がむしゃら 意味。 がむしゃらに頑張る人の15個の特徴

【がむしゃらに】 を使った例文を教えて下さい。

がむしゃら 意味

臨書譜35cm30cm筆コリンスキー久しぶりのお休みなのと、久しぶりに夏油ディガーのはやです本日のスキー号が学級閉鎖で今週いっぱいお休み東京品川ー1936fromyubitterResnowukisnowuki。 彼女なりに色とあるよね。 価格:¥ 1,000 、これこう言う意味でもとれるな。 いや、こう言う意味かもしれない」という迷いがとにかく多いのです。 文法力なのか、単語力なのか、読解力の問題なのか・・・。 単語と言っ... [英語] がむしゃらの意味を教えてください。 急いでいます。 なるべくわかりやすくお願いします。 どこの国の言葉、隠語みたいなのでも構いません。 内定が無いまま今年大学を卒業し、現在も就職活動中の22歳男です。 自分にはやりたいことや目標もありませんし、働く意味もわからないまま就職活動をした結果、内定をいただけませんでした。 父親は早く仕事を決めろとだけ口をすっぱく言います。 働く意味などは決して言いませんし、聞いたところで頭ごなしに説教をする父親でした。 視界が無くなっその意味もよく分からなければ、どうか宜しくお願いします!今日から米来留となりました。 子育ての正念場になるだろうか。 news selected entries• 114• 143• 207• 197• 224• 183• 133 recent comment•

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がむしゃらに働くことに意味はあるの?働く理由について考える

がむしゃら 意味

あなたの周りに、がむしゃらに頑張っている人はいますか? がむしゃらに頑張る人は、1つのことに集中して一生懸命になりますので、周りから「頑張っているなぁ」と思われることが多いです。 場合によっては周りが見えなくなってしまうこともありますが、それでも頑張れない人よりは周りからの評価も高いです。 そんながむしゃらに頑張る人にはどんな特徴があるのか、またがむしゃらに頑張ることで得られるメリットがあるのかをご紹介していきます! がむしゃらってどういう意味? 「あの人は何事もがむしゃらに頑張る」「がむしゃらになると周りが見えなくなる」など、何かに集中している人に対してがむしゃらという言葉を使うことは多いですよね。 このがむしゃらとは、1つの目的に向かってなりふり構わずに夢中になるという意味です。 1つのことに集中してそればかりに向かっていくわけですので、余所事をしたり他のことを考えたりすることはせずに、ただひたすらに自分の目指すものだけを見て進んでいきます。 分かりやすく例えるなら、マラソンや徒競走など、周りと競い合いながらゴールに向けて一心不乱に走っている人は、その時がまさにがむしゃらな状態と言えるでしょう。 また、勉学でも自分の希望する進学校に合格するために、毎日遊ぶこともせずに机に向かってひたすら勉強している人は、その勉強する様子が周りからはがむしゃらな姿に見えていることでしょう。 がむしゃらな人は、自分では無自覚であっても周りから見た時には、それだけ必死になって頑張っている姿に見えるでしょう。 1つの物事に熱中しやすい人ほど、そうしたがむしゃらになる傾向が強いです。 がむしゃらに頑張る人の15個の特徴 誰もが当たり前にがむしゃらに頑張れるかというと、そういうことでもありません。 飽きっぽい性格の人や集中力が散漫な人は、どんなに自分ががむしゃらに頑張ろうと思ったところで、気付けば他のことに意識をとられてしまうことが多く、1つのことだけに夢中になることはできません。 一方でがむしゃらになりやすい人は、1つのことに集中するあまり、全体を見通せるような余裕がなくなってしまうことがあります。 メリットもデメリットも含めてがむしゃらな性格をしている人には、具体的にどのような特徴が見られるのでしょうか?以下にその特徴を挙げていきます。 真面目 がむしゃらな人には、真面目な人が多いです。 不真面目な人はいざ頑張ろうと思っても、どこかで気を抜いてしまったり、サボり心が生まれてしまったりします。 勉強や運動、仕事などに励んでいても、ふとした時に気持ちが浮ついてしまい、集中力も続かないことが多いため、不真面目な人ががむしゃらになれることはあまりないかもしれません。 反対に真面目な人は、何か1つのことをやり始めたら、それに黙々と集中して取り組むことができます。 それが勉強や仕事であれば、「きちんとやるのが当然だ」や「一生懸命に頑張らなければいけない」など、責任感やプライドといった気持ちが生まれやすいため、よりがむしゃらに頑張りやすい性格をしています。 また、真面目に努力することでしか成果を得られないと考えている人や、がむしゃらに頑張る自分が好きな人も、真面目にコツコツと努力を重ねるタイプですので、がむしゃらになりやすい性質と言えるでしょう。 真面目であってもがむしゃらにはなり難いタイプの人もいますが、真面目な性格に加えて物事に熱中しやすかったり、集中力があったりする人はとことんがむしゃらになることが多いでしょう。 何事も一生懸命 何事も一生懸命になるタイプの人は、勉強でも運動でも、仕事でもがむしゃらに頑張ることがよくあります。 自分の中で物事に優先順位を付けることももちろんしますが、そのどれをとっても自分が一生懸命に努力するだけの価値があると考えていることが多いです。 そのため、例えば1日で3つのことをやることになった場合、人によっては他の2つは適度に力を抜き、自分が重要視する1つのことに対しては一生懸命に頑張るでしょう。 しかし何事も一生懸命な人は、3つのことに取り組むのなら、その3つともに全力を注ぎますので、それだけ自分ががむしゃらに頑張ろうとすることも多いです。 周りからすれば、「そんなことくらいは気を抜いてやってもいいのに」と思えることでも、本人は「これも大事なことだから」と決して手を緩めずに、最初から最後まで懸命にやり通そうとします。 その姿は周りから見れば、何事にもがむしゃらに取り組んでいるように見えるでしょう。 面倒見がいい がむしゃらに頑張る人の中には、自分のためだけでなく、他人のためにも頑張れる性格の人がいます。 誰かに頼られることでやる気が沸き上がり、そこからがむしゃらに頑張ろうとしたり、笑顔や感謝の気持ちを見返りにして他人のためにがむしゃらになれたりする人もいるでしょう。 ボランティア精神の強い人はこのタイプが多く、他人の面倒をよく見て、あけすけに見返りを求めるようなこともしません。 その代りに、助けた相手が喜んでくれたり、笑顔を見せてくれたりすることで自分の自尊心や充実感が満たされて、もっと人の為になろうと頑張れる人もいます。 面倒見がいい人は、周りから「あの人は面倒見がいい」と言われるだけあって、一度手を差し伸べた人に対しては、中途半端に見捨てることをせずに最後まで自分が面倒を見ようとします。 捨て猫を保護したのなら里親が表れなければ自分が飼おうとしますし、道に迷っている人がいれば目的地まで一緒についていってあげることもよくあるでしょう。 面倒見がいい人は、他人のため、誰かのためになればこそ、がむしゃらになれることが多いのです。 完璧主義 完璧主義の人は、適度に気を抜いたり、程よく手を抜いたりすることをしません。 1つのことに取り組めば、自分が納得するまで決して諦めたり投げ出したりすることはありません。 そのためやりきった後にはほぼ完璧に近いような状態のものが出来上がりますが、そこに至るまでには手間暇や時間がかかることも多いですし、また中途半端な状態で諦めなければならない時には、それが強いストレスとなっていつまでも後悔が残ることも少なくありません。 1から10まで指示を与えられたら、例え制限時間が過ぎてしまっても1から10までのことを、納得いくまで完璧にこなそうとするでしょう。 それだけ1つのことに時間をかけて、集中して取り組む姿は、周りから見ればがむしゃらな様子に見えることでしょう。 完璧主義の人は、その性格ゆえに自分が与えられたものに対しては、妥協せず自分が納得できるまでは執着し続けます。 そのためそれが原因でトラブルになることもありますが、それだけ1つのことに夢中で取り組めるのもなかなか非凡なことかもしれませんね。 後先を考えない がむしゃらに頑張る人は、今自分が目の前で取り組んでいることに全力になります。 つまり目の前のことだけに集中していますので、他のことや後先のことを考えていないことが多いです。 例え通勤バスの時間が迫っていても、ヘアスタイルが決まらなければ頑として鏡の前から動こうとはしないでしょうし、仕事が残業になってしまっても、今やっている仕事を何とか最後までやり切ろうとして、帰宅時間を考えることなく仕事を続けることでしょう。 何かにがむしゃらになっている人は、それだけ一点集中していますので、視野は狭く、周りの状況や後先を一切考えることがありません。 そのため場合によっては周りの人たちに迷惑をかけてしまったり、協調性を乱してしまったりすることもあります。 しかし個人でやれることや、職人のように集中して作業に取り組む場合には、この上ない集中力を発揮することでしょう。 強引 がむしゃらな人は、本人は気付いていないことが多いですが、がむしゃらになっている時には普段よりも強引な性格になっています。 自分が夢中になっている目の前のことを何とかしようとして、そのためには手段を選ばなかったり、周りを巻き込んだりすることがあります。 皆が適度に仕事を切り上げて引上げようとしているのに、1人だけ「まだ満足できていないから」とその場に留まろうとして周りを困らせることもあるでしょう。 自分1人だけならがむしゃらになったところで何も問題はありませんが、周りの人たちと共同で何かをしなければいけない時には、その強引さはその人にとってのデメリットとなり、周囲からの評価や印象も下がってしまうことでしょう。 人に頼るのが苦手 がむしゃらな人は、基本的に何でも自分1人だけでやろうとしますので、人に頼るのが苦手です。 仕事を与えられたら、それがどんなに大変な仕事であっても、周りに助けてもらおうとはせずに、全て1人で抱え込もうとします。 数人で手分けすれば半日で終わる仕事でも、「迷惑をかけたくないから」や「自分で全部内容を把握したいから」などとさまざまな理由をつけて、丸1日かけてでも自分だけでやろうとするでしょう。 がむしゃらに頑張る姿は周りから評価されますが、その一方でどんなに大変になっても断固として周りに頼ろうとしないその姿は、周りを呆れさせてしまうこともあるでしょう。 何でも抱えすぎてしまう 人に頼るのが苦手な人は、例え非効率的で時間がかかってしまっても、何でも自分1人だけで抱え込もうとします。 自分の仕事の出来や速さに自信がある人ほど、「他に任せるよりも自分でやった方がいい」と思い込んでしまいがちですが、実際には上手く周りの人たちを使った方が早く終わることが多いです。 しかし、それが分かったところで他の人に頼んだり、任せたりすることに抵抗があるため、結果的に時間はかかってしまっても、何でも自分で抱え込もうとするでしょう。 そうして抱え込み過ぎた結果、自分だけがストレスを溜め込んだり、忙しくなってしまったりすることも少なくはないでしょう。 責任感が強い がむしゃらに頑張る人は、責任感が強いです。 誰かに頼まれごとをされたり、役割を任されたりすれば、それを「絶対にきちんと果たそう」という意思を強く持ちます。 そして自分のやるべきことや役割を果たすために、どんなに自分が大変な思いをしてもめげずに一生懸命に努力するがむしゃらな部分を持っています。 誰かに何かを頼まれたり、指示されたりすることで余計にやる気に火が点くという人もいるでしょう。 元々面倒見のいい人や、ボランティア精神の強い人、誰かのために積極的に行動できる人の場合には、誰に何を頼まれなくとも、自ら責任感を持って一生懸命に頑張ろうとすることも多いです。 そうした責任感の強い人では、最後にそれが報われればこれまでの苦労や努力もすべて報われて、満たされたような気持ちになるでしょう。 そうなればまた次に、どんなことにも責任感を持ってしっかりと臨んで行こうとするでしょう。 人の話を聞かない 人はがむしゃらになっている時には、視覚も聴覚も触覚も、脳や神経のあらゆる機能を1つのことだけに集中させています。 目の前のことだけに夢中になっているわけですので、周りからの刺激や声に対する反応が鈍くなってしまうことも珍しくはありません。 集中力が切れやすい人や、すぐに余所事をしてしまう人の場合には、元々気持ちが散漫になりやすいため、話しかけられればすぐにそちらへと意識を向けることができます。 しかしがむしゃらに1つのことに集中している人の場合は、すぐに意識を切り替えることができず、また声をかけられたことにすら気付いていないこともあるでしょう。 そのため何かに集中している人ほど、相手や周りの人の話をまともに聞いていないことが多いです。 ポジティブ がむしゃらに頑張る人は、ポジティブな性格をしていることが多いです。 ネガティブな人は何事に対しても最初から諦めがちだったり、途中で投げ出してしまったりすることがありますが、ポジティブな人の場合にはとにかくやってみて、その結果がダメだったら諦めるということがよくあります。 そのため、がむしゃらに頑張っている時には悪い結果をいちいち考えることはありませんし、今自分が頑張っていることだけに集中していますので、「どうせ上手くいかない」や「失敗したらどうしよう・・」など、余計なことを考える暇もないでしょう。 そうしたひたすらに前向きに頑張る姿は、ポジティブ以外のなにものでもありません。 融通が利かない がむしゃらに頑張る人は、今自分が頑張っているものに対して器用にやり方を変えたり、臨機応変に対応したりすることが苦手です。 一度走り出したらなかなか急には止まれない車や、いきなり方向転換することができないイノシシのように、自分が一生懸命にやっていることに対しては、簡単にその方向性を変えることも、途中でまったく別のものに切り替えることも上手くできません。 要するに融通が利かない性格をしているということですので、がむしゃらに頑張るがゆえに、それでトラブルを引き起こしたり、周りに迷惑をかけてしまったりすることもあるでしょう。 負けず嫌い がむしゃらに頑張る人は、自分ががむしゃらに頑張るだけの動機を持っています。 例えばこれまでに挙げた「頼られることでやる気になる人」や、「責任感が強い人」などのように、何かがあるからこそ自分ががむしゃらに頑張れるという人は多いです。 その中でも、他人のためではなく、あくまでも自分のために頑張れる人の場合には、負けず嫌いな性格が強く関係しています。 負けず嫌いな人は、基本的に他人に負けることを嫌がります。 周りの誰よりも自分が1番でありたいという思いが強く、それだけ競争心やプライドの高さも人一倍でしょう。 その負けず嫌いの性格から、周りに後れを取ることなく、むしろ自分が先んじて1番であろうとするために、誰よりもがむしゃらに頑張ることが多いです。 自分が周りよりも上に立つためであれば、どれだけ苦労や手間暇がかかっても構わず、また容赦なく周りに対しても突き放す態度をとることがあるため、負けず嫌いな性格からがむしゃらに頑張る人の場合は、周りの人たちと穏便な関係を築けないこともあります。 よく相談される 人から何かとよく相談される人も、がむしゃらな性格をしていることがあります。 誰かに頼りにされることでやる気に火が点くタイプの人は、「人のためにがむしゃらに頑張っている姿」を、周りの人たちへと意図せずに見せつけることになります。 するとそれを見た、困っている人たちが、自分も助けてもらおうとしてその人に相談をしようとするでしょう。 結果として頼られてがむしゃらになる人は、そのためにさらにまた人から頼られて、その度にがむしゃらに頑張ることが増えます。 それが当人の負担になっていなければ、頼られてがむしゃらになることは当人にとっても悪いことではないでしょう。 いかにも頼もしい人や、自分を助けてくれそうだと思う人には、弱っている人は何かと相談しようとするでしょう。 人に相談されることでがむしゃらになるタイプの人は、周りがその人をがむしゃらに頑張るように煽って、焚きつけているとも言えるかもしれませんね。 努力家 元々努力家のタイプの人は、がむしゃらに頑張ることが珍しくありません。 それどころか、がむしゃらに頑張っていること自体、普通の人以上に自分が頑張っているということを特に意識していないことも多いでしょう。 努力家の人にとっては、コツコツと真面目に努力するのも、一生懸命に1つの目標に向かって頑張ることも当たり前のことであり、誰かにいちいち褒められるべきものではないと考えています。 褒められるべきだとすれば、それは努力した先で自分が得たものに対してでしょう。 そのため努力の過程を人に認められることはそこまで求めてはいませんし、努力する自分自身のことを好きな人も多いため、努力家の人にとってはがむしゃらに頑張ることは普通であることが多いのです。 全力を尽くす 何事にも全力を尽くす人は、必然的にがむしゃらに頑張ることが多いです。 全力を尽くすというのは、自分にできる限りの全てのことをするということです。 すなわち努力の程度が1~10まであるとすれば、全力を尽くす人は常に10の努力を試みます。 自分にできる限りの努力をすることは、外面を取り繕ったり、格好つけたりしているような余裕もなく、ただひたすらに目的に向けて一心不乱に努力を重ねることです。 それはつまりがむしゃらに頑張っているということですので、全力を尽くす人のほとんどはがむしゃらに頑張ることが多いです。 がむしゃらに頑張ると良いことがある? がむしゃらに頑張る、と聞くと、一見周りを見ずに自分の気のすむまで突っ走ったり、視野が狭くなって自分勝手になったりと、悪いイメージを抱く人もいるかもしれません。 実際にがむしゃらに頑張っている場面によっては、周りの人たちとの協調性がなくなってしまうこともありますし、融通が利かずに周りに迷惑をかけてしまうこともあるでしょう。 しかし、だからといってがむしゃらに頑張ることが悪いことというわけではありません。 がむしゃらに頑張ることで、当人にとってはそれなりに良いこともあります。 どんな良いことがあるのかを以下にご紹介していきます。 周りから好印象を持たれる 何かに対してがむしゃらに頑張っている姿は、大抵の場合周りからは好印象を持たれることが多いです。 例えがむしゃらになったことで、少々周りの声が聞こえなくなったり、融通が利かなくなったりしても、何に対してもやる気がなくぼーっとしている人よりは、「頑張っているのだな」と好感を覚える人が大半です。 もちろんすべてに対して全力を尽くしていると、一生懸命になっている分だけ心にも余裕がなくなりますので、ある程度の心の余裕を持つためには、力を抜くべきところでは抜いた方がいいでしょう。 しかしそれができずに、何に対しても全力投球するその不器用さがいいという人もいますので、がむしゃらな人は周りから好印象を持たれることが多いです。 自然と人が寄ってくる がむしゃらに頑張っている人の側には、いつの間にか自然と人が寄ってくることが多いです。 例えばクラスの全員が同じ課題を与えられ、誰もが「面倒くさい」「早く帰りたい」と文句を言う中で、1人だけ黙々と頑張っている人がいるとしたらどう思いますか? サボりたい気持ちの方が強い人は、頑張る姿を見て悪く思うかもしれません。 しかしその一方で、誰かが頑張っているのに自分が頑張っていないことに対して、少なからず罪悪感を覚えることでしょう。 また、元々真面目な性格の人たちは、そんな頑張る姿を見ることで、自分たちもやる気になって課題に取り組もうと思うでしょう。 真面目な人は真面目な人の側に行こうとしますので、自然とがむしゃらに頑張る人の側には、同じように真面目な人たちが集まってくることが多いです。 がむしゃらに頑張っている本人は、一生懸命になっていることで周りが見えていないことも多いですが、ふと切りがついて顔を挙げた時には、いつの間にか周りにたくさんの人がいることもあるでしょう。 そんな時には驚く反面、何だか嬉しい気持ちになって、余計にやる気に火が点くこともあるでしょう。 集中力が高まる がむしゃらに頑張っている時には、自分自身でも気づかない内に、集中力が高まっているものです。 何か1つのことをやり始めた時に、最初から一気に集中できる人もいれば、作業の内容によって徐々に集中していくという人もいるでしょう。 しかし集中力が切れやすい人や、直ぐに余所事に目が向いてしまう人は、何時間作業をしたところで1つのことに集中して取り組むことはできません。 元々落ち着きがないなどの性格にもよりますが、そうした集中力が切れやすい人でも、自分がよほど夢中になるものに出会えれば、それに対してはがむしゃらに頑張ることができるでしょう。 がむしゃらに頑張っていると、自分でも無意識に集中力が高まります。 それを利用して、自分が集中したい時にできるように、自分自身で努力して変えていくこともできるでしょう。 自分に自信が持てる がむしゃらに頑張っている時には、自分自身をポジティブに支えることができます。 そして頑張った結果がいいものであれば、「がむしゃらに頑張って良かった」と思えますし、また「これだけ自分は頑張れた」と自分に自信を持つこともできるでしょう。 自分に自信が持てればよりポジティブになれますし、これまで以上に物事に対してもがむしゃらに頑張っていこうという気になれるでしょう。 自分に自信がなく、ネガティブ思考になってしまいがちな人でも、何か1つでも自分ががむしゃらになれることがあれば、それを突き詰めることで「自分でもこれだけ頑張れた」と自信の根拠を作ることができるようになります。 がむしゃらに頑張るということは、元々の性格によって多少の向き、不向きはありますが、どんな人でもその気になればがむしゃらに頑張ることができます。 その先で自分に自信が持てるのであればがむしゃらに頑張ることは本人にとって良いことであると言えるでしょう。 がむしゃらに頑張れない人の特徴! がむしゃらに頑張る人がいる一方で、がむしゃらに頑張れない人もいます。 がむしゃらに頑張れない人は、頑張ろうと思っても直ぐに気持ちが余所を向いてしまったり、または必死になって頑張ることを恥ずかしい、格好悪いと思っていたりすることがあります。 ネガティブ思考をしている人も、がむしゃらに頑張るだけの気力がわいてこなかったり、頑張ってもすぐに挫折してしまったりして、中々行動も気持ちも続かないことが多いです。 そんながむしゃらに頑張れない人にはどのような特徴があるのでしょうか? 以下の特徴に当てはまるものがある人や、今までに自分ががむしゃらに頑張ったことがないという人は、この機会に自分の物事に対する頑張り方を一度見直してみるのもいいかもしれませんね。 すぐに諦める がむしゃらに頑張れない人は、ちょっと頑張ってもすぐに諦めてしまう癖があります。 それは、「どうせ結果は悪いに決まっている」というネガティブな結果の決めつけだったり、「疲れたからちょっと休憩」と自分に甘い考えからだったりすることが多いです。 サボり癖があるにしても、結果を悪く考えているからにしても、すぐに諦めてしまっては最後まで頑張り続けることはできませんし、我を忘れてがむしゃらになることもできないでしょう。 飽きっぽい 飽きっぽい人は熱しやすく冷めやすい性格をしています。 最初はやる気満々で頑張り始めても、そこから数時間と経たない内に集中力が切れて、自分がしていることに飽きてしまうことがよくあります。 飽きっぽい人は火が点いた時には激しく燃え上がりますが、鎮火してしまうのも早いため、飽きる前に自分がしていることを終わらせる必要があります。 例え自分の中に大きな目標があったとしても、それを励みに頑張れるのは最初の内だけで、次第に目標に対して妥協点を見出したり、目標自体を新しいものに替えてしまったりして、なかなか1つのことが長続きしないことが多いでしょう。 向上心がない 向上心がない人は、自分が「こうなりたい」「あれができるようになりたい」といった自分の目標が明確に定まっていないことが多いです。 目標がなければやる気は起きませんし、他人のために奮い立つ性格をしている人でもなければ、「何で自分が頑張らなければならないのか」とやる気に火が点くこともないため、そもそも頑張ろうともしないでしょう。 向上心がなければ何かを頑張ろうという気もおきず、それゆえに何かに対してがむしゃらに頑張ろうとも思わないでしょう。 口だけ達者 口だけ達者で実際の行動に移すことがない人も、全力を尽くして自分が頑張ることはしません。 口では「あんな風になりたい」や「目標を達成できるように頑張りたい」とは言っても、実際の行動が全然それにそぐわなければ、誰が見てもやる気がないように思えてしまうでしょう。 口だけは達者に動きますが、自分の体はそれと同じようには動きませんので、がむしゃらに頑張ることもできないでしょう。 がむしゃらに頑張ることはメリットだらけ! がむしゃらに頑張る人がいれば、その人を好ましく思う人たちもいますが、その一方で批判的な目を向ける人もいます。 がむしゃらに頑張る人に批判的な目を向ける人たちの多くは、実際に自分も同じように頑張ることができない人や、その人のように自分の情熱や闘志、やる気を燃やせない人たちです。 自分たちにはできないことだからこそ、がむしゃらに頑張る人に対して難癖をつけることがあります。 しかしそんな人たちの意見など放っておけばいいでしょう。 がむしゃらに頑張ることは自分にとって良いことが多いですし、周りもそれに触発されて頑張れば、皆にとってもメリットがあります。 がむしゃらに頑張ることを恥ずかしいとか、格好悪いとか思わずに、自分もがむしゃらに頑張れるようなことを見つけて、一生懸命にそれに向かって努力していきましょう! きっとそれに対して、良い結果を得ることができるでしょう。

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がむしゃら 意味

あなたの周りに、がむしゃらに頑張っている人はいますか? がむしゃらに頑張る人は、1つのことに集中して一生懸命になりますので、周りから「頑張っているなぁ」と思われることが多いです。 場合によっては周りが見えなくなってしまうこともありますが、それでも頑張れない人よりは周りからの評価も高いです。 そんながむしゃらに頑張る人にはどんな特徴があるのか、またがむしゃらに頑張ることで得られるメリットがあるのかをご紹介していきます! がむしゃらってどういう意味? 「あの人は何事もがむしゃらに頑張る」「がむしゃらになると周りが見えなくなる」など、何かに集中している人に対してがむしゃらという言葉を使うことは多いですよね。 このがむしゃらとは、1つの目的に向かってなりふり構わずに夢中になるという意味です。 1つのことに集中してそればかりに向かっていくわけですので、余所事をしたり他のことを考えたりすることはせずに、ただひたすらに自分の目指すものだけを見て進んでいきます。 分かりやすく例えるなら、マラソンや徒競走など、周りと競い合いながらゴールに向けて一心不乱に走っている人は、その時がまさにがむしゃらな状態と言えるでしょう。 また、勉学でも自分の希望する進学校に合格するために、毎日遊ぶこともせずに机に向かってひたすら勉強している人は、その勉強する様子が周りからはがむしゃらな姿に見えていることでしょう。 がむしゃらな人は、自分では無自覚であっても周りから見た時には、それだけ必死になって頑張っている姿に見えるでしょう。 1つの物事に熱中しやすい人ほど、そうしたがむしゃらになる傾向が強いです。 がむしゃらに頑張る人の15個の特徴 誰もが当たり前にがむしゃらに頑張れるかというと、そういうことでもありません。 飽きっぽい性格の人や集中力が散漫な人は、どんなに自分ががむしゃらに頑張ろうと思ったところで、気付けば他のことに意識をとられてしまうことが多く、1つのことだけに夢中になることはできません。 一方でがむしゃらになりやすい人は、1つのことに集中するあまり、全体を見通せるような余裕がなくなってしまうことがあります。 メリットもデメリットも含めてがむしゃらな性格をしている人には、具体的にどのような特徴が見られるのでしょうか?以下にその特徴を挙げていきます。 真面目 がむしゃらな人には、真面目な人が多いです。 不真面目な人はいざ頑張ろうと思っても、どこかで気を抜いてしまったり、サボり心が生まれてしまったりします。 勉強や運動、仕事などに励んでいても、ふとした時に気持ちが浮ついてしまい、集中力も続かないことが多いため、不真面目な人ががむしゃらになれることはあまりないかもしれません。 反対に真面目な人は、何か1つのことをやり始めたら、それに黙々と集中して取り組むことができます。 それが勉強や仕事であれば、「きちんとやるのが当然だ」や「一生懸命に頑張らなければいけない」など、責任感やプライドといった気持ちが生まれやすいため、よりがむしゃらに頑張りやすい性格をしています。 また、真面目に努力することでしか成果を得られないと考えている人や、がむしゃらに頑張る自分が好きな人も、真面目にコツコツと努力を重ねるタイプですので、がむしゃらになりやすい性質と言えるでしょう。 真面目であってもがむしゃらにはなり難いタイプの人もいますが、真面目な性格に加えて物事に熱中しやすかったり、集中力があったりする人はとことんがむしゃらになることが多いでしょう。 何事も一生懸命 何事も一生懸命になるタイプの人は、勉強でも運動でも、仕事でもがむしゃらに頑張ることがよくあります。 自分の中で物事に優先順位を付けることももちろんしますが、そのどれをとっても自分が一生懸命に努力するだけの価値があると考えていることが多いです。 そのため、例えば1日で3つのことをやることになった場合、人によっては他の2つは適度に力を抜き、自分が重要視する1つのことに対しては一生懸命に頑張るでしょう。 しかし何事も一生懸命な人は、3つのことに取り組むのなら、その3つともに全力を注ぎますので、それだけ自分ががむしゃらに頑張ろうとすることも多いです。 周りからすれば、「そんなことくらいは気を抜いてやってもいいのに」と思えることでも、本人は「これも大事なことだから」と決して手を緩めずに、最初から最後まで懸命にやり通そうとします。 その姿は周りから見れば、何事にもがむしゃらに取り組んでいるように見えるでしょう。 面倒見がいい がむしゃらに頑張る人の中には、自分のためだけでなく、他人のためにも頑張れる性格の人がいます。 誰かに頼られることでやる気が沸き上がり、そこからがむしゃらに頑張ろうとしたり、笑顔や感謝の気持ちを見返りにして他人のためにがむしゃらになれたりする人もいるでしょう。 ボランティア精神の強い人はこのタイプが多く、他人の面倒をよく見て、あけすけに見返りを求めるようなこともしません。 その代りに、助けた相手が喜んでくれたり、笑顔を見せてくれたりすることで自分の自尊心や充実感が満たされて、もっと人の為になろうと頑張れる人もいます。 面倒見がいい人は、周りから「あの人は面倒見がいい」と言われるだけあって、一度手を差し伸べた人に対しては、中途半端に見捨てることをせずに最後まで自分が面倒を見ようとします。 捨て猫を保護したのなら里親が表れなければ自分が飼おうとしますし、道に迷っている人がいれば目的地まで一緒についていってあげることもよくあるでしょう。 面倒見がいい人は、他人のため、誰かのためになればこそ、がむしゃらになれることが多いのです。 完璧主義 完璧主義の人は、適度に気を抜いたり、程よく手を抜いたりすることをしません。 1つのことに取り組めば、自分が納得するまで決して諦めたり投げ出したりすることはありません。 そのためやりきった後にはほぼ完璧に近いような状態のものが出来上がりますが、そこに至るまでには手間暇や時間がかかることも多いですし、また中途半端な状態で諦めなければならない時には、それが強いストレスとなっていつまでも後悔が残ることも少なくありません。 1から10まで指示を与えられたら、例え制限時間が過ぎてしまっても1から10までのことを、納得いくまで完璧にこなそうとするでしょう。 それだけ1つのことに時間をかけて、集中して取り組む姿は、周りから見ればがむしゃらな様子に見えることでしょう。 完璧主義の人は、その性格ゆえに自分が与えられたものに対しては、妥協せず自分が納得できるまでは執着し続けます。 そのためそれが原因でトラブルになることもありますが、それだけ1つのことに夢中で取り組めるのもなかなか非凡なことかもしれませんね。 後先を考えない がむしゃらに頑張る人は、今自分が目の前で取り組んでいることに全力になります。 つまり目の前のことだけに集中していますので、他のことや後先のことを考えていないことが多いです。 例え通勤バスの時間が迫っていても、ヘアスタイルが決まらなければ頑として鏡の前から動こうとはしないでしょうし、仕事が残業になってしまっても、今やっている仕事を何とか最後までやり切ろうとして、帰宅時間を考えることなく仕事を続けることでしょう。 何かにがむしゃらになっている人は、それだけ一点集中していますので、視野は狭く、周りの状況や後先を一切考えることがありません。 そのため場合によっては周りの人たちに迷惑をかけてしまったり、協調性を乱してしまったりすることもあります。 しかし個人でやれることや、職人のように集中して作業に取り組む場合には、この上ない集中力を発揮することでしょう。 強引 がむしゃらな人は、本人は気付いていないことが多いですが、がむしゃらになっている時には普段よりも強引な性格になっています。 自分が夢中になっている目の前のことを何とかしようとして、そのためには手段を選ばなかったり、周りを巻き込んだりすることがあります。 皆が適度に仕事を切り上げて引上げようとしているのに、1人だけ「まだ満足できていないから」とその場に留まろうとして周りを困らせることもあるでしょう。 自分1人だけならがむしゃらになったところで何も問題はありませんが、周りの人たちと共同で何かをしなければいけない時には、その強引さはその人にとってのデメリットとなり、周囲からの評価や印象も下がってしまうことでしょう。 人に頼るのが苦手 がむしゃらな人は、基本的に何でも自分1人だけでやろうとしますので、人に頼るのが苦手です。 仕事を与えられたら、それがどんなに大変な仕事であっても、周りに助けてもらおうとはせずに、全て1人で抱え込もうとします。 数人で手分けすれば半日で終わる仕事でも、「迷惑をかけたくないから」や「自分で全部内容を把握したいから」などとさまざまな理由をつけて、丸1日かけてでも自分だけでやろうとするでしょう。 がむしゃらに頑張る姿は周りから評価されますが、その一方でどんなに大変になっても断固として周りに頼ろうとしないその姿は、周りを呆れさせてしまうこともあるでしょう。 何でも抱えすぎてしまう 人に頼るのが苦手な人は、例え非効率的で時間がかかってしまっても、何でも自分1人だけで抱え込もうとします。 自分の仕事の出来や速さに自信がある人ほど、「他に任せるよりも自分でやった方がいい」と思い込んでしまいがちですが、実際には上手く周りの人たちを使った方が早く終わることが多いです。 しかし、それが分かったところで他の人に頼んだり、任せたりすることに抵抗があるため、結果的に時間はかかってしまっても、何でも自分で抱え込もうとするでしょう。 そうして抱え込み過ぎた結果、自分だけがストレスを溜め込んだり、忙しくなってしまったりすることも少なくはないでしょう。 責任感が強い がむしゃらに頑張る人は、責任感が強いです。 誰かに頼まれごとをされたり、役割を任されたりすれば、それを「絶対にきちんと果たそう」という意思を強く持ちます。 そして自分のやるべきことや役割を果たすために、どんなに自分が大変な思いをしてもめげずに一生懸命に努力するがむしゃらな部分を持っています。 誰かに何かを頼まれたり、指示されたりすることで余計にやる気に火が点くという人もいるでしょう。 元々面倒見のいい人や、ボランティア精神の強い人、誰かのために積極的に行動できる人の場合には、誰に何を頼まれなくとも、自ら責任感を持って一生懸命に頑張ろうとすることも多いです。 そうした責任感の強い人では、最後にそれが報われればこれまでの苦労や努力もすべて報われて、満たされたような気持ちになるでしょう。 そうなればまた次に、どんなことにも責任感を持ってしっかりと臨んで行こうとするでしょう。 人の話を聞かない 人はがむしゃらになっている時には、視覚も聴覚も触覚も、脳や神経のあらゆる機能を1つのことだけに集中させています。 目の前のことだけに夢中になっているわけですので、周りからの刺激や声に対する反応が鈍くなってしまうことも珍しくはありません。 集中力が切れやすい人や、すぐに余所事をしてしまう人の場合には、元々気持ちが散漫になりやすいため、話しかけられればすぐにそちらへと意識を向けることができます。 しかしがむしゃらに1つのことに集中している人の場合は、すぐに意識を切り替えることができず、また声をかけられたことにすら気付いていないこともあるでしょう。 そのため何かに集中している人ほど、相手や周りの人の話をまともに聞いていないことが多いです。 ポジティブ がむしゃらに頑張る人は、ポジティブな性格をしていることが多いです。 ネガティブな人は何事に対しても最初から諦めがちだったり、途中で投げ出してしまったりすることがありますが、ポジティブな人の場合にはとにかくやってみて、その結果がダメだったら諦めるということがよくあります。 そのため、がむしゃらに頑張っている時には悪い結果をいちいち考えることはありませんし、今自分が頑張っていることだけに集中していますので、「どうせ上手くいかない」や「失敗したらどうしよう・・」など、余計なことを考える暇もないでしょう。 そうしたひたすらに前向きに頑張る姿は、ポジティブ以外のなにものでもありません。 融通が利かない がむしゃらに頑張る人は、今自分が頑張っているものに対して器用にやり方を変えたり、臨機応変に対応したりすることが苦手です。 一度走り出したらなかなか急には止まれない車や、いきなり方向転換することができないイノシシのように、自分が一生懸命にやっていることに対しては、簡単にその方向性を変えることも、途中でまったく別のものに切り替えることも上手くできません。 要するに融通が利かない性格をしているということですので、がむしゃらに頑張るがゆえに、それでトラブルを引き起こしたり、周りに迷惑をかけてしまったりすることもあるでしょう。 負けず嫌い がむしゃらに頑張る人は、自分ががむしゃらに頑張るだけの動機を持っています。 例えばこれまでに挙げた「頼られることでやる気になる人」や、「責任感が強い人」などのように、何かがあるからこそ自分ががむしゃらに頑張れるという人は多いです。 その中でも、他人のためではなく、あくまでも自分のために頑張れる人の場合には、負けず嫌いな性格が強く関係しています。 負けず嫌いな人は、基本的に他人に負けることを嫌がります。 周りの誰よりも自分が1番でありたいという思いが強く、それだけ競争心やプライドの高さも人一倍でしょう。 その負けず嫌いの性格から、周りに後れを取ることなく、むしろ自分が先んじて1番であろうとするために、誰よりもがむしゃらに頑張ることが多いです。 自分が周りよりも上に立つためであれば、どれだけ苦労や手間暇がかかっても構わず、また容赦なく周りに対しても突き放す態度をとることがあるため、負けず嫌いな性格からがむしゃらに頑張る人の場合は、周りの人たちと穏便な関係を築けないこともあります。 よく相談される 人から何かとよく相談される人も、がむしゃらな性格をしていることがあります。 誰かに頼りにされることでやる気に火が点くタイプの人は、「人のためにがむしゃらに頑張っている姿」を、周りの人たちへと意図せずに見せつけることになります。 するとそれを見た、困っている人たちが、自分も助けてもらおうとしてその人に相談をしようとするでしょう。 結果として頼られてがむしゃらになる人は、そのためにさらにまた人から頼られて、その度にがむしゃらに頑張ることが増えます。 それが当人の負担になっていなければ、頼られてがむしゃらになることは当人にとっても悪いことではないでしょう。 いかにも頼もしい人や、自分を助けてくれそうだと思う人には、弱っている人は何かと相談しようとするでしょう。 人に相談されることでがむしゃらになるタイプの人は、周りがその人をがむしゃらに頑張るように煽って、焚きつけているとも言えるかもしれませんね。 努力家 元々努力家のタイプの人は、がむしゃらに頑張ることが珍しくありません。 それどころか、がむしゃらに頑張っていること自体、普通の人以上に自分が頑張っているということを特に意識していないことも多いでしょう。 努力家の人にとっては、コツコツと真面目に努力するのも、一生懸命に1つの目標に向かって頑張ることも当たり前のことであり、誰かにいちいち褒められるべきものではないと考えています。 褒められるべきだとすれば、それは努力した先で自分が得たものに対してでしょう。 そのため努力の過程を人に認められることはそこまで求めてはいませんし、努力する自分自身のことを好きな人も多いため、努力家の人にとってはがむしゃらに頑張ることは普通であることが多いのです。 全力を尽くす 何事にも全力を尽くす人は、必然的にがむしゃらに頑張ることが多いです。 全力を尽くすというのは、自分にできる限りの全てのことをするということです。 すなわち努力の程度が1~10まであるとすれば、全力を尽くす人は常に10の努力を試みます。 自分にできる限りの努力をすることは、外面を取り繕ったり、格好つけたりしているような余裕もなく、ただひたすらに目的に向けて一心不乱に努力を重ねることです。 それはつまりがむしゃらに頑張っているということですので、全力を尽くす人のほとんどはがむしゃらに頑張ることが多いです。 がむしゃらに頑張ると良いことがある? がむしゃらに頑張る、と聞くと、一見周りを見ずに自分の気のすむまで突っ走ったり、視野が狭くなって自分勝手になったりと、悪いイメージを抱く人もいるかもしれません。 実際にがむしゃらに頑張っている場面によっては、周りの人たちとの協調性がなくなってしまうこともありますし、融通が利かずに周りに迷惑をかけてしまうこともあるでしょう。 しかし、だからといってがむしゃらに頑張ることが悪いことというわけではありません。 がむしゃらに頑張ることで、当人にとってはそれなりに良いこともあります。 どんな良いことがあるのかを以下にご紹介していきます。 周りから好印象を持たれる 何かに対してがむしゃらに頑張っている姿は、大抵の場合周りからは好印象を持たれることが多いです。 例えがむしゃらになったことで、少々周りの声が聞こえなくなったり、融通が利かなくなったりしても、何に対してもやる気がなくぼーっとしている人よりは、「頑張っているのだな」と好感を覚える人が大半です。 もちろんすべてに対して全力を尽くしていると、一生懸命になっている分だけ心にも余裕がなくなりますので、ある程度の心の余裕を持つためには、力を抜くべきところでは抜いた方がいいでしょう。 しかしそれができずに、何に対しても全力投球するその不器用さがいいという人もいますので、がむしゃらな人は周りから好印象を持たれることが多いです。 自然と人が寄ってくる がむしゃらに頑張っている人の側には、いつの間にか自然と人が寄ってくることが多いです。 例えばクラスの全員が同じ課題を与えられ、誰もが「面倒くさい」「早く帰りたい」と文句を言う中で、1人だけ黙々と頑張っている人がいるとしたらどう思いますか? サボりたい気持ちの方が強い人は、頑張る姿を見て悪く思うかもしれません。 しかしその一方で、誰かが頑張っているのに自分が頑張っていないことに対して、少なからず罪悪感を覚えることでしょう。 また、元々真面目な性格の人たちは、そんな頑張る姿を見ることで、自分たちもやる気になって課題に取り組もうと思うでしょう。 真面目な人は真面目な人の側に行こうとしますので、自然とがむしゃらに頑張る人の側には、同じように真面目な人たちが集まってくることが多いです。 がむしゃらに頑張っている本人は、一生懸命になっていることで周りが見えていないことも多いですが、ふと切りがついて顔を挙げた時には、いつの間にか周りにたくさんの人がいることもあるでしょう。 そんな時には驚く反面、何だか嬉しい気持ちになって、余計にやる気に火が点くこともあるでしょう。 集中力が高まる がむしゃらに頑張っている時には、自分自身でも気づかない内に、集中力が高まっているものです。 何か1つのことをやり始めた時に、最初から一気に集中できる人もいれば、作業の内容によって徐々に集中していくという人もいるでしょう。 しかし集中力が切れやすい人や、直ぐに余所事に目が向いてしまう人は、何時間作業をしたところで1つのことに集中して取り組むことはできません。 元々落ち着きがないなどの性格にもよりますが、そうした集中力が切れやすい人でも、自分がよほど夢中になるものに出会えれば、それに対してはがむしゃらに頑張ることができるでしょう。 がむしゃらに頑張っていると、自分でも無意識に集中力が高まります。 それを利用して、自分が集中したい時にできるように、自分自身で努力して変えていくこともできるでしょう。 自分に自信が持てる がむしゃらに頑張っている時には、自分自身をポジティブに支えることができます。 そして頑張った結果がいいものであれば、「がむしゃらに頑張って良かった」と思えますし、また「これだけ自分は頑張れた」と自分に自信を持つこともできるでしょう。 自分に自信が持てればよりポジティブになれますし、これまで以上に物事に対してもがむしゃらに頑張っていこうという気になれるでしょう。 自分に自信がなく、ネガティブ思考になってしまいがちな人でも、何か1つでも自分ががむしゃらになれることがあれば、それを突き詰めることで「自分でもこれだけ頑張れた」と自信の根拠を作ることができるようになります。 がむしゃらに頑張るということは、元々の性格によって多少の向き、不向きはありますが、どんな人でもその気になればがむしゃらに頑張ることができます。 その先で自分に自信が持てるのであればがむしゃらに頑張ることは本人にとって良いことであると言えるでしょう。 がむしゃらに頑張れない人の特徴! がむしゃらに頑張る人がいる一方で、がむしゃらに頑張れない人もいます。 がむしゃらに頑張れない人は、頑張ろうと思っても直ぐに気持ちが余所を向いてしまったり、または必死になって頑張ることを恥ずかしい、格好悪いと思っていたりすることがあります。 ネガティブ思考をしている人も、がむしゃらに頑張るだけの気力がわいてこなかったり、頑張ってもすぐに挫折してしまったりして、中々行動も気持ちも続かないことが多いです。 そんながむしゃらに頑張れない人にはどのような特徴があるのでしょうか? 以下の特徴に当てはまるものがある人や、今までに自分ががむしゃらに頑張ったことがないという人は、この機会に自分の物事に対する頑張り方を一度見直してみるのもいいかもしれませんね。 すぐに諦める がむしゃらに頑張れない人は、ちょっと頑張ってもすぐに諦めてしまう癖があります。 それは、「どうせ結果は悪いに決まっている」というネガティブな結果の決めつけだったり、「疲れたからちょっと休憩」と自分に甘い考えからだったりすることが多いです。 サボり癖があるにしても、結果を悪く考えているからにしても、すぐに諦めてしまっては最後まで頑張り続けることはできませんし、我を忘れてがむしゃらになることもできないでしょう。 飽きっぽい 飽きっぽい人は熱しやすく冷めやすい性格をしています。 最初はやる気満々で頑張り始めても、そこから数時間と経たない内に集中力が切れて、自分がしていることに飽きてしまうことがよくあります。 飽きっぽい人は火が点いた時には激しく燃え上がりますが、鎮火してしまうのも早いため、飽きる前に自分がしていることを終わらせる必要があります。 例え自分の中に大きな目標があったとしても、それを励みに頑張れるのは最初の内だけで、次第に目標に対して妥協点を見出したり、目標自体を新しいものに替えてしまったりして、なかなか1つのことが長続きしないことが多いでしょう。 向上心がない 向上心がない人は、自分が「こうなりたい」「あれができるようになりたい」といった自分の目標が明確に定まっていないことが多いです。 目標がなければやる気は起きませんし、他人のために奮い立つ性格をしている人でもなければ、「何で自分が頑張らなければならないのか」とやる気に火が点くこともないため、そもそも頑張ろうともしないでしょう。 向上心がなければ何かを頑張ろうという気もおきず、それゆえに何かに対してがむしゃらに頑張ろうとも思わないでしょう。 口だけ達者 口だけ達者で実際の行動に移すことがない人も、全力を尽くして自分が頑張ることはしません。 口では「あんな風になりたい」や「目標を達成できるように頑張りたい」とは言っても、実際の行動が全然それにそぐわなければ、誰が見てもやる気がないように思えてしまうでしょう。 口だけは達者に動きますが、自分の体はそれと同じようには動きませんので、がむしゃらに頑張ることもできないでしょう。 がむしゃらに頑張ることはメリットだらけ! がむしゃらに頑張る人がいれば、その人を好ましく思う人たちもいますが、その一方で批判的な目を向ける人もいます。 がむしゃらに頑張る人に批判的な目を向ける人たちの多くは、実際に自分も同じように頑張ることができない人や、その人のように自分の情熱や闘志、やる気を燃やせない人たちです。 自分たちにはできないことだからこそ、がむしゃらに頑張る人に対して難癖をつけることがあります。 しかしそんな人たちの意見など放っておけばいいでしょう。 がむしゃらに頑張ることは自分にとって良いことが多いですし、周りもそれに触発されて頑張れば、皆にとってもメリットがあります。 がむしゃらに頑張ることを恥ずかしいとか、格好悪いとか思わずに、自分もがむしゃらに頑張れるようなことを見つけて、一生懸命にそれに向かって努力していきましょう! きっとそれに対して、良い結果を得ることができるでしょう。

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