長渕剛嫁。 長渕剛の『家族』~妻と娘と息子…それぞれが選んだ生き方に“乾杯”

長渕剛と嫁・志穂美悦子の現在は?元妻との離婚理由は不倫?

長渕剛嫁

志穂美悦子のプロフィール 生年月日:1955年10月29日 出身地 :岡山県岡山市東区西大寺 身長 :163cm(ネット情報) 血液型 :A型 志穂美悦子さんは、1970年代から1980年代にかけて活躍した女優です。 手足の長いスレンダーな体型でアクション女優として絶大な人気を誇りました。 1955年10月29日生まれで、2020年3月時点で年齢は64歳になります。 また、身長はネット上の情報では163cmとされていますが、公式に発表されたデータではなく、本当のところは不明です。 志穂美悦子の経歴 志穂美悦子さんは、子供の頃から運動神経が抜群で、小学生時代から高校生時代まで陸上部に所属し、中学校時代に80メートルハードルで「13秒4」の岡山県歴代2位の記録を出しています。 1968年放送のドラマ「キティハンター」に風間洋介役として出演していたアクション俳優・千葉真一さんに憧れてスタント俳優になりたいという夢を抱きます。 志穂美悦子さんは、高校生時代の1972年に千葉真一さんが主宰する、アクション俳優・スタント俳優に特化した芸能事務所「ジャパンアクションクラブ(JAC)」を受験して合格。 その年のうちに高校を転校(中延学園高等学校)して上京し、翌1973年には、千葉真一さん主演映画「ボディガード牙」にて、主人公・牙直人の妹のマキのアクションの吹き替え役(技斗)に抜擢され、スタント俳優としてのデビューを果たしました。 さらに、翌年の1974年には「女必殺拳」の主人公・李紅竜役に抜擢されます。 「女必殺拳」は国内で大ヒットを記録してシリーズ化。 志穂美悦子さんは「女必殺拳 危機一髪」「帰ってきた女必殺拳」と立て続けに主演し、一躍アクション女優として絶大な人気を獲得しました。 志穂美悦子さんは、男性アクション俳優顔負けの華麗で激しいアクションで世界的にも知名度を上げ、映画やドラマに次々と出演。 年間のブロマイド販売数が数年間連続で1位を記録するなど、国民的アクションスターの地位を獲得します。 1970年代後半からは、アクション性の強い作品以外にも出演の幅を広げ、「やる気満々」「三男三女婿一匹III」などのホームドラマにも出演。 アクションができるだけでなく演技力もある実力派女優として高い評価を受けるようになりました。 その後も数々の作品に出演した後、1987年にミュージシャンの長渕剛さんと結婚し、それを機に芸能界から引退し、以降は芸能活動は行なっていません。 志穂美悦子の若い頃の画像まとめ そんな志穂美悦子さんの若い頃の画像を紹介します。 1974年公開の映画「女必殺拳」での志穂美悦子さんです。 この作品がきっかけとなり、志穂美悦子さんはスターアクション女優としての階段を駆け上がりました。 「女必殺拳」の大ヒットを受け製作された続編「女必殺拳 危機一発」での志穂美悦子さんです。 志穂美悦子さんの最高傑作との呼び声も高い1975年公開の映画「若い貴族たち 13階段のマキ」の志穂美悦子さんです。 1976年に出版された映画雑誌「映画情報」の表紙を飾った志穂美悦子さんです。 トップアイドル並みにかわいい顔立ちで、世界レベルとも評される本格アクションを演じていたわけなので人気が瞬く間に爆発したのも当然だと言えるでしょう。 1973年放送開始の特撮ドラマ「キカイダー01」の、後半のヒロイン役とも言えるビジンダーことマリ役を演じる志穂美悦子さんです。 新人時代の志穂美悦子さんがセンセーショナルなデビューを飾った作品として現在でも度々話題にのぼっています。 志穂美悦子の結婚相手はミュージシャン・長渕剛 アクションスターとして国民的人気を得ていた志穂美悦子さんでしたが、1987年8月29日に、当時同じく国民的なスターだったシンガーソングライター・長渕剛さんとの結婚を発表し、31歳で芸能界を引退しています。 志穂美悦子と長渕剛の結婚会見 結婚を発表するために入籍の2日前に会見を開いた長渕剛さんは「婚姻届を出しといてくれとスタッフに渡した」とぶっきらぼうな様子でコメントし、わずか5分ほどで会見を終了させてしまいました。 その翌日、志穂美悦子さんも会見を開き「昨日の彼は、悪気じゃないのでどうか誤解しないで」とぶっきらぼうな対応をした長渕剛さんをフォローして見せ、「彼のステージを早く子供に見せたいから早く子供を産みたい」「癖のある男だから専業主婦をしたい」とのろける姿も見せています。 志穂美悦子と長渕剛の結婚式 長渕剛さんは、当時、アイドル歌手だった石野真子さんと1981年に結婚したものの2年後の1983年に離婚しており、志穂美悦子さんとは2度目の結婚だった事から当初は結婚式を挙げずに入籍だけで済ませるつもりでいたそうですが、初婚である志穂美悦子さんの希望で結婚式を挙げる事になったそうです。 志穂美悦子さんは「芸能人としてではなく普通の人としてひっそりと」式を挙げたいとして、奈良県天河村の標高620メートルの山奥にある「天河大弁財天社」で、お互いの両親と親しい知人だけが参列する結婚式を、地元の住人にも気づかれないままこっそりと挙げています。 志穂美悦子と長渕剛の馴れ初めとは 志穂美悦子さんと長渕剛さんの馴れ初めは、1986年6月から放送されたホームドラマ「親子ゲーム」での共演でした。 「親子ゲーム」で、長渕剛さんは元暴走族の経歴を持つラーメン屋を営む矢板保役で主演。 志穂美悦子さんは、矢板保の恋人役でヒロインの三石加代の役を演じました。 本作は、2人の演じたカップルが元暴走族という設定から度々乱闘級の痴話喧嘩を起こすシーンが見せ場になっていたのですが、その喧嘩シーンの撮影中に、志穂美悦子さんが小指をテーブルにぶつけて骨折するというアクシンデントが発生。 この時、志穂美悦子さんを長渕剛さんが心配し、病院に運ばれる間もずっとそばに付き添っていたのが2人が交際に発展するきっかけになったそうです。 それから3ヶ月後の1986年9月には、写真週刊誌が長渕剛さんの自宅マンションから朝帰りする志穂美悦子さんの姿を激写。 この時には、長渕剛さんは「38度の熱が出た僕を彼女が看病してくれただけ」と熱愛を否定していましたが、実際にはこの時既に2人の交際ははじまっていたようです。 その数ヶ月後、1986年12月公開の映画「男はつらいよ 幸福の青い鳥」でも長渕剛さんと志穂美悦子さんは共演し、お互いに惹かれあいなあらも気持ちを伝えられない男女の役を熱演しています。 この映画公開に先立ってインタビューを受けた長渕剛さんは「盛り上がれば結婚ということもある」と志穂美悦子さんと結婚も意識して交際している事を認め、一方の志穂美悦子さんも「私たちの交際は隠れてコソコソするものではない」「いつも堂々と付き合っていたいと思う」と長渕剛さんとの熱愛を認めています。 志穂美悦子と長渕剛の夫婦エピソード 長渕剛さんといえば、1991年に報じられた女優・清水美砂さんとの不倫や、1993年に発覚した女優の国生さゆりさんとの不倫など、女遊びの激しさがよく知られています。 旦那・長渕剛さんの奔放さに、普通であればとっくに離婚を決断していそうなものですが、懐の深い志穂美悦子さんはそれを毎度受け流し、長渕剛さんのイメージに傷がつかないようスキャンダルが出る度に的確に対応させ、奥方として長渕剛さんを支え続けてきました。 こうした経緯もあって、自由奔放でヤンチャなイメージもある長渕剛さんも家庭の中では志穂美悦子さんの尻に敷かれ、おとなしくするようになったのだとか。 長渕剛さんは、テレビやラジオ、雑誌など、様々なメディアで「世の中で一番怖いのは妻」と公言しており、妻を怒らせると「あなた、5階から飛ぶことができる? (アクションスターである自分は5階から飛ぶことなど容易いという意味で)」と真顔で聞いてくるエピソードなども明かしています。 ある時には、志穂美悦子さんが師匠である千葉真一さんに泣きながら電話をかけてきて「どうしよう、長渕を殺しちゃったかも」と助けを求めた事があったそうです。 千葉真一さんが詳しく聞くと、どうやら長渕剛さんとの喧嘩がエスカレートし、志穂美悦子さんは思わず長渕さんの首筋を狙って回し蹴りを放ってしまい、直撃した長渕さんはそのまま倒れて失神してしまったとの事。 これを聞いた千葉真一さんは、あまりに豪快な夫婦喧嘩に思わず弟子の志穂美悦子さんを褒めてしまったんだとか。 志穂美悦子さんの長女・長渕文音さんは、2008年10月公開の映画「三本木馬術高校、馬術部」で主役の菊地香苗役に抜擢されて女優デビューしています。 長渕文音さんはその後、芸名を「文音」とし、2018年の映画「ばあちゃんロード」、2020年公開の映画「いけいけ!バカオンナ」にそれぞれ主演。 その他にも映画やドラマ、舞台などを中心に女優業を続けられています。 レーシングドライバー引退後は、シンガーソングライター「ReN」として活動しています。 父譲りの歌唱力と柔らかな歌声を持ち、アコースティックギターを基調としたレベルの高いアレンジの楽曲も注目されています。 今後の人気上昇が期待されるミュージシャンです。 志穂美悦子は現在フラワーアーティストとして活躍 男勝りの痛快なエピソードを数多く持つ志穂美悦子さんですが、なんと現在はフラワーアーティスト(花創作家)として活動されています。 2020年2月18日には、東京ドームで開催されたイベント「世界らん展2020-花と緑の祭典-」にゲスト出演し、花を使ったパフォーマンスを披露し、華麗ならんの花を使った繊細な表現と、自身のルーツともいえる俊敏なアクションを組み合わせた斬新なパフォーマンスで、訪れた観客達の視線を釘付けにしました。 志穂美悦子さんんがフラワーアレンジメントの世界に興味を持ったのは2010年の頃だそうで、渋い色合いの作品をプレゼントされて「良いな」と思ったのが本格的に取り組むきっかけだったとの事。 夫の長渕剛さんのコンサート会場を飾る、ウエルカムフラワーも志穂美悦子さんが担当しているそうです。 まとめ 今回は、国内を代表するアクションスターとして活躍した女優・志穂美悦子さんについてまとめてみました。 志穂美悦子さんは、千葉真一さんに憧れてアクション俳優になり、抜群の身体能力とキュートなルックスを武器に瞬く間にアクションスターに上り詰めました。 その後、大人気歌手の長渕剛さんと結婚して芸能界を引退。 3人の子供にも恵まれ、現在はフラワーアーティストとして活躍されています。 60代を迎えた現在もエネルギッシュに活躍を続ける志穂美悦子さんの活躍に今後とも注目していきたいと思います。

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長渕剛の現在の嫁は志穂美悦子!馴れ初めや石野真子との離婚原因も紹介

長渕剛嫁

(2010年出版) 本名 長渕 悦子(ながぶち えつこ) 塩見 悦子(しおみ えつこ、) 生年月日 1955-10-29 (64歳) 出生地 国籍 血液型 職業 ・・ ジャンル ・・・ 活動期間 - 、 - 配偶者 (1987年 - ) 著名な家族 (長女)、 WATARU(長男)、 (次男) 主な作品 映画 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 テレビドラマ 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 『』 演劇 『』 『』 志穂美 悦子(しほみ えつこ、 - )は、の・・。 では Sue Shiomi の名で知られ 、日本で初めて女優自ら・を演じ 、からにかけて活躍した。 JAC が初めて輩出した女優でもある。 愛称は 悦っちゃん。 岡山県岡山市東区西大寺出身。 本名は 長渕 悦子(ながぶち えつこ)。 旧姓は 塩見(しおみ)。 来歴・人物 [ ] 生い立ち [ ] 父親がに勤務する家庭に長女として生まれた。 弟が一人いる。 から、へ進学。 子供のころから運動が得意で、中学・高校とに所属。 中学時代には80メートル・で、13秒4という岡山県歴代2位の記録を残す。 から放映されていた『』を観て以来、の熱狂的ファンとなり 、感化された志穂美はの時にになりたい夢を抱く。 、千葉が主宰する JAC を受験して合格。 同年に上京して入会するとともにに転校し、に卒業した。 アクションスター [ ] 、『』で、牙直人の妹であるマキ()ののをし、本名の 塩見 悦子でデビューを果たした。 テレビドラマ『 』(1973年)で、主演・千葉(大庭しげ男)の妹・大庭しげみ役を経て、シリーズ化された映画『』(1973年)では、千葉の本名から「穂」を一字貰い受け、本作から芸名を 志穂美 悦子にして活動し始める。 芸名の名付け親は当時の千葉夫人だったで、「仕事で大成するには本名を崩してはいけない」という考えから、本名の読みをほぼそのまま残した芸名となった。 テレビドラマ『』の第30話『悪魔? ビジンダー出現!! 』(1973年)から、マリ(ビジンダーの人間の姿)役でレギュラーになった。 には千葉真一主演映画『』にしたあと、映画『』の主人公に選ばれる。 日本では同年8月31日に公開され大ヒットし、千葉真一・のと同様にシリーズ化された。 『』として、同年12月には『』、翌年8月には『』と封切りし、同シリーズは海外でも公開され、 Sue Shihomi の異名で世界的に知名度を上げ、出世作となった。 剣技だけでなく格闘をメインにし、なしで複数作品に主演したアクション女優としては日本映画史上初の存在であり、その後も追随する存在は出ていない。 には梶原一騎原作の映画『』や志穂美の的七変化が見所の映画『 』、翌には『』、『』といったカラテ映画など主演作が相次ぎ、当時の人気スターのバロメーターであったの売上がNo. 1となり 、以後数年間その地位を固守した。 初主演に起用したは志穂美を「清潔で情感豊かに演じる出色の感性がある」と評している。 千葉真一主演映画『』、『』(1974年)、『』(1975年)、『』、『』(1977年)の助演や、テレビドラマでも『』(1974年)、『』(1975年)、『』(1975年 - 1976年)、『』(1976年)にレギュラー出演し、 JAC における千葉の妹的な立場となった。 その一方で、東京・下町の鉄工所を舞台に幼いときに別れた母親を迎え入れた家族の人間模様を描いた、千葉主演のテレビドラマ『』(1976年、NET)ではにレギュラー出演し、スタントや擬斗を演じない初めての作品は芸域を拡げる転機になった。 バラエティ・ミュージカル [ ] 『』(1976年 - 77年)にて初のに進出。 普段は自分の正体を隠して探索を行い、悪を倒す忍者集団である隠密同心・風でレギュラー出演(第159〜202話)。 時代劇だが志穂美の立ち回りシーンにはほとんどを使わず、やで相手を倒す擬斗を披露した。 この頃から『』(1977年 - 1979年)、『』(1977年)、ドラマ『』(1978年 - 1979年)、『』(1978年 - 1979年)、『』(1981年)でを演じるなど、それまでと異なる作品にも出演。 その後も運動神経を生かした仕事に多く恵まれた。 では『』(1977年)に初出演。 学園を舞台にしたドタバタ劇で志穂美は劇中で「シスター 兼 教師」で登場し、「ミニスカートでのアクション・擬斗や、歌を歌う」など違った一面を披露。 独身男3人が互いの友情を深めていく『』(1979年)や病院を舞台に大家族が繰り広げる『III』(1979年 - 1980年)などのにも立て続けにレギュラー出演し、アクションだけではない女優として認知されるようになった。 アクションコメディの刑事ドラマ『』(1979年 - 1981年)では、気弱な弟・トミーを叱咤激励している姉・幸子(サッチ)を演じた。 映画『』(1977年)でヒロイン・の友人、の映画『』では扮するの妹で男装の剣士・柳生茜に扮し、30億円以上を記録した。 同映画は連続ドラマ『』(1978年 - 1979年)として放送され、柳生茜を再び演じている。 以降、『 』(1980年 - 1981年)の続編となる『』(1982年 - 1983年)でも柳生茜でレギュラー出演し、本作での「明日よ、風に舞え」も歌っている。 1978年の映画『』ではガバナス帝国の侵略を受けて追われる身となった惑星ジルーシアの王女・エメラリーダ姫、には映画『』、コメディ映画『ピーマン80』に出演した。 には『』で『』(1980年)のみ第9話のゲスト出演だったが、『』(1981年 - 1982年)、『』(1982年)、『』(1985年)、『』(1985年)までの全作品を、それぞれ役名が代わりながらも各ドラマの主要人物として出演していく。 同年、 JAC の弟分・の初主演となった東映の時代劇映画『』で主人公・鷹丸に加勢する中国の女拳士・愛蓮を、翌にも同じく真田主演のアクション映画『吼えろ鉄拳』に助演し、真田の姉役として盲目のの達人を演じる。 この頃には千葉の主演映画『』にするなど、 JAC が関わる映画ではサポートへ回る配役が多く、真田に続く JAC の若手ホープ・主演映画『』(1983年)、『』(1984年)にも応援出演。 には映画『』を化した『』でを演じ、同時上演ではJAC創立からの物語である『スタントマン物語』にも出演。 1982年から1985年までJAC総出演の『』、『』や、特別企画として放映された JAC 総出演のテレビドラマ『』(1984年)にも出演。 映画『』(1982年)では本人役でし、時代劇映画『』(1983年)に八犬士の一人・犬坂毛野で出演。 同作品は23. 2億を超えるヒットをした。 独立 [ ] にはを舞台にした『ザ・オーディション』、『』に出演。 上海とジャズを題材とし、日中・太平洋戦争の激動の時代を生きる中国人歌手・林珠麗(リリー)を演じた。 テレビドラマ『II』(1984年)にレギュラー出演。 サラリーマンの愛人であるスナックの店員・大石千佳を演じる。 バラエティ番組『』(1983年 - 1985年)に出演。 『良い悪い 普通のお婆ちゃんと妻の悦ちゃん』でを行い、これまでのイメージを一新することとなった。 には ()より独立し、個人事務所『ハンドレット』を設立。 映画では創立10周年記念作品『』に主演した。 同作は劇作家が志穂美を念頭に原作・脚本を執筆をした作品で、に仕える清純なが、ひょんなことからの二代目を襲名する物語である。 志穂美にとっては『女必殺五段拳』(1976年)以来、9年ぶりの主演作となり、配給収入12. 5億を超えるヒットとなった。 1986年には映画『』では警視庁の名物刑事・二階堂部長刑事の10年来の愛人で女刑事・水野朋子を演じるなど幅広い役柄をこなした。 結婚・引退 [ ] 6月から『』で、元でを営む青年()と同居する恋人を演じた。 撮影中に志穂美が左手小指の付け根を骨折し、病院に向かう志穂美に長渕が付き添ったことから親密となる。 不器用ながらもお互い魅かれ合っていくが描かれた映画『』(1986年)でも長渕と共演し、志穂美にとって最後の映画となった。 この頃には公に親密に交際を育んでいることを双方とも認めている。 に長渕と結婚。 入籍のみで済ますつもりだった長渕だが、初婚である志穂美は「芸能人としてでなく、普通の人としてひっそり式を挙げたい」という希望から、に師匠・が修行した寺の近くにあるのにて、双方の両親と親しい知人のみの参列を前に式を挙げた。 長渕の意向で芸能界を引退した志穂美は、「クセのある男なので専業主婦したい」とこれ以降は芸能活動を行っていない。 に長女・()を授かったのを皮切りに、長男・WA航RU()、次男・()らの娘・息子がいる。 8月7日には二人が結ばれるきっかけとなった『』シリーズの主人公・寅さんを演じるの訃報が報道され、長渕・志穂美夫妻の連名入りで渥美への追悼詩を寄せた。 には前年から始めた趣味のマラソンをきっかけに、月刊誌「ランナーズ」誌上にて対談「悦ちゃんといっしょに話走(はなそう)」が連載開始。 、長渕の父が他界した事により葬儀に参列し、十数年ぶりに公の場に姿を現す。 フラワーアーティスト [ ] 11月20日、長渕が経営するの『ROCK ON』の特別企画に賛同し、東日本大震災復興支援・チベット難民キャンプ支援としてフラワーアレンジメントの写真集『Flower Arrangement INSPIRE 〜いちかばちか〜』を自費出版で発売。 それに伴い、約5年ぶりに公の場に姿を現し、握手会とサイン会を催した。 なお、売上金は全額寄付されるという。 2月16日、地元・西大寺で行われた西大寺会陽のに、12月18日にはTBS系情報番組『』にそれぞれゲストで招かれた。 『はなまるマーケット』は27年ぶりのテレビ出演となり、女優時代の回想やとしての活動を語った。 1月10日、テレビ朝日『』に31年ぶりに出演、近況などを語った。 映画 [ ]• (1973年) - マキ• () - 志堅原奈智• (1974年) - 火鳳• - 李紅竜• (1974年)• (1974年)• (1975年)• (1974年)• () - 友田美穂• (1975年) - 日向真樹• (1975年) - 矢代忍• (1975年) - 電話交換手• (1975年) - 尾崎早苗• () - 桧垣由美• (1976年) - 中川菊• (1976年)• () - 梨花• (1977年) - 林玲• (1977年) - 南部京子• () - 柳生茜• (1978年) - エメラリーダ• () - 隣人• () - 愛蓮• () - 巻村幾子• (1981年) - 日野原千尋• () - 大野先生• (1983年) -• () - 蛇骨会会長・紅バラ• (1984年) - 林珠麗 リリー• (1984年) - 七瀬玲子• () - シスター今日子• () - 水野朋子• (1986年) - パブのママ• (1986年) - 島崎美保 テレビドラマ [ ]• (1973年 - 1974年) - マリ• (1974年 - 1974年) - 新見ジュン• (1975年 - 1975年) - 流矢ミチ• 第152話「明日へ駈ける君」(1975年) - ゆか• 第173話「兄の詩」(1976年) - 稲葉みき• 第21話「梨のつぶて」(1975年) - お豆• (1975年 - 1976年) - 白鳥アキ子• (1976年 - 1976年) - 桂木みどり• 第86話「地上最強のカラテ 仕組まれた殺人のワナ」(1976年)• 第263 - 306話(1976年 - 1977年) - 隠密同心 風(お新)• 第3話「5フラッシュ!! ほえろパンサー」(1977年) - 小野夏子• - 大河原夏子• 第19話「めぐりあったか百年目」(1977年)• 第20話「めぐりあったわ十年目」(1977年)• 第17話「悲恋! 最強のカラテ美女」(1977年) - 志村悦子• (1977年) - 神崎美保• (1977年 - 1979年 - 山口志保• 第34話「逆夢を買った女」(1977年)• (1978年 - 1979年) - 柳生茜• (1978年 - 1979年) - 小糸桃子• (1978年 - 1979年) - 門馬澄(お澄)• (1979年) - 真弓• III(1979年 - 1980年) - 桂つたえ• (1979年 - 1980年) - 岡野幸子• 第10話(1979年) - 宇野明子• (1980年)• (1980年) - 五十嵐薫・特命課刑事• 「11歳のハートに滑り込め」(1980年)• 第9話「女忍びの五月闇」(1980年) - 黒文字のキララ• (1981 - 1982年) - 椎名美里• (1982年) - お蝶• (1985年) - お蓮• (1985年) - お蓮• (1980年 - 1981年) - 多佳子• (1980年)• (1981年)• 第22話「娘忍者が燃えた-関-」(1981年) - お葉• (1982年 - 1983年) - 柳生茜• (1981年) - 浜尾衿• (1982年) - お仲• (1982年) - 志津• 第3シリーズ 第2話「大奥を濡らす魔性の血」(1982年) - お冴• 第13話「噂はこわーいの巻」(1983年) - 春子• (1983年) - 浅川久江• (1985年) - 岸田瑞穂• (1983年)• (1985年) - 舞姫• 第3話「姫様そっくり千両役者・福島」(1983年) - 照姫・市村駒太夫(二役)• (1984年) - ゆかり• 第590話「怪盗107号」(1984年) - 松本圭子• II、男たちよ、元気かい? (1984年) - 大石千佳• 第13話「男の命を抱いた女」(1984年) - お夕• (1985年)• (1986年)• (1986年) - 三石加代• (1987年) - 浅井未知• (1987年) - 倉田利子 演劇 [ ]• 第I回• 第IV回JACミュージカル• 第VI回JACミュージカル。 第VI回JACミュージカル。 (1983年 - 1985年、CX) - 悦子の妻、良いお婆ちゃん、悪いお婆ちゃん、普通のお婆ちゃん• (NHK) 教養番組• 「春のフラワーアレンジメント」(2012年 NHK) CM [ ]• (・のみ)• ケロッグコーンフレーク• - Mr. かくはん• - アクアフレッシュ• - さくらめーる ディスコグラフィ [ ] シングル [ ] 発売日 レーベル 規格品番 面 タイトル 作詞 作曲 編曲 備考 4月 A-254 A 13階段のマキ 映画「」主題歌 B 夜あけ前 映画「若い貴族たち 13階段のマキ」挿入歌 1975年 A-279 A 影法師 B 白いシャツ 2月 C-37 A 恋のサタディー・ナイト 中里綴 B 誘われてYOKOHAMA 1977年 C-76 A ふたりだけの結婚式 あかのたちお のカヴァー。 B 二人の愛はしあわせ模様 中里綴 あかのたちお 7A-0219 A 明日よ風に舞え ドラマ「」主題歌。 B 思い出 So Long ドラマ「柳生十兵衛あばれ旅」挿入歌。 Side-A• 影法師• 故郷のかあさんへ• あなたが笑う時• お陽様と坊や• 涙が乾けば帰れない Side-B• 13階段のマキ• 拳のかたい人• 白いシャツ• ひとりぼっちの部屋• 恋はいたずら• 忘れられた世界 1977年2月 キャニオンレコード LP AF-6013 恋のサタディーナイト Side-A• 恋のサタデー・ナイト• 下町にはあなたがいて• 二人の愛はしあわせ模様• ノスタルジア• 誘われてYOKOHAMA• あなたがすべてと言える時まで Side-B• 恋は手探り• 雨上がり• 二人だけの結婚式• 彼の車はオンボロ車• 旅の途中で• 金のピアス 1983年 ジャパンレコード LP JAL-44 スリー・ディメンション 1985年6月25日 ジャパンレコード CD 32JC-114 サウンドトラック [ ] 発売日 レーベル 規格 規格品番 アルバム 1982年 EPIC・ソニー LP 28-3H-68 ゆかいな海賊大冒険 1984年 日本コロムビア LP AF-7314 上海バンスキング 1985年 CBS・ソニー LP 28AH-1886 酔いどれ公爵 書籍 [ ] 写真集 [ ]• 限りなきアクションへの道()• Flower Arrangement INSPIRE 〜いちかばちか〜(2011年11月20日)• Flower Fighting INSPIRE 〜いちかばちか〜(2012年05月31日)• Flower Arrangement Works INSPIRE 3 In New York(2013年09月21日) 脚注 [ ] [] 注釈• 2013年12月18日. 2013年12月24日閲覧。 スポニチ Sponichi Annex. 2013年12月18日. 2013年12月24日閲覧。 クランクイン. 2013年12月24日閲覧。 クランクイン. 2013年12月24日閲覧。 2017年6月16日. 2018年9月28日閲覧。 、145頁。 、148頁。 、『戦う女たち 日本映画の女性アクション』、2009年8月8日、223 - 224頁。 、149頁。 「」『』、、2012年12月12日、 2013年1月1日閲覧。 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組). 一般社団法人. 2012年8月7日閲覧。 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組). 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2012年8月7日閲覧。 『』1996年8月8日第2面掲載。 2011年12月20日, at the. 長渕剛オフィシャルサイト• SANSPO. COM 2017年1月10日. 2017年1月10日閲覧。 出版年順。 『東映ゲリラ戦記』、2013年11月25日。 外部リンク [ ]•

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長渕剛の嫁&息子と娘の情報!石野真子&志穂美悦子との結婚エピソードや愛人遍歴も紹介

長渕剛嫁

スポンサーリンク 日本人初となるアクション女優の誕生でした。 30歳のときには、今も語り継がれる映画『男はつらいよ』のマドンナ役に抜擢され、女優としてさらに成長を遂げました。 しかし、その後芸能界を引退。 現在は、 フラワーアレンジメントなどを行い花活動家として活躍しているとのことです。 長渕剛と嫁・志穂美悦子の馴れ初め 二人は1986年6月から放送されていたドラマ『親子ゲーム』での共演がきっかけで出会いました。 志穂美悦子さんが撮影中に左手小指の付け根を骨折し、長渕剛さんが付き添ったことで二人は親密な関係になったと言われています。 さらに、志穂美悦子さんは 「役者さんにない、不思議な感覚を持ってて、そういうのがきっかけだったんですかね」と好きになった理由を語っていました。 長渕剛の嫁・志穂美悦子が空手で夫の暴力を封じた? 長渕剛さんは志穂美悦子さんと喧嘩になった時、つい手を出してしまったことがあるそう。 その時、 志穂美悦子さんは後ろ回し蹴りをし、長渕剛さんの首筋にヒットしたという伝説を残しています。 凄いですよね。 アクション女優とだけあって体の動きは俊敏のようです。 そして、 後ろ回し蹴りを長渕剛さんにヒットさせた志穂美悦子さんは、千葉真一さんに「夫を殺してしまったかもしれない」と泣きながら電話をしたのだと言います。 長渕剛さん、嫁に手を出すのは悪い事ですがご無事で何よりです。 長渕剛と嫁・志穂美悦子に離婚危機? 長渕剛さんと志穂美悦子さんは、これまで何度も離婚危機に陥っています。 まず 最初の離婚危機は、結婚から約8年後の1995年。 長渕剛さんが大麻取締法違反により逮捕されてしまいました。 夫の逮捕により離婚の噂が流れ始めましたが、夫婦の危機はそれからでした。 なんと逮捕後、長渕剛さんが不倫をしていたのが発覚したのです。 しかも、 そのお相手は元おニャン子クラブのメンバーであった国生さゆりさんでした。 長渕剛さんが逮捕されたことにより、 国生さゆりさんは自ら記者会見を開いて不倫関係であることを認めたと言います。 逮捕に加えて不倫の事実が発覚したことで離婚危機であると噂されましたが、志穂美悦子さんはとても強い女性でした。 なんと、 長渕剛さんと国生さゆりさん、志穂美悦子さんの3人での対談を行ったのです。 これにより、 夫婦の離婚危機は亡くなり、長渕剛さんも女性問題を起こすことはなくなったと言います。 長渕剛と嫁・志穂美悦子に子供は? 長渕剛さんと志穂美悦子の間には3人の子供が誕生しています。 1988年3月17日に第一子である長女、長渕文音さんが誕生。 母親と同じく、女優の道を歩んでいる方です。 映画『三本木農業高校、馬術部~盲目の馬と少女の実話~』のオーディションを受けて合格し、2008年にこの作品の主役としてデビューを果たしました。 さらに、 過去には日本アカデミー賞新人俳優賞をも受賞するなど、現在期待されている女優の一人だということです。 1989年2月2日には第二子となる長男、長渕航さんが誕生。 学生時代は空手選手として活躍し、 2007年に行われた第22回福島県空手道選手権大会の軽量級で優勝を果たしています。 ライブを中心にインディーズで活動をしているようです。 2015年にYouTubeで公開されたシングル『波に乗ろう』のPVに父親である長渕剛さんが登場。 スポンサーリンク さらに 『同じ空の下』では姉である長渕文音さんが登場するなど、親子・姉弟の共演を果たしているようでした。 1994年2月28日には第三子となる次男、長渕蓮さんが誕生。 幼い頃から代の車好きで、 10歳のときには鈴鹿で見たF1日本グランプリをきっかけにレーサーになることを決意しますが、2014年に練習中に事故を起こし怪我をしたことで翌年に引退しています。 父親の影響なのかギターは7歳から始めており、ループステーションを使用した一人での演奏で歌っているとのことです。 長渕剛と嫁・志穂美悦子の現在 そして、 長渕剛さんと志穂美悦子さんは現在も夫婦として二人三脚で歩んでいます。 長渕剛さんはシンガーソングライターとして、志穂美悦子さんは花活動家として活躍を見せています。 長渕剛と元嫁・石野真子は1982年に結婚 冒頭でも説明したように、長渕剛さんは一度離婚を経験しています。 1982年に女優である石野真子さんと結婚。 二人は1981年に交際宣言をし、婚約記者会見を行ったようです。 石野真子さんは当時20歳、アイドル歌手として人気絶頂でしたが結婚を機に家庭に入ると決断し、芸能界を引退してしまいます。 長渕剛の元嫁・石野真子はどんな人? 石野真子さんは1961年1月31日生まれで、現在58歳。 オーディション番組『スター誕生』をきっかけに芸能界入りを果たし、1987年には『狼なんか怖くない』でデビューをしました。 初めはアイドル歌手として活躍を見せていましたが、女優としての活動も多くなり、ドラマ『熱愛一家・LOVE』に出演。 1980年にリリースしたシングル曲『めまい』が好評。 その後、 結婚を機に芸能界を引退しました。 しかし、 約2年で離婚をし芸能界に復帰しています。 それからは、 女優としての活躍を著しく、ドラマから映画化までされた『花より男子』の牧野つくしの母親役を演じる等数多くの作品に出演し活躍を見せています。 番組内で二人は意気投合し、交際に発展したと言われています。 当時、 長渕剛さんはラジオ番組で「石野真子のことが真剣に好きだ」と堂々の交際宣言。 石野真子さんは「結婚をしたらきっぱりと引退します」と公言していたようです。 長渕剛と元嫁・石野真子の結婚式 二人は1982年1月22日、ハワイで結婚式を挙げました。 挙式直後に行われたワイドショーテレビ番組『3時のあなた』の記者インタビューで長渕剛さんは 「やっと自分のものになった。 うちはもう亭主関白でいきます! 」とコメントをしています。 亭主関白、今では考えられないようなコメントですよね。 長渕剛と元嫁・石野真子は1983年に離婚!離婚理由は? 堂々と交際宣言をし幸せオーラ全開だった二人ですが、1983年に離婚。 離婚理由は長渕剛さんによるDV、不倫、嫁姑問題だと言われています。 なんと、結婚後は石野真子さんに暴力を奮っており、 ある時は石野真子さんが台所で鼻歌を歌っていただけで、石野真子さんの頬を叩いたようでした。 さらに、 上の週刊誌の画像にも記載されているように、長渕剛さんはマザコンで嫁姑問題も起こっていたとのこと。 不倫の事実はないようですが、これに耐えきらなくなった石野真子さんは離婚する約2カ月前から家を出ていたと言います。 長渕剛と元嫁・石野真子は離婚後にトップテンで再開 離婚後、石野真子さんは芸能界に復帰。 『トップテン』で石野真子さんが司会を務めていた際に、長渕剛さんがスタジオに登場。 長渕剛さんの方から「元気?」と声を掛ける場面もありました。 ここで、 二人は離婚後初めて再会を果たしたようでした。 いかがでしたでしょうか。 長渕剛さん、様々な過去を経て今があるんですね。 志穂美悦子さんの人間としての強さを知れましたね。 今後も長渕剛さんと志穂美悦子さん、石野真子さんの活躍を期待しています。

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