ヲシテ文字 意味。 令和はどんな時代? カタカムナ・数霊・フトマニ図やヲシテ文字で読み解く

ふしぎな文字 改訂版: びーちぇの「ヲシテのクニ」

ヲシテ文字 意味

ヲシテとは ヲシテとは、日本に漢字が伝わる遥か以前、のころから使用されていた文字のことで、「教える手段」を意味します。 ・の原書といわれている『』は、ヲシテで記述されています。 ほかにも『』『カクのミハタ(など)』というの存在が確認されています。 一般には、は無文字文化であるとされていますが、支配者層は文字を使用していたのではないかと私は考えています。 ヲシテの基本文字は、5つの母音(アイウエオ)と10の子音(アカハナマタラサヤワ)の組み合わせで構成されており、48文字あります。 また、このほかにもあります。 そして、なんとも面白いことに、5つの母音の形は、この世界の根源をなす5つの元素を表しているのです。 『』の中の『ワカウタのアヤ』の章につぎの一節が記されています。 原文はヲシテ文字ですが、ここではカタカナで表記し、カッコ内はその現代語訳です。 立体とは さて、ここからは神聖の話に移ります。 神聖、あるいは一般的なではよく知られる5つの特異な立体があります。 それらは「立体」と呼ばれるもので、つぎの条件をすべて満たすという特徴を持っています。 ・立体を構成する面の大きさがすべて等しい ・すべての面が正多角形である ・すべての頂点が同一球面上にある この3次元の世界には多種多様な物体が存在しますが、上記の特徴をすべて満たすものは、正四面体、正六面体(立方体)、正八面体、正十二面体、正二十面体の5つだけです。 ドランヴァロ・メルキゼデグ著『第1巻』によると、これらに球を加えた6つの立体形状は、古代の師やの父であるのような偉大な人々によって、6つの元素の面を持っているはずだと考えられてきました。 以下は本からの引用です。 正四面体は火と考えられ、立方体は土、正八面体は風、正二十面体は水で、正十二面体は(、プラーナ、そして・エネルギーはみな同じものを指しています。 どこへでも広がっていき、どんな時空、どんな次元の地点へもアクセスすることができます。 これはゼロポイント・テクの大いなる秘密です。 )とみなされました。 そして球は中が虚空になっています。 これらの6つの元素は宇宙を組み立てるための素材であり、宇宙の性質を創造するものです。 掲載元:ドランヴァロ・メルキゼデク著『第1巻』 3. ヲシテと立体 ここまで読まれた方は、立体とヲシテが関係していることに気づかれたと思います。 では、それぞれの形と元素を比べてみましょう。 ア(ウツホ)=球(虚空) イ(カセ) =正八面体(風) ウ(ホ) =正四面体(火) エ(ミツ) =正二十面体(水) オ(ハニ) =正六面体(土) アとウとオは、立体と完全に一致していることが分かります。 イとエは、立体と一致しているとはいえませんが、もし正八面体や正二十面体を文字にして書き表すとすれば、イとエのような形になってもおかしくはないと私は思うのですが、いかがでしょうか。 ここで、正十二面体を表すヲシテがないのはなぜか、という疑問が湧きます。 その答えになるかもしれないことが、『第1巻』にありました。 では、たいてい火、土、風、水のみについて話します。 あるいはプラーナに関してはあまりにも神聖なことなので、ほとんど言及していません。 学派では、「正十二面体」という言葉を学校の外で口にしただけで即座に命を奪われるほどでした。 そのくらいその形は神聖なものだったのです。 正十二面体を表すヲシテがないのも、そういうことではないかと思っています。 文責:与左衛門、協力:角大師 ご意見・ご感想をコメントいただけると幸甚です。 お待ちしております。 niyatsuku2.

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よみがえる日本語―ことばのみなもと「ヲシテ」

ヲシテ文字 意味

日本古来のヲシテの文字は、私にとって不思議なパワーを感じる字です。 5つの母音は、まず口の形を表しているそうです。 アは、自然に大きく口を開け、 イは角張っている。 ウの三角は、口を前に突き出した形。 エは口をゆがめ、 オは、ウより大きく形を変える・・・ また母音は、宇宙の成り立ちの 5元素をあらわしているんですって。 5元素と言っても、うーんと後世に中国から伝わったものとは全く違うんです。 なにより成立が比べ物にならないくらい古い。 漢字のできる前なんですからね。 ヲシテ文献と現代の考古学を並べて検証してみると、 どうも・・・日本の建国は今から 6000年以上も前のことと推定が可能なのです! ことによると、8000年・・・いや・・・1万年かも。 考古学の更なる発見が待たれます。 中国の殷の時代より明らかに前です。 なんせ、ヲシテ文献によれば、 クニの西(中国Chinaと推定出来る)へ、建国期からアマカミの御子「 カノミコト」 カの クニサツチが技術指導に渡って行き、 住み着いたのがその御子で、「アカガタノ トヨクンヌ」と呼ぶそうです。 トヨクンヌという名前を記紀で探してみると・・・日本書紀にだけありました。 古事記には・・・無い・・・それらしいお名前は「豊雲野神」だと? ずっと後世・・・数千年経ってから・・・その血筋のヒメ 「ウケステメ」が 日本に留学して学び、帰国したとあります。 イサナギの姉(?)のココリヒメと共に、 イサナミの父「 トヨケ」に学んだとありますので、 この留学は3000年くらい昔のお話。 中国では殷(商)が滅びてからのことと思われます。 そのヒメは後、「クロソノツミ」に嫁ぎ、 「 コンロンキミ」の母となり、 「ニシノハハキミ」と讚えられたとか・・・もしかして・・・? 「コンロン」崑崙とは、中国においては理想である神仙の住む不死の国で、 西王母はそこの主とされ、不死の木の実である三千歳(ミチトセ)の 桃を、 時の中国皇帝にもたらしたとされています。 でね、ヲシテ文献では ウケステメさんが再来日した時に、後の第10代アマカミ、 若き 「ニニキネ」さんから、お土産に 桃の実をもらって 「我が国には、花桃はあるけれど、実をつける桃はありません」と たいそう喜んで帰国したと書いてあるんですっ! すごい。 いずれにしてもこの西王母の中国神話は、 陰陽五行説から起こったもので、 書かれた時代もウケステメさん時代より500年以上も後なのです。 また、 殷より前に 「夏・カ」という国が現実にあったと最近分かりましたが、 面白いですよねっ!・・・ワクワクしてきます。 ついでですが、 現代中国では 殷のことを、国名としては 「商」としています。 念のため。 はい、この辺で です。 2010 私見では日本の建国が紀元前8000年頃。 その皇子たちの時代は、二代目アマカミ「クニサツチ」も、 エノミコトとトノミコトでアマカミを交代しています。 1世代で1人だけのアマカミとなるのは、ずっと後世になってから。 その伝統が続いて 「カハルガハルニ ヨヲツギテ」と、長い長い年月が経ち、 3世代目の「トヨクンヌ」時代と合わせて、 4,5千年もかかっているらしく思われます。 そして言うまでもなく、この建国からの長い時代は、 ヲシテにおいても「伝承の時代」なのですね。 伝承されてきた日本の独自な世界観、宇宙観も 近いうちにご紹介したいと思っています。 宇宙を作ったという、もともとの 日本の5元素。 その5元素のエネルギーが、そのまま字にも現れるように設定してあるらしいの。 だから・・・発声法も示唆しているし、 日本語文法も導き出す力があるのです。 (動詞の活用形) なんとも・・・不思議というよりありません。 はい、見て下さいね。 天・宇宙のことを アともいうのですが、その時は左渦巻き型ですね。 地のことは、 ワですが、右に巻く渦巻き。 また、数詞にはハネをつけてあります。 これだけでも、文書成立の時代が分かりますので、 原字に接するということは、本当に重要なのですね。 後世、50音図とか言いますが、 日本古来は 48音です。 これには、宇宙原理からの哲学的、本質的な意味もあって、 それが、全文書に齟齬なく読み取ることが出来るのです。 ですから、これは間違いが無いと思います。 具体的な著述においても、紀元前10世紀ごろ、 イサナギ・イサナミが、言葉を整え、音声をそろえ、心をそろえるという意図で 民に教えられた48音の 「アワノウタ」があります。 トップの画像に、そのありさまを記した 「ミカサフミ」の1節を書きました。 なんでも、民の言葉の乱れがあったそうな・・・ 意志の疎通をはかるのが難しくなっていた。 もしかしたら大陸からの難民が非常に多かったのかもしれません。 すでに殷は滅んでいた訳で・・・考えられないことではないのです。 ともあれ、 言葉の乱れを正すために、カタカキという古代の琴を打ち奏で、 お二人は仲良く、半分この24音ずつを謡って聞かせられ、 そして、民も喜んで フタカミと一緒に謡い、言葉をなおしていったそうです。 同時にきっと、発音・発声だけではなく、 アワノウタの意味やヲシテの哲学なども、教えられたのではないでしょうか。 漢字時代では、ヲシテが捨てられ、完全に忘れられたため、 こういうことも伝わりませんでした。 そして・・・ 漢字から、ヤマトコトバをよりまっすぐに伝えられる、 カタカナ・かなが誕生し、 7世紀になって、47音の「天地の詞」という手習い歌が作られ、 48音の「たゐに」が作られ、やっと 「いろは歌」になりました。 50音図というのは、11世紀のはじめ書写された、醍醐寺「孔雀経音義」に つけられたものが最古の例です。 まあ、これは実証・・・ほんとに有ったことではなく、 学者さんたちの理屈による論なのですね。 というのも、 他民族の考え方では、母音が5コしかないというのは考えられないこと。 日本語には今でこそ、その数しかないけれど、 古代には8音くらいはあっただろう・・・などと、 大陸式の感じ方が移ってきちゃったのですね。 渡来人や、仏教や、漢字と共に。 つまり推論・仮説に過ぎないのですが、いつのまにかそれが定説になってしまったのが、 実態だと思います。 さて、最近の考古学トピックスでは、 三重県松坂市嬉野地区貝蔵遺跡にて発掘された 最古の墨書文字です。 黒々と土器に、漢字では 「田」の字と思われる字が書いてあるのですが、 時代が合わないのです。 この土器は2世紀後半のものとされていますが、 漢字伝来の定説は6世紀ごろ・・・よね? 2世紀後半は(漢字を読める人もごく少数なら居たでしょうが) 日本はしっかりと「ヲシテ国字時代」なのです。 この土器の中央、「田」にみえる、文字らしきもの。 ヲシテを知ってたら簡単な話ですよ。 これは 「ノ」 という字なんですから。 またヲシテであったら漢字と違って、 どんな人でも、覚えようと思ったら簡単です。 そこで、びーちぇの大胆な推論ですが、 漢字が伝来するまでは、我が国の識字率はけっこう高かった。 少なくとも「ムラヲサ」くらいの指導者層では、 ヲシテを読むことができたのではないかと思います。 しかし漢字になっちゃってから、 教育を受けられる暇のある、ひとにぎりの特権階級しか字が読めなくなった。 ・・・むむむ。 これも、漢字が読める、書けるのがとっても偉いさんに見えるわけ。 特権階級、権力というものが作り出されていったのですね。 こういうことも、古来は無かったものなのですが、残念です。 さてまた、 あの、薩摩藩・島津家の丸に十字の紋は・・・ 「 ナ」の字。 鹿児島は紀元前8世紀ごろか・・・10代アマカミ 「ニニキネ」さんの 宮があったところですので、 当然といえば当然のような気がしているのですが、どうでしょうか。 html 先生は筆や紙まで吟味され、特に縄文のエネルギーが現れるようにと、筆の改良に苦心されてきました。 最新の書は、やっと手にされた愛筆で書かれ、 素晴らしいものです。 下記のサイトで、見せていただけます。 cocolog-nifty. html それから縄文文字について、より詳しいご案内はこちらです。 書き方や、そのパワー、哲学について楽しく解説してあります。 way-nifty. html 上記のサイトへのリンクは、ページ右上にもあります。 我が国固有の、素晴らしい文字。 どんどん、のめり込んで下さいませ。。。 今後ともよろしくお願いいたします。 「談話室」のヲナワの歌の意味(訳)を読んで、あア!そう言う事かと感心しました。 私が持ってる「ホツマ・フトマニ128の真実」朝倉淳雄著には、こう書いています。 ヲナワ(天照大神の縄皇位の流れ) ヲの縄の言うは猿田の慎まやか 鳥居に陰戸お隠くる笠縄 ヲの縄とは天照皇后であろうか、猿田彦命は慎しみ深いお方だ 鳥居で隠し所を、隠してあげる心優しさを持っているお方だ。 (何のことか私には解らない) 天の磐門隠れの時の歌か? 天鈿女命はホドを露わに踊ったという。 天照大神を磐門からお出し申し上げる為に。 この訳では合点がいかぬ・・。 だから「談話室」を見てなる程と感じ入りました。 投稿: 太公望 2006年8月31日 木 15時50分• 青木純雄・平岡憲人 (監修)池田満: 「よみがえる日本語 」ことばのみなもとヲシテ 私たちの日本語はどのような言葉であるのか。 すべてヲシテが示してくれるのです。 一人でも多くの人が、この本を片手にヲシテ文献の読み解きに取り組まれますように。 Mitsuru Ikeda: The World of the Hotsuma Legends 池田満著『ホツマ神々の物語』の英訳本。 アンドリュー・ドライバー氏の解りやすい英語が原作を良く表現していて美しい。 なお原作は現在『ホツマ縄文日本のたから』として改訂出版されている。 ドライバー氏はヲシテ文献に接してその内容に深く心うたれ、その真実性を論評した文は日本文化研究で著名なドナルド・リーチ氏によって"Japan Times"に大きく取り上げられ称賛された。 「なぜ、日本人はこの真実を広く認めないのか・・・」と。 Yoshinosuke Matsumoto: The Hotsuma Legends "Paths of the Ancestors" 松本善之助著『秘められた日本古代史・ホツマツタヱ』の英訳版。 在日英国人、アンドリュー・ドライバー氏の英語が明澄で美しい。 松本善之助・池田 満: 定本「ホツマツタヱ」 ー日本書紀・古事記との対比ー 研究者向きです。 でも、自分なりの解釈をするのなら、これを勉強しなくっちゃね?歴史的名著。 取り組むにはそれなりの気合いがいります。 でも、面白い。 池田 満: 「ホツマ縄文日本の宝」 池田さんの原文朗読CD付き。 「アワノウタ」も、現代の作曲により声楽家が歌っています。 これは、まあまあ。 それより、原文朗読の池田さんの 「アワノウタ」朗唱が素晴らしいと思いました。 池田 満: 「縄文人の こころを旅する」 1冊買うのなら、この本。 池田 満: 「ホツマツタヱを読み解く」 ー日本の古代文字が語る縄文時代ー 自然環境などの変化や、人々の意識が変わっていった道筋など、大事な読み取り方のベースを感じることが出来ます。 池田 満: 「ホツマ辞典」 この1冊は本当に役に立ちます。 知りたいカミさまの名前を引くと、いろんなことが分かります。 読み物としても面白いです。

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素晴らしいヲシテ文字|Atsuko|note

ヲシテ文字 意味

ヲシテ文献を原文で読み解くことによって文字の骨格部分である「態」と中身の部分である「相」とに区分けし、それぞれが合体することで表意文字としての意味を成すことがわかった。 またヲシテの縦膠着性によって安定原詞、安定分子は構文を発生させ、呼吸原詞、呼吸分詞はことばの活用を生じる。 「この相、この態がある文字同士がそれぞれ縦にひっつかないと語義の発生、活用が生じない。 」という点はそれぞれの文字の形を見て素直に論理的に思えた。 活用形と文字の形がそれぞれリンクしているとはっきり見えることに驚いた。 本書はいわばヲシテ文献のなかの「文字」のみ絞って書かれた本である。 これをきっかけに人々の関心がヲシテ文献の内容、記紀との比較、考古学上の発見など多岐にわたりもっと広がれば嬉しい。 私はこの本を読む前に、池田満先生のご著書は「定本ホツマツタエ」以外は、ほとんど読ませていただきました。 その中で、池田先生が常々おしゃっていました、ホツマツタヱは、原書(ヲシテ文字)で読むべきだということの本当の意味が今ひとつ分かっていませんでした。 しかし、最後にこの本を読ませていただいて、ヲシテで読むべき、本当の意味がハッキリわかりました。 ヲシテは、この文字そのものが、言葉の成り立ちを表しているのと同時に、深い哲学を示してくれているからですね。 何よりも、ヤマト言葉に秘められた、深い深い愛を感じずにはいられなくなりました。 この本の凄さは、やはり、池田先生のご著書を先に読まれた方が分かると思います。 ヲシテ文献を読むために、絶対に外せない本だと思います。 このような研究がどんどん進められることを深く希望してやみません。 ヲシテ文字がやまとことばの根幹をなし 仮名で訳されたヲシテ文書を読んでも そこに隠された真意は知りえない。 非常に強い関心を持って読み進めました。 結論から言えば期待外れの内容でした。 本書ではヲシテ文字が単なる象形でなく イメージや意味を持つ図象であると唱えます。 そして前後の図象の組み合わせで 言葉の持つ意味が深く理解出来ると。 しかしその為の説明がいまいち 説得力に欠けるものでした。 ヲシテ文字の母音がうつほ、かせ、ほ、みづ、はにの 図象化である事は間違いないでしょう。 だが子音の図象の説明がないまま 主観的な縦読みで読者を置き去りにしています。 本当にヲシテ文字の組み合わせに意味があるなら あらゆる古いやまとことばを取り上げ 無限に実証しなければ世間の理解は得られないでしょう。 しかしこの本ではくどい確認に無駄に頁数を割き 重要な箇所の説明が不十分なまま 都合の良い例を何度も繰り返し登場させ 終始筆者の自己満足に帰結しているように思います。 情熱があれば意味のないものに意味さえ生まれます。 書いてる本人だけが特殊な状態にあるのでそれに気付けません。 いづれにしろヲシテ研究の第一人者が 「こういう可能性もある」というスタイルをとらず 「こうに違いない」と安易な断定を下す事で ヲシテ文献の真偽そのものを 一層きな臭くさせた気がします。 日本語を産み出した倭人を農耕民族と思い込んでいる人がまだまだ多いようですが、大陸の中華圏の人々から長い間倭人の国々は「女多男少」と指摘され続けたように、妻問婚社会(母系社会)が背景に存在し、天降り=海(あま)降り神話を伝承する海人=漁労・海洋交易民族だったことを踏まえて、日本語と文字の成立を考えていく必要があります。 この視点から研究を進めていって欲しいと思います。 残念ながら、ヲシテを創り出した、かつて倭人を束ねた息長斎皇家の直系の子孫達は、今では本書が紹介している文字セットを完全に否定しているようです。 長所はあるものの、最大の欠点は誤字が発生しやすいことです。 ヲシテ文献の写本の間違いの多さはヲシテ研究家の間で有名ですが、それがこの文字体系の欠陥を如実に示している、というのが息長斎皇家の先代御宗主様のお考えのようでした。 もしもこの致命的な欠陥がなかったら、片仮名や平仮名ではなく、ヲシテがハングルと同じように日本で広く普及していた可能性があると思うと、興味深いと感じます。 縄文を弥生に変え古墳時代へと変えていく主導的な役割を果たした、海洋交易民族の倭人が作り出した日本語の成立過程を、体系的な視点から正しく理解していないため、初歩的な間違い・勘違いが幾つも目立つ点が気になりました。 ヲシテを産み出した人々が持っていた精神文化は、皇室神道の太一=太極=北辰=天皇大帝を基軸とした世界観へと集大成されて、農耕立国日本へと受け継がれました。 かつて海洋交易民族が持っていた倭人の神道(道教)文化とヲシテの関係を見ていけば、著者が見落としているもっと多くの事柄が見えてくることでしょう。

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