - 1945年 (2期) 1945年 - 1946年 (1期) 森迫熊市 1946年 - 1946年 (1期) 歴代公選市長 [ ] 旧・都城市 1947年 - (1期) 有田秀秋 1949年 - (1期) 曽木重貴 1953年 - (1期) 蒲生昌作 1954年 - (3期) 有田秀秋 1966年 - (1期) 1969年 - (2期) 瀧内正 1976年 - (2期) 1984年 - (5期) 2004年 - (1期) 新・都城市 長峯誠 2006年 - (2期) 2012年 - (現職)• 市長:(就任 2期目) 議会 [ ] 都城合同庁舎(国)• 宮崎都城支局• 都城拘置支所• 都城支部• 都城税務署• 都城労働基準監督署• 都城公共職業安定所• 南部九州土地改良調査管理事務所• 都城盆地農業水利事業所• 地域第一課• 宮崎森林管理署都城支署• 宮崎河川国道事務所都城出張所(河川)• 宮崎河川国道事務所都城国道維持出張所(道路)• 都城地域事務所 司法 [ ]• 都城支部• 都城支部• 独立行政法人及び特殊法人等 [ ]• 都城研究拠点• 都城営業所• 南九州原料本部• 都城管理事務所 県の行政機関 [ ]• 都城県税・総務事務所• 南部福祉こどもセンター• 都城保健所• 北諸県農林振興局• 都城土木事務所• 経済 [ ] 産業 [ ]• 主な産業• 日本有数の農業地域といえる。 農林水産省の統計 によると、以下のものが市町村別統計上、上位にランキングされている。 市町村別農業産出額合計 全国第2位(参考 第1位:)• 専業農家数 全国第2位(参考 第1位:) 特には盛んであり、「市町村別農業産出額畜産計」が全国第1位である他、その内訳の「(都城牛)」「」「鶏」「鶏うち」が第1位となっている。 その他、以下の農産物の収穫量も多い。 (収穫量全国第2位)• 農産物加工業が盛ん• :、(竹弓としては全国シェアの90%)、• :都城大島紬、薩摩絣(綿薩摩)• (宮崎工場) 本社を都城市におく主要な企業 [ ] BTVケーブルテレビ(旧都城寿屋百貨店)• ホームセンターチェーン。 都城市に本社を持つ企業で唯一の公開企業()。 デーリィ牛乳、乳性炭酸飲料「スコール」等の製造販売。 高千穂牧場の運営・経営。 本格芋焼酎「霧島」「黒霧島」「赤霧島」 製造販売。 麦焼酎「駒」「赤鹿毛」「べいすん」製造販売。 芋焼酎「あなたにひとめぼれ」「日向自慢」製造販売。 「餃子」 「しょうが入り餃子」 製造販売。 九州加藤株式会社(本社 兵庫県西宮市松原町のに (平成26年) 2月12日付けで吸収合併され消滅、加藤産業株式会社の宮崎営業所として編成。 九州加藤の拠点と機能を継承する。 ) 食品卸売業。 回転寿司店「寿司虎」、海鮮和食店「なかむら」などを経営。 大浦 (百貨店)を経営、2011年に経営破綻。 はざま牧場 農業法人。 「きなこ豚」の飼育。 2009年より食品リサイクル工場稼動。 食品残渣より豚飼料製造。 同じ都城市に本社を置く DIYホームセンターハンズマンがで販売している完熟の製造なども行っている。 (有)カントリー 自社ブランド牛「あやめ牛」の肥育、販売、卸、あやめ牛専門レストラン「ログテラスカントリー」(都島町)の運営。 ヤマエ食品工業 「」「」製造販売。 みやざきエナジークリエイト プロバスケットボールチーム「」管理運営。 ケーブルテレビ局の運営。 高千穂シラス 100%自然素材の健康建材シラス壁「薩摩中霧島壁」「スーパー白洲そとん壁W」の製造販売。 宮崎高砂工業(旧:) にある高砂工業の関連会社で、瓦とレンガの製造販売を行っている。 レンガでは、市内に甚大な被害をもたらした新燃岳の灰を利用した「新燃れんが」やレンガを顔に見立てて目と口を形に穴を開けて置物として作った「ニコニコレンガ」を作っている。 郵便 [ ] 南九州大学都城キャンパス 大学 [ ]• 高等専門学校 [ ]• 高等看護学校 [ ]• 都城病院附属 高等学校 [ ] 公立• 公立小・中学校 [ ]• 市立中学校:19校(一覧はを参照)• 市立小学校:35校(一覧はを参照) 特別支援学校 [ ]• (旧・宮崎県立都城ろう学校)• (旧・宮崎県立都城養護学校) 児童自立支援施設 [ ]• テレビ・ラジオ放送 [ ] 県境にあるため宮崎・鹿児島両県の電波が容易に入る。 宮崎県内の放送局 [ ] テレビ• (MRT)• (UMK) ラジオ• NHKラジオ第1• NHKラジオ第2• MRTラジオ 上記3局のラジオ中継局については、を参考• NHK-FM• 鹿児島県内の放送局 [ ] テレビ• (MBC)• (KTS)• (KKB)• (KYT) ラジオ• NHKラジオ第1• NHKラジオ第2• MBCラジオ• NHK-FM• または(同一内容の放送・一部地域のみ)• - 高千穂牧場周辺のみ• ケーブルテレビ [ ] が所有し、BTVケーブルテレビとシティエフエム都城の局舎があるIT産業ビル。 (都城局/西諸局)• 都城局のサービスエリアでは、鹿児島民放4局(MBC・KTS・KKB・KYT)全てのを行っている。 旧高崎町のみ、西諸局のサービスエリアとなっている。 交通 [ ] 航空路線 [ ]• 最寄り空港は及び(いずれも、都城市役所から直線45km程度の位置にある)宮崎空港へは都城駅または西都城駅より直通バスがあるものの、鹿児島空港へは鉄道と一般乗り合いバスとの乗り継ぎが必要となる。 鉄道路線 [ ]• (JR九州)• - - (三股町内2駅: - ) - - -• - - - - - - 都城駅 中心となる駅は都城駅(中心市街地最寄り駅は西都城駅)。 道路 [ ] 付近 高規格幹線道路()• E10• - - 地域高規格道路• (、、)• - (この間未開通) - - - - - 一般国道• 主要地方道• 宮崎県道31号都城霧島公園線• 宮崎県道32号都城停車場線• 宮崎県道33号都城北郷線• 宮崎県道34号都城串間線• 宮崎県道42号都城野尻線• 宮崎県道45号御池都城線• 宮崎県道46号高城山田線• 宮崎県道47号三股高城線 一般県道• バス路線 [ ] 高速バス [ ] 宮崎道ので発着する。 宮崎 - 熊本【】• 宮崎 - 福岡【】• 宮崎 - 鹿児島【】• 宮崎 - 長崎【】• 宮崎 - 新八代【】• 高鍋・高岡 - 宮崎 - 博多【】• 佐土原 - 宮崎 - 博多【】 特急バス [ ]• 特急:宮崎 - - 都城 一般路線バス [ ]• - デパート前 -• イオンモール・ミエル - デパート前 - 都原団地• 蓑原 - デパート前 - 郡元・体育文化センター• - - -• イオン都城 - - 上野上• イオンモール・ミエル -• イオンモール・ミエル - 一万城団地• イオンモール・ミエル - 宮村学校下• イオンモール・ミエル - 中郷中学校 - 安久温泉(元・路線)• イオン都城 - 聖ドミニコ学園 - 梅北 - 川原谷• 宮崎 - 青井岳温泉• 市役所 - 高木 - 下水流 - 炭床• 中央待合所 - - 雀ヶ野• 都城駅前 - 西岳 -• 都城 - - -• 都城 - 末吉 - 岩川 -• 都城 - - 吉ヶ谷公民館• 都城 - 通山 - 他 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 [ ] 都城六月灯おかげ祭りの() 名所・旧跡・観光スポット [ ]• ・()()• 高千穂牧場• 金御岳公園• 興玉神社• ラスパたかざき(温泉施設)• 島津寒天工場跡• 山之口古墳• やまだ温泉• 青井岳(山 宮崎県都城市山之口町 標高563. 2m 宮崎百名山のひとつ)• 青井岳自然公園• 都城温泉• 観音池公園• 月山日和城跡• 祝吉御所跡 祭事・催事 [ ]• 熊襲踊り(下旬)• (6月)• 都城六月灯 おかげ祭り( ) 都城市出身の有名人 [ ]• (参議院議員)• (社長、会長)• (俳優)• (俳優)• (でした)• (、)出生地および幼少期• (競馬騎手、調教師)• (旧芸名青島あきな)()• (俳優)• (女子プロ野球選手)• (俳優・ミュージシャン)• (こまだひろか・アイドル・)• (マー坊)(天地心弦流、)• (囲碁棋士)• (アナウンサー)• (プロ)• (プロ野球選手)• 古地克成()• (ミュージシャン)• (競馬騎手、調教師)• (俳優)• (、前、元)• (競艇選手)• (元、元総裁)• (シンガーソングライター)• (・・)• (競馬騎手、調教師)• (競馬騎手、調教師)• (俳優)• (俳優)• (プロ野球選手)• () その他 [ ]• 宮崎県人や近隣の県の人は「都城」を「 みやこんじょ」と呼ぶことが多い。 脚注 [ ] [].

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宮城 県 都 城市

県庁所在地である仙台市の市街地。 宮城県は東北地方の南東部に位置する。 県内にはが広がり、やといった大河が貫流して流域にが発達している。 東はに面し、県中部にあるは多島海の景勝地での一つに数えられる。 西はに接し、やなどの秀峰がそびえる。 県内の気候はに分類される。 冬の間、県西部の山間地は多雪地域であるが、東部の平野では雪は少なく晴れの日が多い。 夏季については、太平洋からの海風の影響で厳しい暑さにはなりにくい。 通年で穏やかな気候の風土である。 県内人口は約230万人である(2020年5月1日の推計人口)。 現在の宮城県の領域は、古墳時代からの影響下にあり、など多数の古墳が造営された。 後にとであるが置かれた。 中世にはや、、などが割拠したが、がからを経てを築き、江戸時代の間はのがここを治めた。 明治時代のに前後して、、、、、などが成立し、県域の分合がたびたび行われた。 1872年(明治5年)に仙台県は由来の宮城県へ改称し、現在まで続く宮城県の領域がほぼ形作られるのは1876年(明治9年)である。 県内の平野部では稲作が盛んであり、やの産地である。 中でも県北部のの肥沃な土地はと呼ばれる。 やなどの果物、を初めとする伝統野菜も生産されている。 畜産ではや宮城野豚(宮城野ポーク)といった銘柄がある。 また、東北地方の三陸沖は寒流であると暖流であるので、世界的にも有数の漁場である。 これに近い宮城県には多数の漁港があり、中でも、、はに指定されている。 1県に複数の特定第3種漁港を持つ県は宮城県が唯一である。 、、、など多種の魚がこれらの港で水揚げされるほか、や、、、、の養殖が県内で行われている。 伝統工芸としては、 、、、、などがある。 地理・地域 [ ] 仙台平野の俯瞰。 宮城県は、北側でと、南側でと、西側でと、北西でと接している。 からは北へおおよそ300キロメートルの位置に当たる。 宮城県の総面積は約7282平方キロメートルで、これは日本の都道府県の中では16番目の広さである。 うち、である。 主に山形県との県境になっている宮城県西部にはが南北に連なっている。 主な山々として県北西部に標高1627メートルの、中西部に標高1500メートルの、南西部にがあり、蔵王連峰の山々のうち標高1825メートルのが宮城県の最高峰である。 また、奥羽山脈の東側には丘陵地が点在する。 宮城県の南北には奥羽山脈のような際立つ高山帯はないが、県南部にはが迫り、北東部にはが延びている。 一方、県の東側はに面している。 県の北東部は、岩手県やに及ぶの南部に当たり、北上高地が海に落ち込んでを形成する。 三陸海岸はとして太平洋に突き出し、その周辺にはや、、などの島々が浮かぶ。 牡鹿半島付近から南はによって大きくえぐられている。 仙台湾沿いの大部分は平坦な砂浜海岸だが、付近はリアス式海岸で、多島海が広がる特色のある地形である。 宮城県の平野は特に南東部と北部で発達し、と呼ばれている。 ここを多数の河川が太平洋を目指して流れている。 県の北部を流れるは岩手県から続く川で、やを集める。 北上川は分流されていて、追波湾と石巻に注いでいる。 県南部には福島県を水源とするが流れ、を合わせて太平洋に落ちる。 これらの他に、宮城県で太平洋に注ぐ河川としては、や、などがある。 県北部にはや内沼、、などの湖沼や湿地があり、これらは国際的に重要な湿地としてに登録されている。 また、海とつながる湖沼として牡鹿半島の基部に、阿武隈川河口にがある。 系:、、など。 系:など• 系:など• :幅10 - 30で南北方向に延びるなだらかな丘陵地。 阿武隈高地の延長。 南部では仙台平野(仙南平野)と西部盆地群とに分けるなどがあるが、北部の仙北平野では孤立した丘陵地も多い。 :東西方向に延びる。 を仙北・仙南の2つの平野に分けるのみならず、様々な境界となっている。 :東西方向に延びる。 最大のであるがある。 (亘理丘陵、亘理山地):南北方向に延びる。 阿武隈高地の延長。 宮城県内の部と角田盆地を分ける• 、、、、、、• (仙北平野と仙南平野に分ける事もある)• (括弧内は盆地を造り出した支流の名前)• 沿い:• 北上川沿い:()、(江合川)、(大谷川)• 名取川沿い:()、()• 阿武隈川沿い• 本流沿い:、(伊具盆地)• 沿い:、、• 白石川の支流沿い:()、()• 、、、• (東北地方最大の離島)、、、、、(、、、)• 面積重心:落合松坂• :青山 気候 [ ] 県内の気候はに分類され、全般に夏期は酷暑が少なく、冬期でも降雪量は東北地方の中では少なめであるので比較的過ごしやすい。 県北部の太平洋沿岸部は緯度の割には温暖で太平洋側気候の特徴をよく表すが、南部の気候は関東に近い。 また、東側は海洋性気候、西部はの特徴を示し、さらに西部山間部は冬期にとなりの特徴を示す。 の旧地区は特別豪雪地帯である。 気象庁による気象予報では、宮城県を「宮城県西部」と「宮城県東部」に二分し 、さらに西部を「西部栗原」、「西部大崎」、「西部仙台」、「西部仙南」に、東部を「気仙沼」、「石巻」、「登米・東部栗原」、「東部大崎」、「東部仙台」、「東部仙南」に細分している。 気仙沼、石巻 … に面したこの地域は、夏季はの影響を受けやすく冷涼でありになることは少ない。 冬季は雪も少なく比較的温暖である。 西部栗原、西部大崎 … となり冬季は寒さが厳しい。 に属しに属する。 特にの旧は特別豪雪地帯に指定されている。 内陸地域にあるものの夏季は比較的冷涼であり猛暑にはならない。 登米・東部栗原、東部大崎 …平野部地域は雪は少なくではあるが、のの気候の延長線上にあり、内陸盆地の特徴を示す。 地形のために時に強風の影響でとなることもある。 西部仙台、西部仙南 … や北関東の気候の延長線上にある。 となるが緯度が低いため、夏季は冷涼、冬季は緯度の割には温暖である。 都市圏の仙台市のの旧と旧・・は内陸のためより寒冷であり積雪も多くに指定されている。 東部仙台、東部仙南 … の気候の延長線上にある。 となり、、日較差ともに小さい。 都市圏の仙台市周辺は現象の影響が見られ、南にある北関東の各都市よりも冬季の冷え込みは緩い。 また積雪も少ない。 また、の地震に関する速報や情報で用いられる区域では、宮城県は「宮城県北部」、「宮城県中部」、「宮城県南部」に三分されている。 宮城県内各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:) 平年値 (月単位) 三陸海岸 仙北 仙南 川渡 駒の湯 新川 平均 気温 最暖月 22. 7 (8月) 22. 7 (8月) 22. 3 (8月) 23. 5 (8月) 23. 5 (8月) 23. 8 (8月) 23. 2 (8月) 22. 5 (8月) 23. 2 (8月) 23. 3 (8月) 20. 6 (8月) 24. 1 (8月) 22. 1 (8月) 23. 2 (8月) 23. 7 (8月) 23. 8 (8月) 23. 6 (8月) 23. 5 (8月) 22. 7 (8月) 最寒月 0. 0 (1月) 0. 4 (1月) 2. 7 (1月) 0. 5 (1月) 0. 0 (1月) -1. 0 (1月) 最多月 208. 4 (9月) 209. 0 (9月) 189. 1 (9月) 163. 1 (9月) 170. 5 (8月) 176. 4 (9月) 193. 2 (9月) 237. 8 (8月) 202. 2 (9月) 180. 8 (9月) 316. 0 (8月) 218. 4 (9月) 231. 1 (9月) 193. 5 (9月) 178. 8 (7月) 212. 7 (9月) 216. 9 (9月) 202. 7 (8月) 228. 0 (9月) 最少月 29. 6 (12月) 30. 3 (12月) 31. 4 (12月) 24. 8 (12月) 22. 1 (12月) 34. 4 (12月) 24. 3 (2月) 86. 9 (1月) 36. 6 (12月) 29. 6 (1月) 96. 0 (2月) 26. 4 (12月) 56. 8 (1月) 23. 7 (12月) 26. 6 (2月) 22. 2 (12月) 24. 7 (12月) 32. 1 (12月) 35. 4 (12月) 自治体 [ ] 現在、県内には35市町村(1410郡201)がある。 町の読み方は、利府町、大和町、大郷町、亘理町、山元町、女川町、色麻町、涌谷町、南三陸町の9町が「ちょう」で、残る11町は「まち」である。 村は「むら」と読む。 (平成23年)に発生した()より前で、最も近いである(平成22年)実施のそれの値を記す。 は2020年5月1日の値。 増減率は、それらの比。 , 2. , 3. , 4. , 5. 宮城県内の自治体(14市20町1村) 地域圏 市区町村 (人) 推計人口 (人) 増減率 04205-6 73,489 60,016 -18. 33 04606-0 17,429 11,008 -36. 84 04212-9 市 83,969 76,849 -8. 48 04213-7 市 74,932 64,537 -13. 87 04202-1 市 160,826 140,012 -12. 94 04581-1 10,051 5,723 -43. 06 04214-5 市 42,903 38,922 -9. 28 04215-3 市 135,147 127,985 -5. 30 04501-2 17,494 15,429 -11. 80 04505-5 25,190 23,928 -5. 01 04445-8 25,527 21,997 -13. 83 04444-0 7,431 6,675 -10. 36 04422-9 8,927 7,833 -12. 02 04401-6 15,085 13,339 -11. 57 04404-1 20,416 17,914 -12. 23 04203-0 市 56,490 52,362 -7. 31 04209-9 市 63,060 62,566 -0. 41 04361-3 34,845 32,924 -5. 51 04362-1 16,704 11,777 -29. 50 04324-9 9,978 8,520 -14. 61 04322-2 11,995 10,629 -11. 79 04323-1 39,341 38,737 -1. 54 04208-1 市 31,336 28,252 -9. 84 04341-9 15,501 12,528 -19. 18 04206-4 市 37,422 32,963 -11. 92 04301-0 12,882 11,462 -11. 02 04302-8 1,694 1,252 -26. 09 地域圏 [ ] 宮城県 広域圏区分図 宮城県は、県内の地域を以下のように区分している。 「広域気仙沼・本吉圏」、「広域石巻圏」、「広域登米圏」、「広域栗原圏」、「広域大崎圏」、「広域仙台都市圏」、「広域仙南圏」の7つである。 それぞれの地域に宮城県の振興事務所がある。 また、地域圏ごとに市町村による広域行政機構が設置されているが、平成の大合併によりそれぞれ1市に集約された栗原圏および登米圏では、各広域行政機構が解散して、栗原市役所および登米市役所がその機能を承継している。 仙台都市圏は、「大都市周辺地域振興整備措置要綱」 に基づいて設定された「仙台大都市周辺地域広域行政圏」に相当しており、(昭和52年)に構成市町村により仙台都市圏広域行政推進協議会が設置された。 同協議会は圏内の広域的な都市問題の協議機関として活動しているが、実際の広域行政では圏内の旧郡単位などでが設置されている。 県全体に対する各圏の人口比率は、仙台都市圏以外では(9年)国勢調査の際が最も高く、その後は仙台都市圏が比率を高める一方で他の各圏の比率は下がっていった。 また、仙台都市圏は1920年に県の約3分の1を占めるに過ぎなかったが、直近の(27年)のそれでは人口が約5倍となり、県の約3分の2を占めるに至っている。 現状では、仙台都市圏の隣接3圏(仙南圏、大崎圏、石巻圏)が各々10パーセント弱、隣接しない県北3圏(栗原圏、登米圏、気仙沼・本吉圏)の合計が約10パーセントとなっている。 気仙沼・本吉圏、石巻圏、および、仙台都市圏の沿岸3圏以外では(30年)国勢調査の人口がピークであり、においてが始まるのと同期して人口減少も始まった。 から各国でを設定する動きが始まり、それまで自由に外国の沿岸近くまで行って操業していた日本漁船は締め出しされるようになった。 すると、の基地としても機能していたのおよびの景気は下向き始め、同期して気仙沼・本吉圏では(昭和55年)、石巻圏では(昭和60年)をピークとして人口が減少し始めた。 - - - 地域圏の行政組織 地域圏 宮城県庁の 市町村による広域行政機構 () () 地域圏別の、人口 、県全体に対する人口比率 地域圏 推計人口 2020年5月1日 (22年) (60年) (昭和30年) (9年) 宮城県合計 2,296,145 2,348,165 2,176,295 1,727,065 961,768 71,024 3. 1 90,918 3. 9 113,438 5. 2 106,720 6. 2 60,878 6. 3 76,849 3. 3 83,969 3. 6 99,182 4. 6 128,753 7. 5 77,807 8. 1 64,537 2. 8 74,932 3. 2 95,042 4. 4 136,195 7. 9 83,707 8. 7 184,657 8 213,780 9. 1 241,113 11. 1 232,403 13. 5 129,585 13. 5 196,014 8. 5 210,789 9. 0 223,306 10. 3 250,980 14. 5 154,262 16. 0 1,535,005 66. 9 1,490,098 63. 5 1,209,050 55. 6 669,422 38. 8 320,770 33. 4 168,059 7. 3 183,679 7. 8 195,164 9. 0 202,592 11. 7 134,759 14. 写真の右が前方部で、左が後円部。 現在の宮城県の地には、からの影響力が及んでおり、()や遠見塚古墳()などのが造られた。 雷神山古墳は東北地方の中では最大の古墳である。 古墳時代後期には、厚葬禁止の令に従い、も多く造られた。 元年8月、改新政府は「東国国司」8組を、今後の政治改革遂行のために人口と田地面積の調査、武器の収公などの任務を与え、現在の中部・関東から東北地方南部に臨時的に派遣した。 朝( - )の後半に第2次使者が派遣されて制が評制へ転換され、の上にが設けられ、の前身である国宰が派遣された。 この時期に(みちのおくくに)が設けられた。 その領域は、国造制が施行されていた宮城県南端と福島県で、最初に置かれた評は曰理(わたり)、伊具(いぐ)、宇多(うだ)、行方(なめかた)、標葉(しめは)、信夫(しのぶ)、安積(あさか)、岩背(盤瀨;いわせ)、白河、会津の10評。 菊多(きくた)、安達(あだち)、耶麻(やま)郡は後に分置された郡で、石城(磐城)評ははじめ常陸国の管轄であった。 この10評のうち行方、会津評を除く8評が国造のクニであって、行方評は分割・新置された評。 曰理・伊具評が宮城県南端、宇多評以下が福島県域である。 道奥国の表記は、後に 陸奥国(みちのおくくに)と改められた。 多賀城政庁跡。 最初のと推定される()は、現在の郡山(旧)に設置された。 又、陸奥・が、現在の仙台市木下周辺(旧宮城郡)に設置された。 後に多賀城は、現在の仙台市岩切(旧宮城郡)に移転したと考えられているが、遺構は発見されていない。 奈良時代末期から平安時代初期、仙台平野北部・三陸沿岸の蝦夷がたびたび大和朝廷の拠点を襲撃し、が勃発した。 伊治(コレハル、栗原?)を拠点とするは当初大和朝廷側に帰属し多賀城に出仕していたが、蝦夷への差別に怒って反乱を起こし多賀城を滅ぼした。 これをきっかけに [ ]の・による抵抗戦争が起こった。 11世紀半ばののが仙台平野に影響力を拡大し、多賀城の国司と対立した。 安倍氏討伐の命を受けたが下向しても仙台平野の郡司らは中立を守り、苦戦した朝廷軍は仙北の俘囚主の参戦でようやく安倍氏を滅ぼすことができた。 その後12世紀、の時代になると、奥州の軍事警察権がに遷り、仙台平野は中央勢力の荘園と在地勢力の自治が混在するようになった。 奥州藤原氏の行政権の程度については諸説がある。 中世 [ ] には、奥州藤原氏追討の恩賞により、などのの有力氏族や武士たちが、として現在の宮城県域に多く入植した。 多賀城の留守所長官として陸奥国留守職に任ぜられたのがで、家景の子孫がを名乗るようになり、代々、陸奥国留守職に任ぜられた。 に入ると、の争いが起こったが、足利一族のがを称して多賀城に入ると、争いは次第に沈静化していった。 斯波氏の傍流であるは職に就いた。 9年()に奥羽両国が直轄支配下に置かれ、大崎氏の奥州管領権は大きく制約を受けた。 大崎氏は7年()にとなった。 戦国時代から江戸時代まで [ ] 仙台藩祖である伊達政宗の肖像画。 になると、の西側に連なる盆地群に拠点を置く武将たちの勢力が強くなり、大崎氏の権勢は衰退し、最終的に・()と()を本拠地とするの軍門に下った。 伊達氏はので功を立てて伊達郡に封じられた関東武士の末裔で、鎌倉時代から伊達郡を中心に勢力を拡大した。 にのはのや地方のらに勝利し、領土を拡大した。 しかし、政宗はに服属し、秀吉のによって、征服した会津地方などを奪い取られた。 政宗は、奥州仕置によって取り潰されたやの旧臣を扇動して、を起こさせたが、この一揆扇動はに露見し、政宗は秀吉から一揆の鎮圧を命じられた。 政宗はから秀吉の家臣・を救出して、一揆を鎮圧した。 戦後、秀吉は政宗の領地を、それまでの南部、、宮城県南部から、宮城県および南部へと北へ追いやった。 政宗は玉造郡のを居城として新しい領地の統治に当たった。 秀吉の死後、政宗はに接近し、5年()ので家康に協力した。 伊達政宗は、やとの緊張関係を考慮して、天然の地形が防御に適したに居城としてを構えた。 慶長5年(1601年1月28日)に城の縄張りを始め、「千代(せんだい)」を「仙臺(仙台)」に改めて、の建設も開始した。 伊達氏は伊達郡から置賜郡(米沢)、岩出山、仙台と家臣団や寺社、職人集団を引き連れて移動したため、仙台城下の町や寺社、旧家、職人の家系には、伊達郡を起源とするものが少なくなかった。 城下町では冬季の乾燥や対策として、や、の植樹が奨励された。 の開削もあって、仙台は多くの居住者を涵養できるようになり、62万石のの藩経済を背景に、仙台城下は奥州一の都会となった。 江戸中期には実石高は100万石を超え、港町であるは(東京都区部)との交易で栄えた。 家老の片倉氏は代々(現宮城県)を居城とし、家臣や一族をにもかかわらず「要害」と言う特有の制度化で藩内を治めさせた。 要害としては涌谷城、岩出山城、金山城、岩沼城、角田城、丸森城、寺池城、佐沼城、宮沢城、高清水城、不動堂城、川崎城、平沢城、船岡城、亘理城、坂本城、岩ケ崎城、滝野館、石森城、米谷城、武田館、宮崎館、宮崎城、千石城、大窪城、吉岡城、宮床館、村田城などがあった。 伊達政宗はとの太平洋貿易を企図し、仙台領内で洋式大型帆船・を建造。 18年()、家臣・を使節とする団をおよび()へ派遣した。 使節派遣の目的は、スペイン王国との通商にとどまらず、のためのスペインとの軍事同盟であったともいわれている。 支倉常長はスペイン国王およびローマ法王に謁見した。 しかし、徳川幕府が日本国内でキリスト教徒を大弾圧したため、目的は達成されなかった。 伊達氏は代々「陸奥守」を称し、初代仙台藩祖・伊達政宗以来、東北のであった。 仙台藩は幕末に、幕府の命令で北海道の警護を担当した。 このときやなどの東北諸藩も北海道の警護を担当した。 仙台藩の警衛地と領地は北海道の約3分の1を占めた。 仙台藩はの弟(の叔父)・(のちの)を擁立し、輪王寺宮を「東武皇帝」として即位させ、仙台藩主・はに就任する予定であったといわれる。 しかし奥羽越列藩同盟は藩とを主力とする軍に敗れ、仙台藩は石高を28万石にまで減らされた。 このとき、が減って困窮した家臣団を救うために、仙台藩は(北海道)への入植を行った。 仙台藩は明治新政府と共同でを開拓したほか、単独で などを開拓した。 こうして仙台藩は北海道開拓の歴史上に功績を残した。 近現代 [ ] が誕生すると、日本は体制の下に組み込まれたが、東北地方支配の政治的拠点とされたを中心に発展が始まった。 仙台藩を前身とする は後も存続し、旧領である、の編入、 宮城県への改称、(現)、(現南部)との管轄区域の変更を経て、現在の県域が確定した。 仙台には、政策によってが置かれ、また()を初めとした高等教育機関が設立された。 一方で、の大半が砂浜で臨海工業の適地がなかったため、時代からに至るまで、宮城県ではが発展しなかった。 ただし、石巻湾に石巻工業港、仙台湾に(いずれも掘り込み式)が造られ、工業集積はある程度進んだ。 高度経済成長期頃から、第二次産業からへの転換が進むと、やの建設、および広大な流通団地の建設によって、仙台は東北地方の卸売り商業の中心地、そしてとして人口が激増し、その他の県内拠点都市も発展した。 その後、の開業や、仙台市の化、の影響から、仙台市とその周辺が特に発展して「」の一極集中が進んだ。 年表 [ ]• :やが造られる。 :の()が仙台市南部に置かれる。 :が陸奥国留守職に就任し、その子孫がを名乗る。 7年():がとなる。 17年():が蘆名氏を滅ぼす。 6年():伊達政宗がを築きの基礎を築く。 慶長18年():伊達政宗が家臣・らをおよびへ派遣()。 陸奥国が分割され、仙台藩は全域と、陸中国・磐城国の一部に渡るようになる。 明治元年():仙台藩が減封され、、、、、が分立。 明治4年():第1次府県統合によりと(後にに改名)が置かれる。 明治5年():仙台県が 宮城県に改名。 (明治9年):第2次府県統合に伴い、磐井県より・・・・を編入し、・・を宮城県から分離してに編入した。 5月25日、気仙郡を分離してに移管。 、磐前県に編入されていた・・が宮城県に復帰し、現在の県域が確定。 (明治20年):東京・上野と塩釜の間に鉄道が開通する。 (明治22年):が施行し、 となる。 (明治40年):が設立される。 (8年):4月1日、石巻町が市制施行し、 となる。 (昭和16年):塩竈町が市制施行し、 となる。 (昭和32年):開港。 (昭和31年) - (昭和38年):の指定を受ける。 (昭和35年):津波来襲• (昭和46年):開港• (昭和53年):発生。 全国の建築基準が大幅改訂(阪神淡路大震災まで)。 1978年(昭和53年)頃:にが初登場。 (昭和57年):開業。 (平成5年):宮城県知事と仙台市長がで逮捕される。 (平成11年):が(Jリーグ)に加盟する。 (平成15年):発生。 (平成16年):プロ野球球団、が設立(2005年シーズンから参戦)。 (平成17年):プロバスケットボールリーグ()のが設立される。 (平成18年):(仙台)を導入。 (平成20年):発生。 (平成22年):津波来襲。 (平成23年):発生。 0(国内観測史上最大かつ過去100年間で世界4番目の規模)を記録するとなった。 この地震でではを観測し、沿岸部はに襲われた。 (平成28年):富谷町が市制施行しとなる。 宮城県内では市町村合併を伴わない単独市制移行は45年振り。 (平成30年):宮城県大崎市を中心とする「」が、国連食糧農業機関が認定する世界農業遺産に認定される。 人口 [ ] 2015年(平成27年)の国勢調査による宮城県の人口は約233万人である。 (9年)にはやに次いで第3位の人口であったが、(大正14年)には山形県を抜いて第2位となり、(昭和55年)からは東北で最も人口の多い県となっている。 ただし、国勢調査が始まって以来、一貫して伸び続けてきた人口が(平成18年)に初めて減少に転じた。 依然としての人口は伸びているが、郡部の減少が著しい状況となっている。 である仙台市の人口は県全体の約45を占め、一極集中傾向がある()。 この人口集中率はに次ぎ全国第2番目の高さである。 全国平均と比べ、卒業から・にかけての年代の人口比率が高い傾向がある。 これは仙台市にをはじめとした大学・専門学校が多く存在するため、東北地方だけではなく全国から進学者が集まるためである。 また年間の変化としても卒業シーズンの3月にこの年代の人口が減り、入学シーズンの4月に回復するという特徴的なパターンがみられる。 以前は、とその他の地方の所得格差があったため、仙台市が求職者を吸引して社会増を実現し、毎年1万人程度の人口増があった。 同時に仙台市のとなっている周辺自治体の人口増もあった。 しかし、(平成10年)頃から仙台市の社会増の減少が顕著になってきている。 周辺自治体は社会増がある。 これは、仙台の景気後退を受け、東京と仙台との間の所得格差が開いたために、仙台よりも東京に就職口を求める傾向が出てきたことによる。 ただし、高卒の就職口としては仙台が未だ人気があるため、東北地方の他県からの求職者が仙台に集中して競争率が上がり、宮城県内の高校卒業者の就職内定率は東北地方内で最低水準が続いている。 詳細は「」を参照• 初代 (昭和22年) - (昭和24年)• 2代 1949年(昭和24年) - (昭和27年)• 3代 1952年(昭和27年) - (昭和31年)10月4日• 4代 1956年(昭和31年)10月5日 - (昭和34年)• 5代 1959年(昭和34年) - (昭和40年)• 6代 1965年(昭和40年) - (昭和44年)• 7代 1969年(昭和44年) - (元年)3月27日• 8代 1989年(平成元年)3月28日 - (平成5年)10月4日• 9代 1993年(平成5年) - (平成17年)• 10代 2005年(平成17年) - 国際交流 [ ] から見た高山外国人避暑地の戸谷場地区(2009年8月)。 宮城県は(昭和62年)にと、(平成9年)にと、(平成13年)にと友好提携を締結し、交流を行っている。 また、との交流も行われている。 この他に(平成2年)に、、と共同で、アメリカ合衆国シアトル港湾局と友好港提携書に調印している。 外国人誘客のため・に、県が(大正2年)に、および、(昭和14年)に(いずれも松島町)を開業した。 また、県の管轄ではないが、の1つであるが明治時代から七ヶ浜町に存在する。 財政 [ ] によると、宮城県は度(平成19年度)決算で165億円の赤字発生であり、度(平成20年度)決算でも同様の状態であれば国に財政健全化策の報告が義務付けられるに移行。 そのため、このままの進度が維持されるとに転落する恐れがある。 このため、急務な財政改革が求められている。 年度 経常収支比率 平成19年度 96. 53 - Iグループ(財政力指数0. 5以上、1. 0未満)17自治体中16位 平成18年度 93. 51 - Iグループ(財政力指数0. 5以上、1. 0未満)16自治体中15位 平成17年度 94. 48 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)8自治体中3位 平成16年度 93. 47 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)10自治体中4位• による。 経済・産業 [ ] 度(平成20年度)の県内総生産は8兆1934億円である。 同年度の県民所得は5兆7884億円であり、一人当たり県民所得は247. 3万円である。 は、による農産物の価格低迷、水産物の水揚げ高の変動や価格の高騰により不況感がある。 は、工場の統廃合や業界再編の時期が過ぎ、収益性が上がってきている。 は、ほかのを擁する都道府県と同様に、仙台都心部でを対象とした広域ビジネスを展開する高級消費財を扱う業種、各地域の大型が好調なのに対し、商圏が数百m程度の最寄品を販売する小規模商店は苦境に立っている。 第一次産業 [ ] 栗原市の水田地帯。 総生産額は1888億円、県内総生産に占める割合は2. 農業については、平野部では(ササニシキ、ひとめぼれなど)が主であるが、南部の沿岸地域では海洋性気候のため温暖であり、奥羽山脈・阿武隈高地(亘理丘陵)に雪雲が遮られて冬季の晴天率が高いことを利用し、などのハウス栽培もおこなわれ、松島丘陵(特に)ではの栽培が盛んである。 やなどの高冷地ではの栽培も行われている。 高級和牛であるの産地となっており畜産業が盛んである。 少量ではあるが日本で唯一、の栽培が行われている。 漁業については、全国有数の水揚げ高を有する漁港がある。 松島湾や三陸海岸の入り江では、・・などの漁業も盛ん。 仙台市の沖合い2キロメートル辺りではの養殖も行われている。 県内の主要港は、(、以前はも)の基地としても機能しているため、自然と海外との交流をしており、外国人船員も多く立ち寄る。 また、かつおを追って北上してくるの船員や、さんまを追って南下してくるの船員も多く立ち寄っており、、に並ぶ、宮城県の第3の玄関口となっている。 後はの海底の変化により、の生息数が急増し2015年には全国1位の漁獲量となっている。 以下に、(平成14年)の貝類・海藻類を除く海での漁獲高による全国順位などを示す。 5位 (10. 8万トン):かつお類、いか類、いわし類• 7位 気仙沼港(8. 8万トン):さんま、かつお類、まぐろ類• 16位 女川港(4. 5万トン):さんま• 塩釜港では近海の漁獲高が多い。 第二次産業 [ ] 総生産額は1兆8753億円、県内総生産に占める割合は21. 7パーセント(2001年)である。 食料品は水産加工品など、電気機械はICなどの電子機械等が主である。 石油石炭製品の工場は周辺に集中立地している。 とに大規模なの工場がある。 第三次産業 [ ] 総生産額は6兆8098億円、県内総生産に占める割合は79. 6パーセント(2001年)。 サービス業、卸売小売業共にを拠点としている。 の成立により、物販面では、高額商品やファッション性の高い・の販売地としてと前が求心力を強め、その商圏が仙台経済圏の周辺にまで広がりを見せている。 娯楽・レジャー面では、やが供給する文化・スポーツイベントなどの求心力が、仙台経済圏に及んでいる。 ただし、県内の小規模のみならず仙台市内も含め、の販売を中心としてきた地元商店街は、郊外型、、に、価格競争や駐車場などのサービスで敗北して衰退している。 規模の大小があるが、周辺地域から集客する能力のある商業拠点に以下のようなものがある。 宮城県内の各地域の商業事情だが、集客力は仙台都市圏が優勢でその他の都市の商業基盤は沈下傾向にある。 仙台市中心部 主要幹線道路にはや大規模郊外店が集積し、中心部商店街の地盤沈下が危ぶまれたが、高速バスの発達などにより、宮城県内はもとより、山形県や福島県などからも集客が進み、特に一番町ではブランド街化が進んでいる。 また、人口の約1パーセント(約1万人)が外国人居住者であるが、大学・専門学校等の教員や学生が多く、ほかの大都市圏のような飲食店や小売業などにおける存在感は希薄である。 ただ、韓国料理や東南アジアの料理などにおいて少しずつその存在感は増してきている。 仙台北部 仙台市を東西に貫くの北岸に、南岸にがあり、これらが一体となって仙台の北の副都心を形成しているが、七北田川沿いの平地が元々少ない上、市街地指定の土地も少なく、大規模店が進出できる土地が残されていない。 泉中央は、もともと車でアクセスするロードサイド店型の店舗形態が優勢であったが、狭い土地であるために渋滞が激しく、ロードサイド店型の出店形式が合わない地区に変化した。 このあおりで、仙台泉店は広大な駐車場を持ちながらも業績が悪化して閉店に追い込まれた。 一方、泉中央には、地下鉄のターミナル駅のがあるため徒歩移動している人が比較的多いこと、低層であるがオフィスビルが集中していること、のホームスタジアムであるがあり、試合前後に2万人近い観客が集中すること、などにより飲み屋街も形成されて都市機能の集積が進み、などの駅前立地型の大規模店は生き残っている。 このような泉中央の副都心化により、「泉中央の郊外」といえる商業地が形成されている。 それは、バイパスの内側にある泉中央に対し、バイパス沿いまたは外側にある富谷市や泉区松陵地区の幹線道路沿いのロードサイドショップ群であり、富谷市には、などを併設した郊外大規模店も進出した。 なお、泉中央とその郊外という小都市圏の形成によって、仙台市都心部と泉中央を結ぶ旧国道4号(県道仙台泉線)沿いのロードサイドショップは集客力を大きく減らし、閉店したり業績悪化に見舞われ、現在はマンションへの建て替え傾向が強い。 また、富谷市の更に北に隣接するに、日系ブラジル人の増加がやや見られるが、商業にインパクトを与えるほどにはなっていない。 仙台北東部 仙台 - の間には、国道4号バイパス沿いに仙台市が設定した地区(稲作地保全地区)と、流通・工業地指定された卸町・扇町・六丁の目があり、住宅建設や商業(車関係以外)がほとんどできない広大な地域が南北に横たわっている。 このような自然障壁ならぬ障壁によって、仙台都市圏北東部は、仙台市都心部から見て、商業・住宅の「」となっている。 都心と「飛び地」および松島方面とを結ぶ道路には、一般道の・・、および、のなどがあり、並走している。 その内、仙台 - 松島間を最短で結ぶは、旧来から都市機能が集積している仙台市宮城野区北東部 - 多賀城 - 塩竈のバイパス機能を持ち、・・などの高速道の結節点としての機能や、を中心とした大規模集客施設の玄関となって地位が上がった。 また、利府町の丘陵地が開発されて仙台のとなり、人口が増加して商業の集積が進んだ。 利府街道沿いは、市街地化が制限された農地に指定されているため、沿道をロードサイド店舗が埋める形ではなく、市街地指定の利府町中心部に大規模店やロードサイド店などが集中立地している。 なお、近年、工業・流通地区指定が解除され始めた後背地(宮城野区北東部 - 多賀城市 : 産業道路沿い)の大規模区画にも次々と郊外大規模小売店が出店しており、国道45号沿いとともに「飛び地」内で三つ巴の過当競争状態になりつつある。 仙台南部 仙台都心部の南にはがあるが、副都心指定されていないものの都心に近接する北の地区と同様に、マンション地区となっている。 距離的には北仙台と長町が都心と同じ位置にあるが、歴史的な経緯や旧国道4号の走行の違い、背景人口の違いによって発展が異なった。 また、バイパス沿いのをに変更するようになり、隣接する長町 - が副都心指定された。 同じ副都心指定の泉中央のような業務機能の集積は少ないが、長町は商業中心の1つとして機能し、北仙台とは異なった道を歩んでいる。 近年の動きとして、長町駅東側の再開発「」によって長町の副都心としての機能充実が期待されるのと同時に、の駅前開発が活発化してきている。 特に、杜せきのした駅前には「」が開業し、泉中央の同心円状の小都市圏とは異なって、鉄道・自動車交通をインフラとした長細いレールサイド・ロードサイド商業圏に収斂しつつある。 塩竈市 仙台市の外港として発展した塩竈の中心市街地は、以前は「飛び地」の中心であったが、車でのショッピングが便利な、、仙台港後背地にある郊外大規模小売店などにおされ気味である。 ただし、中心市街地には安くて美味しいと評判の寿司店が多く、観光の客のみならず、仙台など広域から集客している。 大崎市 (平成18年)に、とその周辺の6町が合併して、が発足した。 県北部の中心都市として、周辺の中心部商店街が存在しているが、商圏が広域であるため、バイパス沿いなどのロードサイド店の方に勢いがある。 古川地区は以外で人口の増加が見られる県内では数少ない地域の一つであり、商業機能の面では石巻都市圏を凌ぐ勢いの時期もあった。 ただ、仙台方面への新幹線や高速バスでの通勤通学者や買い物客も多く、特に中心商店街の再活性化が課題である。 また市域南東部の鹿島台商圏は(平成9年)に開店したロックタウン鹿島台が中心となり、やや広域を対象としたチェーン店では古川・鹿島台の市内2ヶ所に開店させた事例が目立つ。 しかしながら(平成18年)発行の宮城県「消費購買動向調査報告書」によると、旧は商圏の基準を満たさず、商圏中心都市の座を降りることとなった。 なお鹿島台・松山地域においては仙台方面への東北本線での通勤通学者や買い物客も多い。 佐沼(登米市) 周辺は人口密度が希薄な地帯であるが、飲食店の集積率が高く、一通りの買い回り品は揃う。 そのため、登米市の中心市街地として市内および岩手県南からの客も集める。 ただし、ロードサイド店が限定的であるため、近年の三陸自動車道の延伸後は買い物客の圏外流出(石巻や仙台)が顕著となり、同時に旧市街地の集客力も低下している。 築館(栗原市) 沿いのロードサイドショップが優位。 古川への依存傾向がある。 気仙沼市 港地区の旧市街地と、気仙沼市立病院(旧:公立気仙沼総合病院)を中心とした新市街地とがある。 岩手県三陸南部の諸都市とともに独自の商圏を形成している。 域外の依存する商圏は、(岩手県南西部)と仙台市。 石巻市 県東部の中心都市として、宮城県内では仙台市以外で唯一のデパートが立地する中心部商店街がある。 ただし、バイパス沿道のロードサイドショップの方が優勢である。 工業の業績改善傾向による消費意欲の増大や、の整備による商圏の広域化のため、大規模小売店の集積傾向が強くなり、買い物客の域外流出傾向から流入傾向に変化しつつある。 特に周辺は近年急速な発展を続けており、県内では仙台周辺地域に次ぐ商業機能を持つ。 大河原町 消費購買動向調査(平成20年)によると、大河原町の商業は一次商圏に・・・・・、二次商圏に・、三次商圏にを擁し、の全市町に影響を及ぼす地域型商圏を維持していることが明かになった。 前回調査(平成17年)と比較すると、商圏範囲は変動がなく2市7町をそのまま継続。 商圏人口はの減少で192,879人から188,313人に減少。 吸引人口は蔵王町・白石市・村田町・柴田町・丸森町・角田市・大河原町からの吸引率が上昇して64,960人から74,807人に増加。 の地元購買率は65. 0パーセントから67. 8パーセントに上昇している。 このことから、大河原町の商業は仙南圏での勢力を拡大して拠点性を強めていると考えられる。 大河原は仙南圏を管轄する国や県の出先機関が多い役所の町で、中心街の本町・中町および前は商店街になっている。 しかし現在、中心街の商業活動は低落し、商業地としての活況は大規模店や中規模店が建並ぶおよび県道亘理大河原川崎線沿道の新市街へ完全移動している。 主な大型店としては、県道亘理大河原川崎線沿道にとを併設した仙南圏最大の大型店(核店舗 )、国道4号沿道に全棟独立タイプの さくらショッピングセンター(核店舗 、)があり、その他にもなど買回性の強い店舗が多数立地している。 これらの店舗は、東端のフォルテと西端の さくらショッピングセンターを結ぶ4キロメートル区間に集中し、が連なる国道4号沿道は仙南圏で随一の商業ゾーンになっている。 この商業ゾーンの特徴の一つに、飲食店の多さを挙げることができる。 消費購買動向調査によると、村田町民の63. 8パーセント、蔵王町民の63. 4パーセント、角田市民の40. 6パーセントが大河原町内で「家族連れ外食」を楽しんでいるという。 しかし、大河原町自体の買回品購買は・に流出する傾向があり、両市の三次商圏に組み込まれている。 なお、フォルテ周辺には仙南芸術文化センター・町総合体育館・仙南広域消防本部・・みやぎ県南中核病院があり、商業以外の面でも仙南圏の拠点ゾーンとなっている。 平成19年商業統計調査による大河原町の年間小売販売額は3,949,889万円。 それを大河原町の人口23,444人(平成19年10月)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は168万円で、県平均の108万円を大きく上回って突出している。 白石市 消費購買動向調査(平成20年)によると、白石市の商業は一次商圏に・、三次商圏にを擁し、小規模な地区型商圏を維持していることが明かになった。 前回調査(平成17年)に比べて商圏範囲は1市3町から1市2町に減少。 商圏人口は72,888人から54,012人に減少。 吸引人口は25,179人から17,591人に減少。 の地元購買率も50. 7パーセントから38. 5パーセントに低下して、商勢力は大きく縮小している。 その要因として、の商圏離脱、とへの流出率増加、商圏範囲の減少がある。 休日を中心に福島ナンバーの自動車がかなりみられる。 ・・には大型商業施設、郊外型店舗が集積している地区が存在しないこと、より距離が近いことなどから流入していることが考えられる。 白石店では福島県在住者に対して組合員(メンバー)加入を呼び掛けており、マルホンカウボーイにおいても大震災から復興を宮城県民とともに福島県民にも呼びかけた掲示物を掲げていた。 白石は江戸期の城下町から発展した小都市で、中心街の前通は長年にわたっての最高を保持し、中町から長町にかけては仙南圏で唯一の商店街になっている。 このように白石の中心街は仙南圏で最も繁華な商業地だった面影を随所に残しているが、今は仙南圏をカバーする商業拠点を大河原町に譲り渡しているのが実情である。 現在、白石市の商業地は中心街から1. 5キロメートルほど離れた大平森合地区の沿道に移動している。 主な大型店としては、国道4号沿道にアムザショッピングタウン(核店舗 マルホンカウボーイ・)・セラビ(核店舗 ・)があり、国道4号と中心商店街の中間には片倉ショッピングセンター(核店舗 )が出店している。 国道4号沿道はアムザとセラビを核に800mにわたって郊外型店舗が連続する商業ゾーンだが、(平成19年)にはアムザに入居していたが閉店。 白石市はとともにのない市となった。 市内唯一の家電量販店の閉店は市民にとって少なからず衝撃で、「市民が選んだ平成19年10大ニュース」の3位にランクインしている。 同じく2007年(平成19年)、アーケード商店街に立地して中心街の核店舗となっていたスーパーのヤオチュウ本店も閉店している。 七ヶ宿町と蔵王町を商圏に取込み、その商圏の中心市に位置付けられている白石市だが、家電、スポーツ用品など買回品の購買を大河原町などに流出させ、大河原町の一次商圏および・名取市の三次商圏に組込まれている。 平成19年度に国が実施した商業統計調査による白石市の年間小売販売額は3,597,800万円。 それを白石市の人口39,492人(平成19年10月)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は91万円で、県平均の108万円を下回っている。 柴田町 消費購買動向調査(平成20年)によると、柴田町の商業は一次商圏に、三次商圏に・を擁しているが、前回調査(平成17年)に比べて商圏範囲は1市4町から1市2町に減少。 商圏人口は122,911人から83,995人に減少。 吸引人口は25,963人から15,570人に減少。 の地元購買率も44. 6パーセントから32. 5パーセントに低下して商勢力は大きく縮小している。 その要因には、との商圏離脱、と大河原町への流出率増加、商圏範囲の減少がある。 なお、同調査の結果報告書は、商圏中心市区町村であるための要件(買回品の地元購買率が30パーセント以上の市区町村で、一次商圏又は二次商圏に該当する市区町村を一つ以上有するもの)を満たしていないとして、柴田町を商圏中心町から外している。 柴田町の船岡は江戸期に小さな城下町(要害)であったが、(昭和14年)に海軍火薬廠が設置されて急速に人口を増やした新しい町でもある。 銀座通、前通が中心街に相当するが、概して中心商店街の形成が未成熟のまま商業の郊外化時代に突入した観がある。 (昭和55年)、開通したばかりの沿道に 当時としては超大型のショッピングセンター サンコア(現在は イオン)がオープン。 サンコアの開店での商圏は激変し、商業拠点はから柴田町へ移った。 しかし(平成6年)、サンコアの2倍規模で大河原町にがオープンすると、今度は柴田町から大河原町に商業拠点が移動し始めた。 主な大型店にサンコア(核店舗 )、柴田東ショッピングセンター(核店舗 、)、柴田ショッピングプラザ(核店舗 )があるが、立地場所が飛び飛びで集中性に欠けている。 さらに(平成21年)、サンコアが倒産して すべての専門店が閉店。 だったジャスコが施設全体を使用し営業するようになった。 このような中、柴田町で最も商業ゾーンらしい景観を呈しているのは、イオンを核とする国道4号沿道の1. 5キロメートル区間であるが、家電・紳士服などの専門店は立地しておらず、買回品の購買は大河原町などへの流出がみられ、大河原町、名取市、の二次商圏に組込まれている。 平成19年商業統計調査による柴田町の年間小売販売額は3,430,161万円。 それを柴田町の人口39,809人(平成19年10月推計人口)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は86万円で、県平均の108万円を下回っている。 角田市 消費購買動向調査(平成20年)によると、角田市の商業は一次商圏に、二次商圏にを擁しているが、の地元購買率が29. 5パーセントと低率なため、同調査の結果報告書は角田市を商圏中心市から外している。 前回調査(平成17年)と比較すると、商圏範囲は変動がなく1市1町をそのまま継続。 商圏人口は50,677人から48,945人に減少。 吸引人口は17,570人から14,619人に減少。 買回品の地元購買率も34. 5パーセントから29. 5パーセントに低下して商勢力を縮小している。 その要因として、、への流出率増加および商圏範囲の減少がある。 角田は江戸期の小さな城下町(要害)から発展した小都市で、中心街の本町・仲町・天神町・田町などの商店街は、狭いながらも歩道が整備され、街路灯が設置され、では白石に次ぐ第二の商業地であった昔を景観の中に残している。 しかし現在、中心街の集客力は凋落し、商業地としての活況は郊外型店舗が並ぶ沿道の新市街へ移動している。 主な大型店に角田ショッピングセンター(核店舗 ・)などがあり、集客力の強い角田ショッピングセンターが立地する国道113号沿道は、1キロメートルにわたって郊外型店舗が並ぶ商業ゾーンになっている。 しかし、家電、パソコン、家具、インテリア用品、スポーツ用品、レジャー用品などの文化品を扱う店舗が乏しく、買回品の購買は大河原町などへ流出し、大河原町の一次商圏、名取市の二次商圏、およびの三次商圏に組み込まれている。 また、角田市の特徴に「家族づれ外食」の地元支持率の低さがある。 大河原町民の69. 2パーセントが大河原町内、白石市民の40. 9パーセントが白石市内、柴田町民の27. 4パーセントが柴田町内を「家族づれ外食」の場にしているが、角田市内を「家族連れ外食」の場にする角田市民は16. 5パーセントに過ぎない [ ]。 角田市には自動車用部品製造のなどが立地し工業出荷額は仙南圏で最高である。 平成19年商業統計調査による角田市の年間小売販売額は2,473,111万円。 それを角田市の人口32,968人(平成19年10月)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は75万円で、県平均の108万円を下回っている。 指定金融機関 [ ]• - 生活・交通 [ ] 警察 [ ]• 交通 [ ] 航空 [ ] 東日本放送 KHB (仙台市青葉区)• ケーブルテレビ局• を参照。 ラジオ局 [ ]• AMラジオ局• NHK仙台放送局• (・系列)• FMラジオ局• Date fm (77. 1MHz 系列)• NHK仙台放送局 82. 5MHz• ラジオ局• (仙台市青葉区 76. 2MHz 系列)• (仙台市泉区 79. 7MHz J-WAVE系列)• (塩竈市 78. 1MHz J-WAVE系列)• (岩沼市 77. 9MHz 系列)• (石巻市 76. 4MHz J-WAVE系列)• (仙台市太白区 78. 9MHz MusicBird系列)• (登米市 76. 7MHz J-WAVE系列) 文化・スポーツ [ ] 「」を参照 映画 [ ]• 真珠母• 青葉城の鬼• 影を斬る• (映画版)• 千の風になって• 小春小町• ドラマ [ ]• (1970年、)• (1978年、NHK)• (1983年、)• (1986年、NHK)• (1987年、NHK)• (1992年、)• (2004年、)• (2004年、NHK)• 二つの星• 杜の都恋物語• シリーズ• シリーズ• (2021年〈予定〉、NHK) アニメ [ ]• (Part4) (作中ではM県S市杜王町と表記) ゲーム [ ]• 戦国BASARA• (背景に一番町をはじめ、仙台市内各所が登場)• -をモデルにした「伊都夏市」が舞台。 やなどが登場。 小説 [ ]• 青葉繁れる• ア・ルース・ボーイ• 鉄塔家族• 光の帝国 常野物語• 蒲公英草紙 常野物語 恩田陸• 無伴奏• (M県S市杜王町と表記)• ハイキュー!! ショーセツバン!! 気仙沼ミラクルガール• むしめづる姫宮さん 手代木正太郎 漫画 [ ]• (Part4) (作中ではM県S市杜王町と表記)• BLUE CITY• 真夏の夜のユキオンナ 大山玲• Sink• (宮城県南部)• ねりんぐプロジェクト• ボールパークへようこそ• Paper Feather• (Part8)荒木飛呂彦(M県S市杜王町と表記)• ハイキュー!! 音楽 [ ]• ああ宮城県 人物 [ ] 「」を参照 宮城県名誉県民 [ ] 宮城県名誉県民の称号は、「社会の発展に卓越した功績があり、県民が誇りとしてひとしく敬愛する」者へ贈られる。 受賞者氏名 職業 選定年月日 備考 出典 1990年11月3日 元会長 1990年11月3日 研究での業績多数 1990年11月3日 元宮城県知事 政治家 2001年9月4日 元衆議院議長 宮城県県民栄誉賞受賞者 [ ] 宮城県県民栄誉賞は、1967年(昭和42年)9月1日に制定された宮城県県民栄誉賞規則(昭和42年9月1日宮城県規則第63号)に基づき、「文化、スポーツ等の分野において輝かしい業績を上げ、かつ、広く県民に敬愛され、県民に希望と活力を与えたと認められるもので功績の顕著なもの」へ、宮城県知事から贈られる(規則第3条・第5条)。 受賞者氏名 職業 選定年月日 備考 出典 元 1998年11月19日 当時所属・年間最多セーブおよび年間最多セーブポイント達成 2002年12月18日 受賞 選手 2006年3月27日 で金メダル獲得 プロ野球選手 2009年4月9日 受賞当時はに所属・はじめ各賞受賞 株式会社楽天野球団 球団 2013年11月24日 野球選手 2013年11月24日 上記の東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝に貢献・沢村賞はじめ各賞受賞 フィギュアスケート選手 2014年4月26日 で金メダル獲得 ・ 選手 2016年10月5日 で金メダル獲得(タカマツペア) フィギュアスケート選手 2018年4月22日 で金メダル獲得(スケート競技フィギュアスケート男子シングルにおいて66年ぶりとなる2連覇を達成) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 『宮城県の地名』15頁。 『角川日本地名大辞典4 宮城県』24頁。 『角川日本地名大辞典4 宮城県』25-26頁。 『角川日本地名大辞典4 宮城県』31-33頁。 『宮城県の地名』20頁。 『仙台市史』特別編1(自然)497-498頁。 気象庁 2016年10月10日. 2018年9月20日閲覧。 気象庁 2016年10月13日. 2018年9月20日閲覧。 (仙台都市圏広域行政推進協議会)• (宮城県)• (宮城県)• 今泉隆雄「宮城の夜明け」33-35ページ(渡辺信夫・今泉隆雄・大石直正・難波信雄『宮城県の歴史』山川出版社 )• - 公式ウェブサイト• 2007年2月7日, at the. 2007年2月11日, at the. - 宮城県、2019年7月28日閲覧。 参考文献 [ ]• 平凡社地方資料センター 『宮城県の地名』(日本歴史地名大系第4巻) 平凡社、1987年。 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典4 宮城県』 角川書店、1979年。 仙台市史編さん委員会 『仙台市史』特別編1(自然) 仙台市、1994年。 関連項目 [ ] に関連するメディアがあります。 ウィキニュースに関連記事があります。

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