加賀みはやと 前世。 往来物解題・な行

加賀みはやと 前世

栗田大三郎(泰)書。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [岡崎]伊藤文造(本屋文造・環翠堂)板。 【分類】歴史科。 【概要】異称『小崎吉郎著内国千字文』。 半紙本一冊。 「大日本国、温故稽古、開闢元始、天御中主…」で始まる『千字文』形式の文章で、『古事記』『日本書紀』に見られる日本開闢以来の神話から文明開化の著しい近代までの日本歴史を略述したもの。 神武天皇以下の歴史上の主要人物や主要事件について政治史中心に述べ、所々文化面の記述にも及ぶ。 特に「我尾州産…」と信長・秀吉を贔屓した文言も見える。 末尾では王政復古後の日本について「電機瞬息、蒸船飛丸、貿易昌盛…」と讃える。 本文を楷書・大字・五行・無訓で記す。 【年代】明治五年(一八七二)書・刊。 [大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『改正国尽』。 半紙本一冊。 『大日本国尽』と同様の往来。 明治初年における畿内八道八五カ国の国名を楷書・大字・二行(一行三字)・無訓で綴る。 塩津貫一郎校。 【年代】明治九年(一八七六)刊。 [京都]若林喜助(春風堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈学校必用〉内国里程問答〈附、内国環海里程問答・外国里程問答〉』。 半紙本一冊。 問「京都府ヨリ東京府マデハ幾許里程ナルヤ」、答「百二十八里八丁四十四間ナリ」のように一問一答形式で、日本国内や世界各国との距離を示した教科書。 前半部の大半が京都府から各府県までの距離についてで、後半に東京〜大阪など海路上の距離を示す「環海里程」、日本の国土の面積や周廻(一周の距離)に関する「内国幅員」、海外主要都市との距離やその面積に関する「外国里程」「外国幅員」等の記事を載せる。 本文を楷書・小字・一〇行・無訓で記す。 【年代】明治一〇年(一八七七)刊。 [京都]田中治兵衛ほか板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈学校必用〉内国里程問答』。 半紙本一冊。 明治九年板の改訂版だが著者を異にする。 本文もほとんど同様(一部簡略化)で、問「京都府ヨリ武蔵国東京府マデハ幾許里程アルヤ」、答「百二十八里余ナリ」で始まる一問一答形式になっている。 本文をやや小字・八行・無訓で記す。 末尾に東京〜大阪など海路上の距離を示す「環海里程」と、東京から海外主要都市までの距離を問答にした「外国里程」を載せる。 【年代】承応三年(一六五四)刊。 [京都]中村五郎右衛門板。 【分類】歴史科。 【概要】大本一冊。 慶長五年(一六〇〇)四月一四日の日付で、直江兼続(重光・鉤斎)が徳川家康に宛てて上杉景勝のために気を吐いた長文の手紙を装った往来。 全編一五カ条(一七カ条の異本あり)にわたって綴り、徳川を恐れず上杉家の立場を堂々と主張するのが特徴。 家康の命を受けた豊光寺承兌と直江兼続との間で交わされた書状に仮託して書かれ、景勝の上洛の困難なこと、逆意のないこと、家康が讒者・堀直政等の言を用いるべきでないことなどを記す。 後代の成立ながら『会津陣物語』(『改定史籍集覧』第一四冊別記類所収)には往信・返信ともに載せられ、前後の事情も詳しい。 現代の史家はもとより本状を偽書とするが、江戸時代にはこれを本物と信じて珍重する人々もおり、本書は往来物とは別に、尚古趣味の人々の間で広まったようである。 なお、承応三年板は本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】寛政三年(一七九一)書・刊。 [江戸]花屋久治郎板。 【分類】女子用。 【概要】大本一冊。 四季に伴う女子消息文を集めた陰刻手本。 全一八通のうち前半一三通が四季の風景を綴った例文で、各月一通ずつ(四月のみ二通)を掲げる。 また、末尾五通は訪問客に対する礼状や湯治見舞いなど諸用件の手紙である。 本文を大字・四行・無訓で記す。 穀川敦(柳門)跋。 【年代】寛政三年(一七九一)跋・刊。 [江戸]大和田安右衛門板。 【分類】消息科。 【概要】異称『改春帖』。 大本一冊。 「改春之御慶不可有尽期御座候…」で始まる新年祝儀状以下一七通を収録した長雄流手本。 武家上層に宛てた各種披露状や、知人へ宛てた「初雛祭祝儀状」「端午節句祝儀礼状」「土用見舞状」など武家生活の公私にわたる書状を大字・四行・無訓で記す。 佐藤対雲校。 【年代】延享三年(一七四六)書。 明和二年(一七六五)刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】女子用。 【概要】大本一冊。 内容はいずれも大同小異で全編一通の仮名消息文中に一〇〜一一カ条の新婦の心得を綴ったもので、本書の場合、『仮名教訓』の第一条「慈悲の心」〜第一〇条「他人からの贈り物などの心得」の一〇カ条のうち、第四条「夫に対する心懸け」を前後で二カ条に分けたため、合計一一カ条となった。 本文を大字・四行・無訓で綴る。 高橋信美跋。 【年代】明和四年(一七六七)跋・刊。 [江戸]奥村嘉七ほか板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 本文を大字・三〜五行・無訓で記す。 『三十六歌仙』末尾に独立した形の刊記「右学両子之風儀、為童蒙之便令板行者也。 高橋信美。 明和四亥年正月」があり、一見単行版の寄せ集めのように見えるが、通しの丁付があるから、当初からの体裁であろう。 羽富信(近義)序。 【年代】寛政一〇・一一年(一七九八・九九)書。 寛政一一年序・刊。 [京都]蓍屋宗八ほか板。 【分類】地理科。 【概要】異称『皇都町尽』。 大本一冊。 前半に寛政一〇年六月、耕元筆の「京町尽(皇都町尽)」、後半に寛政一一年三月、数楽耕想筆の「国尽」を収録した長雄流手本。 いずれも本文を大字・三行・無訓で記す。 羽島耕章・山岡耕英跋。 【年代】寛政七年(一七九五)書・刊。 [江戸]花屋久治郎(花屋久次郎)板。 【分類】教訓科。 【概要】大本一冊。 孝行の大意を綴った長雄流手本。 「父母孝行の事かならす金銀・衣食にてのみなすものにあらす…」と冒頭に述べ、孝行の道は志の信実が第一義であり、自らに出来る孝行を心を込めてし、己の身を正しくし親を喜ばせることが大切であると説き、これらを重視して、次に食事・衣類・金銀等はできる範囲で親に与えよと諭す。 本文を大字・三行・無訓で記す。 長雄耕雲書。 【年代】安永七年(一七七八)跋・刊。 [江戸]奥村嘉七ほか板。 また別に[江戸]前川六左衛門板あり。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉幸文帖』。 大本一冊。 公務に関する例文も含まれるが、主に士庶日用の手紙文を主とする例文を書した大字・四行・無訓の長雄流手本。 【年代】天明四年(一七八四)刊。 [名古屋]藤屋吉兵衛(富梁堂・沢吉兵衛)板。 【分類】消息科・地理科。 【概要】異称『〈長雄〉児訓帖〈并〉都往来』。 大本一冊。 前半に四季消息など九通を収め、後半に「都之事を御尋遊し候…」で始まる『都往来』を収録した長雄流の陰刻手本。 本文を大字・三行・無訓で記す。 船田耕山校。 【年代】延享三年(一七四六)書。 宝暦七年(一七五七)刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 主として武家向けの消息例文を綴った長雄流の陰刻手本。 本文を大字・三〜四行・無訓で記す。 延享三年一一月書の前半部と同七月書の後半部に分かれる。 前半部には、「参府の日時についての指示を仰ぐ披露文」や「ある茶会に参加した際の模様を伝える文」、新年状(披露文)とその返状の四通と漢詩文・和歌各一首を、また、後半部には暑中見舞状(披露文)、「献上品に対する礼状」「京都役拝命ならびに拝領品の御礼と京都到着の報告を記した手紙」など八通と詩歌二編を載せる。 【年代】寛保二年(一七四二)書。 明和六年(一七六九)刊。 [江戸]竹川藤兵衛ほか板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 暑中見舞い(披露状)以下、武家公私にわたる書状一三通を収録した長雄流手本。 将軍からの拝領に対する礼状や挨拶状、男子誕生祝儀状、京都出向拝命状などの公用文が中心で、若干の日用書状を含む。 いずれも大字・四行・無訓で記す。 中邑東章(慶備)跋。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋。 [江戸]西村宗七板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 次項と似た手本だが別内容。 武家公用向き書状(多くが披露状)を主とする合計三一通を認めた長雄流手本(陽刻)。 新年祝儀の披露状から始まり、長崎異国船の状況報告、寺社御役拝領・寺領拝領・参勤交代・朝鮮通信使来聘・院中様行幸警護役等の公務に伴う書状等を収録する。 途中文字の大きさや書体を変化させながら、大字・五〜六行・無訓で記す。 次項の同名異本とはほとんど年代差がないため、享和元年(一八〇一)求板は、本書の大幅改訂を示すものであろうか。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋。 享和元年(一八〇一)刊(求板)。 [江戸]前川六左衛門ほか板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 一般の書状と仮名文から成る長雄流陰刻手本の一つ。 前項の寛政九年板と類似する例文を含むが、全くの異本。 前半は、公方・大納言への挨拶ならびに白蜜献上の披露文から始まる一三通で、武家公私の書状を大字・六行・無訓で綴る。 また、後半は散らし書き消息七通で、「人を立て、人に随うこと」について感想を述べたものや、季節の手紙などから成る。 船田耕山の作品は宝暦(一七五一〜六三)頃に集中しているため、初刊はその頃であろう。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】消息科。 【概要】枡形に近い大本一冊。 武家公用文から日常私用文までを集めた長雄流手本。 朝鮮出向者が任地での状況を報告する書状から納涼の会の案内に対する返事までの一六通と、四月〜七月頃の時候の仮名文三通の合計一九通を収録する。 本文を概ね大字・四行・無訓で記す。 なお、学芸大本は桝形本風に綴じられているが、この種の手本では極めて異例であり、原装のままか疑問がある。 【年代】延享三年(一七四六)書。 明和八年(一七七一)刊。 [江戸]奥村喜兵衛(太保堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈長雄〉諸産往来』。 大本一冊。 すなわち、「誠時々節御祝儀連綿而無断絶候…」から「…武蔵野者名耳残而、有明之月も従家出而入家歟」までを大字・四行・無訓で記したもの。 【年代】明和七年(一七七〇)刊。 [江戸]山崎金兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 消息例文と詩歌を認めた長雄流の陰刻手本。 「新年祝儀状・同返状」「着府につき御目見の礼状」「漬物の礼状」「拝領の屋敷へ転居の通知と礼状」など武家公私の書簡一二通を収録する。 本文を大字・三行・無訓で記す。 末尾に『和漢朗詠集』から抜粋した四季の詩歌八編を散らし書きあるいは並べ書きで綴る。 東楽(法道)跋。 【年代】寛政一〇年(一七九九)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 消息文例一四通と証文手形五通を収めた手本ならびに用文章。 収録する消息文例は、「祭礼に付き客招く文」「師匠へ頼み遣す文」「旅行より帰宿知らせの文」「金談借用頼み遣す手紙」「出世に付き悦び状」など、日常の雑事に関する手紙ばかりである。 また「証文手形」として「金子借用証文」「金子預り手形」「為替手形」など五通を載せる。 本文を大字・四行(証文類は五行)・無訓で記す。 川田東州跋。 【年代】寛政三年(一七九一)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】異称『長雄春日詣・紀の路』。 大本一冊。 長雄東雲の門下である一五歳の少女・川田東州の求めに応じて東雲が書き与えた手本を上梓した陰刻手本。 前半に『竜田詣』、後半に『紀の路』を収録する。 奈良・春日大社、興福寺、東大寺から立田山、法隆寺、三輪山、多武峯、吉野山、笠城山、金剛山、当麻寺から天王寺、亀井の水、雲竜堂を回り、大坂城下に一泊し、さらに八幡宮、神宮寺、女郎花の塚、山崎宝寺、水無瀬川へ到るコースで綴る。 本文を大字・四行・無訓で記す。 なお、寛政三年五月の跋文に「川田氏の女十五歳、東州謹書」と記す。 【年代】天明八年(一七八八)書・刊。 [江戸]大和田安右衛門板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 新年祝儀状と季節折々の見舞状・贈答状、寒中見舞披露状など一五通の書状と、「奉公人請状之事」「年季奉公人請状之事」「売渡申建家証文之事」の三通の証文文例を収録する。 大字・四行(証文類五行)・付訓で記す(長雄流手本での付訓は稀)。 現存本は題簽を欠き、柱に「俗」とある。 よって、『江戸出版書目』によって標記書名を推定。 東楽(法道)跋。 【年代】寛政一〇年(一七九九)書。 文化元年(一八〇四)刊。 [江戸]西村屋与八板。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉通俗文章〈并証文類・平仮名附〉』『通俗文章』。 大本一冊。 具体的には四季時候の手紙と婚礼祝儀状を増補し、全体で三〇通を収録する。 本文を大字・四〜五行・付訓で記す。 増補された証文類は「上方より荷物送り状」「奉公人請状」「家屋舗売渡し証文」の三通で合計八通収録。 各書状に「い・ろ・は…」の丸付き文字を添え、検索の便を図ったほか主要な語句に読み仮名を付すなどの改訂を施した。 【年代】寛政一二年(一八〇〇)書。 [江戸]大和田忠助ほか板。 また別に[江戸]西村屋与八板(文化元年(一八〇四)板)あり。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉増補通俗文章』。 大本一冊。 「貴人え上る年頭状」から「貴人え目見拝領礼状」までの消息文四九通と「店請状」から「道具売渡手形」までの証文類五通を収録した長雄流手本。 四季・五節句・吉凶事に伴う例文を集める。 本文を大字・四〜五行・ほとんど付訓で記す。 末尾に「書状上中下振合」「結納目録書」を載せる。 池上柳長跋。 【年代】明和三年(一七六六)書。 明和四年刊。 [江戸]西村源六板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 「長崎貿易品の文徴明直筆の軸物の鑑定を依頼する手紙」を始め、飛鳥山花見、時鳥(ほととぎす)の初音、別荘新築、暮秋の旅行、学問始め、菊の節句、仙台旅行など一四通の消息文と詩歌八編を綴った手本。 本文を大字・三〜四行・無訓で記す。 【年代】明和五年(一七六八)書・刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 四季消息文を綴った長雄流の陰刻手本。 冒頭四通が耕雲書、第五状以下が対雲の書で、概ね大字・三行(ごく一部四行)・無訓で記す。 春雨の季節の手紙から『源氏物語』に関する文(散らし書き仮名文)までの二〇通を収録する。 季節の風景・節句・行事にちなんだ手紙や四季贈答の手紙が主である。 収録順序を変えて耕雲筆の前に対雲筆を置く版もある。 【年代】寛政一〇年(一七九九)序・書。 寛政一一年書・刊。 [京都]蓍屋宗八ほか板。 【分類】社会科。 【概要】異称『長雄花尽文章〈并諸札唐詩歌仙〉』。 大本一冊か。 寛政一〇・一一年に東雲・耕惣の二名が認めた長雄流手本。 「まづ初春は東雲に、わらふ恵顔の福寿草、咲そめしより久方の、月のかつ楽の色さへて、匂ひも深き紅梅の、さぞや椿もおりをたがへず…」のような七五調の文章で四季折々を代表する草花を列記した往来。 末尾を「めでたくかしく」と女文風に結ぶ。 続けて、その返状風に認めた女文一通と和歌一首を載せるが、ここまでが東雲の書。 また、後半に「御鷹之鶴拝領」の礼状(披露状)以下三通の準漢文体書簡と詩歌六編を掲げる。 原本未見だが、大字・無訓の手本であろう。 大浦重平(東栄)跋。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】異称『都登』。 大本一冊。 「都登」「近江八景和歌」「諸国(国尽)・外国」から成る長雄流の陰刻手本。 「都登」は、「寔に四つの海静に戸さゝぬ御代の尓此時、我と同心のともから一両輩相催し、皇都一見いたし度候…」と書き始め、品川から京都までの東海道の宿駅を「五十次に余る長の旅、所躰つくろふ品川や、川崎越てよき神奈川の、急く程谷戸塚はと…」のような七五調の文章で綴った往来。 また「近江八景和歌」は、「思ふそのあかつきちきるはしめそと、まつきく三井の入あひのかね」(三井晩鐘)以下の和歌を散らし書きにしたもの。 「諸国・外国」は、「日本国尽」と「唐土・新羅・百済…」から「…朝鮮・韃靼・阿蘭陀」までの諸外国名を列記したもの。 いずれも大字・四行・無訓で綴る。 【年代】江戸後期書か。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈肥前〉長崎往来』。 「夫、聖朝之慕威徳、求交易異邦之商舶、似合符渡海御免之国々…」と筆を起こして長崎貿易とそれに携わる貿易商人の心得などを綴った往来。 日本との交易が許された国々(南京から阿蘭陀までの国名と都市名をあげる)と渡航可能な商船の数、糸割符貿易と五カ所商人、入港時の諸役人による厳重な検査のあらまし、船荷や代金のやり取り、大坂への輸送と大坂市場における売りさばきの様子などを述べ、最後に、貿易商の心得として算用、売買、顧客との密着、正直、五常などを説く。 【年代】江戸後期書か。 【分類】地理科。 【概要】信濃国伊那郡中沢村(長野県駒ヶ根市)の四季の名勝・古跡・寺社の風趣・縁起等を記した長文の往来。 「穴山丸塚落雁」「菅沼大沼蛍」「新宮古城松風」「新川岸帰帆」「善法寺晩鐘」「永見山雉子」「蔵沢寺桜」「中山炭竈」「高畑桃」「戸倉雨乞」「長者月」「経塚夜雨」「桃源山茶花」「八方紅葉」「岩壁鹿」「筥原祭」「塩田千鳥」「高烏谷神事」の一八景(中沢十八景)毎に、「秋津洲の、御代ゆたかなる年波も、自然の大三十日有我の関、有情無情の福寿海、百八鐘に除夜無量…」のような七五調の文章でその景観などを述べ、各風景の和歌・発句若干を列挙しながら、しばしば挿絵を交えて綴る。 【年代】万治(一六五八〜六一)以前作。 【分類】語彙科。 【概要】異称『名頭字』『名頭字尽』。 刊本の典型的な判型は中本一冊。 俗称の頭字に用いる漢字を列挙した往来。 近世刊本では、万治二年(一六五九)刊『童訓集』所収の「名頭」が最初で、「勘・甚・喜・平・勝・久・茂・伝…」以下三〇字を列挙する。 しかし、近世後期の流布本(単行刊本)はほとんど例外なく「源・平・藤・橘…」で始まり「…殿・様」等で終わるもので、収録漢字・字数ともに諸本によってかなりの異同がある(一〇〇〜三〇〇字程度)。 江戸中期以後は、用文章や合本科往来など幾多の往来に付録記事として収録されたほか、江戸中・後期には「国尽」と合綴した単行本が『名頭字・国尽』『〈両点〉名頭字尽し・国尽し郡附』『名がしら字・国づくし』『名頭字尽』『名頭国尽』『〈増補〉名頭国づくし』等の書名で数多く出版された。 本文は一般に大字・四〜六行・付訓で記されることが多い。 深沢菱潭(巻菱潭)書。 【年代】明治一四年(一八八一)刊。 [東京]江島金太郎蔵板。 浜島精三郎売出(明治三〇年板)。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈明治新刻〉名頭字尽』『改正名頭字尽』。 半紙本一冊。 「名頭字尽」「日本国尽」「府県名」から成る手本。 「名頭字尽」は、近世流布本とはほとんど異なり、「源・平・藤・橘・伊・市・一・逸…」で始まり「…菅・杉・助・介・右衛門・左衛門・兵衛」で終わるように、冒頭・文末のみは近世流布本に習うが、残りは全てほぼイロハ順(随時類語などを挿入するためかなり乱れている)に配列したもの。 楷書・大字・三行・無訓の手本用に記す。 後半の「日本国尽」「府県名」も同様だが、楷書と行書を織り交ぜる。 巻末に、「名頭字尽」の付訓本文(小字・一〇行・付訓)を再録する。 【年代】江戸後期刊。 [金沢]塩屋与三兵衛板。 また別に[江戸]和泉屋市兵衛板あり。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 「名頭字」「仮名遣」「南膽部州大日本国尽(大日本国尽)」「偏冠尽」から成る往来。 本文を大字・六〜七行・付訓で記す。 全四丁の小冊子ながら、柱には上下の区別をしており、上巻に「名頭字」の大半、下巻にその残りを収録する。 また、末尾の「大日本国尽」等は一枚刷りとして使われた形跡がある。 【年代】明治一六年(一八八三)刊。 [東京]萩原新七板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 「名頭」「大日本国尽」から成る往来で、両者とも半丁に大字・三行で記す。 前者の「名頭」は近世期以来の流布本の改編版で大部分が名前に関する漢字の羅列であるが、一部「善政・治国・安民…」といった無縁の熟語も含む。 吉田桂之助編。 漲雲書。 【年代】明治二六年(一八九三)刊。 [東京]吉田桂之助板。 【分類】産業科。 【概要】中本一冊。 先に単行本として刊行された二書を後に合本したものであろう。 【年代】文化九年(一八一二)再刊。 [江戸]北島長四郎ほか板。 また別に[江戸]三田屋喜八(栄川堂)板(後印)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈増補新撰〉名頭字国尽〈頭書両点書状上中下認方附〉』『増補名頭字尽』。 大本一冊。 「増補名頭字尽(名頭)」「南膽部州大日本国尽(国尽)」を合綴した往来。 「名頭」は「源・平・藤・橘・長・久・幸・善…」で始まる本文を大字・五行・無訓で綴り、頭書に両点付きの本文を再録する。 末尾に「十幹十二支」を挿んだ後、五畿七道毎の国名(州名)を五行・無訓で記した「国尽」と「月の異名」を掲げる。 また、「国尽」以降の頭書に「書札認の高下」「書状書留高下」「諸礼・諸飾り」等の記事を載せる。 なお、本書後印本では「国尽」に続けて「百官名尽」と「東百官」の合計七丁が増補された(増補部分の頭書は「包物折形図」「諸品数量字尽」「人の名づくし」「五性相性書判」「本朝年号用字」)。 【年代】江戸中期刊。 [江戸]鱗形屋孫兵衛板。 また別に[江戸]吉田屋小吉板(文政二年(一八一九)板)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈苗字名頭偏竭〉国尽〈仮名判形干支〉』。 中本一冊。 「名頭字」「日本国名尽」「人倫身躰文字尽」の三編を収録した往来。 このうち「人倫身躰文字尽」は頭部から足までの身体各部の名称と関連語を集めたもので、「天窓(あたま)・頭・首・項(うなじ)・頸(くび)」以下約二四〇語を収める。 本文は概ね大字・六行・付訓で記す。 頭書に「偏冠構字尽」「苗字尽」「四体伊呂波」「初心仮名遣」「十干十二支」を載せる。 なお、本書末尾の「人倫身躰文字尽」を「初心仮名遣」に代えた異本(原題不明。 晋米斎玉粒書)が文政二年に刊行されている。 【年代】明治四年(一八七一)刊。 [東京]椀屋喜兵衛(万笈閣)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『英学名頭字(EIHGAKU NAHGASHIRA JI)』。 中本一冊。 巻頭にアルファベットローマン体・イタリック体(それぞれ大文字・小文字の二様)一覧を掲げ、『名頭字尽』を例えば「源・HGEN・hgen(ローマン体・イタリック体)、平・PEE・Pee(同)…」のように一字四体、一行二字ずつ列記する。 巻末の「松園橋爪先生編輯目録」によれば、同様の入門書として仏語(字)・独語(字)の『名頭』も刊行された。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [東京]本屋利助(腥林堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】半紙本一冊。 「名頭」や「国尽」などを収録した大字・三行・付訓の手本。 「名頭」は、「源・平・藤・橘…」から「…殿(三体)・様(四体)」までの合計三一〇字から成る。 続いて「人倫」「五方」「五色」「五行」「四民」「十幹」までの語彙を載せ、さらに日本国名を列挙した「大日本国名尽」や、五大州毎に主要諸国名(漢字表記)を列挙した「世界国尽」を合綴する。 【年代】嘉永四年(一八五一)。 [江戸]三上榊舎蔵板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『童子教訓名頭字尽』『教訓名頭字尽』。 大本一冊。 『名頭字尽』の文頭・文末は似通っているものの全くの別内容で、童蒙学習用に「一〜十」の数字と「百〜京」の単位を文章中に点在させながら神国日本を讃える内容になっている。 本文は行書・楷書の二様(文言はかなり異なる)を大字・六行・稀に付訓(左訓)で記す。 末尾に、日本の先賢や「左衛門・右衛門・兵衛・太郎・次郎」等の称号を紹介しながら氏姓の略史を紹介した「名頭字尽略註」を付す。 【年代】安政六年(一八五九)書・刊。 [江戸]山崎屋清七(山静堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈御家〉名頭〈并〉国尽』。 大本一冊。 「名頭字」と「国尽」を大字・三行・無訓で記した手本。 「名頭字」は「源・平・藤・橘・新・清・弥・文…」以下一九八字を掲げる。 また、末尾「…殿(四体)・様(四体)」に続けて、「太夫、主人、旦那、家来、親子、兄弟、伯父、叔母…」以下の人倫名と、五方・五色・五味・五行・四民・十幹までの単語を列挙する。 さらに後半に、五畿七道別の国名を列記した「国尽」を付す。 【年代】安政三年(一八五六)刊。 [江戸]江戸屋庄兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】大本一冊。 「名頭」「大日本国尽」「都路往来」の三編を大字・四行・付訓で綴った手本。 「名頭」は、「源・平・藤・橘・弥・新・清・又…」から「…左衛門・右衛門・兵衛・大夫・様(四体)・殿(四体)」までの一九八字から成り、末尾に「十二支」を付す。 花笠外史序。 【年代】天保一二年(一八四一)序・刊。 [江戸]和泉屋市兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈源平名頭〉絵本武者部類』『源平名頭武者部類』。 枡形の折本一帖。 その漢字を含む人名、あるいは単漢字に象徴される人物などを各漢字につき一名ないし数名ずつ描く。 例えば冒頭の「源・平・藤・橘」の場合、「源」は清和源氏の祖である貞純(さだすみ)親王、「平」は桓武平氏の祖である葛原(かつらはら)親王、「藤」は藤原氏の祖である祖神天児家根ノ命(あまつこやねのみこと=天児屋命(あめのこやねのみこと))、「橘」は橘諸兄(たちばなのもろえ)を描くが、このような場合のほかに、「斧」は怪童丸、「力」は朝日奈、「雪」は北条時頼、「浪」は那須与市といった伝説からの連想によって描いた箇所もある。 人物画は大半が和漢の武人であるが、一部、公家や僧侶、女性なども含む。 【年代】文久(一八六〜六四)頃刊。 [江戸]糸屋庄兵衛板。 また別に[江戸]上州屋政次郎板、および[江戸]釜屋友次郎板あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『中山道往来』。 中本一冊。 江戸より京都に至る中山道六九次の駅名を七五調・美文体で詠みこんだ往来。 「都路はあづまの海のみちかへて、中山道を心ざし、六十路余りに九ッの、宿もにぎおふ板橋を、跡に見なして行先は、もへ出る春の蕨のさと、伝ふ浦和の駅過て、爰ぞむさしの一の宮…」で始まり、「…栄ゆく宿の大津とは、錦の花の九重に、登り着こそ目出度けれ」と結ぶ。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返に西行法師の和歌一首と木曽路風景図を掲げる。 見返に「他出するに方角のよしあし有る日の事」、頭書に日本橋から京までの道中記(里程・名所等の案内)を載せる(上州屋板)。 【年代】江戸後期書か。 【分類】教訓科。 【概要】特大本一冊。 「態与被馳専使御消息忝致拝見候。 疇昔御熟談仕候通、御嫡男靱負殿…」で始まる一通の書状形式で生活用語や日常語を列記した往来。 すなわち、岐阜在住の知人から紹介された、容姿端麗・柔和・孝行で慈悲深い娘との縁談話の設定で、和歌・書道・学問・髪結い・裁縫・紡績・機織・琴・三味線・舞踊・碁・将棋・料理・野菜・穀類・麺類・調味料・漬け物・菓子・装束・婚礼支度(調度・食器・日用品・衣装・装身具等)・信仰・暦占等に関する語彙を羅列し、最後に「御婚礼相済、初ての三日、新婦御覧御祝可被成候・恐惶謹言」と結ぶ。 本文を大字・三行・無訓で記す。 末尾に漢詩文数編を付す。 【年代】明和四年(一七六七)作。 江戸後期書か。 【分類】教訓科。 【概要】異称『媒の繰言』。 大本または特大本一冊。 上杉鷹山が一七歳で藩主になった際に領内に示した教訓。 胎内十月の母の苦しみや父母養育の恩、また、孝の重要性、孝の務め方、女子の孝、婦人の務めなどを長文の四カ条に説く。 末尾には「明和四年、御三之丸様御齢十六之時、御家督に立せ玉ふ御砌、御郡中へ御教化の書綴玉ひて御渡し被成下、難有御一巻ニ付、如在に致へからさる事」の一文を付す。 なお小泉本は本文を大字・四行・無訓で記した特大の筆写本で、後半に「隅田川往来」を合綴する。 【年代】嘉永元年(一八四八)書。 【分類】地理科。 【概要】謙堂文庫本は横本一冊(やや小字・一一行・無訓)。 一三種の往来物集である『仮名文章』中に合綴。 弘前城下から陸奥国南津軽郡山形村中野山(青森県黒石市辺)までの沿道の神社仏閣・名所旧跡の景趣・縁起等を記した往来。 「兼て申談候中野詣の事、いつころ思召立候半哉…」で始まる全一通の仮名文で、まず宝巌山法眼寺の由来および結構、明和三年(一七六六)の地震の被害など近年までの沿革を述べ、続いて、弘前城下〜山形村間での人々の往来の様子や牡丹平村・花牧(巻)村・温湯(ぬるゆ)温泉付近の名医・民家・茶店・山川草木・風俗、さらに坂の峠・黒森山・板留・薬師寺等の名所を順々に紹介する。 本文中、温湯温泉入口の揚屋を紹介した部分では、遊女の一度の誘惑から遊里通いに耽り、ついに「二ツなき鼻を落し、人前の交り成がたく、一生埋るゝ輩」の例を挙げて好色を戒めた戯文調の教訓文を添える。 【年代】文化一〇年(一八一三)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『長町往来』『道中往来』。 枡形本に近い半紙本一冊。 『道中歌往来』と同じ本文を大字・二行(一行二〜四字)・無訓で記す。 登宅某書。 【年代】文政五年(一八二二)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『名護屋往来』『奈護耶』。 文政五年・登宅氏写本(『奈護耶』)は半紙本一冊。 「抑名古屋の御城は、昔日慶長年中に治国太平の印に始て築き給ひけり…」で始まる一通の手紙文形式で、名古屋城周辺の寺社や名所・名物を綴った往来。 まず、名古屋城の歴史や威容を述べ、続いて明倫堂の教育や城下の諸職に触れ、さらに、天満宮・柳薬師・聖徳寺以下、多くの寺社や名所などの名称を列挙する。 名古屋稀書刊行会『名古屋往来』(文政九年写本)は、本文を小字・一〇行・付訓で記す。 なお、『国書総目録』に、文政四年写本『名古屋往来』(祖鏡作)を掲げるが未詳。 【年代】江戸後期書。 【分類】地理科。 【概要】特大本一冊。 「一、御城三之丸片端本町、京町、福井丁、富田丁、伝馬丁、玉屋町、鉄炮丁、広小路、中須賀丁、大久保見、末広町、門前丁、橘丁、大須…」と筆を起こして名古屋周辺の町名を列記した往来。 本文を大字・三行・無訓で記す。 また、本書の改訂版『名古屋町附(区分町尽概略)』は、「一小区、廓内。 二小区、塩町・小船・堀詰・江川・堀切・八坂・枇杷嶋…」と起筆して、明治初年の名古屋の町名を八小区毎に列記する。 【年代】天保七年(一八三六)書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 霊夢を得て那智権現への日帰り参詣を行った際の道程、名所旧跡、那智権現の景趣や由来などについて七五調で記した往来。 「唯契の娑婆か、世界の衆生、我無の中に在む限りはと、御霊夢ぞ、別而、今年は午のとし、はや暮春にも成しかは…」で始まる本文を大字・四行・無訓で記す。 夜明け方に出発し、新宮方面から宇久井口を経て那智権現に参詣し、夕景に家路につくまでの沿道の風景等を描く。 前半は「足を痛ば鳴屋が浜」などと修辞的に地名を導き連ねて山海の景を写し、後半は那智および周辺の堂宇を列挙してその荘厳さ述べる。 地域的に狭い範囲の記述であり、同地方で用いられた往来物であろう。 【年代】明治六年(一八七三)以降刊。 [大阪]大阪府学校蔵板。 書籍会社ほか売出。 【分類】語彙科。 前半「通称」は明治六年板に同じ。 「実名」は名前に用いる人名漢字を「一・了・士・之・久・仁・公・文・尹…」のように画数順に列記したもの。 いずれも楷書・大字・二行(一行三字)・無訓の手本用に記す。 刊記に「阪府学校蔵板」の朱印を押す。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [大阪]大阪府学務課蔵板。 書籍会社売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『通称』。 半紙本一冊。 通称に用いる人名漢字を楷書・大字・二行(一行三字)・無訓で記した手本。 「伊・猪・糸・市・岩・磯…」から「…鈴・捨・末・菅・助」までの二三〇字を音または訓のイロハ順に列記する。 【年代】天保一〇年(一八三九)書。 【分類】教訓科。 【概要】異称『缺徳利』。 大本一冊。 子どもの時に学問に怠り、悪事に終始していた者がついには罪人となるまでの顛末を述べて戒めとした教訓。 「世の中の、人の意(こころ)は花染の、移れば替る習とて、厥(その)色々の風俗を、親たる人も心して、教怠給ふなよ…」と七五調の文章で綴る。 子どもの頃から喧嘩ばかりしており、その上母親が穂待銭(へそくり)の中から小遣いを与えて子どもを甘やかし、段々悪智恵も付き、寺子屋へ入学させても全く身に付かず、師匠には骨を折らせ、仲間とは騒ぎ合うといった状態で、いつしか色と酒に狂って妙義・榛名・指扇・秋葉・大山と名目ばかりの物詣でに耽り、そのなれの果てが腰繩や鶤鶏籠(どうまるかご)の格式の罪人となる、従って、このような哀れな一生を送らないためにも忠孝を尽くし、家業に出精すべきであると諭す。 天保一〇年写本(小泉本)は本文を大字・四行・付訓で記す。 【年代】明治一〇年(一八七七)頃刊。 [東京]小林鉄次郎板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七いろは』。 中本一冊。 平仮名・漢字・古文字に続けてイロハ毎に同音の漢字六字を列挙した往来。 漢字の音訓を比較的詳しく付す。 イロハに続けて同形式で十までの漢数字を綴り、さらに単位語を漢字三体・両点付きで掲げる。 なお、頭書に「書法十六点」「編構冠字尽」等、見返に「伊呂波文字之本文」、巻末に「中興武将鑑」「高名年数早見」「諸商人通用符帳集」などの記事を載せる。 【年代】明治二〇年(一八八七)刊。 [東京]米山栄吉蔵板。 吉田桂之助売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七体伊呂波』。 中本一冊。 「〈開化〉七体いろは」と「七躰名頭字」から成る往来。 前者は、平仮名・片仮名・漢字(冒頭の一字のみ楷・篆・行書の三体。 このほかに同音の行書体漢字三字を含め合計六体)とローマ字(大文字)を合わせた九体で綴ったイロハである。 後者は、「源・平・藤・橘…」から「岩」まで二九字から成る名頭字で、それぞれ漢字五体(草・行・楷・隷・篆書)とローマ字二体(大文字・小文字)で表記する(いずれも概ね大字・三行)。 末尾に「羅馬躰大字・同小字」「草体大字・同小字」などのアルファベット」や「諸商人通賦帳(太物店など一〇業種における符帳)」を掲げる。 【年代】明治九年(一八七六)刊。 [横浜]尾崎富五郎(錦誠堂)板。 また別に[東京]大川錠吉(聚栄堂)板(後印本)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈新訂童子便〉七体以呂波・名頭尽・日本国尽〈習手本〉』。 主として「七体以呂波」「名頭尽」「日本国尽(皇国州名)」の三本を合本した往来。 巻頭に「五十音図」と「変体以呂波」を掲げ、続く本文で、いろはおよび漢数字を平仮名・漢字(楷・行・草・篆・隷書・角字)の七体で綴った「七体いろは」、名前に用いる漢字を列挙した「名頭字」、両点(音訓)付きの「十干・十二支」、五畿内以下の旧国名を五畿七道ごとに列挙した「皇国州名(日本国尽)」を収録する。 本文を大字・四〜五行・付訓(「七体いろは」のみ無訓)で記す。 【年代】万治二年(一六五九)刊。 刊行者不明。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 「七ッいろは」および「国尽」の手本として現存最古の部類。 「七ッいろは」は、見出しを兼ねる冒頭の漢字(大字・篆書で記し小字の平仮名と片仮名を付す)一字と、同音の漢字(大字・行書で記し、音訓を平仮名で付す)六字の計七字を一行に記したもので、「イ」〜「京」に続けて「一」〜「十」も同体裁で綴る。 末尾に「十干十二支」と「唐以呂波」を掲げた後に、「万治二年己亥孟春吉日」の刊記を置く(従って、本来は「七ッいろは」だけの単行版であろう)。 続いて、「諸国并御城下」と題して、五畿七道毎の国名(州名)と城下町(江戸〜熊本の二二カ所)を大字・四行・付訓で記す。 【年代】慶応三年(一八六七)序。 慶応四年頃刊。 [東京]阿部為任蔵板。 播磨屋喜右衛門売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈英学捷径〉七ッ以呂波』『英学七ッいろは』。 中本一冊。 「英字イロハ」の前にアルファベット・数字などをおき、巻末に「子母五十韻字(母音字・子音字の五十音図)」を収めた明治期新編『七ッいろは』。 序文では、英人著述の日本語文法書からの抄出という。 ローマ字・仮名・漢字など七体のイロハ音字を並記する(ローマ字三体、片仮名、平仮名、漢字二字の七体)。 なお、本書の一部を改訂した『〈英語の手ほどき〉七ッいろは』が大正年間に刊行されている。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [東京]伊勢屋庄之助板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 ローマ字(大文字・小文字)・片仮名・平仮名・漢字(真・草)など七体で表記したイロハ。 後半に同体裁で数字・五十韻字を掲げるほか、頭書に日常の英単語を多く載せる。 【年代】明治年間刊。 [東京]辻岡屋文助板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 前半に「〈開化〉七ッいろは」、後半に「〈方今〉名乗尽」を収録した往来。 前者は、平仮名・片仮名・古文字に続けて同音の漢字六字を列記した「七ッイロハ」(厳密には七体以上ある)。 後者は、「康政」〜「由親」までの男性の名前九四語を列挙し音訓を付したもの。 見返に「編冠構一覧」、頭書に「漢語字類(漢字二字熟語三一六語を収録)」を掲げる。 【年代】明治四二年(一九〇九)刊。 [東京]自省堂板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『最新七ッいろは』。 中本一冊。 平仮名楷書体、漢字行書体(小字片仮名を添える)、ローマ字ローマン体大文字(小文字も添える)、ローマ字イタリック体小文字、漢字楷書体(片仮名読みを付す)、漢字隷書体(同)、漢字角字(小字の漢字楷書体を添える)の七体で記したイロハ。 巻頭に、ほぼ同様の七体で表記した「数字」や、ローマン体・イタリック体の大文字・小文字とその読み方を示した「英字体」、巻末にローマ字各体で表記した「ローマ字五十音」を掲げる。 さらに、頭書に「反別」「日時」「西洋数量」「小数」「十干十二支」「七曜」「大祭日」「大日本国尽」「世界国尽」「条約国名」の記事を収録する。 【年代】明暦三年(一六五七)刊。 [京都]山本長兵衛板。 また別に[大阪]河内屋太助板(後印)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七以呂波』。 大本一冊。 本書跋文に触れる先行板は、あるいは万治板を指すか。 イロハ毎に一行七字(冒頭は見出し語の平仮名、他の六字は同音の漢字)ずつ漢字を列挙し、漢字の左右に細字の字訓(稀に字音)を付す(本文は大字・四行・付訓)。 冒頭の漢字は平仮名の字母となった漢字、例えばイ行の冒頭には「以」を掲げ、「をもんみる/もつて/これ/もちいる」のように字訓を複数記載するのが特徴。 以下、同体裁で、「イ」〜「京」と「一」〜「十」までの漢字を掲げ、末尾に「十干十二支」を載せる。 『七ッいろは』は、万治板や本書を嚆矢として、江戸初期は概ね大本の大字手本の形で広がり、江戸中期以降は半紙本、江戸後期は中本が主流となり、さらに明治初年には英字・仏字・独字等を並記した語学入門書へと展開していきながら、多数の類書が生まれた。 伊藤桂洲序。 【年代】明治三年(一八七〇)刊。 [東京]播磨屋喜右衛門板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『仏字以呂波』。 中本一冊。 仏字・片仮名・平仮名・漢字など七体で表記したイロハ。 巻頭・巻末にアルファベット・数字・「子母五十韻字」を載せる。 【年代】明治年間刊。 [東京]松坂屋板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 イロハ毎に平仮名と同音の漢字六種(ただし大字行書と小字楷書の二通りで記し、読み仮名をそれぞれ付す)を一行ずつ掲げたもの(「イ」〜「京」、「一」〜「十」の五八行)。 本文を行書・大字または楷書・小字で三行ずつ、付訓(左訓)で記す。 頭書に片平名・ローマ字(大文字・小文字のローマン体と小文字イタリック体)の四体イロハ(濁音・半濁音を末尾に付す)やアルファベット、「三体偏冠尽」などを掲げるほか、巻頭に「和訓漢語辨」と題して「開化・文明・勉励…」以下一四〇語(両点付き)や、日本語一二六語に対する英単語の読みを付した「異人語早学」を載せる。 【年代】慶応二年(一八六六)頃刊。 [江戸]吉田屋文三郎板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七ッいろは〈并〉絵抄』。 中本一冊。 例えば「い・イ・以(楷・篆・行書の三体)」のように平仮名・片仮名とその字母となった漢字の計五体を見出しとし、その下に続けて同音の漢字七体(例えば「伊・異・意・委・畏・位・為」)を両点付きで書体も変えて表記する。 さらに一丁おきに、イロハ毎に漢字一字を掲げて、それを主題とした教訓歌(例えば、イには「意」の一字をあげて、「梅がえに心とまらば鴬の、ほふほけきやうのにほひぬるかな」の一首)を挿絵(単色刷りと色刷りの二様あり)とともに掲げる。 巻頭に「いろは歌」や「五筆和尚」空海図、また頭書に「いろは歌由来」「江戸名所いろは寄」「合(相)姓名かしら字」などを掲げる。 静嘉堂(東潭)書。 勉堂序。 【年代】明治二一年(一八八八)序・刊。 [東京]高橋源助板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『英和七ッいろは』。 中本一冊。 ローマ字三体(ローマン体大文字・小文字、イタリック体小文字)と片仮名・平仮名・漢字二種二体(草・楷書)の計七体で表記したイロハ。 半丁に四行(一行七字)ずつ記す。 冒頭にアルファベット四体を、また、巻末に五十音をローマ字で表記した「五十音字」を載せる。 【年代】安永二年(一七七三)以前刊。 [大阪]糸屋市兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】半紙本一冊。 「七ッいろは」「国尽」「字尽」を合綴した往来物。 イロハ順に同音の漢字七体(冒頭のみ篆字・他は行書体)を一行ずつ列記し、漢字の左右に音訓を施したもの(本文を大字・五行で記す)。 「国尽」は、国名を大字・五行書きにし、国名の下に州名・郡数を小字で付記したもの。 また「字尽」は、着類・魚類・貝類・鳥・獣・諸道具・木・草花・青物・虫・五穀の一一部毎に主要語彙を大字・六行・付訓で列記したもの。 なお、巻頭・巻末に「万葉仮名・片仮名イロハ」「五性名頭字」の記事を載せる。 なお、東京都立中央図書館本には安永二年七月の書き入れがある。 【年代】延宝六年(一六七八)跋・刊。 [大阪]荻野八郎兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 少年の頃に父母に先立たれて以来、不善を続けてきた者が紀州那智山で儒仏の教えを聞いて改心し、越州の山中に住んでいたが、ある時、畿内旧跡の巡覧を思い立って、まず摂州難波の浦に赴き、そこで一宿したところ、剃髪した主人が大坂の名所旧跡を語り始めるという設定で、大坂の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を記した独特な往来。 往復二通の書状形式をとる。 往状は、「我少年之昔、別離父母、養伯父…」で始まる冒頭二丁半で以上の場面設定をしたうえで、京・大坂の由来や住吉神社の故事、同地の風景・年中行事・祭礼・寺社縁起・本尊・宝物などを順々に述べる。 また、「御札之趣拝見、尋訪之旧跡者、先相続件、新御霊之宮者…」と起筆する返状では、東西本願寺・仁徳天皇陵・三津寺八幡等の寺社・古跡を紹介するほか、道頓堀歌舞伎等の大衆芸能や祭礼・参詣の様相などにも言及する。 本文を大字・四行・所々付訓で綴る。 東俊序。 【年代】宝暦一〇年(一七六〇)序・刊。 [大阪]高木羽最蔵板。 正本屋仁兵衛売出。 【分類】地理科。 【概要】異称『浪花随筆』。 特大本または大本一冊。 「抑摂州大坂は、交易運漕之便宜、日本無双之湊にして、一ノ洲・両川口、潮時順風にまかせ、入船出帆幾千艘といふ不知数候…」で始まる文章で、大坂が全国貿易の中心地であること、荷揚・取引の様相、堂島米相場の状況、町々の名産・名物、近隣の農産物、道頓堀の歌舞伎やその他の享楽などについて記した往来。 本文を大字・四行・稀に付訓で綴る。 後半に「難波十景(淡路島霞・葛城嶺桜・難波津夏月・二上嶽雪・住吉郭公・伊駒山時雨・須磨浦風・明石潟霧・田蓑島鶴・天王寺鐘の一〇の名勝)」を詠んだ和歌二〇首を付す。 【年代】明和四年(一七六七)書・刊。 刊行者不明。 【分類】地理科。 【概要】巻頭に「…筆学の欠を防もし、一字の方便にもと、見聞有増を拾ひ集て巻となし、愚息の袂にす」との短い序文を掲げ、続いて「摂州西成郡大坂近郷の神社仏閣を順拝と思寄、頃しも穏なる春に任て、未明より打立…」と起筆して、天満宮から勝尾寺・宗持寺までの大坂城下の寺社・名所旧跡等を紹介した往来。 寺社の風景・結構・宝物・由来等のほか、町々や群集、河川、遠景の山、茶屋等の様子にも言及する。 なお、原本未見だが、重写本奥書に「刻本ヨリ写ス」とあるので、もと刊本であろう。 【年代】正徳四年(一七一四)刊。 [京都]岡本半七ほか板。 【分類】女子用。 【概要】異称『なにはつ』。 大本三巻三冊。 長谷川妙躰の散らし書き手本の一つ。 上巻は婚礼祝儀状など六通、中巻は訪問客への詫び状など八通、下巻は学問について教示を乞う文など七通の合計二一通を収録(大字・無訓)。 四季や五節句の文を中心とするが、月順・季節順にはなっていない。 このほか婚礼祝儀の文を始めとする祝儀状や種々礼状など日常の雑文章も含まれる。 上巻には付録記事が多く、「なげ入の事」「砂物(色刷り)」「立花図(色刷り)」など華道関連、「おがさはら流万しんもつつゝみやう折形図」「進上の折紙目録書やう」「色紙・短冊・懐紙の書様」「女中文の封様の事」「同封じ目の事」等の諸礼法、「香のきゝやう并に十種香の事」「貝おほひ并ニ歌かるたの事」「十二月の異名」のほか、中・下巻にも見返口絵や「女中文書やう心得の事」などを掲げる。 【年代】書写年不明。 【分類】地理科。 【概要】「摂津之国十三郡者住吉・百済・東生・西成・能勢・有馬・嶋下・島上・豊嶋・河邊・武庫・兎原・矢田部等也…」で始まり、大坂府内の地勢などに触れた後、府内の主要町名等を列記した手本。 好鵞書。 【年代】文政五年(一八二二)刊。 [江戸]西宮新六板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈新版〉難波名所』『浪華名所之記』。 中本一冊。 大坂周辺の名所旧跡・神社仏閣の景趣・由来・沿革などのあらましを紹介した往来。 「難波津に咲耶木花(さくやこのはな)と詠たりし王仁の昔より、民の竈煙絶せす、長(とこしなえ)に栄行(さかゆく)大坂の津は、諸国の賈船、安治・木津の両川口に所せく出入して…」と紀行文風に綴り、寺社縁起や古跡由来を中心に、道頓堀の芝居小屋や新町の遊里、堂島の蔵屋敷等の名所を列記する。 本文を大字・五行・付訓で記す。 巻頭に「摂州大坂淀川三十石船之図」を掲げる。 香川昶跋。 【年代】嘉永二年(一八四九)跋・刊。 [大阪]香川琴橋(鳥文堂)蔵板。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊または折本一帖。 「浪華津にさくや此はな冬籠り、今は春へと咲や此花とよみて奉りし仁徳帝の御宮居、いとも尊く高き屋に、のほりてみれは煙たつ、民の竈も賑ひて…」で始まる七五調の文章で、大坂周辺の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を列記した往来。 「隆専寺の絲桜」や「鳳林寺の什宝は、干満の珠のひかりある、智恵を授る虚空蔵…」のように各地の特色を織り込んだ本文を大字・四行・無訓で綴る。 作者の子・香川昶の跋文によれば、寛政八〜一〇年(一七九六〜九八)刊『摂津名所図会』を参照して編んだものという。 なお、本書は、同じ板木により和装本(冊子体)と折本の双方が出版された(折本は有郭、大本は無郭)。 【年代】宝暦一〇年(一七六〇)刊記。 寛政(一七八九〜一八〇一)頃後印。 [大阪]高木羽最蔵板。 塩屋長兵衛(泰文堂・輻湊堂・山本春樹)売出。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 改題に際して東俊の序文二丁を削除し、首題を改め、さらに巻末の「高木羽最」の後に「蔵板」の二字を補刻した。 内容は、「交易運漕之便宜、日本無双之湊」である大坂の地理全般を述べたもので、大坂が全国貿易の中心地であること、荷揚げから取引までの様子、堂島米市場の活況ぶり、町々の商家や取扱商品、名所・名物、さらに道頓堀の歌舞伎やそのほかの享楽について触れる。 また、後半に「難波十景(淡路島霞・葛城嶺桜・難波津夏月・二上嶽雪・住吉郭公・伊駒山時雨・須磨浦風・明石潟霧・田蓑島鶴・天王寺鐘)」を詠った和歌二〇首を掲げる。 本文を大字・四行・無訓で記す。 深沢菱潭書。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [東京]鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門・仙鶴堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『習字名乗字類』。 半紙本一冊。 「豊俊(トヨトシ)・方久(マサヒサ)・定興(サダヲキ)・義詮(ヨシアキラ)…」以下四一四の名乗りを楷書・大字・三行二段・付訓で書した習字手本。 渓斎英泉画。 【年代】文政五年(一八二二)刊。 [江戸]岩戸屋喜三郎板。 また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『橋名寄往来』『東都橋名寄往来』。 中本または半紙本一冊。 江戸府内の主要な橋と坂の名称を列挙した往来。 「凡、江戸中橋之名を、爰に挙而、物学童子之為便。 先、通一丁目より室町へ渡を日本橋与云う…」と筆を起こし、通りや方角によって橋の位置を示しながら、順々に列記する。 ただし、後半からは単に橋名の羅列に終始し、最後に「…此外所々に洩候名、可有之。 先荒増如斯候。 穴賢々々」と結ぶ。 本文を大字・五行・付訓で記す。 頭書に「凡、湯嶋・本郷辺に有坂之名は昌平坂・湯嶋坂・石坂・樹木谷坂…」で始まる「坂名よせ往来」と「十二ヶ月異名」を載せるほか、巻頭に「鶴亀図」および「東都日本橋繁花を闘す図」を掲げる。 【年代】慶応二年(一八六六)書。 【分類】理数科。 【概要】大本一冊。 薬種の名称を大字・二行・付訓で記した手本。 筆者は薬種商の娘であろうか、女性が使用した教材として注目される。 【年代】江戸後期書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 主として南都の治安や社会の様子、日本の風俗や公民としてのあり方を中心に記した往来。 地理科往来に属するが、社会科公民型の要素を多分に含む内容であり、名所や物産を主要な題材とする地理科往来では異色のもの。 奈良・興福寺の摩会修行から書き始め、その堂塔・建築・役職、南都の官庁諸役や厳重で模範的な防備・治安・司法・賞罰の様子、さらに諸職・商売、訴訟・事件、法令・懲罰、神代から正直の徳を大切にしてきた日本の風俗や平和な社会、人間の一生と士農工商の心得などを概説する。 「南都興福寺両御門主、互ニ被遂維摩会修行有而、勅命被補寺務職給ふ。 坊官諸太夫御近習北面…」で始まる本文をやや小字・八行・無訓で記す。 【年代】天保四年(一八三三)書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 「名にし応月の名所は多けれと、奈良の都の三笠山、心のくもり猿沢の、池水清き柳影、うつる采女の宮所、いとうつくしき楊貴妃や、花の司と昔より…」で始まる七五調の文章で奈良各地の名所旧跡を紹介した往来。 後掲と同題だが別内容。 神社仏閣、堂塔のあらましを景趣や故実に触れつつ述べる。 なお、逓博本は本往来のほかに「松嶋賦」ほか八編が合綴されており、播磨国明石郡江井ヶ島で使用されたものという。 なお、原本(逓信総合博物館蔵)は種々の往来を合本したもので、「松嶋賦」「四季風景」「春霞」「源氏名寄」「京名所」「奈良名所」「西明寺殿都詣」「近江八景」「雛かた模様つくし」の九点を収録する。 【年代】文化一四年(一八一七)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『奈良詣』。 折本一帖。 「青によし奈良のみやこは、元明天皇和銅二年藤原の宮より遷され給ふ旧都の名所なれば、年頃見物望にて特に春日詣の志しも候得ば、此春出京致し…」で始まる文章で、京都五条から奈良までの経路と奈良名所の数々を綴った往来。 前掲と同名だが別内容。 歌名所や古歌、故実を多く織り込んで寺社を中心に紹介する。 【年代】天保八年(一八三七)作。 万延元年(一八六〇)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『下総国成田参詣文章』。 「日外、恩約束申候成田山参詣の事、空も漸麗に趣、最早日和も定候得者、近く相催し申度候。 尤道すから名所旧跡相尋、鬱散候はゝ、又格別の秀句も候半歟…」と筆を起こし、二俣(千葉県市川市)より成田山に至る沿道の名所旧跡および成田不動の景趣・由来・縁起等について述べた往来。 行書体、漢字・平仮名交じり、無訓の手紙文体で記す。 【年代】享和元年(一八〇一)頃刊。 [江戸]花屋久治郎板。 また別に[江戸]山本平吉(栄久堂)板(文政四年(一八二一)板)あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『成田詣』。 中本一冊。 江戸・日本橋より成田に至る沿道の宿駅・名所旧跡・神社仏閣および成田山新勝寺の景趣・縁起等を記した往来。 「下総国埴生郡成田山参詣之道筋、任御尋、順路荒増認進候…」で始まる全文一通の手紙文で綴る。 各地の情景や風物を豊富に織り込みながら、日本橋など東都の繁栄、利根川・真間中山・印旛浦の眺望、成田山の景観などを紹介する。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返に「不動尊略伝記」、頭書に「楠正成金剛山居間之壁書」を掲げる。 なお、文政四年(一八二一)求板本(山本平吉板)では、裏表紙見返に「成田山参詣順路図」を掲げる。 雲潭書(付訓本文)。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [東京]書学教館蔵板。 山崎屋清七売出。 また別に[東京]巻菱潭蔵板、大庭新八売出あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『楠公碑陰』。 半紙本一冊。 摂津武庫郡湊川神社に元禄四年(一六九一)に建立された楠木正成の石碑の朱舜水賛辞を手習い手本としたもの。 楠公が忠勇節烈を兼ね備えた人物であることや、また、巧みな戦術により王室を復興させたことなどを綴る。 本文を楷書・大字・三行(一行四字)・無訓で記し、巻末に楷書・小字・七行・付訓の本文を付す。 【年代】明治年間刊。 [東京]安田作次郎(衆芳堂)板。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 楠正成の家訓などに仮託した「壁書」二編と「遺書」を収録した往来。 前半の「壁書」は、第一条に万病と万物の理について、第二条に利より義を重んずべきこと、第三条に人に勝ろうと思わないこと、第四条に人の憂いを知るべきことを掲げ、以下順に、上下の者や他人に対する態度や日常の心懸け、馬や武具の心得など二三カ条を綴る。 続く「遺書」(「建武二年(一三三五)三月」と付記)は、文・武は根本的に同一のものであり、主君のために文・武に励む臣下の務めなど、武士の基本的な心得を述べる。 後半の「壁書」は、貧しくても無道の禄を求めたり、へつらったりしないこと、己の生来の境界を悟り天命を楽しむことなどを諭す。 本文を大字・四行・付訓で記す。 【年代】延宝八年(一六八〇)刊。 刊行者不明。 【分類】語彙科。 【概要】大本二巻二冊、後二巻合一冊。 上巻は六月五日付芸州山人宛ての手紙(炎暑の折、厳島神社参詣をした時の模様を伝える)、下巻はその返状という二通の手紙文中に「文言雑字」「鳥獣」「草木」「魚虫」(以上上巻)、「絹布」「器物」「鍛冶・番匠具」の七門を主とする難字を種々盛り込んだ往来。 凡例では、禽獣・魚虫・草木などにおける庶民通用の語句は省き、往来物・俗書等に登場しないような難字三〇〇有余字を収録したとする。 本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記し、任意の難字を上欄余白に楷書で抄出する。 消息文の文面に沿って難字を鏤めたり、単語集団の形で語彙を収録するが、前記七門以外に下巻冒頭に「船・舟歌」「芸能」「人倫」等の語彙を載せる。 【年代】享保一〇年(一七二五)序。 享保一二年刊。 [京都]小川多左衛門(茨城多左衛門・柳枝軒)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『授幼難字訓』。 半紙本三巻三冊。 和漢の諸書から漢字の和訓を集め、イロハ順に編んだ童蒙向けの語彙集。 語彙を楷書・大字・七行・付訓で記し、各語句についての出典や語義等を割注形式で注解する。 ただし、古くから用いられている和訓は省略し、俗間通用の訓にしたと序文で断る。 【年代】寛政(一七八九〜一八〇一)頃刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 一章「諸礼の次第」、二章「当流躾方」(以上はもと三巻三冊の絵本。 書名不明。 「路次・座敷贈答の礼」から「当流躾方五十箇条」まで諸礼全般を説いた絵本)、三章「物覚能成伝」(前記『記憶秘法』。 記憶に関する諸説)、四章「かな文章」、五章「用文章」(四章は寛政八年刊『状文章』の頭書、五章は同本文を指す)から成る。 僧経覚書(重写本)。 【年代】南北朝時代作。 康応元年(一三八九)書。 宝徳三年(一四五一)重写。 【分類】古往来。 【概要】現存唯一の黒板本は、もと四六枚・一綴の冊子であったが、残存するのは残闕二六枚、一綴で、巻子本二軸の改装本。 三五条四一通の消息文例と書札礼「於院中世間出世等書礼等事」一二カ条ならびに後文とから成る古往来。 大字・無訓の手本様に認める。 内容は、「御聴聞のお供と牛王より返信のない遺恨を述べる状」「聴聞に出席する旨と牛王引き籠り中の旨を述べる状」「大衆の蜂起に対し対策を問う状」「東山にある禅房の風景を除して来遊を勧める状」「昇進の内報を賜った好意を謝する状」「病気見舞いを兼ねて行水を思い止まるよう諌める状」「好意を謝し行水をやめて養生に努める旨を述べる状」のように、大寺の住僧と高級武家の檀越との間に交わされた日常所用の手紙模型文である。 書札礼一二カ条は、「坊官と侍との間」「坊官より良家成業または僧綱へ遣わす状」「師匠等へ遣わす状」「親父に遣わす御教書(みぎょうしょ)」「舎兄に遣わす状」など寺院から発信される書状に関する僧家用書札礼である。 【年代】元禄五年(一六九二)書。 【分類】地理科・社会科。 【概要】異称『祭礼往来』。 半紙本一冊。 奈良周辺の寺社の祭神や祭礼の様子を記した往来。 「抑、南部春日大明神者、本地釈迦如来、衆生之施利生、慈悲万行之御神…」と起筆して、春日神社・若宮神社の本地や祭礼日、その際の人々の装束、神馬の装飾品、諸役の様子、行列の概要等を紹介する。 寺社祭礼を中心に綴った初期の往来として重要であろう。 本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本二巻合一冊。 人間の一生を旅に喩えて綴った教訓絵本。 まず幼少の父母の慈愛を象徴する「二恩ゑの木」から始まって、「乳母が石」「乳のみ井」「かみを木(髪置)」「袴木(袴着)」「にんばく堂」「きまゝのもみぢ」「手習橋」「元服石」「六道の辻」「謡ばし」「鼓が滝」「芸能山」「先生山」と道中記風に通過儀礼や発達段階に即した童蒙心得を述べ(以上上巻)、さらに成人向けの教訓文と挿絵を下巻に掲げる。 【年代】嘉永五年(一八五二)以前刊。 [江戸]山口屋藤兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 まず「抑筆道は、人たるものゝ万用を達する根本也…」と筆を起こして筆道の重要性について述べ、以下、貴賤に関わらず幼少よりの筆道稽古が必要なこと、父母・師匠への礼や挨拶、寺子屋での学習態度などについて種々諭し、最後に父母や師の恩に報いるべく学業に励むべきことを説く。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返および頭書(二丁表まで)に「年中五節句并八朔の事」を掲げる。 なお、小泉本に「嘉永五子年」の書き入れがある。 【年代】文政八年(一八二五)刊。 刊行者不明(施印)。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 「埃にまじわる世之中に降り暮したる五月雨…」で始まる七五調の文章で、正直、孝、法の遵守、主への服従、師の教えを守る、兄弟和順など諸教訓を説く。 本文の大半が「病者之夜食好、貧乏人之酒好、幼者之煙艸好、若女之撮(つまみ)食、男之化良々々(けらけら)わらひ…」といった日常生活上の不躾けや悪行の羅列である。 書名に『男女』を冠する点から、男女に必要な教訓を建前としているものの、いずれかといえば「若女の不結髪、お媼姥(ばば)之化粧達(だて)」といった女性に対する厳しい戒めが多い。 本文を大字・四行・付訓で記す。 刊行地は不明だが、刷りからいって田舎版であろう。 なお、本書とほとんど同文の往来に天保二年(一八三一)刊『専玉古状揃貨蔵』の頭書「男女孝行草」があるが、これら刊本からの抄録の可能性もある。 【年代】天保三年(一八三二)刊。 [仙台]伊勢屋半右衛門板。 【分類】地理科。 【概要】異称『於曽礼山詣』。 中本一冊。 「霞立春の朝、窓の梅に鴬の囀を聞、野辺に萌える百草の時知顔なるも面白し…」と筆を起こし、仙台から南部於曽礼山(恐山)までの参詣路に沿って各地の春の風景や名山・名所旧跡を紹介した往来。 仙台相去、和賀川、花巻、国見山、岩鷲山、早池峯山、郡山駅、来神川(北上川)、盛岡城下(神社仏閣)、厨川、安倍社、末松山、野田玉川、壺の碑に続いて、恐山の沿革・本尊・境内の様子、また周囲の名所・温泉など一通りを記す。 風趣や物産、風俗、寺社縁起・祭礼、その他故事等にも触れる。 本文を大字・六行・付訓で記す。 巻頭に「南部盛岡之全図」と本文中に「南部宇曽利山円通寺境内之図」を掲げる(いずれも鳥瞰図)ほか、頭書に各地の風景画と「仙台城下より南部於曽礼山」まで道法并松前海上里数、名所旧跡紀」を掲げる。 【年代】天保八年(一八三七)書。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 七五調で紀州地方の地名と名物(特に魚介類・食物・山菜類など)を綴った往来。 「抑当国三方は平地を闕、去ば海辺の類多し。 先、若山の湊浦には筋鰹…」で始まり、以下、松江の蛤・加太の若布・雑賀崎浦の鯛など各種海産物の産地をあげ、続いて、那智の黒石・熊野の白蜂・玉置の檜杖・安田の紙葛・有田の蜜柑など山間部の産物に移り、山菜・野菜等を列記し、さらに名酒・薬種・細工物など市中の名産品をあげ、饅頭を土産に子どもの待つ自宅へ足早に帰るという一文で終わる。 本文を大字・三行・無訓で記す。 【年代】天保(一八三〇〜四三)頃書。 【分類】地理科。 【概要】特大本一冊。 「長閑なるけしきにまかせ、此度、新潟一見いたしまいらせ候。 かしく」と結ぶ全文一通の女文形式で、新潟近辺の神社仏閣・名所旧跡等を紹介した往来。 新潟を中心に各方向に見える眺望や、町々や参詣路の様子にも触れる。 本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】文久元年(一八六一)刊。 [甲府]井筒屋豊兵衛板。 【分類】理数科。 【概要】異称『〈新撰早割・江戸相場〉二一天作』。 中本一冊。 書名は算盤の割算九九の冒頭の「二一天作五(旧式珠算で一を二で割った商が五となること)」に由来し、広く日用算術を意味した。 巻頭に「継子算の事」「九九のかず」を掲げ、本文に「貸金利を見る事」「絹布代銀割やうの事」「ねずみざんの事」「かけてわれるさんの事」「八算の図」「見一の次第」「普請方の事」、頭書に「入れ子ざん」「油売買の事」「袖はかりわくる事」「田畑間数名の事」「杉なり積俵のかずを知る事」「御蔵前相場わりの事」「銀つかひ早割」「銀相場割の事」など、『塵劫記』のうちの基礎的計算方法を載せる。 巻末に「銭相場早見」を掲げる。 【年代】享保一〇年(一七二五)刊。 [京都]荒川源兵衛ほか板。 【分類】女子用。 【概要】異称『にしきのうみ』。 大本三巻三冊。 比較的短文の女文三一通と和歌二首を収録した散らし書きの女筆手本。 上巻には「姫宮の参詣の噂を聞いた者からの手紙」や「男子安産祝儀状」など一〇通、中巻には「屏風借用の手紙」「亥の子祝儀状」「紅葉狩り同伴希望の手紙」「初午参りの文」「宇治川の蛍見物誘引状」など一二通、下巻には「暑中見舞い」「七夕祝儀状」「八朔祝儀状」「『古今和歌集』借用の文」など九通を収録。 いずれも四季消息文を主とするものの、季節順の書状配列をとらないのが特徴。 各巻見返に、挿絵とともに女筆心得「手習の仕用の事」を掲げ、また巻末に折形、片仮名イロハ、篇冠字尽などの記事を載せる。 このうち「手習の仕用の事」は長谷川妙躰が自らの書論を展開したほとんど唯一の記述として貴重である。 【年代】享保(一七一六〜三六)頃刊。 刊行者不明。 【分類】女子用。 【概要】異称『長文』『三条西殿御息女えの文』『烏丸帖』ほか。 大本二巻二冊。 上巻のみ存し、全文(前文と一〇カ条の教訓文)のうち第四条の大部分を載せるので、第四条末尾以降が下巻収録と思われる。 本文を大字・五行・所々付訓で記す。 上巻頭書には、「女子そだて鑑」「女ことはつかひ」「立居ふうぞく」「かみけしやう」、その他躾方作法全般の記事を載せる。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】江革・仲由を入れる点で、『日記故事』系統の『二十四孝』の一つと見られる。 各丁表の上段に添えられた挿絵の図様には多分に中国刊本を模した観がある。 一丁に一話を配し、和訳風の本文の後に、それと同程度の分量で記される評論が本書の際立った特徴である。 「武家の代には旗本の歴々に同じ」(朱寿昌)などの論には、著者熊沢蕃山の立場がわずかにうかがえる。 【年代】江戸後期刊か。 【分類】教訓科。 【概要】異称『幼童覚草』『おほへ艸』。 横本一冊。 幼児に孝道を諭すために各丁の表に二十四孝の事跡を掲げ、その裏に孝子像を描いた往来。 玉川大本に僅かに残った題簽から、原題は『二十四孝』と思われる(柱『廿四孝』)。 本文を小字・一六行・所々付訓で記す。 巻頭に寺子屋学習風景を描き、小杉氏の寺子屋規則たる「幼童覚草」九カ条を掲げるが、その末尾に「右は毎月六の日講釈に呉々申上候あらかじめをしるす…」とあるため、月三回この規則を教諭(これを「前訓」と称した)する定めであったが、跋文によれば、前訓のたびに本書一丁分を配布し、二四回で本書一冊を与えたとするから、石門心学における『前訓』の講義方法を寺子屋教育に導入したものであろう。 【年代】天保一五年(一八四四)刊。 [江戸]和泉屋市兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 表紙は孟宗を描いた多色刷り。 序は、郭巨・孟宗・呉猛・董永・王祥などの行為が「各其理論にあたらず妄説を称するに似た」ものであると批判しながら、「事の虚実は暫措きて孝子の名千載の美談となること羨むべし」と締め括っている。 半丁あるいは一丁に一話を配すが、英泉独特の人物画を中心として、その余白に半丁あたり二〇行ほどに本文を細かく添えた絵本である。 江革・仲由を入れる点で、近世後期に流布した『日記故事』系統の『二十四孝』を受けるものであるが、「ふるくより伝へ来るものなれば」として、張孝張礼・田真田広田慶の二話を追加し二十六話としている。 巻末の「『東見記』に載るところ、毛利拙斎の『廿四章孝行録』、『廿四孝評』、松会(「まつゑ」と読み仮名を付すのは重要)板の『廿四孝諺解』、其他板行の物数多あれば…」という跋文的な文章は、『二十四孝』の享受を考えるうえで貴重である。 【年代】安永五年(一七七六)刊。 [仙台]本屋治右衛門ほか板。 また別に[仙台]伊勢屋板(安永八年板)あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈大字絵抄〉弐十四孝』『〈新板絵抄〉二十四孝』『〈新板絵抄〉二十四孝集』。 大本一冊。 いわゆる「二十四孝」を題材にした絵入りの往来。 大舜以下の孝子について半丁に一人ずつ事跡を綴った五言四句の漢詩文を大字・五行大・付訓で記し、続いて、やや小字・一〇行・付訓の解説を付し、さらに上段に挿絵を置く。 『二十四孝』は、江戸初期より頗る多く出版されたが、本書は往来物の体裁を備えた仙台板の例で、巻頭に「孝の始」「孝の終」の記事を掲げる。 【年代】天和二年(一六八二)刊。 [江戸]万屋庄兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『頭書二十四孝』。 大本一冊。 慶長〜寛永(一五九六〜一六四四)期の嵯峨本『二十四孝』を踏まえた多種の『二十四孝』が流行したが、本書はその系統の本文を引きながらも、新たな趣向として五言賛の字句に詳細な注釈を加え頭書に仕立てたもの。 一丁に一話を配し、各丁の表は上段に挿絵、中段に語注、下段に本文、裏は上段に語注、下段に本文の変則的な体裁をなす。 本文をやや小字・一〇行・所々付訓で記し、割注を随時挿入する。 江戸板の『二十四孝』としては明暦二年(一六五六)・松会市郎兵衛板に次ぐ。 【年代】寛文五年(一六六五)刊。 [京都]婦屋仁兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈絵入〉二十四孝抄』『二十四章孝行録抄』。 大本二巻合一冊。 江戸初期の代表的な絵入り『二十四孝』の一つ。 上巻に「大舜」以下一二名、下巻に「朱寿昌」以下一二名を載せ、それぞれ、まず数行の仮名文で事跡を略述し、さらに短い漢文(訓点付き)に詳しい邦訳を添えて理解を深め、最後に「詩曰」で始まる五言賛で締め括ったうえで半丁分の挿絵を置く。 本文(注釈文)をやや小字・一二行・付訓で記す(漢文および五言賛は大字・付訓)。 上下巻それぞれに目録を付すが、「第一、大舜の孝に感じて、象・鳥耕作をたすくる事」のように、行状の概要まで紹介するのが特色。 なお、編者識語には「毛利氏拙斎、於六条僑居、応愚婦・童蒙之需記畢。 時二十四歳」とある。 草加崑山(定環・修文・和助・宇右衛門)編。 浦川公佐画。 【年代】天保一三年(一八四二)刊。 [大阪]秋田屋太右衛門(宋栄堂)板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『二十四孝評註』。 中本一冊。 江革・仲由を入れる『日記故事』系統の『二十四孝』に、「張孝・張礼」「田真・田広・田慶」の二話を追加した二六話を収める。 江戸中期刊『二十四孝』(熊沢蕃山作か)から各話後半の評を除き、さらに和刻版風の挿絵を当世風に改めたもの。 「附言」に、「近世刊行する所、二十四孝の画伝・註解等書数多ありといへども、いづれも仲由・江革の二孝子を除き、易ふるに田氏・張氏の両氏孝をもつてす」とあるのは、天保一三年時点での状況ではなく、熊沢了介が本書を著した江戸前期における『二十四孝』流布の状況を示すものであろう。 「張孝・張礼」の後に、「廿四孝評」として長文の孝論を展開する。 「平人凡情の及ばむ処にあらず」「後学の人は大舜を師とすべし」「後の人の手本にはなりがたき事也」「その志は愛すべし。 其事は学びがたし」「是非を論じがたし」などと、大舜以下それぞれの孝子について評論する。 本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。 なお、見返に「備前、熊沢了介編撰」と記すものと、「備前、草加定環編撰」と記すものの二様あるが、蕃山の著作を定環(蕃山の外孫)が編集したことを物語る。 【年代】江戸後期刊。 [江戸]森屋治兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『二十四孝』。 中本一冊。 江戸後期の絵入り『二十四孝』の一つ。 半丁に一人ずつ二四人の小伝と挿絵を載せ、欄外上部に五言四句の賛を置いた往来。 【年代】天明八年(一七八八)刊。 [大阪]池永太郎吉(寧倹堂・豹・秦良・南山道人・豹山逸人)ほか板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『画本廿四孝』。 半紙本一冊。 『二十四孝』の絵抄本。 本書見返によれば「初に四言の標題を大書し、素読して勧孝の助とし、次に其図を画き、孝子の徳行をあらはし、百行の始たる教訓を示す」とある。 四言標題を楷書・大字・五行・無訓、孝子小伝を行書・小字・一二行・付訓で記す。 本書は天明八年初刊と考えられるが、寛政元年(一七八九)に再刊された後、寛政四年に『画本廿四孝』と改題された。 静斎英一(小林市太郎・英一・山下園)画。 【年代】江戸後期刊。 [江戸]菊屋幸三郎板。 また別に[江戸]三河屋善兵衛板あり。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 虞舜から黄庭堅までの二四人の孝子を紹介した絵本。 見開き二頁に孝子を描き、孝行の様子を簡潔に記した小伝を上方または下方の余白に置いたもの。 『講釈』と称するが、逐語的な注釈書ではない。 【年代】貞享三年(一六八六)刊。 [大阪]三郎兵衛(本屋三郎兵衛か)ほか板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈新板絵鈔〉二十四孝諺解』。 大本または半紙本一冊。 大本の貞享三年板(江戸・平野屋清三郎、大阪・三郎兵衛板)のほかにその覆刻板、あるいは半紙本の元禄四年(一六九一)板(江戸・山口屋権兵衛板)など数種の板種がある。 二十四話の孝子は、近世前期に流行した嵯峨本系統の人物をとるが、本文は異なる。 各話本文の末尾に五言賛を置き、さらに賛の注釈を続ける。 ただし、「隊々とは、象がむらがり田をかへすを云也。 一丁に一話を配し、各丁表下段に大きく挿絵を添える。 貞享三年板(大本)は、本文をやや小字・概ね一四行・付訓で記す。 葛飾戴斗(戴斗二世・近藤文雄・伴右衛門・斗円楼北泉)画。 【年代】文化一五年(一八一八)序。 文政五年(一八二二)刊。 [大阪]河内屋嘉助ほか板。 また別に[大阪]河内屋源七郎ほか板(後印)あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『廿四孝図会』『絵本二十四孝』。 半紙本一冊。 『二十四孝』(大舜〜山谷の二四人)の略伝に戴斗(北斎門人)挿絵を添えた絵本。 巻頭に編者の題言「至孝充和漢倍耀、芳名伝千載愈芬」を置いた扉絵を掲げ、以下、孝子を見開き挿絵で大きく描き、その上欄または左側に、まず人物名と五言四句の頌詩を掲げ、続いて孝子の事跡を和文で紹介する。 歌川広重二世(歌川重宣・安藤広重・立斎広重・一立斎・立祥)画。 【年代】嘉永二年(一八四九)序・刊。 [江戸]藤岡屋慶治郎板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 中国の『二十四孝』にならって日本の二四人の孝子(仁徳天皇・養老孝子・丈部(はせべ)三子・樵夫(きこり)喜十郎・矢田部黒麿・藤原衛(やかもり)・波白采女(はじのうねめ)・紀夏井(きのなつい)・小野篁・丹生弘吉(にぶのひろよし)・大江挙周(たかちか)等)の小伝と挿絵を集めた絵本。 各丁とも上三分の一を小伝にあて、下三分の二を挿絵とする。 なお、本書後半部の抄録本『〈嘉永新刊〉二十四孝』も同時期に刊行されている。 【年代】江戸後期刊。 [大阪]勝尾屋六兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『廿四孝絵抄』。 半紙本一冊。 本文や挿絵の図柄は、近世前期に流行した明暦二年(一六五六)松会板『二十四孝』の稚拙な模倣という印象を持つが、江革・仲由を入れる点で、近世後期に流布した『日記故事』系統『二十四孝』の性格を有することは明らかである。 扉に「鳩ニ三枝ノ礼有リ、烏ニ反哺ノ孝有リ」の文と口絵、末尾刊記の前に、「今ノ孝ハ是能ク養フコトヲ謂ヘリ…」などの『論語』等より抜粋した孝論を添える。 小山知常(智常軒)跋。 【年代】宝永七年(一七一〇)跋。 寛政二年(一七九〇)刊。 [京都]吉田屋新兵衛(文徽堂・山田新兵衛)板(文化一〇年(一八一三)求板)。

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加賀みはやと 前世

栗田大三郎(泰)書。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [岡崎]伊藤文造(本屋文造・環翠堂)板。 【分類】歴史科。 【概要】異称『小崎吉郎著内国千字文』。 半紙本一冊。 「大日本国、温故稽古、開闢元始、天御中主…」で始まる『千字文』形式の文章で、『古事記』『日本書紀』に見られる日本開闢以来の神話から文明開化の著しい近代までの日本歴史を略述したもの。 神武天皇以下の歴史上の主要人物や主要事件について政治史中心に述べ、所々文化面の記述にも及ぶ。 特に「我尾州産…」と信長・秀吉を贔屓した文言も見える。 末尾では王政復古後の日本について「電機瞬息、蒸船飛丸、貿易昌盛…」と讃える。 本文を楷書・大字・五行・無訓で記す。 【年代】明治五年(一八七二)書・刊。 [大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『改正国尽』。 半紙本一冊。 『大日本国尽』と同様の往来。 明治初年における畿内八道八五カ国の国名を楷書・大字・二行(一行三字)・無訓で綴る。 塩津貫一郎校。 【年代】明治九年(一八七六)刊。 [京都]若林喜助(春風堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈学校必用〉内国里程問答〈附、内国環海里程問答・外国里程問答〉』。 半紙本一冊。 問「京都府ヨリ東京府マデハ幾許里程ナルヤ」、答「百二十八里八丁四十四間ナリ」のように一問一答形式で、日本国内や世界各国との距離を示した教科書。 前半部の大半が京都府から各府県までの距離についてで、後半に東京〜大阪など海路上の距離を示す「環海里程」、日本の国土の面積や周廻(一周の距離)に関する「内国幅員」、海外主要都市との距離やその面積に関する「外国里程」「外国幅員」等の記事を載せる。 本文を楷書・小字・一〇行・無訓で記す。 【年代】明治一〇年(一八七七)刊。 [京都]田中治兵衛ほか板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈学校必用〉内国里程問答』。 半紙本一冊。 明治九年板の改訂版だが著者を異にする。 本文もほとんど同様(一部簡略化)で、問「京都府ヨリ武蔵国東京府マデハ幾許里程アルヤ」、答「百二十八里余ナリ」で始まる一問一答形式になっている。 本文をやや小字・八行・無訓で記す。 末尾に東京〜大阪など海路上の距離を示す「環海里程」と、東京から海外主要都市までの距離を問答にした「外国里程」を載せる。 【年代】承応三年(一六五四)刊。 [京都]中村五郎右衛門板。 【分類】歴史科。 【概要】大本一冊。 慶長五年(一六〇〇)四月一四日の日付で、直江兼続(重光・鉤斎)が徳川家康に宛てて上杉景勝のために気を吐いた長文の手紙を装った往来。 全編一五カ条(一七カ条の異本あり)にわたって綴り、徳川を恐れず上杉家の立場を堂々と主張するのが特徴。 家康の命を受けた豊光寺承兌と直江兼続との間で交わされた書状に仮託して書かれ、景勝の上洛の困難なこと、逆意のないこと、家康が讒者・堀直政等の言を用いるべきでないことなどを記す。 後代の成立ながら『会津陣物語』(『改定史籍集覧』第一四冊別記類所収)には往信・返信ともに載せられ、前後の事情も詳しい。 現代の史家はもとより本状を偽書とするが、江戸時代にはこれを本物と信じて珍重する人々もおり、本書は往来物とは別に、尚古趣味の人々の間で広まったようである。 なお、承応三年板は本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】寛政三年(一七九一)書・刊。 [江戸]花屋久治郎板。 【分類】女子用。 【概要】大本一冊。 四季に伴う女子消息文を集めた陰刻手本。 全一八通のうち前半一三通が四季の風景を綴った例文で、各月一通ずつ(四月のみ二通)を掲げる。 また、末尾五通は訪問客に対する礼状や湯治見舞いなど諸用件の手紙である。 本文を大字・四行・無訓で記す。 穀川敦(柳門)跋。 【年代】寛政三年(一七九一)跋・刊。 [江戸]大和田安右衛門板。 【分類】消息科。 【概要】異称『改春帖』。 大本一冊。 「改春之御慶不可有尽期御座候…」で始まる新年祝儀状以下一七通を収録した長雄流手本。 武家上層に宛てた各種披露状や、知人へ宛てた「初雛祭祝儀状」「端午節句祝儀礼状」「土用見舞状」など武家生活の公私にわたる書状を大字・四行・無訓で記す。 佐藤対雲校。 【年代】延享三年(一七四六)書。 明和二年(一七六五)刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】女子用。 【概要】大本一冊。 内容はいずれも大同小異で全編一通の仮名消息文中に一〇〜一一カ条の新婦の心得を綴ったもので、本書の場合、『仮名教訓』の第一条「慈悲の心」〜第一〇条「他人からの贈り物などの心得」の一〇カ条のうち、第四条「夫に対する心懸け」を前後で二カ条に分けたため、合計一一カ条となった。 本文を大字・四行・無訓で綴る。 高橋信美跋。 【年代】明和四年(一七六七)跋・刊。 [江戸]奥村嘉七ほか板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 本文を大字・三〜五行・無訓で記す。 『三十六歌仙』末尾に独立した形の刊記「右学両子之風儀、為童蒙之便令板行者也。 高橋信美。 明和四亥年正月」があり、一見単行版の寄せ集めのように見えるが、通しの丁付があるから、当初からの体裁であろう。 羽富信(近義)序。 【年代】寛政一〇・一一年(一七九八・九九)書。 寛政一一年序・刊。 [京都]蓍屋宗八ほか板。 【分類】地理科。 【概要】異称『皇都町尽』。 大本一冊。 前半に寛政一〇年六月、耕元筆の「京町尽(皇都町尽)」、後半に寛政一一年三月、数楽耕想筆の「国尽」を収録した長雄流手本。 いずれも本文を大字・三行・無訓で記す。 羽島耕章・山岡耕英跋。 【年代】寛政七年(一七九五)書・刊。 [江戸]花屋久治郎(花屋久次郎)板。 【分類】教訓科。 【概要】大本一冊。 孝行の大意を綴った長雄流手本。 「父母孝行の事かならす金銀・衣食にてのみなすものにあらす…」と冒頭に述べ、孝行の道は志の信実が第一義であり、自らに出来る孝行を心を込めてし、己の身を正しくし親を喜ばせることが大切であると説き、これらを重視して、次に食事・衣類・金銀等はできる範囲で親に与えよと諭す。 本文を大字・三行・無訓で記す。 長雄耕雲書。 【年代】安永七年(一七七八)跋・刊。 [江戸]奥村嘉七ほか板。 また別に[江戸]前川六左衛門板あり。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉幸文帖』。 大本一冊。 公務に関する例文も含まれるが、主に士庶日用の手紙文を主とする例文を書した大字・四行・無訓の長雄流手本。 【年代】天明四年(一七八四)刊。 [名古屋]藤屋吉兵衛(富梁堂・沢吉兵衛)板。 【分類】消息科・地理科。 【概要】異称『〈長雄〉児訓帖〈并〉都往来』。 大本一冊。 前半に四季消息など九通を収め、後半に「都之事を御尋遊し候…」で始まる『都往来』を収録した長雄流の陰刻手本。 本文を大字・三行・無訓で記す。 船田耕山校。 【年代】延享三年(一七四六)書。 宝暦七年(一七五七)刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 主として武家向けの消息例文を綴った長雄流の陰刻手本。 本文を大字・三〜四行・無訓で記す。 延享三年一一月書の前半部と同七月書の後半部に分かれる。 前半部には、「参府の日時についての指示を仰ぐ披露文」や「ある茶会に参加した際の模様を伝える文」、新年状(披露文)とその返状の四通と漢詩文・和歌各一首を、また、後半部には暑中見舞状(披露文)、「献上品に対する礼状」「京都役拝命ならびに拝領品の御礼と京都到着の報告を記した手紙」など八通と詩歌二編を載せる。 【年代】寛保二年(一七四二)書。 明和六年(一七六九)刊。 [江戸]竹川藤兵衛ほか板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 暑中見舞い(披露状)以下、武家公私にわたる書状一三通を収録した長雄流手本。 将軍からの拝領に対する礼状や挨拶状、男子誕生祝儀状、京都出向拝命状などの公用文が中心で、若干の日用書状を含む。 いずれも大字・四行・無訓で記す。 中邑東章(慶備)跋。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋。 [江戸]西村宗七板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 次項と似た手本だが別内容。 武家公用向き書状(多くが披露状)を主とする合計三一通を認めた長雄流手本(陽刻)。 新年祝儀の披露状から始まり、長崎異国船の状況報告、寺社御役拝領・寺領拝領・参勤交代・朝鮮通信使来聘・院中様行幸警護役等の公務に伴う書状等を収録する。 途中文字の大きさや書体を変化させながら、大字・五〜六行・無訓で記す。 次項の同名異本とはほとんど年代差がないため、享和元年(一八〇一)求板は、本書の大幅改訂を示すものであろうか。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋。 享和元年(一八〇一)刊(求板)。 [江戸]前川六左衛門ほか板。 【分類】消息科。 【概要】横本一冊。 一般の書状と仮名文から成る長雄流陰刻手本の一つ。 前項の寛政九年板と類似する例文を含むが、全くの異本。 前半は、公方・大納言への挨拶ならびに白蜜献上の披露文から始まる一三通で、武家公私の書状を大字・六行・無訓で綴る。 また、後半は散らし書き消息七通で、「人を立て、人に随うこと」について感想を述べたものや、季節の手紙などから成る。 船田耕山の作品は宝暦(一七五一〜六三)頃に集中しているため、初刊はその頃であろう。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】消息科。 【概要】枡形に近い大本一冊。 武家公用文から日常私用文までを集めた長雄流手本。 朝鮮出向者が任地での状況を報告する書状から納涼の会の案内に対する返事までの一六通と、四月〜七月頃の時候の仮名文三通の合計一九通を収録する。 本文を概ね大字・四行・無訓で記す。 なお、学芸大本は桝形本風に綴じられているが、この種の手本では極めて異例であり、原装のままか疑問がある。 【年代】延享三年(一七四六)書。 明和八年(一七七一)刊。 [江戸]奥村喜兵衛(太保堂)板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈長雄〉諸産往来』。 大本一冊。 すなわち、「誠時々節御祝儀連綿而無断絶候…」から「…武蔵野者名耳残而、有明之月も従家出而入家歟」までを大字・四行・無訓で記したもの。 【年代】明和七年(一七七〇)刊。 [江戸]山崎金兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 消息例文と詩歌を認めた長雄流の陰刻手本。 「新年祝儀状・同返状」「着府につき御目見の礼状」「漬物の礼状」「拝領の屋敷へ転居の通知と礼状」など武家公私の書簡一二通を収録する。 本文を大字・三行・無訓で記す。 末尾に『和漢朗詠集』から抜粋した四季の詩歌八編を散らし書きあるいは並べ書きで綴る。 東楽(法道)跋。 【年代】寛政一〇年(一七九九)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 消息文例一四通と証文手形五通を収めた手本ならびに用文章。 収録する消息文例は、「祭礼に付き客招く文」「師匠へ頼み遣す文」「旅行より帰宿知らせの文」「金談借用頼み遣す手紙」「出世に付き悦び状」など、日常の雑事に関する手紙ばかりである。 また「証文手形」として「金子借用証文」「金子預り手形」「為替手形」など五通を載せる。 本文を大字・四行(証文類は五行)・無訓で記す。 川田東州跋。 【年代】寛政三年(一七九一)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】異称『長雄春日詣・紀の路』。 大本一冊。 長雄東雲の門下である一五歳の少女・川田東州の求めに応じて東雲が書き与えた手本を上梓した陰刻手本。 前半に『竜田詣』、後半に『紀の路』を収録する。 奈良・春日大社、興福寺、東大寺から立田山、法隆寺、三輪山、多武峯、吉野山、笠城山、金剛山、当麻寺から天王寺、亀井の水、雲竜堂を回り、大坂城下に一泊し、さらに八幡宮、神宮寺、女郎花の塚、山崎宝寺、水無瀬川へ到るコースで綴る。 本文を大字・四行・無訓で記す。 なお、寛政三年五月の跋文に「川田氏の女十五歳、東州謹書」と記す。 【年代】天明八年(一七八八)書・刊。 [江戸]大和田安右衛門板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 新年祝儀状と季節折々の見舞状・贈答状、寒中見舞披露状など一五通の書状と、「奉公人請状之事」「年季奉公人請状之事」「売渡申建家証文之事」の三通の証文文例を収録する。 大字・四行(証文類五行)・付訓で記す(長雄流手本での付訓は稀)。 現存本は題簽を欠き、柱に「俗」とある。 よって、『江戸出版書目』によって標記書名を推定。 東楽(法道)跋。 【年代】寛政一〇年(一七九九)書。 文化元年(一八〇四)刊。 [江戸]西村屋与八板。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉通俗文章〈并証文類・平仮名附〉』『通俗文章』。 大本一冊。 具体的には四季時候の手紙と婚礼祝儀状を増補し、全体で三〇通を収録する。 本文を大字・四〜五行・付訓で記す。 増補された証文類は「上方より荷物送り状」「奉公人請状」「家屋舗売渡し証文」の三通で合計八通収録。 各書状に「い・ろ・は…」の丸付き文字を添え、検索の便を図ったほか主要な語句に読み仮名を付すなどの改訂を施した。 【年代】寛政一二年(一八〇〇)書。 [江戸]大和田忠助ほか板。 また別に[江戸]西村屋与八板(文化元年(一八〇四)板)あり。 【分類】消息科。 【概要】異称『〈長雄〉増補通俗文章』。 大本一冊。 「貴人え上る年頭状」から「貴人え目見拝領礼状」までの消息文四九通と「店請状」から「道具売渡手形」までの証文類五通を収録した長雄流手本。 四季・五節句・吉凶事に伴う例文を集める。 本文を大字・四〜五行・ほとんど付訓で記す。 末尾に「書状上中下振合」「結納目録書」を載せる。 池上柳長跋。 【年代】明和三年(一七六六)書。 明和四年刊。 [江戸]西村源六板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 「長崎貿易品の文徴明直筆の軸物の鑑定を依頼する手紙」を始め、飛鳥山花見、時鳥(ほととぎす)の初音、別荘新築、暮秋の旅行、学問始め、菊の節句、仙台旅行など一四通の消息文と詩歌八編を綴った手本。 本文を大字・三〜四行・無訓で記す。 【年代】明和五年(一七六八)書・刊。 [江戸]奥村喜兵衛板。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 四季消息文を綴った長雄流の陰刻手本。 冒頭四通が耕雲書、第五状以下が対雲の書で、概ね大字・三行(ごく一部四行)・無訓で記す。 春雨の季節の手紙から『源氏物語』に関する文(散らし書き仮名文)までの二〇通を収録する。 季節の風景・節句・行事にちなんだ手紙や四季贈答の手紙が主である。 収録順序を変えて耕雲筆の前に対雲筆を置く版もある。 【年代】寛政一〇年(一七九九)序・書。 寛政一一年書・刊。 [京都]蓍屋宗八ほか板。 【分類】社会科。 【概要】異称『長雄花尽文章〈并諸札唐詩歌仙〉』。 大本一冊か。 寛政一〇・一一年に東雲・耕惣の二名が認めた長雄流手本。 「まづ初春は東雲に、わらふ恵顔の福寿草、咲そめしより久方の、月のかつ楽の色さへて、匂ひも深き紅梅の、さぞや椿もおりをたがへず…」のような七五調の文章で四季折々を代表する草花を列記した往来。 末尾を「めでたくかしく」と女文風に結ぶ。 続けて、その返状風に認めた女文一通と和歌一首を載せるが、ここまでが東雲の書。 また、後半に「御鷹之鶴拝領」の礼状(披露状)以下三通の準漢文体書簡と詩歌六編を掲げる。 原本未見だが、大字・無訓の手本であろう。 大浦重平(東栄)跋。 【年代】寛政九年(一七九七)書・跋・刊。 [江戸]大和田安兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】異称『都登』。 大本一冊。 「都登」「近江八景和歌」「諸国(国尽)・外国」から成る長雄流の陰刻手本。 「都登」は、「寔に四つの海静に戸さゝぬ御代の尓此時、我と同心のともから一両輩相催し、皇都一見いたし度候…」と書き始め、品川から京都までの東海道の宿駅を「五十次に余る長の旅、所躰つくろふ品川や、川崎越てよき神奈川の、急く程谷戸塚はと…」のような七五調の文章で綴った往来。 また「近江八景和歌」は、「思ふそのあかつきちきるはしめそと、まつきく三井の入あひのかね」(三井晩鐘)以下の和歌を散らし書きにしたもの。 「諸国・外国」は、「日本国尽」と「唐土・新羅・百済…」から「…朝鮮・韃靼・阿蘭陀」までの諸外国名を列記したもの。 いずれも大字・四行・無訓で綴る。 【年代】江戸後期書か。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈肥前〉長崎往来』。 「夫、聖朝之慕威徳、求交易異邦之商舶、似合符渡海御免之国々…」と筆を起こして長崎貿易とそれに携わる貿易商人の心得などを綴った往来。 日本との交易が許された国々(南京から阿蘭陀までの国名と都市名をあげる)と渡航可能な商船の数、糸割符貿易と五カ所商人、入港時の諸役人による厳重な検査のあらまし、船荷や代金のやり取り、大坂への輸送と大坂市場における売りさばきの様子などを述べ、最後に、貿易商の心得として算用、売買、顧客との密着、正直、五常などを説く。 【年代】江戸後期書か。 【分類】地理科。 【概要】信濃国伊那郡中沢村(長野県駒ヶ根市)の四季の名勝・古跡・寺社の風趣・縁起等を記した長文の往来。 「穴山丸塚落雁」「菅沼大沼蛍」「新宮古城松風」「新川岸帰帆」「善法寺晩鐘」「永見山雉子」「蔵沢寺桜」「中山炭竈」「高畑桃」「戸倉雨乞」「長者月」「経塚夜雨」「桃源山茶花」「八方紅葉」「岩壁鹿」「筥原祭」「塩田千鳥」「高烏谷神事」の一八景(中沢十八景)毎に、「秋津洲の、御代ゆたかなる年波も、自然の大三十日有我の関、有情無情の福寿海、百八鐘に除夜無量…」のような七五調の文章でその景観などを述べ、各風景の和歌・発句若干を列挙しながら、しばしば挿絵を交えて綴る。 【年代】万治(一六五八〜六一)以前作。 【分類】語彙科。 【概要】異称『名頭字』『名頭字尽』。 刊本の典型的な判型は中本一冊。 俗称の頭字に用いる漢字を列挙した往来。 近世刊本では、万治二年(一六五九)刊『童訓集』所収の「名頭」が最初で、「勘・甚・喜・平・勝・久・茂・伝…」以下三〇字を列挙する。 しかし、近世後期の流布本(単行刊本)はほとんど例外なく「源・平・藤・橘…」で始まり「…殿・様」等で終わるもので、収録漢字・字数ともに諸本によってかなりの異同がある(一〇〇〜三〇〇字程度)。 江戸中期以後は、用文章や合本科往来など幾多の往来に付録記事として収録されたほか、江戸中・後期には「国尽」と合綴した単行本が『名頭字・国尽』『〈両点〉名頭字尽し・国尽し郡附』『名がしら字・国づくし』『名頭字尽』『名頭国尽』『〈増補〉名頭国づくし』等の書名で数多く出版された。 本文は一般に大字・四〜六行・付訓で記されることが多い。 深沢菱潭(巻菱潭)書。 【年代】明治一四年(一八八一)刊。 [東京]江島金太郎蔵板。 浜島精三郎売出(明治三〇年板)。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈明治新刻〉名頭字尽』『改正名頭字尽』。 半紙本一冊。 「名頭字尽」「日本国尽」「府県名」から成る手本。 「名頭字尽」は、近世流布本とはほとんど異なり、「源・平・藤・橘・伊・市・一・逸…」で始まり「…菅・杉・助・介・右衛門・左衛門・兵衛」で終わるように、冒頭・文末のみは近世流布本に習うが、残りは全てほぼイロハ順(随時類語などを挿入するためかなり乱れている)に配列したもの。 楷書・大字・三行・無訓の手本用に記す。 後半の「日本国尽」「府県名」も同様だが、楷書と行書を織り交ぜる。 巻末に、「名頭字尽」の付訓本文(小字・一〇行・付訓)を再録する。 【年代】江戸後期刊。 [金沢]塩屋与三兵衛板。 また別に[江戸]和泉屋市兵衛板あり。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 「名頭字」「仮名遣」「南膽部州大日本国尽(大日本国尽)」「偏冠尽」から成る往来。 本文を大字・六〜七行・付訓で記す。 全四丁の小冊子ながら、柱には上下の区別をしており、上巻に「名頭字」の大半、下巻にその残りを収録する。 また、末尾の「大日本国尽」等は一枚刷りとして使われた形跡がある。 【年代】明治一六年(一八八三)刊。 [東京]萩原新七板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 「名頭」「大日本国尽」から成る往来で、両者とも半丁に大字・三行で記す。 前者の「名頭」は近世期以来の流布本の改編版で大部分が名前に関する漢字の羅列であるが、一部「善政・治国・安民…」といった無縁の熟語も含む。 吉田桂之助編。 漲雲書。 【年代】明治二六年(一八九三)刊。 [東京]吉田桂之助板。 【分類】産業科。 【概要】中本一冊。 先に単行本として刊行された二書を後に合本したものであろう。 【年代】文化九年(一八一二)再刊。 [江戸]北島長四郎ほか板。 また別に[江戸]三田屋喜八(栄川堂)板(後印)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈増補新撰〉名頭字国尽〈頭書両点書状上中下認方附〉』『増補名頭字尽』。 大本一冊。 「増補名頭字尽(名頭)」「南膽部州大日本国尽(国尽)」を合綴した往来。 「名頭」は「源・平・藤・橘・長・久・幸・善…」で始まる本文を大字・五行・無訓で綴り、頭書に両点付きの本文を再録する。 末尾に「十幹十二支」を挿んだ後、五畿七道毎の国名(州名)を五行・無訓で記した「国尽」と「月の異名」を掲げる。 また、「国尽」以降の頭書に「書札認の高下」「書状書留高下」「諸礼・諸飾り」等の記事を載せる。 なお、本書後印本では「国尽」に続けて「百官名尽」と「東百官」の合計七丁が増補された(増補部分の頭書は「包物折形図」「諸品数量字尽」「人の名づくし」「五性相性書判」「本朝年号用字」)。 【年代】江戸中期刊。 [江戸]鱗形屋孫兵衛板。 また別に[江戸]吉田屋小吉板(文政二年(一八一九)板)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈苗字名頭偏竭〉国尽〈仮名判形干支〉』。 中本一冊。 「名頭字」「日本国名尽」「人倫身躰文字尽」の三編を収録した往来。 このうち「人倫身躰文字尽」は頭部から足までの身体各部の名称と関連語を集めたもので、「天窓(あたま)・頭・首・項(うなじ)・頸(くび)」以下約二四〇語を収める。 本文は概ね大字・六行・付訓で記す。 頭書に「偏冠構字尽」「苗字尽」「四体伊呂波」「初心仮名遣」「十干十二支」を載せる。 なお、本書末尾の「人倫身躰文字尽」を「初心仮名遣」に代えた異本(原題不明。 晋米斎玉粒書)が文政二年に刊行されている。 【年代】明治四年(一八七一)刊。 [東京]椀屋喜兵衛(万笈閣)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『英学名頭字(EIHGAKU NAHGASHIRA JI)』。 中本一冊。 巻頭にアルファベットローマン体・イタリック体(それぞれ大文字・小文字の二様)一覧を掲げ、『名頭字尽』を例えば「源・HGEN・hgen(ローマン体・イタリック体)、平・PEE・Pee(同)…」のように一字四体、一行二字ずつ列記する。 巻末の「松園橋爪先生編輯目録」によれば、同様の入門書として仏語(字)・独語(字)の『名頭』も刊行された。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [東京]本屋利助(腥林堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】半紙本一冊。 「名頭」や「国尽」などを収録した大字・三行・付訓の手本。 「名頭」は、「源・平・藤・橘…」から「…殿(三体)・様(四体)」までの合計三一〇字から成る。 続いて「人倫」「五方」「五色」「五行」「四民」「十幹」までの語彙を載せ、さらに日本国名を列挙した「大日本国名尽」や、五大州毎に主要諸国名(漢字表記)を列挙した「世界国尽」を合綴する。 【年代】嘉永四年(一八五一)。 [江戸]三上榊舎蔵板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『童子教訓名頭字尽』『教訓名頭字尽』。 大本一冊。 『名頭字尽』の文頭・文末は似通っているものの全くの別内容で、童蒙学習用に「一〜十」の数字と「百〜京」の単位を文章中に点在させながら神国日本を讃える内容になっている。 本文は行書・楷書の二様(文言はかなり異なる)を大字・六行・稀に付訓(左訓)で記す。 末尾に、日本の先賢や「左衛門・右衛門・兵衛・太郎・次郎」等の称号を紹介しながら氏姓の略史を紹介した「名頭字尽略註」を付す。 【年代】安政六年(一八五九)書・刊。 [江戸]山崎屋清七(山静堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈御家〉名頭〈并〉国尽』。 大本一冊。 「名頭字」と「国尽」を大字・三行・無訓で記した手本。 「名頭字」は「源・平・藤・橘・新・清・弥・文…」以下一九八字を掲げる。 また、末尾「…殿(四体)・様(四体)」に続けて、「太夫、主人、旦那、家来、親子、兄弟、伯父、叔母…」以下の人倫名と、五方・五色・五味・五行・四民・十幹までの単語を列挙する。 さらに後半に、五畿七道別の国名を列記した「国尽」を付す。 【年代】安政三年(一八五六)刊。 [江戸]江戸屋庄兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】大本一冊。 「名頭」「大日本国尽」「都路往来」の三編を大字・四行・付訓で綴った手本。 「名頭」は、「源・平・藤・橘・弥・新・清・又…」から「…左衛門・右衛門・兵衛・大夫・様(四体)・殿(四体)」までの一九八字から成り、末尾に「十二支」を付す。 花笠外史序。 【年代】天保一二年(一八四一)序・刊。 [江戸]和泉屋市兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈源平名頭〉絵本武者部類』『源平名頭武者部類』。 枡形の折本一帖。 その漢字を含む人名、あるいは単漢字に象徴される人物などを各漢字につき一名ないし数名ずつ描く。 例えば冒頭の「源・平・藤・橘」の場合、「源」は清和源氏の祖である貞純(さだすみ)親王、「平」は桓武平氏の祖である葛原(かつらはら)親王、「藤」は藤原氏の祖である祖神天児家根ノ命(あまつこやねのみこと=天児屋命(あめのこやねのみこと))、「橘」は橘諸兄(たちばなのもろえ)を描くが、このような場合のほかに、「斧」は怪童丸、「力」は朝日奈、「雪」は北条時頼、「浪」は那須与市といった伝説からの連想によって描いた箇所もある。 人物画は大半が和漢の武人であるが、一部、公家や僧侶、女性なども含む。 【年代】文久(一八六〜六四)頃刊。 [江戸]糸屋庄兵衛板。 また別に[江戸]上州屋政次郎板、および[江戸]釜屋友次郎板あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『中山道往来』。 中本一冊。 江戸より京都に至る中山道六九次の駅名を七五調・美文体で詠みこんだ往来。 「都路はあづまの海のみちかへて、中山道を心ざし、六十路余りに九ッの、宿もにぎおふ板橋を、跡に見なして行先は、もへ出る春の蕨のさと、伝ふ浦和の駅過て、爰ぞむさしの一の宮…」で始まり、「…栄ゆく宿の大津とは、錦の花の九重に、登り着こそ目出度けれ」と結ぶ。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返に西行法師の和歌一首と木曽路風景図を掲げる。 見返に「他出するに方角のよしあし有る日の事」、頭書に日本橋から京までの道中記(里程・名所等の案内)を載せる(上州屋板)。 【年代】江戸後期書か。 【分類】教訓科。 【概要】特大本一冊。 「態与被馳専使御消息忝致拝見候。 疇昔御熟談仕候通、御嫡男靱負殿…」で始まる一通の書状形式で生活用語や日常語を列記した往来。 すなわち、岐阜在住の知人から紹介された、容姿端麗・柔和・孝行で慈悲深い娘との縁談話の設定で、和歌・書道・学問・髪結い・裁縫・紡績・機織・琴・三味線・舞踊・碁・将棋・料理・野菜・穀類・麺類・調味料・漬け物・菓子・装束・婚礼支度(調度・食器・日用品・衣装・装身具等)・信仰・暦占等に関する語彙を羅列し、最後に「御婚礼相済、初ての三日、新婦御覧御祝可被成候・恐惶謹言」と結ぶ。 本文を大字・三行・無訓で記す。 末尾に漢詩文数編を付す。 【年代】明和四年(一七六七)作。 江戸後期書か。 【分類】教訓科。 【概要】異称『媒の繰言』。 大本または特大本一冊。 上杉鷹山が一七歳で藩主になった際に領内に示した教訓。 胎内十月の母の苦しみや父母養育の恩、また、孝の重要性、孝の務め方、女子の孝、婦人の務めなどを長文の四カ条に説く。 末尾には「明和四年、御三之丸様御齢十六之時、御家督に立せ玉ふ御砌、御郡中へ御教化の書綴玉ひて御渡し被成下、難有御一巻ニ付、如在に致へからさる事」の一文を付す。 なお小泉本は本文を大字・四行・無訓で記した特大の筆写本で、後半に「隅田川往来」を合綴する。 【年代】嘉永元年(一八四八)書。 【分類】地理科。 【概要】謙堂文庫本は横本一冊(やや小字・一一行・無訓)。 一三種の往来物集である『仮名文章』中に合綴。 弘前城下から陸奥国南津軽郡山形村中野山(青森県黒石市辺)までの沿道の神社仏閣・名所旧跡の景趣・縁起等を記した往来。 「兼て申談候中野詣の事、いつころ思召立候半哉…」で始まる全一通の仮名文で、まず宝巌山法眼寺の由来および結構、明和三年(一七六六)の地震の被害など近年までの沿革を述べ、続いて、弘前城下〜山形村間での人々の往来の様子や牡丹平村・花牧(巻)村・温湯(ぬるゆ)温泉付近の名医・民家・茶店・山川草木・風俗、さらに坂の峠・黒森山・板留・薬師寺等の名所を順々に紹介する。 本文中、温湯温泉入口の揚屋を紹介した部分では、遊女の一度の誘惑から遊里通いに耽り、ついに「二ツなき鼻を落し、人前の交り成がたく、一生埋るゝ輩」の例を挙げて好色を戒めた戯文調の教訓文を添える。 【年代】文化一〇年(一八一三)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『長町往来』『道中往来』。 枡形本に近い半紙本一冊。 『道中歌往来』と同じ本文を大字・二行(一行二〜四字)・無訓で記す。 登宅某書。 【年代】文政五年(一八二二)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『名護屋往来』『奈護耶』。 文政五年・登宅氏写本(『奈護耶』)は半紙本一冊。 「抑名古屋の御城は、昔日慶長年中に治国太平の印に始て築き給ひけり…」で始まる一通の手紙文形式で、名古屋城周辺の寺社や名所・名物を綴った往来。 まず、名古屋城の歴史や威容を述べ、続いて明倫堂の教育や城下の諸職に触れ、さらに、天満宮・柳薬師・聖徳寺以下、多くの寺社や名所などの名称を列挙する。 名古屋稀書刊行会『名古屋往来』(文政九年写本)は、本文を小字・一〇行・付訓で記す。 なお、『国書総目録』に、文政四年写本『名古屋往来』(祖鏡作)を掲げるが未詳。 【年代】江戸後期書。 【分類】地理科。 【概要】特大本一冊。 「一、御城三之丸片端本町、京町、福井丁、富田丁、伝馬丁、玉屋町、鉄炮丁、広小路、中須賀丁、大久保見、末広町、門前丁、橘丁、大須…」と筆を起こして名古屋周辺の町名を列記した往来。 本文を大字・三行・無訓で記す。 また、本書の改訂版『名古屋町附(区分町尽概略)』は、「一小区、廓内。 二小区、塩町・小船・堀詰・江川・堀切・八坂・枇杷嶋…」と起筆して、明治初年の名古屋の町名を八小区毎に列記する。 【年代】天保七年(一八三六)書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 霊夢を得て那智権現への日帰り参詣を行った際の道程、名所旧跡、那智権現の景趣や由来などについて七五調で記した往来。 「唯契の娑婆か、世界の衆生、我無の中に在む限りはと、御霊夢ぞ、別而、今年は午のとし、はや暮春にも成しかは…」で始まる本文を大字・四行・無訓で記す。 夜明け方に出発し、新宮方面から宇久井口を経て那智権現に参詣し、夕景に家路につくまでの沿道の風景等を描く。 前半は「足を痛ば鳴屋が浜」などと修辞的に地名を導き連ねて山海の景を写し、後半は那智および周辺の堂宇を列挙してその荘厳さ述べる。 地域的に狭い範囲の記述であり、同地方で用いられた往来物であろう。 【年代】明治六年(一八七三)以降刊。 [大阪]大阪府学校蔵板。 書籍会社ほか売出。 【分類】語彙科。 前半「通称」は明治六年板に同じ。 「実名」は名前に用いる人名漢字を「一・了・士・之・久・仁・公・文・尹…」のように画数順に列記したもの。 いずれも楷書・大字・二行(一行三字)・無訓の手本用に記す。 刊記に「阪府学校蔵板」の朱印を押す。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [大阪]大阪府学務課蔵板。 書籍会社売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『通称』。 半紙本一冊。 通称に用いる人名漢字を楷書・大字・二行(一行三字)・無訓で記した手本。 「伊・猪・糸・市・岩・磯…」から「…鈴・捨・末・菅・助」までの二三〇字を音または訓のイロハ順に列記する。 【年代】天保一〇年(一八三九)書。 【分類】教訓科。 【概要】異称『缺徳利』。 大本一冊。 子どもの時に学問に怠り、悪事に終始していた者がついには罪人となるまでの顛末を述べて戒めとした教訓。 「世の中の、人の意(こころ)は花染の、移れば替る習とて、厥(その)色々の風俗を、親たる人も心して、教怠給ふなよ…」と七五調の文章で綴る。 子どもの頃から喧嘩ばかりしており、その上母親が穂待銭(へそくり)の中から小遣いを与えて子どもを甘やかし、段々悪智恵も付き、寺子屋へ入学させても全く身に付かず、師匠には骨を折らせ、仲間とは騒ぎ合うといった状態で、いつしか色と酒に狂って妙義・榛名・指扇・秋葉・大山と名目ばかりの物詣でに耽り、そのなれの果てが腰繩や鶤鶏籠(どうまるかご)の格式の罪人となる、従って、このような哀れな一生を送らないためにも忠孝を尽くし、家業に出精すべきであると諭す。 天保一〇年写本(小泉本)は本文を大字・四行・付訓で記す。 【年代】明治一〇年(一八七七)頃刊。 [東京]小林鉄次郎板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七いろは』。 中本一冊。 平仮名・漢字・古文字に続けてイロハ毎に同音の漢字六字を列挙した往来。 漢字の音訓を比較的詳しく付す。 イロハに続けて同形式で十までの漢数字を綴り、さらに単位語を漢字三体・両点付きで掲げる。 なお、頭書に「書法十六点」「編構冠字尽」等、見返に「伊呂波文字之本文」、巻末に「中興武将鑑」「高名年数早見」「諸商人通用符帳集」などの記事を載せる。 【年代】明治二〇年(一八八七)刊。 [東京]米山栄吉蔵板。 吉田桂之助売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七体伊呂波』。 中本一冊。 「〈開化〉七体いろは」と「七躰名頭字」から成る往来。 前者は、平仮名・片仮名・漢字(冒頭の一字のみ楷・篆・行書の三体。 このほかに同音の行書体漢字三字を含め合計六体)とローマ字(大文字)を合わせた九体で綴ったイロハである。 後者は、「源・平・藤・橘…」から「岩」まで二九字から成る名頭字で、それぞれ漢字五体(草・行・楷・隷・篆書)とローマ字二体(大文字・小文字)で表記する(いずれも概ね大字・三行)。 末尾に「羅馬躰大字・同小字」「草体大字・同小字」などのアルファベット」や「諸商人通賦帳(太物店など一〇業種における符帳)」を掲げる。 【年代】明治九年(一八七六)刊。 [横浜]尾崎富五郎(錦誠堂)板。 また別に[東京]大川錠吉(聚栄堂)板(後印本)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈新訂童子便〉七体以呂波・名頭尽・日本国尽〈習手本〉』。 主として「七体以呂波」「名頭尽」「日本国尽(皇国州名)」の三本を合本した往来。 巻頭に「五十音図」と「変体以呂波」を掲げ、続く本文で、いろはおよび漢数字を平仮名・漢字(楷・行・草・篆・隷書・角字)の七体で綴った「七体いろは」、名前に用いる漢字を列挙した「名頭字」、両点(音訓)付きの「十干・十二支」、五畿内以下の旧国名を五畿七道ごとに列挙した「皇国州名(日本国尽)」を収録する。 本文を大字・四〜五行・付訓(「七体いろは」のみ無訓)で記す。 【年代】万治二年(一六五九)刊。 刊行者不明。 【分類】消息科。 【概要】大本一冊。 「七ッいろは」および「国尽」の手本として現存最古の部類。 「七ッいろは」は、見出しを兼ねる冒頭の漢字(大字・篆書で記し小字の平仮名と片仮名を付す)一字と、同音の漢字(大字・行書で記し、音訓を平仮名で付す)六字の計七字を一行に記したもので、「イ」〜「京」に続けて「一」〜「十」も同体裁で綴る。 末尾に「十干十二支」と「唐以呂波」を掲げた後に、「万治二年己亥孟春吉日」の刊記を置く(従って、本来は「七ッいろは」だけの単行版であろう)。 続いて、「諸国并御城下」と題して、五畿七道毎の国名(州名)と城下町(江戸〜熊本の二二カ所)を大字・四行・付訓で記す。 【年代】慶応三年(一八六七)序。 慶応四年頃刊。 [東京]阿部為任蔵板。 播磨屋喜右衛門売出。 【分類】語彙科。 【概要】異称『〈英学捷径〉七ッ以呂波』『英学七ッいろは』。 中本一冊。 「英字イロハ」の前にアルファベット・数字などをおき、巻末に「子母五十韻字(母音字・子音字の五十音図)」を収めた明治期新編『七ッいろは』。 序文では、英人著述の日本語文法書からの抄出という。 ローマ字・仮名・漢字など七体のイロハ音字を並記する(ローマ字三体、片仮名、平仮名、漢字二字の七体)。 なお、本書の一部を改訂した『〈英語の手ほどき〉七ッいろは』が大正年間に刊行されている。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [東京]伊勢屋庄之助板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 ローマ字(大文字・小文字)・片仮名・平仮名・漢字(真・草)など七体で表記したイロハ。 後半に同体裁で数字・五十韻字を掲げるほか、頭書に日常の英単語を多く載せる。 【年代】明治年間刊。 [東京]辻岡屋文助板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 前半に「〈開化〉七ッいろは」、後半に「〈方今〉名乗尽」を収録した往来。 前者は、平仮名・片仮名・古文字に続けて同音の漢字六字を列記した「七ッイロハ」(厳密には七体以上ある)。 後者は、「康政」〜「由親」までの男性の名前九四語を列挙し音訓を付したもの。 見返に「編冠構一覧」、頭書に「漢語字類(漢字二字熟語三一六語を収録)」を掲げる。 【年代】明治四二年(一九〇九)刊。 [東京]自省堂板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『最新七ッいろは』。 中本一冊。 平仮名楷書体、漢字行書体(小字片仮名を添える)、ローマ字ローマン体大文字(小文字も添える)、ローマ字イタリック体小文字、漢字楷書体(片仮名読みを付す)、漢字隷書体(同)、漢字角字(小字の漢字楷書体を添える)の七体で記したイロハ。 巻頭に、ほぼ同様の七体で表記した「数字」や、ローマン体・イタリック体の大文字・小文字とその読み方を示した「英字体」、巻末にローマ字各体で表記した「ローマ字五十音」を掲げる。 さらに、頭書に「反別」「日時」「西洋数量」「小数」「十干十二支」「七曜」「大祭日」「大日本国尽」「世界国尽」「条約国名」の記事を収録する。 【年代】明暦三年(一六五七)刊。 [京都]山本長兵衛板。 また別に[大阪]河内屋太助板(後印)あり。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七以呂波』。 大本一冊。 本書跋文に触れる先行板は、あるいは万治板を指すか。 イロハ毎に一行七字(冒頭は見出し語の平仮名、他の六字は同音の漢字)ずつ漢字を列挙し、漢字の左右に細字の字訓(稀に字音)を付す(本文は大字・四行・付訓)。 冒頭の漢字は平仮名の字母となった漢字、例えばイ行の冒頭には「以」を掲げ、「をもんみる/もつて/これ/もちいる」のように字訓を複数記載するのが特徴。 以下、同体裁で、「イ」〜「京」と「一」〜「十」までの漢字を掲げ、末尾に「十干十二支」を載せる。 『七ッいろは』は、万治板や本書を嚆矢として、江戸初期は概ね大本の大字手本の形で広がり、江戸中期以降は半紙本、江戸後期は中本が主流となり、さらに明治初年には英字・仏字・独字等を並記した語学入門書へと展開していきながら、多数の類書が生まれた。 伊藤桂洲序。 【年代】明治三年(一八七〇)刊。 [東京]播磨屋喜右衛門板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『仏字以呂波』。 中本一冊。 仏字・片仮名・平仮名・漢字など七体で表記したイロハ。 巻頭・巻末にアルファベット・数字・「子母五十韻字」を載せる。 【年代】明治年間刊。 [東京]松坂屋板。 【分類】語彙科。 【概要】中本一冊。 イロハ毎に平仮名と同音の漢字六種(ただし大字行書と小字楷書の二通りで記し、読み仮名をそれぞれ付す)を一行ずつ掲げたもの(「イ」〜「京」、「一」〜「十」の五八行)。 本文を行書・大字または楷書・小字で三行ずつ、付訓(左訓)で記す。 頭書に片平名・ローマ字(大文字・小文字のローマン体と小文字イタリック体)の四体イロハ(濁音・半濁音を末尾に付す)やアルファベット、「三体偏冠尽」などを掲げるほか、巻頭に「和訓漢語辨」と題して「開化・文明・勉励…」以下一四〇語(両点付き)や、日本語一二六語に対する英単語の読みを付した「異人語早学」を載せる。 【年代】慶応二年(一八六六)頃刊。 [江戸]吉田屋文三郎板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『七ッいろは〈并〉絵抄』。 中本一冊。 例えば「い・イ・以(楷・篆・行書の三体)」のように平仮名・片仮名とその字母となった漢字の計五体を見出しとし、その下に続けて同音の漢字七体(例えば「伊・異・意・委・畏・位・為」)を両点付きで書体も変えて表記する。 さらに一丁おきに、イロハ毎に漢字一字を掲げて、それを主題とした教訓歌(例えば、イには「意」の一字をあげて、「梅がえに心とまらば鴬の、ほふほけきやうのにほひぬるかな」の一首)を挿絵(単色刷りと色刷りの二様あり)とともに掲げる。 巻頭に「いろは歌」や「五筆和尚」空海図、また頭書に「いろは歌由来」「江戸名所いろは寄」「合(相)姓名かしら字」などを掲げる。 静嘉堂(東潭)書。 勉堂序。 【年代】明治二一年(一八八八)序・刊。 [東京]高橋源助板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『英和七ッいろは』。 中本一冊。 ローマ字三体(ローマン体大文字・小文字、イタリック体小文字)と片仮名・平仮名・漢字二種二体(草・楷書)の計七体で表記したイロハ。 半丁に四行(一行七字)ずつ記す。 冒頭にアルファベット四体を、また、巻末に五十音をローマ字で表記した「五十音字」を載せる。 【年代】安永二年(一七七三)以前刊。 [大阪]糸屋市兵衛板。 【分類】語彙科。 【概要】半紙本一冊。 「七ッいろは」「国尽」「字尽」を合綴した往来物。 イロハ順に同音の漢字七体(冒頭のみ篆字・他は行書体)を一行ずつ列記し、漢字の左右に音訓を施したもの(本文を大字・五行で記す)。 「国尽」は、国名を大字・五行書きにし、国名の下に州名・郡数を小字で付記したもの。 また「字尽」は、着類・魚類・貝類・鳥・獣・諸道具・木・草花・青物・虫・五穀の一一部毎に主要語彙を大字・六行・付訓で列記したもの。 なお、巻頭・巻末に「万葉仮名・片仮名イロハ」「五性名頭字」の記事を載せる。 なお、東京都立中央図書館本には安永二年七月の書き入れがある。 【年代】延宝六年(一六七八)跋・刊。 [大阪]荻野八郎兵衛板。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 少年の頃に父母に先立たれて以来、不善を続けてきた者が紀州那智山で儒仏の教えを聞いて改心し、越州の山中に住んでいたが、ある時、畿内旧跡の巡覧を思い立って、まず摂州難波の浦に赴き、そこで一宿したところ、剃髪した主人が大坂の名所旧跡を語り始めるという設定で、大坂の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を記した独特な往来。 往復二通の書状形式をとる。 往状は、「我少年之昔、別離父母、養伯父…」で始まる冒頭二丁半で以上の場面設定をしたうえで、京・大坂の由来や住吉神社の故事、同地の風景・年中行事・祭礼・寺社縁起・本尊・宝物などを順々に述べる。 また、「御札之趣拝見、尋訪之旧跡者、先相続件、新御霊之宮者…」と起筆する返状では、東西本願寺・仁徳天皇陵・三津寺八幡等の寺社・古跡を紹介するほか、道頓堀歌舞伎等の大衆芸能や祭礼・参詣の様相などにも言及する。 本文を大字・四行・所々付訓で綴る。 東俊序。 【年代】宝暦一〇年(一七六〇)序・刊。 [大阪]高木羽最蔵板。 正本屋仁兵衛売出。 【分類】地理科。 【概要】異称『浪花随筆』。 特大本または大本一冊。 「抑摂州大坂は、交易運漕之便宜、日本無双之湊にして、一ノ洲・両川口、潮時順風にまかせ、入船出帆幾千艘といふ不知数候…」で始まる文章で、大坂が全国貿易の中心地であること、荷揚・取引の様相、堂島米相場の状況、町々の名産・名物、近隣の農産物、道頓堀の歌舞伎やその他の享楽などについて記した往来。 本文を大字・四行・稀に付訓で綴る。 後半に「難波十景(淡路島霞・葛城嶺桜・難波津夏月・二上嶽雪・住吉郭公・伊駒山時雨・須磨浦風・明石潟霧・田蓑島鶴・天王寺鐘の一〇の名勝)」を詠んだ和歌二〇首を付す。 【年代】明和四年(一七六七)書・刊。 刊行者不明。 【分類】地理科。 【概要】巻頭に「…筆学の欠を防もし、一字の方便にもと、見聞有増を拾ひ集て巻となし、愚息の袂にす」との短い序文を掲げ、続いて「摂州西成郡大坂近郷の神社仏閣を順拝と思寄、頃しも穏なる春に任て、未明より打立…」と起筆して、天満宮から勝尾寺・宗持寺までの大坂城下の寺社・名所旧跡等を紹介した往来。 寺社の風景・結構・宝物・由来等のほか、町々や群集、河川、遠景の山、茶屋等の様子にも言及する。 なお、原本未見だが、重写本奥書に「刻本ヨリ写ス」とあるので、もと刊本であろう。 【年代】正徳四年(一七一四)刊。 [京都]岡本半七ほか板。 【分類】女子用。 【概要】異称『なにはつ』。 大本三巻三冊。 長谷川妙躰の散らし書き手本の一つ。 上巻は婚礼祝儀状など六通、中巻は訪問客への詫び状など八通、下巻は学問について教示を乞う文など七通の合計二一通を収録(大字・無訓)。 四季や五節句の文を中心とするが、月順・季節順にはなっていない。 このほか婚礼祝儀の文を始めとする祝儀状や種々礼状など日常の雑文章も含まれる。 上巻には付録記事が多く、「なげ入の事」「砂物(色刷り)」「立花図(色刷り)」など華道関連、「おがさはら流万しんもつつゝみやう折形図」「進上の折紙目録書やう」「色紙・短冊・懐紙の書様」「女中文の封様の事」「同封じ目の事」等の諸礼法、「香のきゝやう并に十種香の事」「貝おほひ并ニ歌かるたの事」「十二月の異名」のほか、中・下巻にも見返口絵や「女中文書やう心得の事」などを掲げる。 【年代】書写年不明。 【分類】地理科。 【概要】「摂津之国十三郡者住吉・百済・東生・西成・能勢・有馬・嶋下・島上・豊嶋・河邊・武庫・兎原・矢田部等也…」で始まり、大坂府内の地勢などに触れた後、府内の主要町名等を列記した手本。 好鵞書。 【年代】文政五年(一八二二)刊。 [江戸]西宮新六板。 【分類】地理科。 【概要】異称『〈新版〉難波名所』『浪華名所之記』。 中本一冊。 大坂周辺の名所旧跡・神社仏閣の景趣・由来・沿革などのあらましを紹介した往来。 「難波津に咲耶木花(さくやこのはな)と詠たりし王仁の昔より、民の竈煙絶せす、長(とこしなえ)に栄行(さかゆく)大坂の津は、諸国の賈船、安治・木津の両川口に所せく出入して…」と紀行文風に綴り、寺社縁起や古跡由来を中心に、道頓堀の芝居小屋や新町の遊里、堂島の蔵屋敷等の名所を列記する。 本文を大字・五行・付訓で記す。 巻頭に「摂州大坂淀川三十石船之図」を掲げる。 香川昶跋。 【年代】嘉永二年(一八四九)跋・刊。 [大阪]香川琴橋(鳥文堂)蔵板。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊または折本一帖。 「浪華津にさくや此はな冬籠り、今は春へと咲や此花とよみて奉りし仁徳帝の御宮居、いとも尊く高き屋に、のほりてみれは煙たつ、民の竈も賑ひて…」で始まる七五調の文章で、大坂周辺の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を列記した往来。 「隆専寺の絲桜」や「鳳林寺の什宝は、干満の珠のひかりある、智恵を授る虚空蔵…」のように各地の特色を織り込んだ本文を大字・四行・無訓で綴る。 作者の子・香川昶の跋文によれば、寛政八〜一〇年(一七九六〜九八)刊『摂津名所図会』を参照して編んだものという。 なお、本書は、同じ板木により和装本(冊子体)と折本の双方が出版された(折本は有郭、大本は無郭)。 【年代】宝暦一〇年(一七六〇)刊記。 寛政(一七八九〜一八〇一)頃後印。 [大阪]高木羽最蔵板。 塩屋長兵衛(泰文堂・輻湊堂・山本春樹)売出。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 改題に際して東俊の序文二丁を削除し、首題を改め、さらに巻末の「高木羽最」の後に「蔵板」の二字を補刻した。 内容は、「交易運漕之便宜、日本無双之湊」である大坂の地理全般を述べたもので、大坂が全国貿易の中心地であること、荷揚げから取引までの様子、堂島米市場の活況ぶり、町々の商家や取扱商品、名所・名物、さらに道頓堀の歌舞伎やそのほかの享楽について触れる。 また、後半に「難波十景(淡路島霞・葛城嶺桜・難波津夏月・二上嶽雪・住吉郭公・伊駒山時雨・須磨浦風・明石潟霧・田蓑島鶴・天王寺鐘)」を詠った和歌二〇首を掲げる。 本文を大字・四行・無訓で記す。 深沢菱潭書。 【年代】明治七年(一八七四)刊。 [東京]鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門・仙鶴堂)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『習字名乗字類』。 半紙本一冊。 「豊俊(トヨトシ)・方久(マサヒサ)・定興(サダヲキ)・義詮(ヨシアキラ)…」以下四一四の名乗りを楷書・大字・三行二段・付訓で書した習字手本。 渓斎英泉画。 【年代】文政五年(一八二二)刊。 [江戸]岩戸屋喜三郎板。 また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『橋名寄往来』『東都橋名寄往来』。 中本または半紙本一冊。 江戸府内の主要な橋と坂の名称を列挙した往来。 「凡、江戸中橋之名を、爰に挙而、物学童子之為便。 先、通一丁目より室町へ渡を日本橋与云う…」と筆を起こし、通りや方角によって橋の位置を示しながら、順々に列記する。 ただし、後半からは単に橋名の羅列に終始し、最後に「…此外所々に洩候名、可有之。 先荒増如斯候。 穴賢々々」と結ぶ。 本文を大字・五行・付訓で記す。 頭書に「凡、湯嶋・本郷辺に有坂之名は昌平坂・湯嶋坂・石坂・樹木谷坂…」で始まる「坂名よせ往来」と「十二ヶ月異名」を載せるほか、巻頭に「鶴亀図」および「東都日本橋繁花を闘す図」を掲げる。 【年代】慶応二年(一八六六)書。 【分類】理数科。 【概要】大本一冊。 薬種の名称を大字・二行・付訓で記した手本。 筆者は薬種商の娘であろうか、女性が使用した教材として注目される。 【年代】江戸後期書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 主として南都の治安や社会の様子、日本の風俗や公民としてのあり方を中心に記した往来。 地理科往来に属するが、社会科公民型の要素を多分に含む内容であり、名所や物産を主要な題材とする地理科往来では異色のもの。 奈良・興福寺の摩会修行から書き始め、その堂塔・建築・役職、南都の官庁諸役や厳重で模範的な防備・治安・司法・賞罰の様子、さらに諸職・商売、訴訟・事件、法令・懲罰、神代から正直の徳を大切にしてきた日本の風俗や平和な社会、人間の一生と士農工商の心得などを概説する。 「南都興福寺両御門主、互ニ被遂維摩会修行有而、勅命被補寺務職給ふ。 坊官諸太夫御近習北面…」で始まる本文をやや小字・八行・無訓で記す。 【年代】天保四年(一八三三)書。 【分類】地理科。 【概要】半紙本一冊。 「名にし応月の名所は多けれと、奈良の都の三笠山、心のくもり猿沢の、池水清き柳影、うつる采女の宮所、いとうつくしき楊貴妃や、花の司と昔より…」で始まる七五調の文章で奈良各地の名所旧跡を紹介した往来。 後掲と同題だが別内容。 神社仏閣、堂塔のあらましを景趣や故実に触れつつ述べる。 なお、逓博本は本往来のほかに「松嶋賦」ほか八編が合綴されており、播磨国明石郡江井ヶ島で使用されたものという。 なお、原本(逓信総合博物館蔵)は種々の往来を合本したもので、「松嶋賦」「四季風景」「春霞」「源氏名寄」「京名所」「奈良名所」「西明寺殿都詣」「近江八景」「雛かた模様つくし」の九点を収録する。 【年代】文化一四年(一八一七)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『奈良詣』。 折本一帖。 「青によし奈良のみやこは、元明天皇和銅二年藤原の宮より遷され給ふ旧都の名所なれば、年頃見物望にて特に春日詣の志しも候得ば、此春出京致し…」で始まる文章で、京都五条から奈良までの経路と奈良名所の数々を綴った往来。 前掲と同名だが別内容。 歌名所や古歌、故実を多く織り込んで寺社を中心に紹介する。 【年代】天保八年(一八三七)作。 万延元年(一八六〇)書。 【分類】地理科。 【概要】異称『下総国成田参詣文章』。 「日外、恩約束申候成田山参詣の事、空も漸麗に趣、最早日和も定候得者、近く相催し申度候。 尤道すから名所旧跡相尋、鬱散候はゝ、又格別の秀句も候半歟…」と筆を起こし、二俣(千葉県市川市)より成田山に至る沿道の名所旧跡および成田不動の景趣・由来・縁起等について述べた往来。 行書体、漢字・平仮名交じり、無訓の手紙文体で記す。 【年代】享和元年(一八〇一)頃刊。 [江戸]花屋久治郎板。 また別に[江戸]山本平吉(栄久堂)板(文政四年(一八二一)板)あり。 【分類】地理科。 【概要】異称『成田詣』。 中本一冊。 江戸・日本橋より成田に至る沿道の宿駅・名所旧跡・神社仏閣および成田山新勝寺の景趣・縁起等を記した往来。 「下総国埴生郡成田山参詣之道筋、任御尋、順路荒増認進候…」で始まる全文一通の手紙文で綴る。 各地の情景や風物を豊富に織り込みながら、日本橋など東都の繁栄、利根川・真間中山・印旛浦の眺望、成田山の景観などを紹介する。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返に「不動尊略伝記」、頭書に「楠正成金剛山居間之壁書」を掲げる。 なお、文政四年(一八二一)求板本(山本平吉板)では、裏表紙見返に「成田山参詣順路図」を掲げる。 雲潭書(付訓本文)。 【年代】明治六年(一八七三)刊。 [東京]書学教館蔵板。 山崎屋清七売出。 また別に[東京]巻菱潭蔵板、大庭新八売出あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『楠公碑陰』。 半紙本一冊。 摂津武庫郡湊川神社に元禄四年(一六九一)に建立された楠木正成の石碑の朱舜水賛辞を手習い手本としたもの。 楠公が忠勇節烈を兼ね備えた人物であることや、また、巧みな戦術により王室を復興させたことなどを綴る。 本文を楷書・大字・三行(一行四字)・無訓で記し、巻末に楷書・小字・七行・付訓の本文を付す。 【年代】明治年間刊。 [東京]安田作次郎(衆芳堂)板。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 楠正成の家訓などに仮託した「壁書」二編と「遺書」を収録した往来。 前半の「壁書」は、第一条に万病と万物の理について、第二条に利より義を重んずべきこと、第三条に人に勝ろうと思わないこと、第四条に人の憂いを知るべきことを掲げ、以下順に、上下の者や他人に対する態度や日常の心懸け、馬や武具の心得など二三カ条を綴る。 続く「遺書」(「建武二年(一三三五)三月」と付記)は、文・武は根本的に同一のものであり、主君のために文・武に励む臣下の務めなど、武士の基本的な心得を述べる。 後半の「壁書」は、貧しくても無道の禄を求めたり、へつらったりしないこと、己の生来の境界を悟り天命を楽しむことなどを諭す。 本文を大字・四行・付訓で記す。 【年代】延宝八年(一六八〇)刊。 刊行者不明。 【分類】語彙科。 【概要】大本二巻二冊、後二巻合一冊。 上巻は六月五日付芸州山人宛ての手紙(炎暑の折、厳島神社参詣をした時の模様を伝える)、下巻はその返状という二通の手紙文中に「文言雑字」「鳥獣」「草木」「魚虫」(以上上巻)、「絹布」「器物」「鍛冶・番匠具」の七門を主とする難字を種々盛り込んだ往来。 凡例では、禽獣・魚虫・草木などにおける庶民通用の語句は省き、往来物・俗書等に登場しないような難字三〇〇有余字を収録したとする。 本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記し、任意の難字を上欄余白に楷書で抄出する。 消息文の文面に沿って難字を鏤めたり、単語集団の形で語彙を収録するが、前記七門以外に下巻冒頭に「船・舟歌」「芸能」「人倫」等の語彙を載せる。 【年代】享保一〇年(一七二五)序。 享保一二年刊。 [京都]小川多左衛門(茨城多左衛門・柳枝軒)板。 【分類】語彙科。 【概要】異称『授幼難字訓』。 半紙本三巻三冊。 和漢の諸書から漢字の和訓を集め、イロハ順に編んだ童蒙向けの語彙集。 語彙を楷書・大字・七行・付訓で記し、各語句についての出典や語義等を割注形式で注解する。 ただし、古くから用いられている和訓は省略し、俗間通用の訓にしたと序文で断る。 【年代】寛政(一七八九〜一八〇一)頃刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 一章「諸礼の次第」、二章「当流躾方」(以上はもと三巻三冊の絵本。 書名不明。 「路次・座敷贈答の礼」から「当流躾方五十箇条」まで諸礼全般を説いた絵本)、三章「物覚能成伝」(前記『記憶秘法』。 記憶に関する諸説)、四章「かな文章」、五章「用文章」(四章は寛政八年刊『状文章』の頭書、五章は同本文を指す)から成る。 僧経覚書(重写本)。 【年代】南北朝時代作。 康応元年(一三八九)書。 宝徳三年(一四五一)重写。 【分類】古往来。 【概要】現存唯一の黒板本は、もと四六枚・一綴の冊子であったが、残存するのは残闕二六枚、一綴で、巻子本二軸の改装本。 三五条四一通の消息文例と書札礼「於院中世間出世等書礼等事」一二カ条ならびに後文とから成る古往来。 大字・無訓の手本様に認める。 内容は、「御聴聞のお供と牛王より返信のない遺恨を述べる状」「聴聞に出席する旨と牛王引き籠り中の旨を述べる状」「大衆の蜂起に対し対策を問う状」「東山にある禅房の風景を除して来遊を勧める状」「昇進の内報を賜った好意を謝する状」「病気見舞いを兼ねて行水を思い止まるよう諌める状」「好意を謝し行水をやめて養生に努める旨を述べる状」のように、大寺の住僧と高級武家の檀越との間に交わされた日常所用の手紙模型文である。 書札礼一二カ条は、「坊官と侍との間」「坊官より良家成業または僧綱へ遣わす状」「師匠等へ遣わす状」「親父に遣わす御教書(みぎょうしょ)」「舎兄に遣わす状」など寺院から発信される書状に関する僧家用書札礼である。 【年代】元禄五年(一六九二)書。 【分類】地理科・社会科。 【概要】異称『祭礼往来』。 半紙本一冊。 奈良周辺の寺社の祭神や祭礼の様子を記した往来。 「抑、南部春日大明神者、本地釈迦如来、衆生之施利生、慈悲万行之御神…」と起筆して、春日神社・若宮神社の本地や祭礼日、その際の人々の装束、神馬の装飾品、諸役の様子、行列の概要等を紹介する。 寺社祭礼を中心に綴った初期の往来として重要であろう。 本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本二巻合一冊。 人間の一生を旅に喩えて綴った教訓絵本。 まず幼少の父母の慈愛を象徴する「二恩ゑの木」から始まって、「乳母が石」「乳のみ井」「かみを木(髪置)」「袴木(袴着)」「にんばく堂」「きまゝのもみぢ」「手習橋」「元服石」「六道の辻」「謡ばし」「鼓が滝」「芸能山」「先生山」と道中記風に通過儀礼や発達段階に即した童蒙心得を述べ(以上上巻)、さらに成人向けの教訓文と挿絵を下巻に掲げる。 【年代】嘉永五年(一八五二)以前刊。 [江戸]山口屋藤兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 まず「抑筆道は、人たるものゝ万用を達する根本也…」と筆を起こして筆道の重要性について述べ、以下、貴賤に関わらず幼少よりの筆道稽古が必要なこと、父母・師匠への礼や挨拶、寺子屋での学習態度などについて種々諭し、最後に父母や師の恩に報いるべく学業に励むべきことを説く。 本文を大字・五行・付訓で記す。 見返および頭書(二丁表まで)に「年中五節句并八朔の事」を掲げる。 なお、小泉本に「嘉永五子年」の書き入れがある。 【年代】文政八年(一八二五)刊。 刊行者不明(施印)。 【分類】教訓科。 【概要】半紙本一冊。 「埃にまじわる世之中に降り暮したる五月雨…」で始まる七五調の文章で、正直、孝、法の遵守、主への服従、師の教えを守る、兄弟和順など諸教訓を説く。 本文の大半が「病者之夜食好、貧乏人之酒好、幼者之煙艸好、若女之撮(つまみ)食、男之化良々々(けらけら)わらひ…」といった日常生活上の不躾けや悪行の羅列である。 書名に『男女』を冠する点から、男女に必要な教訓を建前としているものの、いずれかといえば「若女の不結髪、お媼姥(ばば)之化粧達(だて)」といった女性に対する厳しい戒めが多い。 本文を大字・四行・付訓で記す。 刊行地は不明だが、刷りからいって田舎版であろう。 なお、本書とほとんど同文の往来に天保二年(一八三一)刊『専玉古状揃貨蔵』の頭書「男女孝行草」があるが、これら刊本からの抄録の可能性もある。 【年代】天保三年(一八三二)刊。 [仙台]伊勢屋半右衛門板。 【分類】地理科。 【概要】異称『於曽礼山詣』。 中本一冊。 「霞立春の朝、窓の梅に鴬の囀を聞、野辺に萌える百草の時知顔なるも面白し…」と筆を起こし、仙台から南部於曽礼山(恐山)までの参詣路に沿って各地の春の風景や名山・名所旧跡を紹介した往来。 仙台相去、和賀川、花巻、国見山、岩鷲山、早池峯山、郡山駅、来神川(北上川)、盛岡城下(神社仏閣)、厨川、安倍社、末松山、野田玉川、壺の碑に続いて、恐山の沿革・本尊・境内の様子、また周囲の名所・温泉など一通りを記す。 風趣や物産、風俗、寺社縁起・祭礼、その他故事等にも触れる。 本文を大字・六行・付訓で記す。 巻頭に「南部盛岡之全図」と本文中に「南部宇曽利山円通寺境内之図」を掲げる(いずれも鳥瞰図)ほか、頭書に各地の風景画と「仙台城下より南部於曽礼山」まで道法并松前海上里数、名所旧跡紀」を掲げる。 【年代】天保八年(一八三七)書。 【分類】地理科。 【概要】大本一冊。 七五調で紀州地方の地名と名物(特に魚介類・食物・山菜類など)を綴った往来。 「抑当国三方は平地を闕、去ば海辺の類多し。 先、若山の湊浦には筋鰹…」で始まり、以下、松江の蛤・加太の若布・雑賀崎浦の鯛など各種海産物の産地をあげ、続いて、那智の黒石・熊野の白蜂・玉置の檜杖・安田の紙葛・有田の蜜柑など山間部の産物に移り、山菜・野菜等を列記し、さらに名酒・薬種・細工物など市中の名産品をあげ、饅頭を土産に子どもの待つ自宅へ足早に帰るという一文で終わる。 本文を大字・三行・無訓で記す。 【年代】天保(一八三〇〜四三)頃書。 【分類】地理科。 【概要】特大本一冊。 「長閑なるけしきにまかせ、此度、新潟一見いたしまいらせ候。 かしく」と結ぶ全文一通の女文形式で、新潟近辺の神社仏閣・名所旧跡等を紹介した往来。 新潟を中心に各方向に見える眺望や、町々や参詣路の様子にも触れる。 本文を大字・四行・無訓で記す。 【年代】文久元年(一八六一)刊。 [甲府]井筒屋豊兵衛板。 【分類】理数科。 【概要】異称『〈新撰早割・江戸相場〉二一天作』。 中本一冊。 書名は算盤の割算九九の冒頭の「二一天作五(旧式珠算で一を二で割った商が五となること)」に由来し、広く日用算術を意味した。 巻頭に「継子算の事」「九九のかず」を掲げ、本文に「貸金利を見る事」「絹布代銀割やうの事」「ねずみざんの事」「かけてわれるさんの事」「八算の図」「見一の次第」「普請方の事」、頭書に「入れ子ざん」「油売買の事」「袖はかりわくる事」「田畑間数名の事」「杉なり積俵のかずを知る事」「御蔵前相場わりの事」「銀つかひ早割」「銀相場割の事」など、『塵劫記』のうちの基礎的計算方法を載せる。 巻末に「銭相場早見」を掲げる。 【年代】享保一〇年(一七二五)刊。 [京都]荒川源兵衛ほか板。 【分類】女子用。 【概要】異称『にしきのうみ』。 大本三巻三冊。 比較的短文の女文三一通と和歌二首を収録した散らし書きの女筆手本。 上巻には「姫宮の参詣の噂を聞いた者からの手紙」や「男子安産祝儀状」など一〇通、中巻には「屏風借用の手紙」「亥の子祝儀状」「紅葉狩り同伴希望の手紙」「初午参りの文」「宇治川の蛍見物誘引状」など一二通、下巻には「暑中見舞い」「七夕祝儀状」「八朔祝儀状」「『古今和歌集』借用の文」など九通を収録。 いずれも四季消息文を主とするものの、季節順の書状配列をとらないのが特徴。 各巻見返に、挿絵とともに女筆心得「手習の仕用の事」を掲げ、また巻末に折形、片仮名イロハ、篇冠字尽などの記事を載せる。 このうち「手習の仕用の事」は長谷川妙躰が自らの書論を展開したほとんど唯一の記述として貴重である。 【年代】享保(一七一六〜三六)頃刊。 刊行者不明。 【分類】女子用。 【概要】異称『長文』『三条西殿御息女えの文』『烏丸帖』ほか。 大本二巻二冊。 上巻のみ存し、全文(前文と一〇カ条の教訓文)のうち第四条の大部分を載せるので、第四条末尾以降が下巻収録と思われる。 本文を大字・五行・所々付訓で記す。 上巻頭書には、「女子そだて鑑」「女ことはつかひ」「立居ふうぞく」「かみけしやう」、その他躾方作法全般の記事を載せる。 【年代】江戸中期刊。 刊行者不明。 【分類】教訓科。 【概要】江革・仲由を入れる点で、『日記故事』系統の『二十四孝』の一つと見られる。 各丁表の上段に添えられた挿絵の図様には多分に中国刊本を模した観がある。 一丁に一話を配し、和訳風の本文の後に、それと同程度の分量で記される評論が本書の際立った特徴である。 「武家の代には旗本の歴々に同じ」(朱寿昌)などの論には、著者熊沢蕃山の立場がわずかにうかがえる。 【年代】江戸後期刊か。 【分類】教訓科。 【概要】異称『幼童覚草』『おほへ艸』。 横本一冊。 幼児に孝道を諭すために各丁の表に二十四孝の事跡を掲げ、その裏に孝子像を描いた往来。 玉川大本に僅かに残った題簽から、原題は『二十四孝』と思われる(柱『廿四孝』)。 本文を小字・一六行・所々付訓で記す。 巻頭に寺子屋学習風景を描き、小杉氏の寺子屋規則たる「幼童覚草」九カ条を掲げるが、その末尾に「右は毎月六の日講釈に呉々申上候あらかじめをしるす…」とあるため、月三回この規則を教諭(これを「前訓」と称した)する定めであったが、跋文によれば、前訓のたびに本書一丁分を配布し、二四回で本書一冊を与えたとするから、石門心学における『前訓』の講義方法を寺子屋教育に導入したものであろう。 【年代】天保一五年(一八四四)刊。 [江戸]和泉屋市兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 表紙は孟宗を描いた多色刷り。 序は、郭巨・孟宗・呉猛・董永・王祥などの行為が「各其理論にあたらず妄説を称するに似た」ものであると批判しながら、「事の虚実は暫措きて孝子の名千載の美談となること羨むべし」と締め括っている。 半丁あるいは一丁に一話を配すが、英泉独特の人物画を中心として、その余白に半丁あたり二〇行ほどに本文を細かく添えた絵本である。 江革・仲由を入れる点で、近世後期に流布した『日記故事』系統の『二十四孝』を受けるものであるが、「ふるくより伝へ来るものなれば」として、張孝張礼・田真田広田慶の二話を追加し二十六話としている。 巻末の「『東見記』に載るところ、毛利拙斎の『廿四章孝行録』、『廿四孝評』、松会(「まつゑ」と読み仮名を付すのは重要)板の『廿四孝諺解』、其他板行の物数多あれば…」という跋文的な文章は、『二十四孝』の享受を考えるうえで貴重である。 【年代】安永五年(一七七六)刊。 [仙台]本屋治右衛門ほか板。 また別に[仙台]伊勢屋板(安永八年板)あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈大字絵抄〉弐十四孝』『〈新板絵抄〉二十四孝』『〈新板絵抄〉二十四孝集』。 大本一冊。 いわゆる「二十四孝」を題材にした絵入りの往来。 大舜以下の孝子について半丁に一人ずつ事跡を綴った五言四句の漢詩文を大字・五行大・付訓で記し、続いて、やや小字・一〇行・付訓の解説を付し、さらに上段に挿絵を置く。 『二十四孝』は、江戸初期より頗る多く出版されたが、本書は往来物の体裁を備えた仙台板の例で、巻頭に「孝の始」「孝の終」の記事を掲げる。 【年代】天和二年(一六八二)刊。 [江戸]万屋庄兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『頭書二十四孝』。 大本一冊。 慶長〜寛永(一五九六〜一六四四)期の嵯峨本『二十四孝』を踏まえた多種の『二十四孝』が流行したが、本書はその系統の本文を引きながらも、新たな趣向として五言賛の字句に詳細な注釈を加え頭書に仕立てたもの。 一丁に一話を配し、各丁の表は上段に挿絵、中段に語注、下段に本文、裏は上段に語注、下段に本文の変則的な体裁をなす。 本文をやや小字・一〇行・所々付訓で記し、割注を随時挿入する。 江戸板の『二十四孝』としては明暦二年(一六五六)・松会市郎兵衛板に次ぐ。 【年代】寛文五年(一六六五)刊。 [京都]婦屋仁兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈絵入〉二十四孝抄』『二十四章孝行録抄』。 大本二巻合一冊。 江戸初期の代表的な絵入り『二十四孝』の一つ。 上巻に「大舜」以下一二名、下巻に「朱寿昌」以下一二名を載せ、それぞれ、まず数行の仮名文で事跡を略述し、さらに短い漢文(訓点付き)に詳しい邦訳を添えて理解を深め、最後に「詩曰」で始まる五言賛で締め括ったうえで半丁分の挿絵を置く。 本文(注釈文)をやや小字・一二行・付訓で記す(漢文および五言賛は大字・付訓)。 上下巻それぞれに目録を付すが、「第一、大舜の孝に感じて、象・鳥耕作をたすくる事」のように、行状の概要まで紹介するのが特色。 なお、編者識語には「毛利氏拙斎、於六条僑居、応愚婦・童蒙之需記畢。 時二十四歳」とある。 草加崑山(定環・修文・和助・宇右衛門)編。 浦川公佐画。 【年代】天保一三年(一八四二)刊。 [大阪]秋田屋太右衛門(宋栄堂)板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『二十四孝評註』。 中本一冊。 江革・仲由を入れる『日記故事』系統の『二十四孝』に、「張孝・張礼」「田真・田広・田慶」の二話を追加した二六話を収める。 江戸中期刊『二十四孝』(熊沢蕃山作か)から各話後半の評を除き、さらに和刻版風の挿絵を当世風に改めたもの。 「附言」に、「近世刊行する所、二十四孝の画伝・註解等書数多ありといへども、いづれも仲由・江革の二孝子を除き、易ふるに田氏・張氏の両氏孝をもつてす」とあるのは、天保一三年時点での状況ではなく、熊沢了介が本書を著した江戸前期における『二十四孝』流布の状況を示すものであろう。 「張孝・張礼」の後に、「廿四孝評」として長文の孝論を展開する。 「平人凡情の及ばむ処にあらず」「後学の人は大舜を師とすべし」「後の人の手本にはなりがたき事也」「その志は愛すべし。 其事は学びがたし」「是非を論じがたし」などと、大舜以下それぞれの孝子について評論する。 本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。 なお、見返に「備前、熊沢了介編撰」と記すものと、「備前、草加定環編撰」と記すものの二様あるが、蕃山の著作を定環(蕃山の外孫)が編集したことを物語る。 【年代】江戸後期刊。 [江戸]森屋治兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『二十四孝』。 中本一冊。 江戸後期の絵入り『二十四孝』の一つ。 半丁に一人ずつ二四人の小伝と挿絵を載せ、欄外上部に五言四句の賛を置いた往来。 【年代】天明八年(一七八八)刊。 [大阪]池永太郎吉(寧倹堂・豹・秦良・南山道人・豹山逸人)ほか板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『画本廿四孝』。 半紙本一冊。 『二十四孝』の絵抄本。 本書見返によれば「初に四言の標題を大書し、素読して勧孝の助とし、次に其図を画き、孝子の徳行をあらはし、百行の始たる教訓を示す」とある。 四言標題を楷書・大字・五行・無訓、孝子小伝を行書・小字・一二行・付訓で記す。 本書は天明八年初刊と考えられるが、寛政元年(一七八九)に再刊された後、寛政四年に『画本廿四孝』と改題された。 静斎英一(小林市太郎・英一・山下園)画。 【年代】江戸後期刊。 [江戸]菊屋幸三郎板。 また別に[江戸]三河屋善兵衛板あり。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 虞舜から黄庭堅までの二四人の孝子を紹介した絵本。 見開き二頁に孝子を描き、孝行の様子を簡潔に記した小伝を上方または下方の余白に置いたもの。 『講釈』と称するが、逐語的な注釈書ではない。 【年代】貞享三年(一六八六)刊。 [大阪]三郎兵衛(本屋三郎兵衛か)ほか板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『〈新板絵鈔〉二十四孝諺解』。 大本または半紙本一冊。 大本の貞享三年板(江戸・平野屋清三郎、大阪・三郎兵衛板)のほかにその覆刻板、あるいは半紙本の元禄四年(一六九一)板(江戸・山口屋権兵衛板)など数種の板種がある。 二十四話の孝子は、近世前期に流行した嵯峨本系統の人物をとるが、本文は異なる。 各話本文の末尾に五言賛を置き、さらに賛の注釈を続ける。 ただし、「隊々とは、象がむらがり田をかへすを云也。 一丁に一話を配し、各丁表下段に大きく挿絵を添える。 貞享三年板(大本)は、本文をやや小字・概ね一四行・付訓で記す。 葛飾戴斗(戴斗二世・近藤文雄・伴右衛門・斗円楼北泉)画。 【年代】文化一五年(一八一八)序。 文政五年(一八二二)刊。 [大阪]河内屋嘉助ほか板。 また別に[大阪]河内屋源七郎ほか板(後印)あり。 【分類】教訓科。 【概要】異称『廿四孝図会』『絵本二十四孝』。 半紙本一冊。 『二十四孝』(大舜〜山谷の二四人)の略伝に戴斗(北斎門人)挿絵を添えた絵本。 巻頭に編者の題言「至孝充和漢倍耀、芳名伝千載愈芬」を置いた扉絵を掲げ、以下、孝子を見開き挿絵で大きく描き、その上欄または左側に、まず人物名と五言四句の頌詩を掲げ、続いて孝子の事跡を和文で紹介する。 歌川広重二世(歌川重宣・安藤広重・立斎広重・一立斎・立祥)画。 【年代】嘉永二年(一八四九)序・刊。 [江戸]藤岡屋慶治郎板。 【分類】教訓科。 【概要】中本一冊。 中国の『二十四孝』にならって日本の二四人の孝子(仁徳天皇・養老孝子・丈部(はせべ)三子・樵夫(きこり)喜十郎・矢田部黒麿・藤原衛(やかもり)・波白采女(はじのうねめ)・紀夏井(きのなつい)・小野篁・丹生弘吉(にぶのひろよし)・大江挙周(たかちか)等)の小伝と挿絵を集めた絵本。 各丁とも上三分の一を小伝にあて、下三分の二を挿絵とする。 なお、本書後半部の抄録本『〈嘉永新刊〉二十四孝』も同時期に刊行されている。 【年代】江戸後期刊。 [大阪]勝尾屋六兵衛板。 【分類】教訓科。 【概要】異称『廿四孝絵抄』。 半紙本一冊。 本文や挿絵の図柄は、近世前期に流行した明暦二年(一六五六)松会板『二十四孝』の稚拙な模倣という印象を持つが、江革・仲由を入れる点で、近世後期に流布した『日記故事』系統『二十四孝』の性格を有することは明らかである。 扉に「鳩ニ三枝ノ礼有リ、烏ニ反哺ノ孝有リ」の文と口絵、末尾刊記の前に、「今ノ孝ハ是能ク養フコトヲ謂ヘリ…」などの『論語』等より抜粋した孝論を添える。 小山知常(智常軒)跋。 【年代】宝永七年(一七一〇)跋。 寛政二年(一七九〇)刊。 [京都]吉田屋新兵衛(文徽堂・山田新兵衛)板(文化一〇年(一八一三)求板)。

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往来物解題・な行

加賀みはやと 前世

開発・メカ [ ] 開発• ・『零戦』(学研M文庫、)• 堀越二郎『零戦の遺産 設計主務者が綴る名機の素顏』(、)• 『零戦開発物語 日本海軍戦闘機全機種の生涯』(光人社NF文庫、新装版)• 『零式戦闘機』 (、) (、)• 森史朗『零戦の誕生』 (、2003年) (文春文庫、) メカ• 原勝洋 編『零戦秘録 零式艦上戦闘機取扱説明書 完全復刻資料・写真集』(、)• 雑誌『』編集部 編『軍用機メカ・シリーズ5 零戦』 (光人社保存版、) (光人社ハンディ判、)• 『航空ファン別冊No. 53 零式艦上戦闘機 世界の有名戦闘機No. 2』(文林堂、)• 『世界の傑作機No. 55 零式艦上戦闘機11-21型』(文林堂、)• 『世界の傑作機No. 56 零式艦上戦闘機22-63型』(文林堂、1998年)• 『歴史群像太平洋戦史シリーズ12 零式艦上戦闘機 蒼穹を駆けた帝国海軍の名機「ゼロ戦」の真実』(、)• 『歴史群像太平洋戦史シリーズ33 零式艦上戦闘機2 最新の考証とCGで現出する不朽の名機の雄姿』(学習研究社、2001年)• 『歴史群像シリーズ 零戦パーフェクトガイド』(学習研究社、2003年)• 野原茂『零戦ウォッチング』(光人社、2005年)• 野原茂『零戦六二型のすべて』(光人社、2005年)• 『超精密「3D CG」シリーズ36 零戦 Zero Fighter』(、2007年)• 『丸』編集部 編『不滅の零戦 生きつづける名戦闘機』(光人社、2007年)• 野原茂『世界の傑作機別冊 日本海軍零式艦上戦闘機 名機ゼロ戦を徹底分析する』(文林堂、新装改訂版)• 『歴史群像シリーズ 太平洋航空大決戦 零式艦上戦闘機』(、)• 『歴史人 別冊 BEST MOOK SERIES59 零戦の真実』(KKベストセラーズ、2012年) 図面・写真集• 編『零式艦上戦闘機図面集』(、2000年新装版)• 『エアロ・ディテール 7 三菱零式艦上戦闘機』(大日本絵画、1993年)• 雑誌『丸』編集部 編『写真集 零戦』(光人社、1999年)• 渡辺洋二『闘う零戦 隊員たちの写真集』(、2001年) 通史 [ ]• 『零式戦闘機』(、改版)• 柳田邦男『』飛翔篇・熱闘篇・渾身篇(単行本)、1-6(文庫本)• マーチン・ケイディン 著:加登川幸太郎 訳:戸高一成 監修『零式艦上戦闘機 日本海軍の栄光』(並木書房、)• 渡辺洋二『零戦戦史 進撃篇』(グリーンアロー出版社、2000年)• 碇義朗『ゼロ戦 もっとも美しかった戦闘機、栄光と凋落』(光人社、)• 碇義朗『本当にゼロ戦は名機だったのか もっとも美しかった戦闘機 栄光と凋落』(、) 上著の改題文庫版。 野中寿雄 ほか『零式艦上戦闘機 奇跡の翼』(ミリタリー選書、)• 『零戦 ゼロファイター 99の謎』(、)• 『いざゆけ!ゼロ戦 最強の戦闘機、激闘の伝説 スーパー戦闘機で知る太平洋戦争 ゼロ戦は無敵だった!』(、)• クリエイティブ・スイート 編著『ゼロ戦の秘密 驚異の性能から伝説の名勝負まで』(、)• 太平洋戦争研究会 編『「ゼロ戦」の秘密 これだけ読めばよくわかる』(、2009年)• 清水政彦『零式艦上戦闘機』(、2009年)• おちあい熊一 編著『零戦激闘伝説 謎101』(、2009年) 戦記 [ ] 回憶録・手記• 横山保『あゝ零戦一代 零戦隊空戦始末記』(、新装版)• 『零戦撃墜王 空戦八年の記録』(光人社NF文庫、新装版)• 『坂井三郎空戦記録』• 坂井三郎『』正・続・戦話・完結篇• 坂井三郎『零戦の真実』(、)• 小福田晧文『指揮官空戦記 ある零戦隊長のリポート』(光人社NF文庫、新装版)• 小高登貫『あゝ青春零戦隊 猛烈に生きた二十歳の青春』(光人社NF文庫、、新装版)• 『サムライ零戦隊 島川飛曹長空戦記』(光人社NF文庫、)• 羽切松雄『大空の決戦 零戦搭乗員空戦録』(、)• 白浜芳次郎『最後の零戦』(学研M文庫、2000年)• 『空母零戦隊』(文春文庫、)• 『修羅の翼 零戦特攻隊員の真情』(光人社、2002年)• 川崎浹『ある零戦パイロットの軌跡』(トランスビュー、2003年)• 土方敏夫『海軍予備学生零戦空戦記 ある十三期予備学生の太平洋戦争』(光人社、2004年)• 『撃墜王の素顔 海軍戦闘機隊エースの回想』(光人社NF文庫、)• 今泉利光 述、久山忍 著『蒼空の航跡 元ゼロ戦パイロットが語る空戦と特攻の記録』(産經新聞出版、)• 吉田一『サムライ零戦記者 カメラが捉えた零戦隊秘話』(光人社NF文庫、1994年) 証言集• 秋本実 編『伝承 零戦』1-3巻(光人社、1996年)• 1 、2 、3• 『零戦 最後の証言 海軍戦闘機と共に生きた男たちの肖像』(光人社、)• 神立尚紀『零戦 最後の証言II 大空に戦ったゼロファイターたちの風貌』(光人社、2000年)• 零戦搭乘員会 編『零戦、かく戦えり!』(文春ネスコ、2004年)• 柳田邦男、 ほか『零戦よもやま物語 零戦アラカルト』(光人社NF文庫、2003年)• 坂井三郎 ほか『零戦搭乗員空戦記 乱世を生きた男たちの哲学』(光人社NF文庫、) 史話• 『真珠湾 二人だけの戦争』(文庫、) 始末• 牛島秀彦『真珠湾の不時着機 二人だけの戦争』(、) 上著の改題再版• ヘンリー境田、碇義朗『最後のゼロファイター 日米のエースラバウル空戦始末』(光人社、1995年)• 高城肇『六機の護衛戦闘機』(光人社NF文庫、1999年) の6人の護衛戦闘機パイロットとその後。 『非情の空』併載。 編『ゼロ戦20番勝負』(、1999年)• 可知晃『戦艦ミズーリに突入した零戦』(光人社、2005年)• 辻俊彦『零戦 アメリカ人はどう見たか』(芸立出版、)• 秦郁彦 編『これだけは知っておきたい ゼロ戦12の名勝負』(、2008年)• 神立尚紀『祖父たちの零戦』(講談社、2010年) 少佐と中佐 操縦• 世良光弘『坂井三郎の零戦操縦』(並木書房、2009年増補版)• 青山智樹、こがしゅうと『零戦の操縦』(アスペクト、2009年) ドキュメンタリー [ ]• ノスタルジック・ファイター 零式艦上戦闘機ゼロ()【】• 昭和戦史 大空の勇者 零戦()• 終戦記念戦記シリーズ『零戦』()• 甦える零戦VS連合軍戦闘・爆撃機()• 世紀のドキュメント 栄光の零戦 -洋上に散った悲劇の翼-(サンユーフィルム・ジャパン)【】• PENTHOUSE HOBBY SERIES VOL. 24『栄光の翼 第二次大戦の名機 零戦からグラマンまで』()• 『』第三回「エレクトロニクスが戦を制す サイパン・マリアナ」()【】• ビデオ版作品名: 文春ノンフィクションビデオ『シリーズ 太平洋戦争 失敗の研究』第3巻「エレクトロニクスが戦を制す サイパン・マリアナ」()• 第105回「」(NHK)【】 実写映画 [ ] 『トラ・トラ・トラ! 』の撮影に使われたT-6 テキサンの改造機「テキサン・ゼロ」(撮影) を舞台とした映画で、数多くの作品に登場している。 『あゝ零戦』• 『』 終盤に主人公が二一型で米「」にする。 『』 で模擬を展示飛行する航空サーカス所有の機という設定。 なぜか付きのを備えている。 『』 劇中には登場しないが、何故かゴジラを攻撃する零戦が描かれているポスターがある。 『零 ゼロ』• 『零戦黒雲一家』• 『』 撮影に使われたのは実機ではなくの改造機「テキサン・ゼロ」である。 この機体は他の映画や航空ショーで使われている。 『』 が撮影に協力している。 『』 実機ではなく「テキサン・ゼロ」を使用。 『プテロドン 零式戦闘機 vs 翼竜軍団』• 『』 海軍航空隊が撮影に協力している。 『』 ニュース映画 [ ]• 『日本ニュース第99号 』 全般を国民に向け報道するニュース映画で、「」と思われる上で零戦の発艦作業および発艦シーンが撮影されている。 のにて全編を無料視聴可能。 DVD [ ]• 『日本海軍艦艇集【下】(、発売、ASIN:B000A6K8AG) 過去にで発売されていたものの再発売版。 が撮影したフィルムのうち未公開のものを集めて解説を加えたもの。 における「」が撮影されており、三二型の発艦シーンもある。 なお、この零戦発艦シーン4秒が、がに放映したテレビCM「近代競馬150周年(60秒バージョン)」内にて使用されている。 テレビドラマ [ ]• 『』 小説 [ ]• 『』 に映画化(監督)、にテレビドラマ化(開局50周年特別企画)。 (、) (、)• 『』 作画で漫画化。 『レイテ驀進1 逆襲の機動部隊』 にて、「」から五二型が2機、仕様の二一型が14機、の第五八任務部隊を攻撃するため出撃する。 しかし、第五八任務部隊の 63機による迎撃とによるを受け、五二型が2機、二一型が13機される。 だが、唯一生き残った二一型が空母「」にし、中破させる。 その他、多数の架空戦記に登場する。 ライトノベル [ ]• 『』 主人公の平賀才人が搭乗し、トリステイン王国へ侵攻したアルビオン軍の迎撃に向かい、敵軍の竜騎兵隊を撃退する。 最終的に、ルイズが虚無の魔法を使い、アルビオン軍を撃退する。 アニメ版では、零戦の機体がリアルに再現されており、の模様が映像化されている他、OP映像にも登場する。 墜落し、も曲がってしまうが、後に機体はプロペラを含め修復されている。 はだが、これは、作中の舞台となる世界で精製した物である。 『』 グラ・バルカス帝国の戦闘機として「アンタレス艦上戦闘機」の名で登場、陸、海軍に配備されており異世界の航空戦力であるだけでなく、ムーの「マリン」神聖ミリシアル帝国の「エルペシオ3」を圧倒する性能をみせる。 漫画・アニメ [ ]• 『0戦あらし 完全版』(上 、下 )• 『0戦仮面』() 原作『空母島』を併録。 『0戦太郎』(1 、2 、3 、4 、5 、6 ) 1-6巻に登場する。 『』 零式艦上戦闘機の開発者であるをモデルにした人物が主人公。 原作である漫画とがある。 『』 「」「」などのの艦娘が零戦のを放ち、その矢から二一型が数機登場する。 『』 始動方法が詳細に描写されている。 『黄色い零戦 イエロー・ファイター』() 零戦開発実録コミック。 『』 機体の大部分を特殊製にした「 木零戦」が登場する他、登場人物の前世回想および後世ハワイ攻撃に参加。 『』 作中に度々登場する。 化もされた。 『』 原作での登場は僅かだが、それを原作としたアニメ映画『1000年女王』では主要キャラクターの雨森始が使用する機体として活躍する。 『』 主人公の宮藤芳佳と坂本美緒のストライカーユニットで登場(第1期のみ)。 また、第2期では宮藤芳佳が第8話まで使用している。 また、ストライカーユニットではなく実機の方も第2期8話に登場する。 『』 主人公、旭歳三の愛機として登場する。 『零戦 荒鷲の凱歌』()• 『零戦激闘録 ゼロの系譜』()• 『 完全版』(上 、下 )• 『零戦の記憶』()• 『ゼロ戦マンガ戦史』()• 『零戦遊撃隊 剣』()• 『ゼロ戦レッド』(1 、2 ) 1・2巻に登場する。 『戦空の魂 零式艦上戦闘機五四型 最後の零戦』()• 『戦空の魂 零式艦上戦闘機 中部太平洋の決戦編』()• 『戦空の魂 零式艦上戦闘機 零戦初陣編』()• 『大空戦 水木しげる戦記選集』()• 『』 第14巻「ラジコン大海戦」に登場。 『』 21型、32型、52型が登場。 ゲーム [ ] を舞台としたやなどでやの一部として登場することが多い。 『』 製のストラテジーゲーム。 シミュレーションであるが操縦可能。 『』 メインビジュアル(表紙)を飾っている。 『』 コンバットフライトシミュレータゲーム。 『PACIFIC FIGHTERS』『』に操縦可能機体として登場。 一一型・ニ一型・三二型・五二型(五二型・五二甲・五二乙・五二丙)・六二型・六三型が登場する。 『』 「三菱 A6M2(ニ一型)」「三菱 A6M5(五二型)」をプレイヤー機として操縦できる(他に・・・・も操縦可能)。 オリジナルのミッションが作成できること、自由度が高くやの追加も容易なことなどから人気を博した。 側の考証にのが起用された。 『Pacific Air War』• 『』 のとして登場。 『』 コンバットフライトシミュレーターゲーム。 プレイヤーの操縦機体として一一型・ニ一型・ニ一型()・三二型・二二型・二二型甲・五二型・五二型甲・五二型乙が登場する。 『World of Warplanes』 ツリーのTierIV-TierVIまで登場。 TierIVにA6M十二試艦上戦闘機とA6M1一一型が登場、TierVにA6M2一一型とA6M2二一型とA6M3三二型(30mm搭載)が登場、TierVIにA6M5五二型とA6M5五二型甲が登場する。 『』 『』『』『』においてプレイヤー機として操縦できる(他にも操縦可能)。 がと誘導性能のない特殊兵装しかなく、は一切装備できない。 さらには薄く戦闘機に比べて速度も出ないが、は極めて優秀。 また、なぜかがあり、に探知されにくいという特性を持つ。 登録名称は「A6M5 ZERO」で、特にゲーム内では説明がないものの零戦五二型であることがわかる。 特殊カラーは実際に零戦に塗装されていたものだが、五二型以外の塗装も採用されている。 なお、ゲーム中のような兵装の搭載は実際には行うことができない。 『』 ニ一型・三二型・五二型・五二型甲・五二型丙・五三型・六二型(爆戦)・六三型(爆戦)が登場。 六二型・六三型のみ仕様で、システム上「艦上爆撃機」と扱われているが、対空能力も向上する。 また、ニ一型・三二型・五二型には熟練の操縦するニ一型(熟練)・三二型(熟練)・五二型(熟練)がある。 二一型には他に「付小隊」仕様のものがあり、五二型甲(付岩本小隊)・五三型(岩本隊)へと発展する。 五二型丙は仕様のものと付小隊のものがあり、六〇一空のものはへ、付岩井小隊のものは六二型(岩井隊)へ発展する。 なお、岩本・岩井両名は史実では飛行隊長に就任したことはなく、岩本隊の五二型甲および五三型、岩井隊の六二型はゲームオリジナル仕様である。 『空戦』• 『』 一部ミッションで登場し、にする。 『』 「零式艦上戦闘機52型」の名で自機のひとつとして登場。 移動速度が劣悪でサブウェポンの攻撃範囲が狭いという欠点を持つが、フォーメーション攻撃の使い勝手が良く、全体的にはバランスが取れている。 ボムの名前は「ゴッドウインド」(直訳して神風)。 使用するとやが吹き荒れる。 何故かパイロットはで戦闘機をしたという巫女、御神愛。 後の『』にも参戦するが、性能は一新されている。 『ゼロパイロット 第三次世界大戦 1946』 二一型と二二型が登場する。 『』 日本軍の戦闘機として登場する。 『』 の戦闘機として登場する。 『』 シングルプレイにのみ日本海軍の戦闘機として登場し、島をするを迎撃する。 また、地上には整備中と思われる、主翼が取り外された機体が何機か存在する。 『』 日本軍の戦闘機として、ニ一型と五ニ型が登場する。 『』 オンラインフライトシューティングゲーム。 Lv12-68で乗れる日本の操縦可能機体として登場。 ニ一型(Lv12)・三二型(Lv20)・五二型(Lv42)・五二丙型(Lv49)・五三型(Lv56)・五四型(Lv68)が登場する。 『』 プラモデルや完成品など [ ] 人気の高いであるため、ノンスケールののおもちゃをはじめ、、、などの各メーカーから多数のや、製やのソリッドモデルや飛行可能な零戦玩具など多数が世界中で発売されている。 過去にモデル化されていても入手が現在困難なスケールや製品も多い。 佐藤亨『零戦の復元に向かって 零戦に魅せられた男達』(日本図書刊行会、)• 藤森篤『零戦は、いまも世界の空を飛ぶ』(枻文庫、)• 『現存零戦図鑑 いまも世界の空を飛ぶ』(枻ムック大戦機シリーズ、) DVD付き• 『現存零戦図鑑2』(枻ムック大戦機シリーズ、) DVD付き• 藤森篤『21世紀の零戦』(枻文庫、) モデル製作• 『Air Modelling Manual Vol. 1 零戦編1』(、2006年)• 『Air Modelling Manual Vol. 2 零戦編2』(ホビージャパン、2007年)• 株式会社 監修『零戦プラモデルの作り方 10日で作る!! 』(枻文庫、2008年)• 『AEROモデリングガイド Vol. 1 零式艦上戦闘機』(芸文社、2009年)• 『Air Modelling Manual Vol. モデルアート社『』• 9月号 No. 454 特集 零式艦上戦闘機 パート1• 1995年10月号 No. 456 特集 零式艦上戦闘機 パート2• 2006年10月号 No. 712 特集 零式艦上戦闘機二一型• 2007年5月号 No. 725 特集 零式艦上戦闘機補完計画• 2008年11月号 No. 760 特集 比較研究・零戦五二型• 大日本絵画『』• 2006年8月号 No. 261 特集 ゼロ戦が作りたくなる本• 2007年11月号 No. 276 特集 至高のゼロ・接触編• 2007年12月号 No. 1機分のパーツが11月号と12月号に分割されて同梱。 2009年6月号 No. 大日本絵画『』• 1998年8月号 Vol. 3 特集 絶対零戦• 2009年1月号 Vol. 関連項目 [ ]•

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