南海 電鉄。 南海電気鉄道

なぜ南海電鉄が西日本大手私鉄でワースト一位なのでしょうか?

南海 電鉄

南海電鉄の路線図 南海電鉄は南海電気鉄道株式会社が運営しており、「南海」または「南海電車」と呼ばれています。 実は日本最古の私鉄で、1885ねんに開業されたそうです。 路線は「南海本線」、「高師浜線(たかしのはません)」、「多奈川線(たながわせん)」、「加太線(かだせん)」、「和歌山港線(わかやまこうせん)」で、 大阪なんば駅から和歌山港駅までを繋ぐ「 南海線」があり、 関西空港までの「空港線」、 そして同じく なんば駅から高野山駅までを繋ぐ「高野線(こうやせん)」、「汐見橋線(しおみばしせん)」、「鋼索線(こうさくせん)」の 高野線があります。 全ての路線の漢字の読みが難しいので仮名をふりました。 以下が 南海線の路線図になります。 (クリックすると南海線が拡大されます) 以下は高野線の路線図になります。 (クリックで高野線路線図が拡大されます) 南海電鉄の時刻表と所要時間、運行情報 南海電鉄の時刻表は駅名で確認することになります。 最寄り駅など、利用する駅を確認して駅名を選び、どの方面かを選択すると、PDFファイルで表示されます。 この駅名で表示されるページには「バリアフリー」情報、コインロッカーやATM、売店や駐輪場の有無、定期券売り場があるかどうかなどの「サービス」情報、そして周りにある「主な施設」情報と、近郊の「地図」が表示され、非常に見やすいページになっています。 駅の住所と電話番号も掲載されているため、もしも忘れ物をした際に問い合わせする場合にも分かりやすいといえます。 このページには乗換案内などとは違い、南海電鉄の列車運行情報も載っているため、南海電鉄を主に利用する方には特に便利なダイヤ検索となっています。 たとえば、なんば駅から和歌市駅方面の南海本線の場合はこちらです。 このように全ての駅までの所要時間を確認したい場合には以下のウェブサービスが便利です。 一つ一つの運賃を確認したい場合には駅名から選択する運賃検索もあります。 こちらの検索を利用した場合には通常の運賃の他に、1カ月、3カ月、6カ月の通勤、または通学の 定期券料金も表示されます。 見た目も武骨でかっこいいデザインで、まるで鉄人28号のような外観をしています。 全車両座席指定券が必要で、「 レギュラーシート」と、より快適な「 スーパーシート」の2種類の座席があります。 ラピートは数種類ありますが、確実に止まる 停車駅は以下になります。 スーパーシートは大人720円、小児470円となっています。 また、関西空港へ行くお得なきっぷで 「 関空トク割 ラピートきっぷ」という片道の割引乗車券も販売されています。 これは乗車券とラピートの特急券が一緒になったチケットで、通常なら合計1430円かかるところを 1270円(小児640円)で乗ることができます。 スーパーシートの場合にも 1480円(小児840円)とお得になっています。 特急「 サザン」はラピートとは異なり、特急料金が必要な指定席と必要ではない車両が混在しています。 こちらのサザンは難波駅から和歌山市駅、和歌山港駅を繋ぐ特急です。 最速で難波駅から和歌山港駅までを61分の所要時間で到着できます。 南海鉄道倶楽部と回数券 特急ラピートや特急サザンなど、窓口に並ぶことなくチケットレスで切符を購入することができます。 南海電鉄の「 特急チケットレスサービス」で、会費無料の「 南海鉄道倶楽部」に登録する必要があります。 普通の回数券はもちろん、ラッシュ時間を除いた「 オフピークチケット」、土日や休日にお得な「 サンキューチケット」があります。 いずれもカード対応券売機で購入ができます。 南海電鉄の問い合わせ先とホームページ 各駅の連絡先の他に南海電鉄のお問い合わせ電話番号が用意されています。

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南海電鉄南海本線 特急サザン(難波-和歌山市) 前面展望ビデオ

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阪堺電車「我孫子道」駅から 徒歩1分! お出かけ、家族の方の訪問にも便利な立地。 周辺は懐かしい下町情緒あふれ、 静かで暮らしやすい住環境。 南海電鉄を経営母体としており、 「安心・安全・快適」なサービスを提供。 母体がしっかりしているからこそ、 1人1人に寄り添ったサービスが可能です。 日中の看護師の常駐、提携医療機関との 連携によって、日常の健康管理から もしものときにも安心。 医療面のサポートが必要な方も安心して ご入居いただけます。 スタッフも入居者の方々も、 人の絆を 大切にしている温かさがあります。 日々の会話や、行事や活動を通じて、 生き甲斐つくりをお手伝いするほか、身体 機能の維持向上につなげてまいります。 明るくシンプルな居室は、車椅子での生活もスムーズなバリアフリー設計。 また窓には、防音、保温・防寒効果のある複層ガラスを採用しており、快適にお過ごしいただけます。 24時間365日、介護の専門職員が常駐しており、日中は、看護師も常駐しているので、医療面のサポートもお任せいただけます。 医療機関との連携や管理栄養士のもと、美味しい食事のご用意など、南海グループならではの「安心・安全」に配慮したサービスをご提供いたします。 明るい光が注ぎ込むロビーや開放的な屋上など、ナチュラルで落ち着いた空間が快適な日々をささえます。 スタッフ一同、心を込めてご入居者様の暮らしをサポートさせていただきます。 どうぞ安心して、お越しください。

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1・百貨店の売上げがないからです。 鉄道ファン、とくに駅弁が好きな人にとって、新年の恒例行事といえば京王百貨店新宿店の駅弁大会だ。 この京王百貨店は京王電鉄の関連会社である。 他にも小田急百貨店、西武百貨店、東急百貨店、阪急百貨店、近鉄百貨店など、私鉄の系列デパートは多い。 しかし鉄道の規模が大きいJRには「ジェイアール百貨店」がない。 また、大手私鉄では「南海百貨店」もない。 なぜだろう? 「南海百貨店」の役割を担うのは、あの有名百貨店 そもそも、なぜ大手私鉄は直営、あるいは関連会社としてデパートを経営しているのだろうか? そのルーツは、1929 昭和4 年創業の阪急百貨店にある。 創業者は阪急電鉄の小林一三氏だった。 小林氏は鉄道会社の乗客を増やすため、沿線の住宅地を開発し、動物園や宝塚新温泉など、「鉄道で行く場所」を開発するアイデアを成功させた。 その延長線上にターミナルデパートがあった。 鉄道にとって、平日の朝夕は通勤・通学の利用者が多いものの、平日の日中や休日は利用者が少なくなる。 そこで小林氏は、都心の駅近くに百貨店をつくり、買い物客に電車に乗ってもらおうと考えた。 まず梅田駅ビルに東京・日本橋の白木屋 後の東急百貨店日本橋店。 1999年閉店 を誘致する。 これが成功を収めたため、後に直営の阪急百貨店を開店した。 この流れに他の鉄道会社も追随したというわけだ。 こうした鉄道会社系列のデパートを「電鉄系百貨店」という。 「南海百貨店」がない理由は、「電鉄系百貨店」の役割を高島屋が担っているからだ。 1932年に南海電鉄が難波駅にターミナルビルを建設したとき、その主要テナントとして高島屋が入店し、店名を「南海タカシマヤ 高島屋大阪南海店 」とした。 ここは高島屋の本社 本店 でもある。 高島屋にとって南海電鉄は「本店のあるビルの大家」であり、南海電鉄にとって高島屋は主要株主のひとつでもある。 両者の結びつきは強く、南海がみずから百貨店を設立する必要はなかった。 ビーバップハイヒールより、 2・大阪市は、梅田までを許可しませんでした。 ・でもなぜか、なんばで止まっています。 ・現存する日本最古の私鉄です。 ・1903年には、難波~和歌山間が開通。 ・そして同じ年、大阪市が、日本初となる公営路面電車を開業しました。 ・昭和8年には、市営地下鉄(現・御堂筋線)が開業。 ・この頃から、大阪の交通の基点は、梅田になったといいます。 ・当然、南海も、梅田に進出する事を考えました。 ・そして、大阪市に、新路線を申請。 ・今宮駅から北上して梅田につなぐ、西横堀線の計画。 ・しかし、大阪市は、それを許可しませんでした。 ・何と、大阪市も、同じ所に地下鉄を通す計画があるというのです。 ・こうして大阪市は、地下鉄四つ橋線に着工します。 ・それでも負けない南海は、新たな路線計画を申請しました。 ・それは、天下茶屋から梅田を結ぶ、南海堺筋線の計画。 ・が、この申請も認められませんでした。 ・何と、この路線も大阪市が計画しているというのです。 ・しかも、名前まで同じ堺筋線だと。 ・このような姿勢には、ゆるぎない大阪市の基本理念があったといいます。 ・市内交通を営利企業に任せず、市民の利益が最大となるよう大阪市が運営する。 ・大きな利権が絡む鉄道は、すべて大阪市が管理すると。 ・それでも、南海は三度立ち上がりました。 ・梅田がダメなら、天六へ。 ・市内を外し、路線を難波から北に延ばす、天六駅開発計画を申請。 ・しかし、思わぬ落とし穴が。 ・何と、同じような計画を、同じ時期に阪急が申請していたのです。 ・そして、阪急が認可されることになりました。 ・大阪万博に対するアクセス面が、阪急の方が勝っていたのです。 ・こうして、南海電車の北へ進出する計画は阻まれました。 ・その南海に今、新たな計画が。 ・南海と JR が新大阪駅まで共に乗り入れる、新路線の計画です。 ・南海は汐見橋駅から、JR は難波駅から、同じ路線で新大阪につながります。 ・これが実現すれば、南海は大阪市内をつきぬけ、新大阪と関空を30分で結ぶ事になる。 ・南海の夢が、今つながる…かも。 3・大阪市が、天王寺支線・平野支線の廃線に・・・ [南海電車 消えた線路のミステリー] ・南海電鉄の路線図を見ると、なんば駅を起点として和歌山市方面に行くのが、南海本線。 高野山方面に行くのが、南海高野線です。 ・その分岐のあたりを航空写真で見てみると、天下茶屋駅周辺から天王寺方面にかけて、斜めに空き地が続いている。 ・この細い空き地は、いったい何なのでしょう? ・その裏には、南海の涙の歴史があるといいます。 ・関西鉄道史上、もっとも古い歴史を持つ駅の一つだといわれる、南海天下茶屋駅。 ・関空特急ラピートも停まる、乗降者数が南海で第3位という、拠点駅です。 ・そんな天下茶屋駅から斜めに伸びる空き地があります。 ・地上から見てみると、明らかに線路跡に見える。 ・もしこれが線路跡なら、この線路はなぜ無くなったのだろう? ・川島さんは、「そこには幻のドル箱路線があった」のだと言います。 ・その行先は、天王寺。 ・難波を拠点とする南海ですが、かつては天王寺に乗り入れていたという。 ・そしてこの空地は、南海の天下茶屋~天王寺間の線路跡。 ・これは、どういうことなのだろうか? ・天王寺には現在、JR環状線や阪和線、近鉄や市営地下鉄などが、集結しています。 ・1890年代、この天王寺に、南海はいち早く着目していました。 ・今から110年前の、1900年。 ・私鉄の関西鉄道が、大阪~天王寺間の運行を開始しました。 ・それとほぼ同じ時期に、南海も天王寺に目をつけていた。 ・天王寺の発展を予想し、天下茶屋と天王寺をつなごうと計画しました。 ・当時すでに、難波から和歌山までの路線を計画していた、南海。 ・天下茶屋と天王寺をつなぐ路線を作ることで、関西鉄道の市内北部からの乗客を、取り込もうと考えたのです。 ・こうして1900年、天下茶屋と天王寺をつなぐ、天王寺支線が開業。 ・全長は、約2. 4kmだったといいます。 ・これを利用者は、歓迎。 ・天王寺支線は、庶民の足として大人気となった。 ・南海の予想は、大当たりしたのです。 ・3年後の1903年には、天王寺公園で「内国勧業博覧会」が開催。 ・さらに多くの人が、押し寄せました。 ・天王子には、ターミナルシティーの期待が高まります。 ・こうして南海 天王寺支線は、人気路線として定着したのです。 ・ところが、やがて、事態は急変します。 ・1961年に、大阪環状線が開業。 ・これによって大阪市内の人は、天下茶屋を経由しないでも、直接、天王寺駅へと行けるようになった。 ・この影響を受けて、天王寺支線の利用客は、徐々に減少していきました。 ・そして20年後、さらなる悲劇が南海を襲うことに。 ・大阪市が堺筋線を天下茶屋まで延長するという計画が、耳に入った。 ・もしそうなったら、天王寺支線と もろにかぶってしまう。 ・地下鉄堺筋線の動物園前駅といえば、天王寺駅のほんの鼻先。 ・それが天下茶屋まで伸びると、天王寺支線とほぼ同じ路線になってしまいます。 ・そこには、大阪市のある思惑がありました。 ・市内の交通は、大阪市が仕切る。 ・この行政からの通達は、南海にとってあまりにも厳しいものでした。 ・地下鉄が開業すれば、乗客を取られるのは目に見えている。 ・すでに環状線の影響で、ピーク時には1日4万人あった利用客は、約1000人にまで激減していました。 ・そこにさらに追い討ちをかけられるのですから、たまりません。 ・結果、南海は泣く泣く、1984年に、天下茶屋~今池町間を廃線にした。 ・ただ、地元住民のために、今池町~天王寺間は、残しました。 ・しかし、1993年、堺筋線が天下茶屋まで延伸。 ・大阪市は交通渋滞緩和のため、何億円もかかる路線の高架化を、南海に要請します。 ・すでに赤字路線だった天王寺支線には、高架化など無理な話でした。 ・こうして、天王寺支線は、廃線が決まった。 ・1993年、南海天王寺支線は、全線が廃線。 ・90年にも及ぶ歴史に、幕を下ろすことになりました。 ・今はもう南海とは無縁になった、天王寺駅。 ・そんな中で、ひとつだけ名残が残っているといいます。 ・南海の各駅で親しまれている南海そばが、今も営業を続けているのです。 (南海そば 天王子店の出店は、2007年9月4日らしい) (他には、サンマルクカフェ南海天王寺店があります) (これらは、天王寺駅の駅ビルの株式を、かつて南海が保有していた名残かもしれません) (現在、南海が持っていた株は、JR西日本に買い取られています) ・川島さんによれば、南海はすでに難波で街づくりをしていたので、天王寺はあきらめたという部分もあるそう。 ・これは、大阪市内の交通は営利企業に任せず、すべてを市営で行うべきだという考え方。 ・南海には他にも消えた路線があって、平野線というのもあった。 ・これは天王寺支線の今池町駅から伸び、文の里、中野、西平野、平野とつながっていました。 ・これが南海平野支線です。 ・その平野支線とかぶるように作られたのが、地下鉄谷町線。 ・というわけで、この線も廃線になりました。 ・大阪市は渋滞緩和のために、平野支線を地下化せよと南海に要求していた。 ・しかし南海には予算的に無理だったため、市営地下鉄に譲らざるを得ませんでした。 (地下鉄にするには、新しい車両も用意しなければならないから).

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