新 日本 プロレス ツイッター。 田口 隆祐 | 新日本プロレスリング

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新 日本 プロレス ツイッター

来歴 [ ] 少年時代 [ ] 10歳の小学校4年生の時に1年間だけ青森市内に住んでおり、 数年後の青森市の試合後にマイクを手に「青森市立筒井小学校に通ってました」とはつげている。 サッカー部、部の出身。 2002年 [ ] 3月、のスカウト部長になる前のにスカウトを受け、9月の入門テストに合格し、新日本に入寮。 11月22日、にてを相手にプロレスデビュー。 その後、前座戦線で活躍し、かなり早い段階で頭角を現す。 また、の空中姿勢に定評があったことから「 ドロップキックマスター」という異名を付与された。 2003年 [ ] ジュニアヘビー級戦線で活動し、(以下「BOSJ」)に初出場。 2004年 [ ] 、ヤングライオン闘魂トーナメントを制覇する。 2005年 [ ] 2月、メキシコ・へ海外遠征に出発、同団体で元のと ツナミ・デル・オリエンテ( Tsunami del Oriente)を結成する。 10月、緑のオーバーマスクをかぶり凱旋帰国した。 2006年 [ ] 長期メキシコ遠征帰国後から、勝利後にリング上で自身のテーマ曲である「MASTER OF DROPKICK」に乗りながら、「 タグダンス」と呼ばれる踊りを披露するようになった。 初公開となったのは、2006年1月28日後楽園ホールにて、ファンキー仕様の髪型を初披露した田口がと組み、、組と戦った試合で田口が後藤からピンフォール勝ちを収めた試合後に、多少中途半端ながら披露された(その直後に小バカにした態度で田中稔に真似されていた)。 2007年 [ ] 3月、エル・サムライが新日本ジュニアの底上げを図るべく立ち上げた養成施設「 サムライジム」の門下生第一号として入門。 師であるサムライからスパーリングを通じてテクニックを伝授された後、を保持するに挑戦を表明。 田中稔からは、「ベルトとサムライジムの看板を賭けたダブルタイトルマッチだ」と挑発され、4月13日にIWGPジュニア王座に初挑戦。 最後はHEATクラッチに敗れ看板も奪われたものの、BOSJ開幕戦で稔から勝利を収め、さらに予選を1位通過するといった実績を残し、稔に再挑戦を要求。 7月6日、稔と再戦して最後はどどんで勝利を収め、自らの敗北によって奪われたサムライジムの看板を取り返すと共にIWGPジュニア王座初戴冠を果たした。 2008年 [ ] 3月、に初出場。 (現:ZERO1)との対抗戦も経験した。 2度の挑戦を経てジュニアタッグ王者となり、同年のでは、ヘビー級選手に混じって出場し、ジュニアタッグチームでありながら準優勝を果たす好成績を残した。 2010年 [ ] 10月11日のにて行われた両チームのタイトルマッチは、ジュニアタッグとしては史上初となる・年間最高試合賞を受賞する快挙を成し遂げた。 2011年 [ ] 1月22日にから勝利を収めてを獲得。 2012年 [ ] 6月10日のBOSJでは、から勝利を収めて初優勝を果たす など、シングルプレーヤーとしての実力の片鱗を見せつけた。 2013年 [ ] ジュニアタッグ戦線においては、Apollo 55として常にトップを張り続け、同タッグとして合計4度に渡ってIWGPジュニアタッグ王者となり、通算13度の防衛を果たすなどマルチに活躍してきたが、4月7日ののジュニアタッグ王座戦後、デヴィットに背後から襲撃され、一方的にApollo 55解散を突きつけられ、パートナーから一転して対立関係へと発展した。 さらに6月のBOSJ公式戦で腰を負傷し、「第三腰椎神経根引き抜き損傷の疑い」と診断され長期欠場に追い込まれた。 2014年 [ ] 1月5日、久々に公の場に姿を見せた田口は、リングに上がり復帰を発表した。 自身を裏切り、を結成してを果たしたデヴィットを標的として見据えることを宣言した。 復帰以降、田口は宣言通りデヴィットとの抗争に明け暮れ、でデヴィットと決着戦と銘打たれたシングルマッチで対戦。 戦前の予想に反してクリーンファイトで挑んできたデヴィットに最後はどどん・ジ・エンドを決めて勝利。 試合後に袂を分かったデヴィットと握手を交わして和解したが、翌日になってデヴィットは新日本を退団した。 これに対して田口は、「もし次に目の前に現れたら、それはボクとデヴィットの第2章となる」と語り、一連の抗争に終止符を打った。 9月21日、にてを破り、約7年ぶりにIWGPジュニアヘビー王座に戴冠した。 この試合前に「自分にベルトがあったら『もっとふざけられる権利』を手に入れる」と発言 していた田口は実際の試合後のコメントで、「」といった謎のフレーズを連呼、第69代王者に戴冠したことから自身を「シックスナインチャンピオン」と称するなど自由奔放な発言を連発した。 その後のコメントでも田口はを連想させる発言を繰り返すようになり、異質なキャラクターを確立させていった。 2015年 [ ] 1月4日、にて、BULLET CLUB入りしたかつての好敵手ケニー・オメガに敗れてIWGPジュニア王座陥落(防衛回数2回)。 同月に「NJPW PRESENTS CMLL FANTASTICA MANIA2014」ではのマスク、コスチューム姿で試合を行った。 2016年 [ ] 1月4日、東京・で行われた「」の第0試合1分時間差バトルロイヤル〜ニュージャパンランボー〜で第13番目に登場し、最後の2人に残るも、邪道にオーバー・ザ・トップロープで敗北。 同日の第4試合IWGP Jr. ヘビー級選手権試合では挑戦者のKUSHIDAのセコンドとしてのドクの姿で登場し、KUSHIDAに1度負けた後再び王者に返り咲いたケニーのセコンドについていたを蹴散らしてKUSHIDAの勝利に貢献した。 6月3日、東京・後楽園ホールで行われた「」第11戦の第7試合、田口はBUSHIと対戦し、からのMXで敗北した。 試合後、「セイシをかけるだけで十分だよ、リングでは。 こんなもん、顔にかけるために試合してるんじゃねぇんだ。 初めから、顔にかけるつもりか?顔にかけられる気持ちも考えてほしいもんだ。 こんな顔にいっぱいかけられるなんて。 なんか酸っぱいの入ってるのかな?酸味が。 酸っぱいよ。 酸っぱいの顔にかけられた。 」とコメントした。 6月28日、東京・後楽園ホールで行われた「」第3戦の第1試合、田口はと対戦し、どどんで勝利。 試合後「若い子とやって、若いエキスを舐め尽くすことで、汁をね、タップリ『』で吸わしてもらったんで。 なんか一つどころか、二つ上の男になったんじゃないですか。 一皮むけて、なんか真珠まで埋めちゃったみたいな感じ。 真珠を入れて二つ上の男になったんで。 ベルトとは全然違うところで、活躍していきたいと思います。 「つけろ」って言われるまで、つけないでいきたいと思います。 ベルトの話ですよ」とコメントした。 2017年 [ ] 1月5日、東京・後楽園ホールで行われた「NEW YEAR DASH!! 」にて、とのタッグで(LIJ)の、、組が持つに挑戦し勝利を収め、第10代王者に戴冠。 これを機に、田口を"監督"としたユニット「」を結成し活動を開始する。 後に同じくLIJとベルト争いをした、らとも共闘した。 だが、2月11日の大阪・で行われた「 in OSAKA」にて、LIJ(BUSHI、EVIL、SANADA)組に敗れ、NEVER無差別級6人タッグ王座から陥落した。 同大会のIWGPジュニアヘビー級王座戦で、王者であるLIJのがドラゴン・リーに勝利したことを受け、ヒロムに挑戦を表明した。 田口はコメントで、「ヒロム、いや高橋ヒロム、すごい試合、感動したよ。 こんなにセイシをかけて戦う姿に興奮して自然と足がリングに向かったよ」「すげえセイシかけたな。 こんなにセイシかけて、オレ、戦えるかなって思ったけどさ、まだまだセイシかけて戦ってないなって思ったわけ。 もっともっとセイシかけて戦いたいなと思ったわけ。 このベルトとセイシをかけて試合してくれ」と挑発した。 また「返事を聞かせてほしいんだわ。 五・七・五で」とヒロムに求めると場内は爆笑の渦に(なお、高橋ヒロムはこの後バックステージにて「田口さん 取れるもんなら 取ってみろ」と見事五・七・五でコメントしている)。 3月6日、東京・で行われた「旗揚げ記念日」興行にてヒロムの持つIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦するが、善戦するも敗れ戴冠とはならなかった。 4月4日、東京・後楽園ホールで行われた「Road to 2017」にて、棚橋とのタッグでNEVER無差別級6人タッグ王座を懸けてLIJ(BUSHI、EVIL、SANADA)組とリマッチして勝利し第12代王者となった。 5月3日、福岡・で行われた「レスリングどんたく 2017」にてLIJ(BUSHI、EVIL、SANADA)組とNEVER無差別級6人タッグ王座をかけて戦うが、防衛に失敗した。 試合はリコシェのにより15分13秒で勝利し第53代王者となるが試合後のインタビュー中、ののであるが現れ、タグチジャパン入会を希望することに。 誓いのキスをすると見せかけた後に田口が目を閉じた瞬間、田口はあべに平手打ちを食らわせた。 その後、田口はタイチとの襲撃を受けた。 3人が去った後、恍惚の表情を浮かべた田口は壁によりかかって、「まだまだ踏みつけられ足りないんだよ! もっと踏みつけてもらいたいから、挑戦させてやるよ」とコメントした。 以来、あべみほに心底嫌われ、次の広島でのタイトルマッチを欠場にまで追い込んだ。 12月17日、東京・後楽園ホールで行われた「Road to 2017」にてとのコラボ企画として マスクド・ホースなる覆面レスラーが出場。 ロッポンギ3Kのメンバーと対戦した。 入場前に流された会場VTRでは「騎手:田口隆祐」と表記された上、田口のテーマ曲をそのまま使用して入場。 試合序盤にはの真似を行ったり、試合終盤になると尻を使うムーヴを多用するなどした。 翌18日の後楽園ホール大会にもマスクド・ホースが引き続き出場し、鈴木軍のメンバーと対戦。 この日は試合開始早々にタイチからマスクを剥がれそうになり、紐が緩んだ状態のまま技の攻防を行った拍子にマスクが外れ、あっさりと正体が露見した。 試合終盤には田口の技をそのまま使用し、自分でマスクを脱ぐ等している。 北海道出身のタイチはディーバのあべみほを伴って入場した。 本隊が入場すると、あべが田口の耳元で何かをささやく。 すると、田口は味方を押さえ、あべに抱きついた。 慌てて鈴木軍はストンピングを叩き込み、ここで開始のゴング。 タイチが田口の顔を場外に出したところへあべがビンタした。 試合はタイチが海野を天翔十字鳳で沈めが、試合後、あべが田口の尻にキック。 そして、鈴木軍は田口にストンピングを決め、あべは田口の急所をヒールで踏みつける。 さらにタイチはマイクスタンドを田口の尻に突き刺す。 あべが退場しようとしたところを田口は足をつかんで引き倒すが、あべは必死に逃げ切って花道を下がった。 バックステージで田口は「次、やってやるからな! 全部だ! 穴という穴、全部やってやるからな!」とコメントした。 6月19日、東京・後楽園ホールで行われた引退セレモニーにて、試合に先駆けて放映された場内ビジョンには、田口隆祐が「世紀の大オマージュ」としてかつて新日本マットを席巻したあのを召喚したという煽りVTRが流される。 田口は「マシンを5体、工場直送で。 進化したマシン軍団を見せたいと思います!」と宣言。 その直後、急に田口は頭を押さえると、なんとマシンマスクを装着した姿となった。 試合はL・I・J組の入場の後、緑色のワンショルダー姿のスーパー・ストロング・マシン・No. 69をはじめとしたマシン軍団が入場し場内を沸かせた。 試合結果はNo. 69がBUSHIを魔神風車固めで沈め、マシン軍団が勝利を収めた。 12月14日・15日、東京・後楽園ホールで行われた「JRA presents Road to TOKYO DOME」の試合開始前、マスクドホースに騎乗したマスクドホース選手が、来場者に特製ガンでプレゼントを客席に発射しながらリングへ上がった。 続いて阿部誠リングアナウンサーにマイクを向けられたマスクドホースは、「ヒヒヒン、ヒンヒン…」といった馬語でファンに挨拶。 2019年 [ ] 1月21日、東京・後楽園ホールで行われた「NJPW PRESENTS CMLL FANTASTICA MANIA 2019」の第6試合、映画『』に登場する「ライオンプロレス」所属のレスラーたちがスクリーンから飛び出し、スペシャルタッグマッチで激突。 ラストは、ジョージがギンバエにドラゴンメーカーを決め、3カウントを奪取。 1月30日、宮城・で行われた「Road to THE NEW BEGINNING」の第7試合にて、矢野通、真壁刀義とのタッグで、、、組が持つNEVER無差別級6人タッグ選手王座に挑戦し勝利を収め、第19代王者に戴冠。 2月11日、大阪・大阪府立体育会館で行われた「THE NEW BEGINNING in OSAKA」の第6試合にて、石森太二の持つIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦し、敗退。 NEVER無差別級6人タッグとの2冠にはならなかった。 2月22日、東京・後楽園ホールで行われた「HONOR RISING:JAPAN 2019」の第5試合にて、NEVER無差別級6人タッグ選手権試合を行い、、、組に勝利し、初防衛。 3月、デビッド・フィンレーの負傷欠場を受け、「」に緊急出場。 ヘビー級選手によるシングルトーナメント戦の中で、1回戦はに勝利するが 、2回戦で棚橋に敗れる。 その後の、Super Jr. Tag League2019では、ROPPONGI 3K監督のと『メガ・コーチーズ』を結成し、&から値千金の勝利を奪う。 田口はライガーへ延髄斬り、オヤァイポーズからのケツイェを決めてカバーへ。 ライガーはカウント2で返すが、最後は田口のどどんの前に撃沈。 田口が3カウントを奪取した。 1月5日、東京・東京ドーム で行われた「バンドリ!Presents WRESTLE KINGDOM 14 in 東京ドーム」の2日目、第0試合NEVER無差別級6人タッグ選手権試合ガントレットマッチが行われた。 最後に登場した真壁&矢野&田口の王者組だったが、L・I・Jが脚力で田口を弾き飛ばし、BUSHIが田口の顔面に毒霧を噴射。 すかさず鷹木がパンピングボンバーを食らわせ、最後はMADE IN JAPANで田口を轟沈。 田口組は防衛に失敗した。 防衛回数は4回だった。 結果はROPPONGI 3K が勝利し初防衛に成功したが 、試合終了後、田口がバスケットボールを持ってリングインし、マイクアピールを開始。 「今日はかなりセイシをかけて闘ってて素晴らしいね。 SHO&YOH…いや、YOH&SHO。 君たちが持つベルト、ものすごく輝いているんだよ。 だから…ロッキー。 一緒にJr. タッグ王座へ挑戦しよう。 」その直後、田口はバスケットボールをロッキー・ロメロに渡し両手でゴールを作る。 その横でYOHとSHOもパスを要求するが、ロッキーは田口のゴールにボールを投げ入れた。 田口が「次のチャレンジャーは私たちです」とROPPONGI 3Kに宣言しロッキーと肩を組むと、YOHはマイクを持ち、挑戦を受諾した。 2月20日、東京・後楽園ホールで行われたIWGPジュニアタッグ選手権試合で、チャンピオンであるROPPONGI 3KのSHO&YOHにロッキー・ロメロとのタッグで挑戦し、破れる。 試合後のコメントで、前日アルコールを飲んだことがばれ、ロッキーは激怒し退場。 困った田口は、解説のも前日ビールを飲んでいたことに目を付け、元井へのお仕置きと称して(田口1人で)女子トイレに姿を消した。 2月21日、東京・後楽園ホールで行われたNEVER無差別級6人タッグ選手権試合で、チャンピオンのLIJ(BUSHI&EVIL&鷹木信悟)にコルト・カバナ、矢野通とのタッグで挑戦するが、田口がBUSHIの毒霧を浴び、ブシロールに破れる。 試合後田口は、何も言えないので選手に聞いてくださいとコメントした(上村は「毒霧は反則です」とコメント)。 得意技 [ ] 師と仰ぐサムライと同じく日本のジュニアヘビー級の中では長身の部類に値するため、長い手足を利した攻撃を得意とする。 独特の技名がつけられているのも特徴で、新技開発に余念がない選手とされているが、短期間の内に使用されなくなることも多い。 技ではないがかつても得意としていた両手を首の後ろで組んで腰をグラインドするパフォーマンスを決めポーズとして使用していた。 2015年からは新日本所属レスラーを意識した挑発行為(後述)を行なっている。 フィニッシュ・ホールド [ ] 現在の田口の主なフィニッシャーの一つ。 相手の背後に回りの体勢で固め、仰け反るように上に持ち上げて一旦静止してから腕のフックを外して開脚ジャンプし、うつ伏せに落下した相手を顔面からマットに叩きつける。 相手を持ち上げた後は、そのまま背後から相手の腰を抱えて両足をフックする形になるため持ち上げられた相手は自然とで言うところの前受身の態勢で落下する。 メキシコでは比較的ポピュラーな技で、こちらは類似技もまとめて単純にと呼ばれることが多い。 名前の由来は、田口が通っている「どんぶり どどん」という店名であることを『』で明かしている。 2014年9月5日に初公開された技。 田口がデビューから12年もの長期に渡り研究・温存していたと自称するもので、この技で約7年ぶりにIWGPジュニア王座奪取に至っており、以降はどどんに並ぶ田口の代表的なフィニッシャーとして使用され始めた。 打撃技 [ ] 田口が試合を組み立てる上で多用される打撃技。 2014年10月のIWGPジュニア王座戦から使用され始め、いつしか試合では序盤での攻防戦がこの技のみになる程、田口の代名詞的な技として定着した。 以降、田口は年を重ねる毎に尻を強調したパフォーマンスを誇示するようになっているが、相手に攻撃を読まれてかわされたり、で迎撃されることも多くなっている。 スライディングケツ ヒップアタック系ムーブのひとつで、尻餅をついた相手の顔面に向かって放つヒップアタック。 各媒体の試合結果などではスライディングヒップアタックと表記されることもあるが、本人によればこちらが正式名称となっている。 相手が片膝または膝立ちのときに放つヒップアタック。 の滾りをオマージュした「ギタり」を経て繰り出していく。 名前の由来も中邑のフィニッシャーであるボマイェから。 ミサイルヒップ トップロープから放つヒップアタック。 の頃より愛用している技。 フォームの華麗さと打点の高さからドロップキック・マスターの異名を取るに至っており、2004年のスーパージュニア公式戦ではから同技を決めて勝利を収めている。 ヒップアタックを使用し始めてからは影を潜めるようになったが、ここぞという場面で繰り出されるようになっている。 ドロップキックの派生技でコーナーポスト最上段から放つオーソドックスなものの他に、エプロンからトップロープに飛び乗り放つスワンダイブ式、コーナーに振られた際に一度コーナー脇のセカンドロープに足を掛け、振り向きざまに素早く放つ三角飛び式などレパートリーは多い。 の得意技である「小こけし」のオマージュムーブ。 倒れ込む直前に股間に手を当てて小刻みに身体を震わせてから放つヘッドドロップ。 いわゆるで、「TIME BOMB」の異名を取るに対抗して考案した技。 「タイムボンバー!」と叫びながら放っていくのが特徴である。 の マサヒロ・タナカに対抗してアンダースローで相手の腹部にパンチを見舞う技。 技名の由来は、元の投手のから。 2018年4月27日から使用し始めた繋ぎ技。 相手のおでこに右手だけで連続で掌底を見舞っていく技。 左のサイドスロー式パンチ。 2018年5月24日に初公開された。 技名の由来は元プロ野球選手のから取った。 投げ技 [ ] ご当地スープレックス 手を「こ」の字にして放つ変形のハーフネルソンスープレックス。 田口は試合前からプロモーションで「郡山スープレックス」を予告しており、実在しないのでは?という大方の予想を裏切り2018年の5月30日に披露された。 からスリーカウントを奪う。 同年10月16日のSUPER Jr. TAG LEAGUE 2018の後楽園ホールでの試合では同型の「後楽園スープレックス」を披露。 今度はYOHからスリーカウントを奪う。 なお、郡山スープレックスは右腕が下、左腕が上の「こ」の字になっているのに対して、後楽園スープレックスは右腕が上、左腕が下の「こ」の字になっている。 スーパーどどん 雪崩式で放つどどんで、通常型と比較すると使用頻度は低い。 くるくるどどん 2011年4月29日のCMLL世界ウェルター級選手権試合、タイチ戦で初公開されたラ・ミスティカ式のどどん。 の要領で相手に飛びつき、そのまま投げ飛ばさず相手の後方に着地しながらどどんを放っていく。 しかし、どどんシリーズの中では一番使用頻度は低い。 変型のストマック・ブロック。 上述のどどんと同様のムーブで抱え上げた相手を自らの折り曲げた両膝に腹部からめり込ませる。 発案者はかつてライバル関係にあったで、ミラノがとの抗争中に挑発の意を込めて開発した。 その後ミラノが引退し、田口がこの技を初公開したのは2011年5月26日の戦であった。 同技で勝利を収めており、以降、開発者であるミラノに敬意を表し、「ミラノ作」の名を冠して継続使用している。 どどん・ジ・エンド 2014年4月6日のプリンス・デヴィット戦で初公開。 で担ぎ上げた相手の後頭部を跳ね上げ、空中でうつ伏せになるように旋回させて落とすタイプのどどん。 従来のどどんと比べて遠心力が加えられていることから、受け身を取りづらくしている。 裏どどん 相手をの要領で担ぎ上げて、勢いそのままに後方へ倒れ込みながら相手を顔面からマットに叩きつける。 ジャンボスープレックスと同型。 その他 上記の他にタイチ戦に使用された、肩車の要領で担ぎ上げ、相手を前方に落としながら放つどどんがある。 ロコモーション式ブレーンバスター。 が得意とした技で、三発目で返されることもしばしば。 アメリカでゴートバスターと呼ばれる技と同型。 かつては、 オデレータバスターの名称として使用していた。 ブレーンバスターの態勢で持ち上げた相手を開脚ジャンプした自身の股の間に前面から叩きつけるフェイス・バスターでが得意とした顔面砕きブレーンバスターのシットダウン式とも言える。 どどんへの布石として用いられることが多い。 鹿殺し 田口のメキシコ無期限遠征後から名前は知られていたが、しばらく未公開のままに終わっていた技。 形はリバース・ゴリー・スペシャル・ボムと同型。 2006年のスーパージュニアで相手に初公開される。 技名はに由来。 のベルトに挑戦する際、この技の元祖であるに伝授された技。 元祖である小林同様、ソバットから繋げる連携も見せており、投げてから後方回転して腕ひしぎ逆十字固めに移行することもある。 現在では全く見られない。 スタラマンチ 田口が使用するの名称。 バカプリャハ の要領で相手を頭上まで担ぎ上げ、首に回していた左腕のクラッチを解き、右肩あたりに左手を添え直し、のように自らの股の間に相手を背中からマットに叩き付ける技。 が使用するシュリンプと同型。 関節技 [ ] カラ・パリダ コブラクラッチ式ので、のキングコブラホールドやのコブラクラッチ・クロスフェイスの類似技。 スタラマンチ 2010年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアで初公開したサブミッションタイプのスタラマンチで、相手の両足を交差させるように自らの足で固めながら相手の両腕を交差させるように相手の首に回し、最後に自分の体を横倒しにしながら相手の足と首を複合的に痛めつける関節技。 ラ・アタタタ いわゆる変型腕固め。 四つん這いとなった相手の左サイドから左腕を捉えて自らの右足に巻きつけた後、相手の背中を跨るようにして振り上げた左足を相手の首筋に引っ掛けて前転。 自分の体がマットに尻餅をつくような形に移行し、相手の左腕を自らの右足で引っ掛けた状態から、相手の右腕をで極める。 名前の由来は、での公募から決定した。 寄り目式腕固め の得意技でもある「腕固め」のオマージュムーブ。 永田が白目をむくのに対して、田口の場合は寄り目にして腕を極めていく。 飛び技 [ ] 対角コーナーから放っていく三角飛び式を使用。 田口のかつてのタッグパートナーであるデヴィットが肩車で対戦相手を担ぎ上げてから放っていく型も存在していた。 2008年3月14日のNEW JAPAN CUP一回戦、獣神サンダー・ライガー戦で初公開。 コーナーポストから飛び上がると同時に左方向へ水平回転し、の要領で体を伸び縮みさせながら、自らの体重を浴びせて相手の体の上に落下する。 トップロープを飛び越えて前方回転しながら相手に体を浴びせていく体当たり。 田口のかつてのタッグパートナーであるデヴィットの新日本退団後は、仕掛ける前にデヴィットの決めポーズである「翼のポーズ(俯いた状態で片膝をつきながら両腕を水平よりやや上に広げる)」を決めてから放つことが多い。 手前に着地ヒップアタック スワンダイブで飛び、相手の手前に着地して油断させる技。 初披露。 フォール技 [ ] 相手の左腕をの要領で絡みつかせてから繰り出す外道クラッチ。 田口がとの抗争中に編み出したオリジナル技。 外道クラッチガエシーノ のカウンタームーブ。 外道クラッチを仕掛けてきた相手の両足を掴んで引き倒すのと同時に、自らの両膝を伸ばしながら前屈の状態に移行させ、前屈みとなった相手の首に手を回して前方へと転がして、エビ固めのように覆い被さりながら丸め込む。 サムライクラッチガエシーノ エル・サムライが使用するサムライクラッチのカウンタームーブ。 サムライクラッチで丸め込まれた際に、繰り出した相手の両肩がマットにつく前に前転し、相手の両足に自分の両足を挟み込みながら丸め込む。 変型外道クラッチ(ジャパニーズロックネッククラッチ) のカウンタームーブ。 自らの両腿の上に跨った相手のブリッジをブロックして丸め込まれないように抑え、相手の胴体を自らの両足で挟み込みながら横方向へ回転し、外道クラッチの要領で相手の両肩をマットに押さえ込む。 田口は同技を「 ジャパニーズロックネッククラッチ」と命名したが、正式名称として扱われることはなった。 マジックミラーGO! 背後から両手で相手の両目を塞ぎこんだ後、狼狽えた相手の右サイドに移行しての要領でマットに倒し込み、相手の右足を取って丸め込むフォール技。 相手の背後から両腕をダブルチキンウィングに固めてそのまま体重を落として後方へ反り投げ、最後は自分の体をブリッジをするように仰け反らせながら相手の両肩をマットに付けさせてフォールを奪う丸め込む技。 オースイスープレックスと同型。 キドクラッチっぽいやつ 田口がキドクラッチを狙おうとして咄嗟に出た技。 キドクラッチは相手が前転で逃れようとした際にそのまま腕と足をクラッチして背中越しにエビ固めに捕える技だが、田口は相手の左腕を取りきれなかったので首を固めた。 狙い通り出た技ではないが、2019年のNJCにおいてから勝利を収めている。 その他 [ ] 走らせるヤツ 相手にひたすらロープワークをさせてスタミナを消費させるムーブ。 なかったことに ヒップアタックを放つがガン無視され、勢いそのままにリングの外に落ちていく、避けられるという立派な技。 技名の由来は、何もなかったことにしてそのあとも試合が進んでいくことから。 マチャアキ のパンタロンを強引に剥ぎ取る技。 技名の由来は、テーブルクロス引きの達人のから。 合体技・連携技 [ ] 人間トーテムポール 中西がチョークスラムで相手を抱え上げ、田口がトップロープからネックブリーカー・ドロップを放ち同時に中西が相手の体を投げ捨てる。 ZERO1-MAX(現:)対抗戦に向けて開発した。 上からドンどどん 田口が相手の背後に回りタイガー・スープレックスの要領で固め、中西が"上からドン! "を決めてから"どどん"を決める技。 ブラックホールバケーション 田口がどどんの体勢で担いだ相手にデヴィットがプリンスズ・スロウンを放つ。 ブラックサンデー ブラックホールバケーションの形で相手を持ち上げ、デヴィットが相手の頭部を脇に挟み、田口がどどん、デヴィットがブラディサンデーの要領で落とす。 ブラックサンデーV2 田口が鹿殺しの要領で相手を高々と持ち上げ、デヴィットが急角度のブラディサンデーを見舞う技。 ムーンランディング 田口がパワーボム、デヴィットのバッククラッカーをミックスした荒技。 挑発行為 [ ] の真似 2015年に入ると中邑を意識した挑発行為を行っており、お互いが使用している上でも頻繁に田口が中邑のアカウントにリプライを送り、それに中邑が返信するというやりとりも行われていた。 中邑が新日本を退団した2016年以降も引き続き使用している。 ギタる 2015年初旬頃より発動。 中邑の「 タギリ」ポーズを田口流にアレンジし、対中邑戦などで使用する挑発行為(試合前や入場時に、中邑の入場時同様手をクロスさせタギリながらリングに向かう)。 各試合後のコメントにおいて、中邑を「本店」と呼び、自らを「支店」と称する。 オヤァイ!! 中邑の試合後のマイクパフォーマンスでの決め台詞「 イヤァオ!! 」を田口流にアレンジした挑発行為。 ロープ際で相手の技をロープを持ち、ブリッジでかわす時や、対戦相手を挑発する時に使用。 「イヤァオ!! 」を逆から言った言葉。 Los Ingobernables de Japonの真似 対の試合でEVILの手を胸に当てる、の入場テーマ曲(STARDUST)に乗ってロープをドラムみたいに叩く。 BUSHIを真似てトップコーナーに座る、等。 キープオンジャーニー が黒歴史だと語る、闘龍門X時代に、と結成していたアイドルユニット「セーラーボーイズ」のシングル「キープオンジャーニー」の振り付け。 石森の保持するIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦することが決定してから田口は「セーラーボーイズ」についてTwitter上やバックステージコメントなどで繰り返し言及していたが、「Road to THE NEW BEGINNING」後楽園大会の第3試合にてとうとうリング上で完璧な振り付けを披露。 最初こそ石森に頭を抱えるほどの多大な精神的なダメージを与えていたが、繰り返し行ううちに免疫をつけられ、タイトルマッチ本番ではとうとう逆に本人に踊られるに至った。 このほか、の「シュー」(モンゴリアンチョップの際に発する噴気音)やの決め台詞「いい風吹かせます」をアレンジした「潮風吹かせます」などの、対戦相手の決め台詞やムーブなどを真似した所謂「パクリ芸」で挑発を行うことが多い。 道標明 [ ] 道標 明 生誕 (41歳) ジャンル 職業 担当楽器 活動期間 - レーベル 道標 明(みちしるべ あきら、 - )は、田口が扮するキャラクターである。 カードゲーム「」の。 とされている。 当初はあくまでもプロレスラー田口隆祐とは別人という扱いとされていたが、後に自身の口から同一人物であることを明らかにした。 概要 [ ] キャラクターの上では、本名不明。 生年月日不明の36歳(2015年現在)。 出身地が不明ながら現住所はとされている。 性格はピュアだが、ファッションが派手 で、七三分けの髪型にのスパンコールジャケット、白のパンツスーツに緑の星型メガネをかけた風貌をしている。 3歳の頃から西島三郎なる架空の演歌歌手の歌を聞いて育ち、16歳の頃に西島に弟子入りを志願し西島ファミリーの一員となる。 2015年現在は名古屋に住居を構える西島ファミリーの寮に暮らしながら、20年も下積み生活を送っているとされている。 略歴 [ ] 9月17日、で行われたにて初登場し 、台本にない展開にや関係者が困惑して当の本人もキャラ設定の定まらない状態だったが、以後、動画共有サイトでGM就任会見動画がアップされた他、のやイベントに出演している。 12月24日には「せいなる夜のみちしるべ」と題されたコンサートも催された。 6月15日、都内のスタジオ内にてCDデビューを発表したのと同時に、正体が田口隆祐であることをカミングアウトした。 7月27日、キングレコードから「みちしるべ」(作詞・道標明、作曲・北村陽之介)でした。 2016年からNJPWWORLDで、2017年から[null AbemaTV]格闘技にて「道標明の人情酒場物語」を開始、MCを務める。 タイトル履歴 [ ]• : 2回 (第52、69代)• 優勝(2012年)• 優勝(2004年)• : 1回(第25代) 闘龍門MEXICO• ヤマハカップ優勝(2005年) パートナーは堀口ひろみ。 では「権利上の都合」による楽曲の差し替えまたは消音対応の対象曲となっていたが、2017年3月6日の旗揚げ記念日興行以降の放送分から「権利上の都合」の対象外となり、そのまま放送されるようになった。 TAKE IT 決め台詞 [ ] オーマイポーズ• 一部では流行語となり、Tシャツやパーカーが製作された。 「ウィー・アー・タグチジャパン!! 」 2017年にタグチジャパン結成して以降、勝利を収めた試合の締めで発言する台詞。 棚橋弘至の「愛してまーす!」に対抗し、「大好きでーす!」というマイクパフォーマンスをするときもある。 その他、コメントやマイクパフォーマンスには下ネタを想起させる単語(「セイシをかけて」「たまたまです」など)ほか、対戦相手や団体内の他の選手の決め台詞やパフォーマンスのパクリ芸も多用する。 決めポーズ [ ]• オーマイポーズ 親指と人差し指をつけて輪を作った両手を顔の高さまで上げ、同時に右足だけを上げる。 初公開は2014年11月頃。 考案者は『』内で連載されていた「キンプロ女学院」の生徒役を務めた、。 写真撮影の時に「なんかポーズを作りましょう」と提案されたことがキッカケで生まれたポーズだが、リング上で披露した際には、右足だけを上げる一工夫を加えてオリジナル感を出した。 ダンス [ ]• タグダンス タイトルマッチやシングルマッチ、その他 の試合で時々披露するのがタグダンス。 自分の入場曲に合わせながら華麗に舞う。 人物・エピソード [ ]• これは2013年6月に腰を負傷して欠場中、公式サイト等で掲載されている試合後のコメントをチェックしていると、のコメントに目が行ったことがキッカケとなっている。 大体の選手は次の試合に対する意気込みを語る中、中邑の発するコメントに異質なものを感じ取り、それ以降田口は「言葉を意識するようになった」「人を惹きつけるような言葉を考えるようになった」と述べている。 趣味は。 には「」誌上の段位認定問題をクリアしアマ六段の認定を受けたほどの腕前。 全国中学生選抜将棋選手権大会の宮城県代表になったこともある。 将棋棋士のとは『将棋世界』誌上での対談 を機に交友があり、郷田がプロレスファンであることもあり、度々田口の試合を観戦に訪れている。 将棋芸人によるライブ『将棋の王将』にも将棋好きプロレスラーとして出演。 アマ初段の・加藤歩に判定勝利している。 に心から嫌われている。 外国人とのタッグではよく好成績を残す。 タッグ4度戴冠、ベストバウト 最多連続防衛記録を保持している。 毎年、TAG69FESというイベントを開催しており、歌はもちろんの事だが、ふんどし姿を晒したり、実の息子を登場させるなど、常軌を逸したイベントとして話題性を高めている。 出演 [ ] ドラマ [ ]• (2012年5月、)• (2013年10月、)• SEASON I・最終話(2016年6月19日) - 「いとこんち」の客 役• SEASON II・第1話(2018年1月14日) - 「田口ジャパン」2017年イメージキャラクター 役 バラエティ [ ]• 「平成のリングで絶滅の危機 昭和を彩った懐ワザを蘇らせよう! 」(2011年2月11日) - ゲスト出演• 」(2012年9月21日) - ゲスト出演 映画 [ ]• 道標明の人情酒場物語(2016年11月配信開始、NJPWWORLD 2017年6月配信開始、)- 道標明 役 雑誌連載 [ ]• キンプロ女学院 田口隆祐のオーマイ&ガーファンクル講座(『新日本プロレス Bi-monthly』VOL. 1 - VOL. 4 - VOL. 田口隆祐のキンプロ一人男学院(ベースボールマガジン社『新日本プロレス Bi-monthly』VOL. 7 - VOL. 11)2015年11月28日 - 2016円7月28日• (2016年No. 32 7月21日号、)W田口のギタるぜ!新日本プロレス!! - との競演 作品 [ ] CDシングル [ ]• 「みちしるべ」(2016年7月27日、) - 道標明名義 脚注 [ ] []• 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月21日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2016年11月10日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2013年6月17日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2014年4月30日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2014年9月19日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月3日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月3日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月3日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月3日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月11日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月11日閲覧。 デイリースポーツオンライン. 2017年8月25日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月11日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月11日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月11日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2017年8月25日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月21日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月21日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年8月22日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年11月13日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年11月13日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2019年11月13日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年1月8日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年1月8日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年1月8日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年1月8日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月10日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月10日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月26日閲覧。 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2020年2月26日閲覧。 2016年3月27日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2011年5月3日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2011年4月29日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2011年5月26日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2013年5月5日閲覧。 Twitter 2013年5月19日. 2015年7月1日閲覧。 2011年12月10日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2008年3月14日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2010年7月11日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2013年6月2日閲覧。 新日本プロレス公式サイト. 2014年5月1日閲覧。 バトルニュース 2015年9月17日. 2015年12月20日閲覧。 新日本プロレスリング 2015年12月16日. 2015年12月20日閲覧。 OTOTOY 2015年12月17日. 2015年12月20日閲覧。 東スポWeb. 2016年6月15日閲覧。 参考文献『週刊プロレス』2017年5月24日号、頁71 - 74掲載 「MY TURNING POINT田口隆祐」より。 Dropkick. 『Dropkick』チャンネル Dropkick編集部 2014年5月9日. 2015年4月16日閲覧。 - 多重ロマンチック・2012年5月12日• - スポーツニッポン・2015年4月6日• 新日本プロレスリング 2015年4月16日. 2015年8月6日閲覧。 日本語. com. 2018年7月6日閲覧。 SportsClick 2014年11月29日. 2014年11月30日閲覧。 キングオブプロレスリング トレーディングカードゲーム 2015年5月29日. 2015年5月29日閲覧。 週刊ヤングジャンプ公式サイト 2016年7月7日. 2015年7月9日閲覧。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 taguchiryusuke -.

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新日本プロレス KENTAのツイッターはプロレス!ヒールを貫き盛り上げる【“プロ”の仕事力】|プロレスバイブス

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日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の村井チェアマン(左)と新日本プロレスリングのハロルド・ジョージ・メイ社長(写真=栗原克己) それぞれ海外への発信に取り組んでいます。 どうしたら日本のコンテンツをこれまで以上に海外に発信できるでしょうか。 メイ:ユニークさをどれだけアピールするかだと考えていますが、同時に官民一体となって取り組むことが大切だと思います。 私は現在の仕事以前にはずっとものづくりの業界にいました。 つまり、扱うのは実際に手に取ることのできる「モノ」だったわけです。 これに対して、サッカーもプロレスも「コト」、つまり体験を売っています。 私の見たところでは、マクロ的に言って日本のGDP(国内総生産)はまだ6割ほどがモノであり、サービス業を含めてもコトは4割にとどまっています。 そして、この比率が米国では逆になっています。 私はもっと日本経済がコトの方向に動くはずだと思っているし、スポーツは国境を越えられるコンテンツの一つではないかと考えています。 そういう成功例の一つをプロレスでつくりたいし、グローバルな可能性があると思っています。 米国に比べて日本のバックアップは少ない モノからコトへと経済がマクロ的に動いているにもかかわらず、コトについては政府の協力をほとんど聞いたことがありません。 モノづくりならば政府はいろいろなサポートをしています。 しかし、コトについてはアニメなど一部に「クールジャパン」政策などの動きがあるものの、まだまだ少ないと思います。 日本にグローバルに通じる成功例が少ないのもこのためだと思います。 米国では映画産業、音楽産業に政府のバックアップがあります。 日本でもコトづくりは重要な産業であり、人材を雇用しているし税金も払っているのだから、政府と民間の協力体制が大切だと思います。 村井:海外と交流・発信していくとき、大きな障壁となるのが言語の問題です。 クラブが世界に発信していくとき、例えばスペインのクラブであるレアル・マドリードやFCバルセロナでは、世界中に多言語で特設サイトを用意してコミュニケーションしています。 しかし、Jリーグの55クラブが世界にダイレクトにつながるには、まだまだ言語の壁があります。 Jリーグが多言語化にもっとかじを切ってコミュニケーションスキルが高まれば、世界にもっと受け入れられると思います。 個々のクラブがすべてに取り組むのは難しいので、そこにJリーグの役割があると思っています。 Jリーグ自体について言えば、日本語のフェイスブックのフォロワー数はこのところそれほど変わりません。 一方、英語版やタイ語版のユーザー数は大きく増え、日本語版のユーザー数よりずっと多くなってきています。 タイ語のフォロワーは47万人ほどいます。 メイ:言葉の問題は間違いなくあります。 新日本プロレスの場合、選手のツイッターでの発信は原則として日本語です。 このため、どれだけいいことをつぶやいても、英語に直すとニュアンスが通じないと思うところもあります。 考え方も違います。 例えば、日本語で相手に「ではこれを考えておきます」と言うのはもうノーと同じことですが、英語の「I will think about it」は非常にポジティブであり、検討するというニュアンスです。 微妙な差ですが、ここには文化の壁があります。 マーケティング的にも日本人に響くものと外国人に響くものが違います。 こうした点が分かるかどうかが重要なポイントだと思います。 特徴を伝えるための啓発活動も必要で、そのためには現地の体制を整える必要があります。

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【国内プロレス系ツイッターフォロワー数ランキング】長州力さんのツイッターフォロワー数、新日本プロレス公式を抜き去り国内プロレス系アカウントの頂点に

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黒潮イケメン二郎(WRESTLE-1) 出典: 福山雅治の「HELLO」をテーマに、 丸々1曲使って客席を煽って回る入場が大人気! ジャケットを着たまま試合をするスタイルで、かなり特徴的なプロレスラーです。 よく見てください。 とびきりのイケメンではありません。 でもなぜか気になってしまいます。 なぜか絵になるレスラーです。 なんだか憎めないヤツってクラスに一人はいませんでしたか?そんなタイプですね。 中邑真輔(WWE) 出典: 2016年に新日本プロレスを退団しNXTへ移籍、2017年にWWEに昇格しWWE王座に挑戦する偉業を達成! 2018年1月のロイヤルランブルでは日本人史上初の優勝を果たしました! 4月にはレッスルマに34でAJスタイルズとWWE王座を賭けて戦うも敗戦。 試合後には金的攻撃を見舞い、衝撃的なヒールターンを演じました。 中邑真輔の魅力は唯一無二のキャラクター! 好きな人と嫌いな人がはっきり分かれます。 「滾ってきたぜ!」とか「イヤァオ!」とかの独特の言葉づかいと動き、は誰にも真似できません。 絵が得意で、学生時代はレスリング部と美術部を掛け持ちしていました。 自身の絵画展を開いたこともあります。 彼のアーティスティックな部分や、ミステリアスな雰囲気に魅力を感じる人も多いようですね。 飯伏幸太(飯伏プロレス研究所) 出典: 色白系イケメンで、TVなどのメディア露出も多いですね。 口下手らしくあまり、饒舌ではありません。 実はデビューはキックボクシングでした。 鋭い打撃ももちろんですが、2階席からの捨て身のダイブなど、何をしでかすかわからないファイトスタイルも魅力です。 2018年はケニー・オメガとのタッグ「ゴールデンラヴァーズ」が再始動。 バレットクラブの内紛に巻き込まれていますが、どんな展開が待ち受けているんでしょうか。 棚橋弘至(新日本プロレス) 出典: 100年に1人の逸材として、新日本プロレスを引っ張ってきた棚橋弘至。 私服もすごくおしゃれで、によくアップしています。 ブログでは可愛い娘さんや息子さんも頻繁に登場し、子煩悩なパパとしても知られています。 メディアにもよく出演しており、 試合会場でのファンサービスを怠らないのも魅力です。 バッキバキに完成された肉体は、ぜひ試合会場で見て頂きたいものです。 ベビーフェイスと八重歯、守りたくなってしまう小動物的な可愛さがありますね。 トークショーやサイン会では、プ女子が長蛇の列を作るほどの人気です。 2018年はメキシコCMLLに無期限の海外遠征しており、日本ではしばらく試合が見られないのが残念ですね。 海野翔太(新日本プロレス) 出典: 2017年にデビューしたばかりの、ヤングライオンです。 お父さんは新日本プロレスでレフェリーを務める、レッドシューズ海野なんですよ。 ルックスは正統派のイケメンですし、キャリアを積んだ将来が楽しみ! 数年後の新日本プロレス人気を支えるレスラーなんじゃないでしょうか。 野村卓矢(大日本プロレス) 一見大人しそうなルックスですが、重たい蹴りを先輩レスラーにも容赦なく叩きこむ、負けん気の強さを持っているプロレスラーです。 ぐっと歯を食いしばるやられ姿も印象的で、思わず応援したくなるんですよね。 他団体への参戦も増えてきて、今後の大ブレイクも期待できるプロレスラーです。 プロレスラーになる前は陸上自衛隊に在隊していて、レンジャー隊員の資格を持っています。 鋭い蹴りと華麗な飛び技が得意なんですが、驚くのが年齢! 20代に見えますが、なんと1980年7月15日生まれの37歳なんですよ! ケニー・オメガ(新日本プロレス) 出典: IWGP USヘビー級初代王者のケニーオメガは、常に観客を楽しませてくれるレスラーです。 ふざけて試合してるかと思いきや、ここ一番ではものすごく激しい試合をします。 終盤でも落ちないスピードは見事! サングラスと革ジャンがよく似合うのは外国人ならでは、銃を撃つパフォーマンスが決まっていてかっこいいです。 2018年は飯伏とのタッグが再始動!バレットクラブとの関係性にも注目です。 オカダ・カズチカ(新日本プロレス) 出典: 世界でも最高のレスラーの一人と言っても過言ではないレインメーカー、オカダ・カズチカ。 191cmの長身に、トレードマークの金髪が似合っています。 身体能力が高く、ドロップキックがあり得ない高さです。 これからも長くトップを走り続けるでしょう。 オカダの内面は真面目で、一本気な性格のようです。 マイクアピールでも端々に見えたりしますね。 ジュース・ロビンソン(新日本プロレス) 出典: ハンサムで背が高く、プロレス界のディカプリオみたいです。 顔が加藤ローサに似ていることから、選手間ではローサと呼ばれています。 アメリカではWWE傘下のNTXに所属していましたがパッとせず、日本に来て一から鍛え直し、実績を積んで新日本プロレスファンからも支持を得ました。 内藤哲也とケニーオメガとのタイトルマッチで一皮向けたように思います。 ファンサービスにも熱心で、明るいキャラクターもいいですね。 BUSHI(新日本プロレス) 出典: ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンに所属するBUSHIはマスクマンですが、マスクの下から出る色気がとんでもない! デビューの時には素顔でしたが、当時も端正なルックスで大人気でした。 クールな目つきとニヤリとした口元に、プ女子も大熱狂。 マスクへのこだわりも強く、BUSHIが身に付けるリップも注目されています。 ドラゴン・リー(CMLL) 出典: ドラゴン・リーは22歳と若いですが、世界トップレベルのハイフライヤーとして大活躍しています。 マスクから見える青い目が素敵ですね。 徹底的に鍛え抜かれた肉体と、ショートタイツのコントラストも最高! ドラゴン・リーはプロレス一家で、お兄さんのもワイルド系のイケメンです。 HARASHIMA(DDT) 出典: 飯伏やケニーオメガはDDTから他団体に殴り込んでいきましたが、ずっとDDTで頑張っているのがHARASHIMAです。 本当にプロレスラー?という優しい顔立ちですが、試合中は相手を蹴りまくってます DDTでの明るいプロレスや、マイクでの観客とのやりとりが穏やかなルックスにハマっていますね。 新日本プロレスの真壁刀義は、学生プロレス時代の先輩なんですよ。 写真の左がSHOで、右がYOHです。 EXILEにいても違和感ないようなルックスで体も仕上がってます。 新日本プロレスの会場では、今一番黄色い声援を集めているタッグチームではないでしょうか。

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