れきし クン。 「れきしクン」こと長谷川ヨシテルさんインタビュー 「ヘンテコ城めぐり」は一生付き合える趣味|好書好日

カリスマ日本史講師の金谷俊一郎先生にインタビュー! 歴史の楽しさ、2020年教育改革に向けた勉強法も伝授!

れきし クン

歴史というと、似たような名前の武将が多くて覚えるのに苦労した、単純につまらなくて苦手だったなど、どちらかと言うとマイナスなイメージを抱いている人もいるのでは? しかし、 歴史ナビゲーター・ 歴史作家として活動している「 れきしクン」こと、 長谷川ヨシテルさんのわかりやすい解説を聞けば、多くの人が歴史のおもしろさを実感できるはずだ。 今回は れきしクンに、戦国時代に戦略上手で名を馳せた、 藤堂高虎・ 北条氏康・ 細川藤孝の3人の武将に学べる点について教えてもらった。 自分を評価してくれる場所を求めて渡り歩いた転職をするような方なんです。 「 武士たるもの、7度主君を変えないと武士とはいえない」という、名言というか迷言を残しています。 7回も主君を変えると、飽きっぽい性格だと思われたり、裏切り者だと言われたりすることはないんですか? 江戸時代だとタブーなのですが、戦国時代においては主君を変えることは悪いことではないんです。 日本人ってどうしても義理にアツい部分があるので、同じところにいる人との関係にこだわると思うのですが、高虎はドライな部分を持っていて、 自分を評価してくれる場所、お金が発生する場所に身を置いていました。 そして、この人が評価される武器が、 お城を建てる築城術だったんです。 今風に言うと建築デザイナーですね。 お城の防御力を高めるデザインの技術に長けており、宇和島城や大洲城の大改修、今治城や和歌山城、世界遺産にもなっている二条城の建築や、江戸城の改修などを手掛けた人です。 中でも、三重県にある伊賀上野城の石垣は大阪城の石垣に次いで2番目の高さで、その高い石垣を作るために独自の技術を持っていました。 武士であり、デザイナーだったんです。 でも、これだけ聞くと武士として戦っていないような官僚に見えますが、指が欠けていたり爪が剥がれていたり、着物を脱ぐと全身傷だらけ。 戦場できちんと結果を残している人です。 また、高虎は非常に人間としてもできている人でした。 二条城を建てた際のプロデューサーは高虎ですが、発注先は徳川家2代目の将軍秀忠。 この2人が造る予定だったのですが、やはり最終的なプランはトップである秀忠が決めた方がいいですよね。 そこで、高虎はプランを出す際、一つは緻密に練った案、もう一つはポンコツのプランをあえて出し、「どちらが良いですか?」と秀忠に選ばせたんです。 すると、当然しっかり考えた方の案を秀忠は選ぶので、結果、秀忠を立ててプロジェクトを進められたという。 「最終的に秀忠さんが決めたから、俺がプロデューサーとして進めるよ」という、ある意味プロレス的な部分もあったかもしれませんが、トップをきちんと立てる方なので、嫌われていなかったと思います。 また、自分の家臣が藤堂家を辞めて他の武将に仕えたいという場合、「明日お茶でも振る舞ってやるから来い」と家臣を呼びつけ「 転職先が合わなかったらまた自分のところに戻っておいでよ」と言うんです。 そして、 実際に家臣が戻って来た際、今までと同じだけの給料で雇ったという話があるくらい、良い人です。 主君を7回も変えたというと、落ち着きのないイメージかもしれませんが、 自分を評価してくれる場所を求め、人とちゃんと接することができた方です。 また、関ヶ原の戦いの後に徳川家に仕えた「 外様大名」という大名がいます。 普通は、元々徳川家に仕えていた人を出世させて重用するのですが、高虎だけ異例中の異例で、「徳川家に戦が起こったときは、藤堂家を先陣にしろ」と、家康は遺言を残しています。 それでも敵を作らなかったということは、本当に高虎はできた人だったのでしょうね。 ・ まずは現場で結果を出す ・ 自分を評価してくれる場所を選ぶ ・ 他者にはない武器を持つ ・ 常に謙虚。 北条政子は鎌倉時代の方ですが、氏康はそこから300年以上後の戦国時代の方です。 そして、歴史好きに「戦国最強の武将って誰?」と聞くと、必ず名前が上がる人物でもあります。 北条氏康は神奈川の小田原城を拠点にした人です。 同世代のライバルは 武田信玄と 上杉謙信。 上杉謙信が「越後の龍」、 武田信玄が「甲斐の虎」、そして 北条氏康が「相模の獅子」と言われたくらい、強い武将でした。 北条氏は5代続いており、氏康は3代目。 つまり、経営者としては先代が築き上げたものを引き継いでさらに大きくしていかないといけない立場です。 信玄や謙信の他にも、 今川義元もいたので、周りはライバルばかり。 そこで、氏康は初代・北条早雲が作ったルール「 早雲寺殿廿一箇条」という遺言を大切にしました。 内容は、 「人の意見はよく聞く」「良き友達と語り合って意見をもらう」「人をもてなす場には遅刻しない」「身分の上下は関係なく、良い意見は採用する」といったものです。 この他に、氏康の名言には「酒は朝飲め」といいうものもあります。 みんなそう考えるので、朝飲むと飲み過ぎを防げますよね。 夜飲むと深酒してしまうので、「 深酒はオススメしないよ」という意味です。 このように、道徳心が強いというか、規律を守る人でした。 3代目ともなると、家臣も台頭してくるのでルール作りを改めたのでしょうね。 これは、 桶狭間の戦い、 厳島の戦い、そして 川越城の戦いです。 川越城の戦いで氏康は一気に勢力を関東にまで伸ばしています。 先代から引き継いだものを守るという点では保守的に見えますが、勝負をかけるときはかける方。 そうやって勢力を伸ばしたら、先代よりも大きくなったので、新しい組織づくりをしていかねばなりません。 そのときに氏康がやったのが「 支城ネットワーク」です。 小田原城を本城(拠点)としていたのですが、大きくなって治めきれないので、八王子城(東京都八王子市)、鉢形城(埼玉県寄居町)、江戸城など、各地にネットワークを築き、そこに 自分の有力な家臣をおいてその土地を治めるという、今で言う子会社をつくるようなことを始めました。 そして、自分は本社である小田原城で経営をする。 先ほど、ライバルが多かったとも言いましたが、全部敵に回してしまうとやってられません。 氏康にとって一番のライバルは 上杉謙信。 そこで、最初は敵対していた今川義元や武田信玄と同盟を組むんです。 あえてライバル会社と手を組み、ライバルを謙信のみに絞る。 現代でも深夜のバラエティ番組などで「ライバル会社が対決!」といった企画がありますよね。 あれって対決しているわけではなく、その業界を盛り上げているわけです。 そのように、業界全体を盛り上げるために敵と手を組むことをできたのが、氏康なのだと思います。 がむしゃらに戦っていては効率が悪いですもんね。 百姓の土地の年貢は、トップに納められるまでに何度か仲介者が入ってそのたびに手数料を取られるので、結果的に増税になるのですが、氏康は直接百姓が納められるよう一括管理をしたんです。 そして、例えば「 土地の管理者が良くない」といったことを百姓が直接大名に訴えられるよう、「 目安箱」を設置しました。 徳川吉宗が設置したことで有名な目安箱ですが、実は吉宗より前に氏康が行っていたんです。 社員の声が一気に社長に届くような環境を作ったということです。 飢饉が起こると、税金を免除にすることもありました。 戦国時代は百姓一揆などで荒れているイメージがあるかもしれませんが、北条家はこの時代に一度も一揆が起きていないと言われているんです。 しかも、氏康は 日本最古の水道システムを作り、これが江戸の水道の基となっています。 福祉にも力を入れていたと言えます。 政治家としても経営者としても、必要な能力を持っています。 強い武将と言うと、どうしても戦の強さが連想されますが、総合的に見ると最強の武将は氏康だと歴史好きには結論づけられるのだと思います。 細川家は知っていますが、細川ガラシャと関係のある方ですか? そうです。 細川藤孝は 細川ガラシャの義理のお父さんにあたり、 末裔は細川護煕総理大臣です。 藤孝は一度、滅亡しそうになっているのですが、そこから 一気にV字回復。 大名となった後、子孫は幕末まで大名を務めています。 細川藤孝は13代将軍・足利義輝に仕えていました。 しかし、そのときに足利家の家臣たちが力を持って、家臣同士が揉め始めます。 義輝は将軍の権力をもう一度復活させようと頑張ったのですが、家臣たちに暗殺されてしまうんです。 その後、家臣たちは自分たちに都合の良い将軍に首をすり替えました。 義輝の家臣だった細川藤孝も京都を追われてピンチに陥ります。 義輝が暗殺されているので、藤孝は一度滅亡しているようなもの。 そして、もう一度自分が復活するためには新しい将軍をつけないといけないと、後ろ盾を探し始めます。 義輝には足利義昭という後の室町幕府の将軍がいるのですが、義昭を引っ張り出して各地を転々とし始めます。 「 これ(義昭)は良い商品だから、勝てるから」と言って資金を得ようと、福井県・越前国の朝倉家に行くのですが、朝倉家は自分の経営が安定しているので全然動きませんでした。 だから、安定している企業よりはグイッと動いてくれる企業でないとこの商品は買ってもらえないと思ったんでしょうね。 その頃、尾張から美濃に進出して飛ぶ鳥を落とす勢いだったのが 織田信長。 新しい企業ってよく企業を買収しますよね。 信長もおそらく買収感覚だったと思うのですが、藤孝は信長に売りにつけて資金を得ます。 そして信長の軍勢を率いて義昭を連れ、もう一度京都に上洛します。 そして、義昭を足利家の15代将軍に就任させたんです。 義輝が暗殺されて経営難に陥ったけど、 武器を手に入れ、勢いのある人を味方につけて、京都に上洛して将軍につけているので、かなり敏腕ですよね。 しかも、この期間はたったの3年間です。 でも、この3年間は本当に極貧生活でした。 明かりを灯す油も買えないので、神社から油を拝借して、薄明かりの中で本を読んでいたそうです。 ピンチなときや仕事がないときは暇なので、暇なときほど知識を蓄え、チャンスが訪れたらその知識を活かして信長に接近し、チャンスをものにするという。 藤孝がすごいのが、この商品(義昭)にこだわらないんです。 義昭が将軍になって京都で返り咲いた後、義昭と信長が対立するんです。 普通だったら義昭の家臣である藤孝は義昭につくべきなんですが、ドライな部分、薄情な部分があって信長についちゃうんです。 そうすると、さらに信長から信頼される。 武将としても優秀なので信長の家臣として出世していくんです。 また、藤孝は明智光秀と親戚になったのですが、本能寺の変で信長は光秀に殺されます。 本能寺の変の後、光秀から親戚だから当然味方にしてくれるだろうと「俺に味方してくれ」と手紙がくるわけですが、藤孝は信長が亡くなったから弔わなきゃと、頭を剃ってしまうんです。 頭を剃ることで「俺は光秀には味方しないぞ」というアピールです。 そしてその後、豊臣秀吉がくると、秀吉に味方します。 なんというか、 先見の明のある人なのだと思います。 ドライな部分って経営者としてのすばらしさでもあると思うのですが、 藤孝の一番の強みは和歌が得意な文化人だったことです。 『古今和歌集』の読み方を解いた『古今伝授』というものがあるのですが、これは口伝で伝わっているもので、当時は藤孝しか知りませんでした。 だから、この人が滅びたら『古今伝授』が伝わらなくなってしまいます。 この知識が生きたのが、 関ヶ原の戦いのときです。 関ヶ原の戦いの際、藤孝は京都の田辺城にこもっていました。 しかし、落城寸前となったため、最後に武士として腹を切ろうとした際に「ちょっと戦をやめろ、和議結んでお城を開こう」と朝廷からお達しが来たんです。 藤孝が死んでしまうと和歌の道が廃れてしまうので、異例な出来事です。 まさに、「 芸は身を助ける」。 藤孝は和歌の他、蹴鞠や茶道、料理、剣術や弓も得意で、なんでもできる人でした。 文化的な面に秀でていると、社会の目も優しくなることがあるので、現代のリーダーに近いタイプかもしれないですね。 ・ 勝てる商品(足利義昭)を準備して勝負する ・ 売上がないときこそ、勉強期間にあてる ・ ヒットした商品(義昭)にこだわらない。 「義昭から信長へ」「明智光秀はなく秀吉に」 ・ 文化芸術事業(和歌)を行う 語り手:れきしクン(長谷川ヨシテル) 歴史ナビゲーター、歴史作家、あだ名は「れきしクン」。 「長谷川」の文字が付いた赤い兜がトレードマーク。 元芸人ならではの明るく楽しい解説が持ち味。 歴史イベントのMCや企画の他、講演や執筆活動も精力的に行っている。 メディア出演も多数。

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真・武神の初日に3戦功達成報告をするのは化物ばかり。 江戸、平安、ロンドンとか汎用の強キャラだけではなく(ねぇ君たち、もしかしてほぼ全キャラ持ってるの?)という暴力的な編成ばかりで、自身の手持ちの乏しさが嫌になって来る。 よし、ライトユーザーは身の丈に合った進め方で。 今週は良い動画が出るのを待って来週頑張ろう。 とか考えていたら、れきしクンが初日に撃破していた。 しょうがない、面倒だけどやるか。 トップ集団に周回遅れにされても別に構わないが、新人が攻めて来るなら安全圏まで全力ダッシュせざるを得ない。 ほい、全戦功同時。 やってみたら割と楽で、意地で名古屋と駿府を入れました。 名古屋も駿府も大昔は強かったんですよ。 名古屋は最近調整が入って悪くない感じになったので、是非地域枠で使ってあげてくださいです。 真・武神降臨!山県昌景 超難 全戦功攻略動画• 敵の仕様とか 特に面倒なのが 赤備え騎馬と 佐竹式毛虫形兜(邪術)。 騎馬は盾や政宗の竜刀の足止めならOK、増加する特技が無効っぽい。 佐竹式毛虫形兜(邪術)は鈍足無効。 事前に削る、停止計略、高火力でごり押す。 ボスがほぼ空気なので、杖の特技発動とかをボス以外の難敵に合わせるのもアリだと思います。

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カウントダウン大河「麒麟がくる」

れきし クン

来歴 [ ]• からに進学。 大学卒業後に10期生として入学。 以前は、の同級生の内田英輔とというコンビを組んでいた。 2013年に解散後は、自身はピンで歴史芸人として活動し、内田はを結成。 2017年3月に芸人を引退し、歴史ナビゲーター・として活動を開始。 歴史バラエティ番組のやを担当。 人物・交友 [ ]• 持っている資格は、中高、2級 日本史 、準1級。 趣味は城・めぐり、歴史小説。 城や武将の名前が入った各地のを集めている。 衣装はスーツを着て赤いをかぶっていることが多い。 兜のは「長谷川」と彫られている。 元で 、元の投手、の投手とはチームメイトだった。 2年秋に退部• お笑いコンビののはの先輩であり、兄のクラスメイトだった。 ポケモン部の部員であり、レーティングバトルで世界85位になるほどのマニアである。 『【戦国時代編】』で、若手芸人一斉ペーパーテストをトップ通過し、本選では、、の、の、の、のなど抑えて優勝した。 「歴史ライブ〜軍師と足軽〜」の出演者の の、の、の、の、のと共に歴史好き芸人ユニットの「ロクモンジャー」を結成している。 出演・作品 [ ] テレビ [ ]• 『』(第3回「策略」2016年1月24日放送):百姓11役でエキストラ出演。 『』:エキストラ出演• (、2019年3月23日)• (、2019年2月6日、3月13日、4月10日、5月1日、6月26日、7月31日、9月4日)• (、2019年6月30日)• (、2018年8月23日)• (、2018年9月12日)• (、2018年11月1日)• 【戦国時代編】(、2012年3月24日)• (、2013年2月2日)• (、2012年2月13日・2013年1月7日)• (日本テレビ、2012年10月1日・10月8日)• (日本テレビ、2012年9月14日)• SP「芸能人1000人が選んだ私のイチオシ芸人」(、2012年9月1日)• () - 6に出演• (、他) - 第11回放送 歴史コント「弟子っ子芸人弁慶くん」ディレクター役、第21回放送 城熱大陸「」役• (TBS、2014年10月27日)• (、2014年12月7日)• (、2015年5月7日)• (、2015年5月28日・11月5日・2016年2月4日、11日、18日、25日・3月10日、17日、24日・5月5日、19日、26日・6月2日)• (、2015年6月22日)• (、2015年10月28日)• (、2015年11月8日)• (、2016年2月26日)• (、2017年12月2日)• (、系列、2017年1月30日) ラジオ [ ]• (、2019年2月9日、5月5日、8月24日)• (、2013年7月11日・2014年1月23日・2015年7月23日)• (、2015年1月17日)• (、2015年7月19日)• FM岐阜公開録音「合戦トークLIVE in 関ヶ原」(、2016年10月22日)• (、2016年12月22日)• ・野本ダイトリのどうしたらいいでしょうか?(、2017年5月13日、20日)• の「」ラジオ~私、リスナー様の忍びになります!!~(、第2回-)• (、2017年11月3日) アニメ [ ]• 御城プロジェクト:RE 公式生放送(第一回 - 五回)• ブシモ放送局(、2014年7月31日・8月26日・10月31日・2015年2月25日・9月15日)• しろくろジョーカー電影瓦版(、2016年3月28日 - )• 舞台「幻の城」カウントダウン特番(アメスタ番組MC、2015年9月 - )• (、2016年10月4日、11月4日、12月6日、2017年1月11日、2月7日、3月7日)• エンターテインメント歴史マガジン『歴史人』のブログの連載。 (「最弱の城~お願いだから攻めないで~」「日本史の実行犯~あの方を斬ったの…それがしです~」) 作家・監修 [ ]• (系列、2016年5月15日)-• 史上最大1万人の夢!(系列、2017年1月9日) -• (、2017年12月3日)-• (、2018年12月29日)-• 俺の地図帳 〜地理メンBOYSが行く〜( ほか、2014年4月 - ) -• 歴史人ブログ - 「最弱の城~お願いだから攻めないで~」や「日本史の実行犯~あの方を斬ったの…それがしです~」を連載• あいたい兵庫・ブロガー100人戦国トリップ - 「ゆかりの城を巡る!大河ドラマ先駆けツアー」を連載(公認ブロガー)• 「しろくろジョーカー」(戦国城下町シミュレーション) - 公式ブロガー イベント・講演 [ ]• すのまた出世まつり(2019年10月6日)• 武者の日(2017年6月4日、2019年6月9日)• 歴タメLive~ 歴史好きのエンターテイナー大集合!(MC)(2016年- 第1弾〜4弾)• 熊谷うまいもんカップ2019(2019年5月26日)• 天王寺博 プレイベント(2014年5月4日)• 第53回 寄居北條祭り(2014年5月11日)• 第4回 熊谷大会(2014年5月25日)• 第5回 熊谷大会(2015年5月31日)• 第6回 熊谷大会(2017年5月28日)• 天王寺博 の陣(2014年11月1日)• 第31回 まつり(2015年5月10日)• トークショー「 埼玉に残る足跡」(2015年6月7日)• 舞台「幻の城~戦国の美しき狂気~」勉強会(講師)(2015年9月5日)• 天王寺博 天ノ陣(2015年10月31日)• 仙台当主講演会「幸村子孫が語る。 の真実」(ナビゲーター)(2016年3月21日)• 上田HERO 真田三代と十勇士(2016年3月26日)• 「」いざ!!!~WE LOVE SANADA!~(2016年10月9日)• 2016ぎょうだ夢まつり(2016年11月23日)• 山頂部オープニングイベント(2016年11月27日)• 丸毛サミット~と福束城主・丸毛兼利~(ナビゲーター)(2017年2月26日)• 関ヶ原武将シリーズ第3弾~~(ナビゲーター)(2017年6月24、25日)• 第7回全国ご当地うどんサミットin熊谷(MC)(2017年11月18日、19日)• お城EXPO(エンタメステージ、MC)(2017年12月22-24日) 新聞・雑誌 [ ]• 特集記事「ロクモンジャー特別座談会」(2019年19号)• ヴィーナス 特集記事『歴史ナビゲーターれきしクンが語る「エロい日本の歴史」』 2017年9月5日号(2017年8月4日)• 書評「天下統一 家康から秀吉へ」著(現代新書) - 信濃毎日新聞(2016年1月16日)、他• 書評「」著() - 沖縄タイムス(2017年2月11日)、他• 「 46号」(2016年2月20日) 書籍 [ ]• ポンコツ武将列伝()• ヘッポコ征夷大将軍()• あの方を斬ったの…それがしです 〜日本史の実行犯〜()• マンガで攻略!はじめての織田信長 ()• マンガで攻略!はじめての織田信長2 本願寺と武田信玄に挑む ()• 戦国武将ビジュアル人物大図鑑 ()• 解説「おちゃっぴい 大江戸八百八」著(文庫) ライブ [ ]• 歴史ライブ~軍師と足軽~(2013年8月 - ) 脚注 [ ] []• 山口いく• 小澤優人• 菊地秀規• 山田一成• 杉浦元• 戸川創太• 入江真潮• 山下正行• たっぷり藤原• ヤマト• 池田57CRAZY• 池田レイラ• ななえ• ワタリ119• 小野まじめ• せんちゃん• 佐藤大樹• 長谷川俊輔• 上田雅史• 嘉数正• レフト鈴木• 加藤歩• 松尾陽介• 星野光樹• 柴田基• 野村辰二• 藤田隼人• 溝上たんぼ• イーグル溝神• タイガー福田• えとう窓口• チャンカワイ• イーグル溝神• サンキュー安富• タイガー福田• ブー藤原• トシボーイ• 町田康介• 跡部舞• 菊原由香利• ミナコ• あいこ• アンゴラ村長• スーパー3助• 内田英輔• 芦沢統人• 須田拓也• 松谷ヒロキ• 秋山寛貴• 岡部大• 菊田竜大• 杵渕はな• 山田しょうこ• 斉藤優• 矢野ペペ• 石井勇気• 菊地英之• 藤田崇之• 﨑山祐• ハジメ• 加賀谷秀明• 横井かりこる• みんなのたかみち• 青木淳也• 川原豪介• 坪倉良太• 平山洋祐• 石井康太• 中村豪• 石橋遼大• 後藤拓実• 都築拓紀• 都留拓也• 尾身智志• 北澤仁• 山崎ノボル• 長尾丈史• 長峰正典• ミュージシャン.

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